好奇心

直感・閃き・気になる事探究を楽しむ

腕に憶えありを理解した夢

学習ノートに書かれた、裏に文字が浮かび上がる程の熱意が籠った筆圧の少年の夢日記を見て…腕に憶えあり、弘法筆を選ばず、そして空海、即身成仏=夢で知恵を授かると気づくお話(後半脱線)

夢のあらすじ

私は目が覚めると見慣れた地元?少し夕日がかった景色を歩いていた。横には誰かがいて、何かを話していたのだけど、「そうだ!忘れないうちに夢日記書かなきゃ!」と言うと

その横にいた母親?祖母?わからないが物腰柔らかな女性が「どれ、見せてご覧?」と言った時、私ははい( •̀∀•́ )bと得意げに学習ノート?を手渡すと

「ほほう、これはこれは、自信がみなぎってるね〜!ほらみてご覧」と私に見せたのはその文字がぎっしりとヒエログリフ?と思うほど、ノートの裏側に浮かび上がった文字の筆圧の潰れだった

1文字1文字を物凄く腕に力が入って、紙なのに石に刻むくらいの筆圧で裏から浮かび上がった文字は1ページに一体何文字書いてるんだ?と隙間なく書かれていた

おそらく表から見れば普通の読める文字だが、裏から筆圧で浮かび上がった文字はまるで龍体文字や蛇がのたまうような、霊界クサ文字に見えた

褒められて、嬉しくて、少し照れくさい中、さぁ、ノートに夢日記書かなきゃ…と思ったけど、身内に見られてると気になってかけない(´-`)oO

という感覚で目覚めた

実はこの夢の前に体験した夢があって・・その夢ではこんな感じ

過去『に』テクノロジーを
過去『の』テクノロジーを

なんか『想念の技術交流』みたいな感じの空間にいて、一番ウケたのが、『マウスとキーボード』

過去の人はキーボードがボタン三つ
『はい』『いいえ』『どちらでもある』

マウスって行ったら『リアルなネズミ』がちょろちょろしてた(笑)

もちろん、そんなテクノロジーがあった訳ではなく、『概念』を伝えたら『そう思い込んだ事』による『具現化の結果』であり

『同じ情報』を与えても『想像力が足りない』と『全く違う物事を想定する』から面白い

…という「意識と想念は違うよ」…と、いつの間にか『伝えられた側』から、『伝える側』になっていた事を思い出した

感覚的量子論4 意識と想念は違うよ?と言われた夢

あの時、私は心の中に『招かれた側』だった
今回は、私の心に『招いた側』だった

つまり、誰か『縁ある客人(過去の自分)』を宿していた、そして『意識と想念の知恵』を与えた

…という事を夢日記に書きたい!という意識のまま、次の夢で学習ノートにびっしりと書かれていた文字を見た

この少年もまた、おそらく『八次元共同創造の記事』を書いた時にいた、あの少年の私だったのかもしれない

正念

八次元 独自性の連続が新たな世界創造

あるいは『多重人格の1人』として、器がとてつもなくでかい『大器晩成の夢の少年』だったのかもしれない

感覚的量子論11 意識の共存と多重人格と大器晩成

いずれにせよ、その少年の夢日記のノートの筆圧を見た時、なんて力強く『文字に自信と自身が溢れている』のだろうと実感したからか…

寝起きのキーワードは…

腕に憶えあり

腕に覚えありは、自分の持つ技術や実力に自信があること

この自信は『どこから来るか』と言えば、もはや何も考えずに『感覚』でできてしまうほど、『気の遠くなるほど反復練習』をしてきた『自身』に身についた、いやもう『染み付いた力』

だから自信があるよりも先に『自身』がある、『自らの身』があるから『自らに信』がある

『名は体』を表すように
『体が名を表す』ように

『腕に憶えあり』…と感じた私の意識の観測は、少年の夢日記ノートに浮かび上がった文字の筆圧を『裏』からみて感じた事

日課とか、義務とか、努力とか、反復練習とか、もはやそんなものでは到達出来ない・・『好きだから夢中でやってる自由研究』のような、そんな『素直な心』が溢れていた

腕に覚えではなく、『憶え』があるんだ
『心と意』、それを『志』にしている

『楽しいからやる』という理由もなく、やれば『結果、楽しい』という(≧∇≦)

現実での気苦労、気配り、悩みなど、心に届くエネルギー、宿す先祖の来訪者、干渉してくる様々な物事(煩悩)も全て

『自由研究の夢に加味される味付けの様』として『色々な色味の体験』をして『身に染み』て『自身に自信』が生まれた…!!という瞬間を…φ(..)メモメモと『夢日記を書く』のは…

どの次元の私も『共通でやってる行為』の模様(笑)

現代の私はスマホやパソコンでblogを書く
別の世界の私はノートパソコンで書いてた
この少年は学習ノートに鉛筆で書いてる

もしかしたら、直前に見た夢でのマウスとキーボードというくだりも、『夢の記録をつける方法』として『文字を書く』を『伝える概念の混乱』かもしれない

そういう意味ではこれは『釈迦と弥勒』でもある

「夢日記を書き続けるといい」と伝えると
「どうやって書くのか?」と『文字や方法』を聞く

(´-`)oO (未だ知らない物=未知をどう伝えよう…) ( ̄▽ ̄)?

今有る物事を『例え』にして表現しても『未だ無い物事』が多いと『抽象的』になるから正しくは伝わらない

それを『2500年前の釈迦の説法』として捉えると、そりゃ涅槃寂静の時に(´-`)oO生病老師(思い通りにいかないなぁ)

「2500年後には言ってる意味がわかるかな…」と『先送り』になる…と書いてて思い出した映画

映画アライバル!!Σ(゚д゚;)

NETFLIX 映画メッセージ(ARRIVAL)を見て思う事

『宇宙人のコンタクト』があるのだけど、その時に伝えられるのは、『共通言語や概念』であり、「人類が宇宙に受け入れられるのは貴方たちからその教育を受けた3000年後の子孫だからね」

バイバイ(^_^)/~~ Σ(゚д゚;)帰んのかーい!

あ、釈迦ってこれだわ
『夢の中でのコンタクト』ってこれだわ(笑)

未だ『文字の概念がない者』には、書き方以前に『文字』がなければ『文化』は起きない

その時代にいきなり『今の時代の文字』があっても『オーパーツ』になって途中で『ロストテクノロジー』してしまう

だから段階的に『自然な成長を促す』ならば『時代にあった自己表現』で『文字』を描き残せばいい(´∀`)と『自発的な成長』を促すと

『弥勒』はあまねく全てを石に彫ったり詩にしたりと『自己表現で思いを刻み遺す』ようになり

その『形は理解出来ない』が、その『文字に込められた意志エネルギー』を感じ取る事で…この『形象を継承する意志=模倣・コピー』が生まれる

これを『弥勒の痕跡→釈迦』となり
釈迦を『自己解釈する者が弥勒』となり

『考古学研究の飽くなき探求』は
『見えない意志』によって『何度でも復活』する

なう(2025/10/27 09:36:12)

書いてて、やはり弥勒が出てくるのが『シンクロニシティ』

弥勒はいつ…ひとつ、ひとふた
カタカムナで読み解くと

いつ
伝わり集まる

ひとつ
根源に統合して集まる

ひとふた
根源に統合して増えて分かれる

まるで『チ。』みたいな話

私は『ち』を示す漢字を探求したら、文字通り、『天地』が動いた

概念の天地返し 漢字で『チ。』を動かす

『誰かが遺した物事』が伝わって集まって
『根源に統合』して増えて分かれる

これはまさに私が冒頭で書いた

意識と想念の違いの『継承の空間』
『宿した誰か』に『知恵のヒント』を与える夢

そこで「文字を自己表現で生み出し、夢日記をつけるといい(´∀`)」と意志を継承した者を増やしたのち

その統合空間から自ら分かれて、「そうだ!夢日記書かなきゃ( •̀∀•́ )b」と学習ノートにびっしりと書く私

…の横でそれを「よく書けてるね!自信が伝わってくるよ」と『母』なのか『祖母』なのか

弥勒=自己表現=『自由意志を認め見守る存在』
それは『大日・釈迦(お天道様)』なんよ

問題解決(〃>ω<〃)ヾ(・ω・`*)閃きの光

今回の夢で大きく変わった認知は…

登山家に「なぜ山に登るのか?」に対する
「そこに山があるから」と同じくらい

「なぜ夢日記をつけるのか?」に対する
「夢を体験するから旅を記録する」は同じ感覚で

『時空』を超え、『次元』を超え、ありとあらゆる『多世界の私』という『意識の観測範囲』において、夢の空間は『共通メモリーとして共有』している

そして、これも意味が理解出来た

袖触れ合うも他生の縁の一期一会

夢で別の現実世界に『一期一会で干渉』しその干渉が『その世界に影響』する

だから夢を見て、『明晰夢で自由に動ける』とは、『別世界に影響を受け与える力』であると自覚しなければ、『共存細菌』ではなく好き放題暴れる『脅威の侵略者(ウイルス)』になってしまう

故に、『最低限のコンタクト』が、その世界の『一人に文の意志を宿して継承』する事で、その者が『自己表現』しようとする『文字が化け』て『文化の礎』になる

『種まきは夢の中で』…かそういや子種も与えていた・・ような?

霊現象が増えてきたが…コンタクトの一種?

道理で『睡眠の夢』というものが軽視され、夢を見るなら『現実に夢中』になれと睡眠妨害のように『忙しく=心亡く』なり、『肉体を酷使』して『何かをさせる環境』を与える

その与える環境を『拒絶』して社会から離れ、『自然体を求める者』は、遅かれ早かれ『法華経』に出逢う

つまりは『道筋=道理は2500年前に既に種まき』されていて、それが様々な『宗教や宗派』に分かれ、色んな『色(思想)の花』が咲き乱れ、そして『栄枯盛衰』枯れては散り

また『違う土地に違う種』が根付いて『品種改良』されて渡ってきたこの『日本という風土』にこそ

2500年前には、伝えたい表現、「例えるなら…」という『未来(現代テクノロジー)』を思い通りには伝わらなかった『釈迦の説法の真言を自己解釈できる弥勒』の時代

これがまた『統合に増える時代』ならば、同時にそれは『それぞれに分かれるタイミング』でもある

私の夢で言うならば
これから始まる大変な『過去の人(私)』
その大変を『告げて離れる人(私)』

「・・という事があったよ」と『まとめる少年(私)』

全部の体験が『一人事=大事』

負けない事
投げ出さない事
逃げ出さない事
信じ抜く事

駄目になりそうな時
…これに『囚われない事』

( •̀∀•́ )bそれが一番大事Σ(゚д゚;) ちょっと違う大事マンブラザーズ

負けてもいい
投げ出してもいい
逃げ出してもいい
疑ってもいい

誰にとっても『正論』というのは『基準』がしっかりと『中道・中心がある状態』に限る

その基準が『偏見に傾いてる状態』では

勝てない
投げ出せない
逃げ出せない
疑えない

だから『その状況で正論にこだわり執着』するのは『アンフェアな中でフェアな精神を持つ』という『美徳』ではあるが、『損得の世界では尊徳感情は勘定(評価)』されない

故に、その『歪んだ世界そのものへ拘る執着』を手放す為に、『道理の道筋』が、遥、過去から現在まで…『廃仏毀釈』と何度も『お釈迦にお陀仏』させられ消されても、『見えない空間から復活』してきた意志

それが『釈迦の説法』という言葉として残った『文字が生活習慣に化けた生き様』である

『自然=自ら然るべき生活の中』に溶け込み、『言葉』としても染み付いた感覚

『腕に憶え』ありと繋がる、『類は友を呼ぶ』言葉が

弘法筆を選ばず

弘法とは『空海』の事であり、私は『空海の痕跡を追う弥勒』として巨石に触れてきた

空海の霊場物語 蝙蝠岩は冠岩間

ま、その前に夢の中で『空海の筆(中古4000円)』を買ったんだけどね(笑)

法華経との縁 空海の筆と八代龍神の夢

『価値基準』というのは『人の都合(相場)』で決まるもので、『都合のいい物には高値』がつくが、都合の悪い物は『二束三文の価値無し』とされるように

『弘法大師』というのも『死後の戒名』であり、『そっちの伝説』になってるけれど、『空海が自己表現』したかったのは、『夢』だったと思うんだよな

夢…という『概念』が『認知され定着』したのはいつからなんだろう、夢という表現になる『名前の前の名』はなんと呼んでいたのだろう・・( ¯꒳​¯ )ᐝとか考えると…

『気が遠く』なって眠くなるから止めておこう(一瞬変な耳鳴りで急に眠気きたw)

腕に憶えがあれば

刃物と木や岩で彫って表現できる
筆と墨と紙で一枚の紙に書ける
鉛筆とノートで記録をつけられる
ノートパソコンやスマホでデータ保存できる

『意識の宿る時代』で『使う道具』が変わっても
『やってる事』は変わらない私(笑)

とりあえず「忘れないうちに…φ(..)メモメモ」とその場で夢日記を書いた空間が…後の考古学で発見される『洞窟の絵心ない線画』や後の『ヒエログリフ』だとしたら笑える

ただ『混乱させるだけ』って言う

そういや、前に見た夢で、『別の夢の後始末(その時代・環境にそぐわない物質出しっぱなし)を忘れた感覚』になって物凄く焦ったのもあったな( ̄▽ ̄;)

ドローン

感覚的量子論12 杭(遺恨)を遺す=飛ぶ鳥跡を濁す

…と『何年前』に見たのかという夢を『昨日の事』のように瞬時に思い出のように『感覚』を思い出せる時点で、『頭の脳』ではない領域、体験として『体に染み付いてる感覚』だから『腕に憶えあり』という

自覚なき『根拠の無い自信』なのかもしれない
『根拠=ルーツ』は現実に示す事は出来ない

なぜならこの世界ではない『自身が身につけている能力』だからその『自らの人が言う自信』が伝わってくるだけ

『人が云う説』だから『伝説』
その伝説は『自分自身』から生まれる

私はこの現実の自身で知るよしもない、この現実の『過去に既に起きた知恵』を夢で教わった

それは『計画法』という『戦争と繋がる法則』だった

夢で聞いた計画法が実在していた話

夢で学んだ計画法再び…それは呪術だった

この『向こうで伝えられた概念』を『上手く飲み込めない人』という構図で見ると、私が冒頭で語った夢の内容で登場した、『マウスをリアルネズミ』にした『文字すら知らなかった過去の私』と置き換えた時

持ち帰った情報が『閃ワード』になって、『その現実』でそれが『何を意味』するか?向こうは何を伝えようと『警鐘を形象』したのか?

と『自身』がなかった者に『自信』を与える事になる

『ショックドクトリンで大変=大きな変化』が起きるのは、『計画法=その後の仕組み(都合のいい支配インフラ)作りの為』である

これが『和を以て貴しと為す』為の、『一時の変化の成長痛』なのか、それとも『ウイルスにDNAがハック』されて『二度と元には戻れない』のか?

ここが今際の際、金輪際の見極めの正念場

…という『人類選別の時期』に最も力を発揮するシンボルの『ルシファーの意志』が宿っていた人というのは、まさに『中道・中心』を見出す為の『自然のバランサーである役目』を果たした『縁の下の力持ち』

人類選別とルシファーが重要だったと理解した話

だから『その縁』を繋いで『恩を恵んで』くれていた『根拠』が『何処にあったのか』と言えば、『理想』を思い描き、『古き良き』を思い出す『先祖達に気』を巡らせる『心と向き合う素直さの悳』にあった

その『悳』から『根拠の無い自信(夢)』が伝わり、その『伝わった自身が共振』するように、『夢日記』を書く(・ω・)φ

その手は『石に意志』を刻む、『紙に筆』を走らせる、『紙に鉛筆』で書きなぐる!!…という時代は、『熱量が文字』に込められて『濃く深い味わい(加味)』があった

しかし現代のキーボードや画面タップで表示される『データの文字』には『人の熱意』は伝わらない

故に『文字』で『心が感動』できる『想像力・読解力・発想力』というのは『努力で得るもの』ではなく、それは『この現実』に限った話ではなく

『別の現実世界』でも、『姿形』が変わっても『同じ事をやり続けている』からこそ、『腕に憶え』あり、という『根拠はない』けどできてしまう『完全感覚Dreamer』なんだろう(笑)

面白いよね

弘法筆を選ばず
空海は『道具』にこだわらない

これは『即身成仏』を言い換えているようなもの
『仏の世界』と繋がってる時、空海は『肉体ではない』←ここ重要

つまり『人の体(道具)』はなんであっても、『自らの意志を反映』させて動かす、自由に今の心を動かす力=『念動力』

最近は、『他人の体(武術家や障碍者)に憑依』する違和感を色々と夢で実感している(笑)

和静加味で大山祇神?武術家の夢から ヤマ・ニヤマの戒律の自己解釈へ

小人症の体に憑依して内観した後、脳波器具を使って調べてる夢

これは「どうやるの?」と言われても、『体感なくして理解なし』の感覚しかない

口で虚ろな事を言えば『嘘』になる
だから『真言(体感)』しか言えない(´-`).。oO

『補足』をつけると細くなる『奥の細道』
(つまり、例えを増やすと何を言いたいかわからなくなるという…)

ま、結論として

想いを込めた『凄い熱量を感じる筆圧』で『裏に神代文字』が浮かび上がる『少年の夢ノート』

あれが『心を生み出している』のか…と、心に素直に従う=悳を生み出す『心(正念)』があった…その心を『支える心(見守る)』もあった

心に心で心が支える…確かそんな漢字あった気がすると調べると・・

「惢」(うたがう):「人を疑うこと」を意味します

だっはっは(^∇^) Σ(゚д゚;)

やっぱり面白い!この世界は『根底から精神を否定する』というねじ曲がったわかりやすい『心を嫌う都合のルール』でできているようだ

『ひとつ』の心を支える『ふたつ』の心
これを『親子』として見たら?
少女、母親、祖母の『三位一体』とみたら?
心代わりの『位置の三つの循環』と見たら?

『立場』が変われば『心』も変わる
『夢見る少女だった心』もあれば
『夢見る少女じゃいられない母心』にもなり
夢見る少女も母も『そんな時代もあったよなと祖母の心』にもなり

祖母は孫に文句をいい
子は母に文句をいい
母は祖母に文句をいい

『誰かのせい』という『穿った物の見方をしたネガティブな人』が『心という文字の表現』を『歪』にしてしまっただけ

祖母は孫を気遣い支え
子は母を気遣い支え
母は祖母を気遣い支え

それが『精神』であり、心は元来、『支える存在』を示す
悳徳恩恵=全部『めぐむ』と読み、これらは『縁の下の力持ちの精神』である

精神=心とみた時、その『心=精神を否定する社会』の『常識や概念の偏見に傾いた世界』で『与えられた正しさ(基準)とは愚かさである』と見せつけられているようなもので

私は「惢」(うたがう):「人を疑うこと」
をそのままの意味で『盲信する人を疑う』

なんで『二つの心が支えてる』と思わないのか?
そのまま「惢」うたがうを続ければ、こういう漢字に変わる→『崩』

心が崩れる→体調が崩れる→精神が病む

そうなるように『疑心暗鬼』になるように『言霊』を変えられてしまっている

…『根底から気持ち悪い世界』なのに、その気持ち悪さに『唯一気づける日本人』が、気づかないまま『与えられた都合のいい嘘を盲信』している

『根拠の無い自信』の反対は
『明確な他人のソース』(信用・信頼)

でもこれがまた『八百長の八百万の神=帰依』なのよ

八百万の神(不自然)という偽り 執着を手放すまでの意識の古布典落語

信用=人が言うを用いる
信頼=人が言った束のページ
それに『法的権限』を与える都合
他人は『都合に合わせる多数決』

この『言う人=専門家』もまた、『都合のいい御用学者やお抱え弁護士、裁判長、警察署長、経団連に宗教法人』などが『公共のメディア(無料=無責任)を』使って『他人に言い聞かせて洗脳』していくと?

『明確な他人のソース(信用・信頼)』というのは
『権力を持つ少数派の意志の代弁』に過ぎず

『世論はそれしか伝えられない(情報統制)』から、『限られた選択のトロッコ問題』のように、『考えても答えのない状況』に追い込まれ

「それはトロッコ問題を作った奴の罠だよ!」気づけ!(*」´□`)」 という『根拠のない自信の発言者の言う言葉』は耳に入らず『馬耳東風の馬の耳に念仏』

…そしたらもう…ほっとけ┐(´-д-`)┌となる

そして何も『無くなる』
『支配』もないが『束縛』もない
『自分』という『存在の輪郭』が必要無くなる

吾は『空気』で吾は『海』
ただそこに『在る』…在る?!

ならば『意味・忌』がある(๑•̀ㅂ•́)و✧心吾Σ(゚д゚;)悟った

そんで心と向き合い『夢に至る=即身成仏』
即、身に成る仏=閃(知恵)

こうやって『自己解釈』していかないと
『前世の言葉』は『後世で言霊』として宿せない

『宿す=解釈して納悳する』と言う事
『先祖を供養して宿す』とは文字通り…

『只(ロハ・無料)の言葉』を『唯(ゆい)の言霊に昇華』させる為の導きのガイド=水先案内人

それが『別世界の自分=ハイヤーセルフ』
高次元…ではなく『向次元』だろうな

『向上する次元』ならハイヤーだけど
『向う次元』ならば『別の現実の自分』の世界

それこそまさに、『汝、己を知れ』と
『心』に伝えられ『忌』を知り向き合う事になる

うーん、今日もたくさんのアセンデッドマスターな宿した先祖達がワイワイし始めたので

٩(ˊᗜˋ*)و♪(*」´□`)」(๑•̀ㅂ•́)و✧

この辺で閉め(・ω・)φキリガナイΣ(゚д゚;)Σ(゚д゚;)Σ(゚д゚;)

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