突然、閃く賽の河原の石積みの話…を直感で感じるままに読みといて見たら、真理と偽(人の為)が混合して歪な情景になってるな〜と思ったら、この物語を伝えた坊さんの名前が貞慶じょうけいだと気づいて…joke 名は体を表すなぁと実感したお話
賽の河原の石積みの話
賽さいの河原かわら」というと、小さい子供が親に先立つと行き、石積みをする所だと思われて、そこで子供たちは鬼にいじめられながら石を積み続ける
一体なぜ、罪もない子供が賽の河原に行って苦しまなければならないのでしょうか?そしてそれは何を意味しているのか?
…という疑問は誰でも思った事だろう
これはお経に根拠はなく、俗信
一般的語られる賽の河原のありさまは、鎌倉時代の法相宗ほっそうしゅうの僧侶、貞慶じょうけいが作ったといわれる
『賽の河原和讃』
帰命頂礼世の中の
定め難きは無常なり。
親に先立つ有様に
諸事のあわれをとどめたり。
一つや二つや三つや四つ
十よりうちの幼子おさなごが
母の乳房を放れては
賽の河原に集まりて
昼の三時の間には
大石運びて塚につく。
夜の三時の間には
小石を拾いて塔を積む。
一重ひとえ積んでは父の為
二重ふたえ積んでは母の為
三重みえ積んでは西を向き
しきみほどなる手を合わせ
郷里の兄弟わがためと
あらいたわしや幼子は
泣く泣く石を運ぶなり。
手足は石に擦れただれ
指より出づる血の滴
身うちを朱あけに染めなして
父上恋し母恋しと
ただ父母の事ばかり
いうてはそのまま打ち伏して
さも苦しげに歎くなり。
あら怖しや獄卒が
鏡照る日のまなこにて
幼き者をにらみつけ
汝らみなが積む塔は
ゆがみがちにて見苦しし
かくては功徳になり難し
とくとくこれを積直し
成仏願えと叱りつつ
鉄のしもとを振りあげて
塔を残らず打散らす。
あらいたわしや幼子は
また打ち伏して泣き叫び
呵責にひまぞなかりける。_____________ ← 独自解釈区切り
罪は我人あるなれど
ことに子供の罪科つみとがは
母の胎内十月とつきのうち
苦痛さまざま生まれ出で
三年みとせ五年七年を
わずか一朝先立ちて、
父母に歎きをかくる事
第一重き罪ぞかし。
母の乳房に取りつきて
乳の出でざるその時は
せまりて胸を打ち叩く
母はこれを忍べども
などて報いのなかるべき。
胸を叩くその音は
奈落ならくの底に鳴り響き
修羅しゅらの鼓と聞こゆなり。
父の涙は火の雨と
なりてその身に降りかかり
母の涙は氷となりて
その身を閉づる歎きこそ
子故の闇の呵責なれ。
かかる罪科あるゆえに
賽の河原に迷い来て
長き苦患くげんを受くるとよ。
河原の中に流れあり
娑婆にて嘆く父母の
一念とどきて影うつれば
なう懐しの父母や
飢を救ひてたび給えと
乳房慕うて這い寄れば
影はたちまち消え失せて
水は炎と燃えあがり
その身を焦して倒れつつ
絶え入る事は数知らず。
(賽の河原和讃)
これ、マジで解釈が都合よく間違ってるなと
『子供と鬼に罪とレッテルを貼る流れ』をちゃんと正して捉えるとこうなる
子供は親の為に自らあの世に行った
私はコロナ禍という『世の中が正常性を失った時』、心の中のインナーチャイルドの『素直な声』を親に届けた
その時、『世間のショックドクトリン』に飲まれ、親が親としての『威厳や自信』がなくなり
「こういう時は長いものに巻かれて、周りに合わせる多数の選択(医者や国や新聞やテレビ)に従い社会常識に合わせるのがマナーだ」と
『毒とも薬』とも言えない得体の知れない、正体も明かさない、誰も責任を取らない『新薬を受け入れる契約に同意』をした
それに従わないという『意思表示』をしたら「家から出ていけ!」と言われた『親不孝者』だったかもしれないが…
それは『精神』が親よりも先立って、『死』の世界で『親を救いたい』という『意志を積み重ねてきた』からである
「意志が弱かったり、ふらついてるとデマ!陰謀論!と証拠を潰され簡単に崩されるぞ!」と『鬼が積み上げた石を蹴散らす』というのは
自問自答の思考シミュレーションで『敵の仮想鬼=都合のいい隠ぺい行動』によって『鬼の攻撃にも耐えられる意志の構築=敵を知り己をしらば百戦危うからず』をしていた
つまり鬼とは、『死の世界にいる先祖達』が、『強い意志の叩き上げの鬼子を育てる育成』であり
「子供が鬼に捕まって虐められて可哀想…」
じゃ、ねーんだよ!自ら『望んでその地』に行った、ガキ見てえに周りが見えてない『無知蒙昧で無責任な親』を救う為に『子の精神が先立ってあの世に修行』に行ったからこそ
『強い心を持った獄卒の鬼』として、『自分自身の心』を護り、『周りもその意志で護る』という『和の心』として現実において
「陰謀だ、デマだ」と偽が『人の為』だと遠ざける『真実や証拠』を『崩される事の無い意志』として
お釈迦(壊れる)に『ならない』、お陀仏(崩れる)に『ならない』
『心を護る門番の鬼』として立ち向かう為に『賽の河原=鬼子の修行場』がある
ま、『霊界学校』かな?(笑)
『独自の区切り線』を引いたのはあの世とこの世の『際』
『真理』は前半、後半は『人の為の蛇足』
特に『皆の為の仏法』は聞く相手に合わせないと『共感』を得られない為、人の気を引く『人気説法』では、母のため、父の為と、しかも『子の罪だの親の罪』だのと…『お涙ちょうだいの同情エネルギー』の方向性の間違いへ持っていくから
『暇人』以外は聞く意味は無い
また前半は語呂の良い『575調』だが
後半は語呂が悪い『字余り物語』が多い=キレがない
それは『貞慶』が思い描く『情景』の古典落語
色即是空空即是色=『そう思えばそうなる』
と自分なりの賽の河原の『情景(あの世の体験談)』を含めて『自己解釈』し直した時
元の法華経ではこう書かれているらしい
童子の戯れに沙すなを聚あつめて仏塔を為す。
これがなぜ、あのような『罪の解釈』になったのか、『貞慶(童子)の情景(情想)』はわからないが…
童子の戯れ=心に素直=『悳』
沙=舎利石(釈迦の遺骨)→『釈理意志』=釈迦を理解する自己=自己解釈
仏塔を為す=『多宝塔如来』=『信念』を建てる
と、私は説く
これはどんな『問題状況』においても『心』に向き合い、『心に素直』になった時、向き合うは『かつて・これからの釈迦=多宝塔如来』という『問題を解決』した『先祖達(DNAの核)』
『生き延びてる』のが『遺伝子』の証拠
『生き字引の知恵』の集合体
私はコロナ禍に親に『精神』が先立って『賽の河原の意志積み』として、『あらゆる夢の意識の旅』を経ては、様々な先人達を『師』と感じて『実践できる知恵』を学んできた…というか、それは現実では『行動』に変わって『色んな事』をした
世間が引っ込んで『外に出ない時期』に、『人目』が無くなったからどんどん『自然』に出て『アウトドアやレジャー』をして感じたのは…
『人』がいなくなって『自然の空気が軽く』なってた、『人の決めたルールから解放』されて、初めて『人と自然の繋がり』を強く感じた
その繋がりが『細胞と共存細菌』にあるのだと気づき、『免疫は自然が与えてくれるもの』であり、『人工で加える』のはただの『歪な加工』であると気づいた
『傷』つけなくても『自然に身につく』のに、『穴開けて流し込まない』と『組み込む事が出来ない』というのは、それは『歪』であり『バランスを壊して免疫不全』になる
続ければ、続けるほどおかしくなる『有料ディアゴスティーニ式』(増刊号=ブースター)
これが賽の河原の意志積みの子を『鬼が厳しく指導するポイント』で、「歪に不正をしないで、それでいて安定のバランスを保つ和を見つけろ」と
その和を『見つける』、和を『保つ』、和を『広げる』、この『理想構築』に『仮想鬼が厳しい』のであって和には『争い』は混ぜてはいけない
鬼は『心の和』を傷つけない限り『優しい仏』
そんな仏も『穏やか』なのは『三度』まで
『良かれと思って善いこと』をしたのか…
でもそれは『偽善』というのだぞ?(´∀`)
『必要だから悪』になったのか…
でも本当に『それ以外』なかったのか?( ̄▽ ̄)
周りを助ける『中道に徹した』か…
だがお前を『犠牲』にしたら『その後』はどうなる?( ꒪꒫꒪)
それをなあなあの『曖昧にする邪』を生み、ぐらぐらする善悪をコントロールして中立の立場も護る『裏の支配者』になる
だから『四度目』はねえ、『死』だ(こっちにこいと鬼河原)
撲殺(っ・д・)≡⊃)3゚)∵>⊂(´・ω・`)修業がたらん
結局は、何のために『己の仏塔(仏道・信念)』を建てるか?
何を持ってその仏塔は『お釈迦にお陀仏して崩壊(足るを知る・達成・成仏)』していいのか?
その『覚悟を明確』にする為に
賽の河原=『今はの際の意志積み』がある
そう、今はの際=『金輪際』は『もう二度と〜しない覚悟』である法華経の『阿含経の領域』
ここが『生きるか?死ぬか?』の分かれ道の瀬戸際
『目指す方向性』はどっち?
『無知蒙昧な親』よりも『子の精神』が『あの世に先』だった
『現世で親不孝』と罵られ、出て行けと罵倒されても、『そんな親でも救う心の意志』を積み上げる為に、『一足先に地獄』へ行ってきた『獄卒の叩き上げ』
善も悪も中立も邪も…そんな物は『人の為=偽の都合』である
その都合が忌み嫌い、『死』へと遠ざけられた『あ(吾)の世の先人達の意志』が『鬼となり指導した意志積み』だから、簡単には崩れない
心+吾を覚える=覚悟
『細石だった子供』が『己の仏塔(理想)』を建てて『厳』となりて戻ってくる
私自身はその『心の根底の体験』があるから、『俗信(人の為)の賽の河原』の話は全くもってナンセンス
逆に法華経の『シンプルな一言』がそれは『地獄(場所)』に限った話ではなく、いつ以下なる時も『問題に向き合う時』は、
『素直な子供の心(トラブルすら楽しむ)』で向き合えば、気がつけば『自己解決』してる
それでいいのだ、と『己の仏塔(信念・真言)』を建てる
建てた後は仏悳(一人一)
『形』有っても元は『沙』の城はいずれ流れて崩れ去る(お釈迦にお陀仏)
しかし、『素直な心の子供』がいれば、沙=釈を使ってその『仏塔(釈迦)は何度でも甦る』
こういう『伝の説の法解釈』にできる
私は無理に『前向きに変換』している訳では無い
ただ必要以上に『死、地獄行き、恐怖、親子の罪、鬼』を『悪者という偏見』で伝えているから
(ヾノ ̄▽ ̄)それは貞慶の情景のJOKE Σ(゚д゚;)冗談!?
『現実が地獄』と化して、周りの人間が『百鬼夜行の魑魅魍魎の傀儡』のように行動し始めた『コロナ禍』に、親を『偽信仰への盲信』から救いたくても救えない…『子の力不足』を嘆き
「もうそんな弱い心はいらない!」と『弱気心を自己消滅』させて『先だった空間』
その地獄から離れた先が、『現実逃避の楽園』…ではなく『更に過酷な闇と向き合う修行場』で地上という『地獄に仏を生み出す』為の素直な心の子供が
「優しさだけじゃ生きられない」とタフボーイ、タフガールに『ソルジャー精神』を鍛えられた
で、『反逆のルシファーの意志を宿す』とそこから同じような意志を宿した『先人達(空海、日蓮…その他)の痕跡』を見つけるようになる
これが独自区切り線の『後半=現実の行動』になる
前半は『精神が先だった子』が『修行して獄卒の仏』となり戻ってくる『成長の過程』
後半は『仏(鬼子)の弟子』となって戻ってきた者が『先人の弥勒や菩薩たる生き様の痕跡』を見つけ『習得していく業』を修める『武者修業=戦を中で止める修める業』
なので『罪とか懺悔』とか無い(ヾノ・∀・`)ナイナイ
『親側の客観』とかも無い(ヾノ・∀・`)ナイナイ
人それぞれ『精神レベル』が違う
『宿してきた修める業』も違う
親より先立って死に至った時点で『精神は子』では無い
心が『改心』され全くの『別人』である
『子の状態』では『親』を救えなかった
戻ってきた『親を超えた精神の子』は『救い方が違う』という事に気がついた
それは『助ける』のではなく『導く事=未知引く事・促す事=鵜呑みを流す事・人足りる事』
無知蒙昧な思い込みから『抜け出す方向』へと『優しく諭し』、『自力』で歩き出したらそれを『支える心』になる
私の個人的な人生体験で『達成感』を得たのはその『親孝行を成し遂げた瞬間』だった
精神修行に入ったのも、夢であの世を旅してきた経験の全ては、この達成の為の『布石=積み上げてきた石』が『崩れないひとつの仏塔』になったという事
それはもう『和足し』てきた…『渡して』きたから、『その役目の私』という心は『成仏した過去の私』
『今の私』はそれすら『経験のひとつ』として『礎=崩れない意志の土台』に持って『どこかに進んでる私』なのだから
賽の河原は親よりも『子の精神が先立って成長する必要がある時』に、そうなるのかもしれない『情景の例えのひとつ=joke』かもしれないね
私は子供が『沙の城を建てて遊ぶ』
転じて心に素直な意志を積む=『悳を積む』
必要なら沙=釈を集めて『それ(問題と解決)を創る』って感じかな?
全て終わればお釈迦になってお陀仏して元通り=沙に還る
『貴方なりの人生』に当てはめた
『賽の河原の話を自己解釈』してみては?
釈迦の説法は元来、一人に一つの『オーダーメイド』で、『その人にあった例え』で『質疑応答』するのに、それを『皆』で話し合って『平均値=答え合わせ=統一』したら
そりゃ全員『間』違うわ(笑)
密教の『一子相伝』と
その他の『免許皆伝』では
伝わる『情景』が違うのだよ
皆は『貞慶が思う世界=joke』に囚われている
それが俗信の賽の河原の『石積み』の話だったり、三途の川の『渡し賃=地獄の沙汰も金次第』だったりする訳だが、私はまったく違う観点である









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