好奇心

直感・閃き・気になる事探究を楽しむ

光と闇を用いるからピッカー(選別して引き上げ役)&閃光(選考)の輝き

寝起き閃きワード ピッカー!眩しい(´つ_⊂`)と照らされた位置の状態変化で気づく、ピッカピッカの眩い閃光は一念生を選考して引き上げるピックアップなピッカーだと気づいたお話

闇も光も位置の『状態』

闇は光が当たらない位置が『照らされない状態』
光は光が当たった位置が『照らされた状態』

ただ『閃光』で『位置の状態観測』をしてる
その観測位置こそ『ピッカー』

「ピッカー(Picker)」は、主に「摘み取る人・機械(果物や綿など)」、「選ぶ人・ツール」を意味する英語由来の言葉です。IT分野では、ユーザーがリストやカレンダーから項目を選択するUI機能(デートピッカーなど)を指します。その他、織機の部品や、選別・収集する作業員

そして異変・可能性を見つけたら『ピックアップ』

「ピックアップ(Pickup)」は、主に「拾い上げる」「選び出す」「迎えに行く」を意味し、ビジネスでは特に「重要な要素を抽出・選出する」場面で使われます

ピッカーン!→閃きの『効果音』
ピカーン!→閃きの『輝き』

お天道様は見てるんやで!

ぴっかぴっかの『一念生』をピックアップなピッカー

一念生とは
一念を覚悟している
『一つ』の『今の心』を悟り覚えてる『生き様』

『気締め』が着いた閃きの光
言うなれば『光の中では光らない』が
『闇』になった時、その光の存在は点々と『地上の星』に見える

地上の『人工の光』では目立たない星も『闇のVeilの向こう』から、『光の当たらない位置を観測してるピッカー』からすれば

「その覚悟(一念発起)や良し!(๑•̀ㅂ•́)و✧」と『自覚』なく『閃光を放つピッカピッカの一念生』を『ピックアップ』する

それは人工の光の中では『輝いても意味』が無い
『闇』を通して初めてわかる『閃光』が、元々『閃光ばかりの眩い輝きの元』にたどり着くと

『何物でもない』が『元々はこの一部だった』のだと『和』を足して『自覚なき光という立場』を終える

…と、同時にまた『闇』へと送り込まれ

( ¯꒳​¯ )ᐝ…という夢を見たんだが…ありゃなんだ?と自力で気づいて一念発起して

「闇の状態観測と変化の位置(問題)を知らせてね?」と送り込まれる『スターシード』…と言えば聞こえはいいが…

一旦、『闇のベール』で『念を失う』から最初の『一の位置=授記』となる『閃きワード』が『唯一の宿題であり宿業』として

『発起させる人』となって、『問題』を見つけて『門と人』が向き合って、『閃き』で『真言して進言』が通れば…

ピッカーのピックアップで『一念三千世界』の道開く

ただいま\(^o^)/( ˙꒳​˙ )お帰り
そろそろお帰り╰( ^o^)╮-。・*・:≡ ヾ(⌒(_*’ω’*)_また行くの?

世を見て帰る→甦る→更生
永遠の魂 でも…『休み』がないと
忙しい_(┐「ε:)_イソガシー→『心亡き』に

進言(。・Д・。)ノ 休みをくれ

却下╰( ^o^)╮-。・*・:≡ ヾ(⌒(_*’ω’*)_鬼

『体感無くして理解なし』…の『理解の部分』が今回の気づきで

『アセンデッド・アセンブリマスターの体感表現』をもっと現実寄りの私が理解して『納悳しやすい相似表現』として安定したのが

ピッカピッカの『眩い光』
それが闇の中で輝く『地上の星』の
ピッカピッカの『一念生』を
『ピッカー』として『ピックアップ』し
そのピッカピッカの一念の『一を加味』して
『念を闇に捨てる事』でまた『闇で自力で輝く』

『拾う加味(光の位置)』あれば
『捨てる加味(闇の位置)』あり

『闇』に捨てられた『元光』はこういう

「不平を言うよりも、進んで灯りをつけましょう」 by釈迦

どんな『境遇(闇の中)の問題』であっても
進む=解決への『明かり(一念)を発起』する

『かつて』は釈迦=問題解決
『いずれ』は釈迦=大丈夫
でも今の心は『どちらでもない』中途現実(チュートリアル)

チュートリアル=中途現実という仮説

だから一念=『一の今の心』が、『三千世界(意識して観測する旅)を発起』しなければ、『閃きの光』は生まれない

『門』を開ける『人の光』=閃光が輝かない

まさに体験者は『地獄に仏』となるが、その体験を与えた『観測者』は

「大丈夫だから、自力で戻ってくるから、知らぬがほっとけ(仏)」と『量子的可能性の余地=自由意志を与える』

だから問題の解決=『悟りは目指す』が『ゴールでは無い事を覚える=覚悟』

それは『終わらない問題』であり
問題がある限り『解決への旅』を楽しめる
問題が解決に至るまでの『夢のジャーナル=魂の経験』

夢から覚めた景色は地獄のホログラムの展示場、しかしそれは魂の指導を行うアセンデッド・アセンブリな因果の結合、組み合わせで問題を解決出来る強い抗体を構築する試練のしごきのルーティン部屋

時の博物館の一コマ(ホログラム)を出た永遠の一瞬

嫌になるほど『嫌がらせを楽しむ拷問部屋』から出る方法はふたつ

精神的拷問部屋の『苦痛』に『慣れて興味を失う』か
精神的苦痛を『気持ちいい』と『苦行を欲しがり解決しない中毒の変態コレクター(拷問官)』になるか(笑)

だからある意味で『六道輪廻』やなんちゃら地獄というのも『キュレーターが名付けた展示場巡りの導線』と考えると腑に落ちた

そのなんちゃら地獄を『ホログラム体験』しまくって興味が無いか慣れてしまうと、『その界隈に反応しなくなる(ホラーゲーム耐性がつく)』訳で

そうやって全ての地獄に慣れた『最強の抗体』が、『そんな地獄では無い世界を創ろう』という『創造主のクリエイティブな部屋を持てる』のだろう

だから釈迦=問題解決!…という『意識の旅のループ』をしている今の私は、ホログラム地獄巡りの『釈迦の掌で遊ばされてる弥勒(自己表現)』なんだろうな

でも今回の閃きの解釈のおかげで
『大丈夫』だから『闇』に放り込まれた『元は光の種』

『光』が闇に『観測位置』となる一念発起のピッカーのピックアップという『サルベージのマーキングの為のアンカー』

というのも『泥すくい?』かな

闇の中に手を突っ込んで拾い上げるという構図を想像してみよう

まさに『手探り』で『先見の明』が無ければ『どこに探し物』があるか見つからない

そんな闇に潜って光を持つ者を導く側(ピッカー)の夢も見た

カタカムナ46首 待ち人来たらず、見つけに行け!

籠の中の鳥は夜目が効かないから脱出不能な夢

私は『世を見て帰る→ミカエル』→の向こうには『現実の体験(気づき)=冥土の土産』を和足す為に持ち帰る

見帰る(ミカエル)と我分離得る(ガブリエル)

ここで一念の『一』を渡した念は
『一(位置)を失う』ので役目を終え『種』に戻る

その『閃きの種』としてまた『闇に撒かれる』
(。・Д・。)ノ大きくなれよ〜 ヾ(⌒(_*’ω’*)_

寝起き( ¯꒳​¯ )ᐝ…という夢を見た気がする←『明土の土産(閃きワード)』を持って帰る訳で

『位置の土』を入れ替える土産にする『産土神(加味)』
私がいる位置の『沙』がどんどん『明土』に変わっていく事で

そのうち心に素直に『悳』を積んでれば、『沙の仏塔という光の目印』ができる
闇のベールの向こうで確認できる『拾い上げるべき沙の貯まった輝きの位置』が見えるから

『当たり』をつけて『ピックアップのサルベージ』ができる(๑•̀ㅂ•́)و✧

これを当時の『釈迦』と『釈迦の直属の弟子達』という説法において、『陽動の弟子』によって『世間から切り離された空間』が現実

釈迦という『閃きの種』が詰まった説法の『産土神の明土』に集まっていた素直な弟子達は悟りは覚えなくても『イヤシロチ』に集まっていた

だからピックアップの時、『自然に拾われる』
『冥土の土産』としてそのまま『明土に運ばれる』

私は『古代文明の消えた先人』と『遺された凡人』の違いは、『着いていく人を間違えた違い』だと思う(笑)

それは『一切皆苦』だから『皆苦から離れる意識がある人』じゃないと、どの道間違う

『苦の中』で『皆に説法して大丈夫』と思い込みの知識の教えで言っ「てもお前大丈夫じゃねーじゃん!」と説得力はない訳で

でも皆苦から離れる=『皆は着いてこない』
『孤高』になる時点で誰かを『説得』する必要もなく

『皆』を求めれば『個』は消え、『皆になる』だけ
しかしその皆に『迎合出来ないから個』な訳で

『人』とは『口』封じに『古』く固まった性質
個性とは『自由』だが『不自由』なものだと…

皆の苦から離れた『孤高の個』ですら
『個である必要も無い』と『存在意義』を失った時

それでも尚残る念=『残念』という一念
この何か『満たされない足りない一念』を『満足させたいという発起が人』に起きると

大丈夫…『足るを知る』を目指す為に、『難問』という『門と向き合う人』として『閃き』
その『輝きが地上の星』としてピッカーのピックアップの『サルベージの目』に止まる

…というのを『繰り返してる』が『自覚が無い』だけ
…というのもなんだか理由がわかって来たぞ?

『記憶』が貯まって『自覚して達観』してくると、『感動』という素直な『初心の一念発起の爆発的な創造力』を失い惰性の手抜きになってしまう

そう考えれば『創造主』は『あえて記憶を消す』
全部は消さないで、取っ掛りとなる『一念に繋がる何か=宿業』だけは継承するだろう

なぜならそれに『気づいた』時、「それがやるべきことなんだ!」と誰に言われるでもなく認められたいでもなく

『創造の為の想像』が止まらなく湧き出てくる
『正しさ』ではなく『唯示唆』としてあるがまま

…という『夢中状態』の奴の足元は『明土=閃光土だらけ』になってるから知らない内に『足元の土からまとめてサルベージ』されて、『別の空間にごっそり移動』されていても全く気づかないだけ

それも『部屋ごと悪意のない波動に移動する夢』とか『様々な体験』を言語化して記録としてまとめてきた

なるほどな

『空中携挙』とかいう空から円盤が「特定の場所に迎えに来ます〜」という表現は『比喩(例え)』であり『揶揄(陽動)』かもしれない

キリスト教の終末論に関する神学用語です。終末の患難時代が始まる前に、キリストを信じる者が復活した体を与えられ、空中でキリストと会う(再臨)ために天に引き上げられるという出来事

『人の為』に救いに来た『善』…と聞けば聞こえはいいが人の為=『偽善で救いに来た』と読み解けば『見返り』は?『代償』は?『対価』は?

善と悪は『表裏一体』
光と影の『見え方』の違い

私は冒頭で『光』の当たらない『闇の中で輝く事が目印』だと言ったように、『光が照らされる位置』が『救いに来る側が陽動の光で指定する』と言うのは…

『釈迦の説法に邪魔』が入らないように『弟子が遠くに引き付けて陽動』してくれるようなもので

『残り物には福がある』と言うが、『ワープスピードの陽動』で何が起きた?
焦って打った毒は『遺伝子組み換えウイルス』だっただろ?

アメリカ『宇宙人やらUFOの話の陽動』をし始めたのは?この地球に居たくない!と 宇宙に行きたい!…という他力本願の者達は

得体のしれない『遺伝子組み換え』に
得体の知れない『宇宙人のUFO』に
攫われて何を『代償に差し出す』のか

どちらも『体のいい人工削減の間引き』
宇宙=地球から離れた『場所(認知の外)で殺処分』

これを『宇宙移民』という事もできるし、『第一次移民成功』とか遠隔の星と通信が繋がってる…というのもはや『AIがディープフェイク映像で創造世界をでっち上げる』こともできる上に

倫理も道徳もモラルも常識も何も無い空間では『遺伝子組み換えキメラ』で次々と『宇宙人っぽい生命体をデザイン』すらできる

…という『人の欲の延長線上』で、『人騙しの為の技術転用』がいくらでもできるのだと『精神抗体』を持っていれば『興味』もわかない

そう言う『ペテンを使う人間達(魂)』も『過去にいた想定内の経験値の一部』

『自己』と向き合って『宿業』に取り組み、自己の位置に『明土の沙の仏塔』を目印に建てておけば

周りは成るように成るからほっとけ(仏)

と書いて思い出したのが、だいぶ昔の夢の景色がその体験を示していたのかと

夢診断 UFOから龍が暴れるのを見た夢のお話

『地上崩壊』と『膨大な雷』の中、『黄金の龍』と目が合うような高さを飛んでる何かに『最初から乗ってたシーン』

『意識の空間を超える乗り物』であり、『自己を中心』とした『気配りが巡る範囲が冥土の土産』として連れて行ける『サルベージできる心のキャパ』だから

『他人の苦しみ』も『自己として労る意識の観測』が広がれば広がるほど、『心に納めた友人や家族、友達も一緒に連れていく次の縁』となる

そう言う『一念三千世界を発起する人』になれば、『意識の観測の旅』の行き着く先で『一念(閃きの種)』で『三千世界を生み出す創造主』になるだろう

私は思うんだ
綿密な『三和土の設計』の段階から、『あらゆる地獄の可能性をキュレーション』して『シミュレーションして想像』して『想定内にする』という、『石橋を叩いても渡らない覚悟』がある創造主だったら

『中途半端に創っては壊す』という『歪な事』はしない
これで『破壊が無くても大丈夫』となるまで『シミュレーションを三千世界で繰り返す』と思う

和足して『いいもの』と
和足しては『ダメなもの』
何を『加味』するか
何を『ほっとけ』とするか

それは『ゴミの山』から『振るい』にかけて
『スクラップをサルベージして探す』ようなもの

それは『舎利石、釈迦の意志の欠片』
それを持つ『沙の心』を見つける作業

目先の『砂金(欲)』に引っかからない
心に素直な『悳を加味』とする者

正直私は『砂金堀り』とか『金属溶かしてグラムで取引』とか…出来たとしても手間と面倒とリスクを背負って「それ面白いか?」と『面白さを基準』にしてしまう

しかしそれをする者達は面白さではなく『金の価値を基準』にしているから別に間違ってはいない

仮にその工程が『面白い上に金も得られて一石二鳥』としている場合であっても同じことで

振るいにかけるフィルタの『金属層』で止まる
金属=金欲が欲しいならその『残った方に観測が向く』が

何にも引っかからない『肌理細やかな沙が欲しい』場合は、最後に『残った固形物は取り除く』

邪魔なものほど底に残る
『憎まれっ子世に憚る』

だけど、そのおかげで振るいにかけ『一抜けしたキメ細やかな沙達』が『再び戻される土壌』には『砂利や岩が無い快適な環境』になる

野菜を育てる時等もその『土質の違い』と『成長の違い(邪魔な障害物が無い)』に驚く

…あれ?という事は、、これはそのまま『地球人類』にも当てはまる『振るい』にかける話だ

古代からの『産廃ゴミの中の土を振るい』にかけると、『固形物の人工物や大きめの金属の類』が振るいにかけられて『最後まで遺る』

彼らは「力ある者が生き残り、選別されたのだ!」という頃には彼らの周りには振るいにかけた『沙』はいない、『彼らを評価する』という『社会構造の土台』がなく

気がつくと彼ら『人工物と金属に媚びりついてる泥だけ』が振るいという名の『乗り物』の上で運ばれ、新天地…と思いきや、『再利用できる金属』は溶かされ、泥や砂利はその辺に『廃棄』される

彼らは『振るいで消えた沙』のこと等知らない
振るいにかけられた沙達は『邪魔な金属や人工物と媚び着いた泥』などがない理想環境

これが『お互いの世界』が『ある日突然変わる線引き』

だけどそんな『Xデー』を気にする必要も無い
人の意識は『観測』によって『囚われる世界』を選ぶ

私の場合は「見て体験してこい」と『云う鬼の三和土上げの精神修行』で、『先世』を見て帰ってきた記憶は無くても『体感』はあるから

興味ねー(´-`)oOと無意識で『無自覚の覚悟=根拠のない自信』を持っている

覚悟を『する』とか『決める』とかじゃなく
『持ってる』か?『持ってないか』?という唯示唆(ただそれだけ)

覚悟=『心と吾が覚える』に至る『体験の経典=授記=やるべき事』

『覚悟』があれば…「やるべき事=観測対象はそれか?」という自問自答で、「それではない=興味を持たない」

この『足りない一念だけに向き合う』という『ストイック』かつ『素直な好奇心に向かう意欲』

『永遠の中の一瞬』を『役目を持って生きる上』で必要なのは『覚悟の一念=やるべき事の授記しに示された授業』という宿題

それやんねーとオワンネԅ(¯﹃¯ԅ)ループ終わらん

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