寝起き閃ワード ドクロと書いて髑髏(しゃれこうべ)、らんちゅうの枯れた姿に重なる事から深読みすると…漢字が語る新たな世界へ
どくろと書いて髑髏
( ¯꒳¯ )ᐝ?ドクロ?
風雨にさらされて白骨だけになった頭蓋骨(ズガイコツ)。 「曝(さ)れ頭(こうべ)」の意から。 「しゃれこうべ・ドクロ」とも読む
さて、一般的にドクロと言われると、最近だったらワンピースの影響で海賊旗、あるいは呪術廻戦などから骸骨や骸
仏教では、髑髏(ドクロ)は人生の無常、すなわち、物事は永遠に同じではなく、変化するものであることを象徴
・・となるのだろうけど、私にとって風雨に洒落された頭とは
らんちゅう=乱中(戦時中)
金魚草の枯れた姿=髑髏
こんな格言がある
実るほど頭を垂れる稲穂かな
学徳が深まると、かえって他人に対し謙虚になることのたとえ。実るほど頭 (こうべ) を垂れる稲穂かな
一見、『礼儀正しい』ように見えるこの表現の意味の解釈。その『流儀』は『誰』に教えこまれ『どこの誰に頭を垂れる』事を意味するのか?
JA(農協)のマーク
『支配者』にとっての『都合の良い意味』にしか聞こえないが
普通に考えれば
ただ豊作の収穫期の景色
それを風刺して切り取った黄金色の田んぼが見える稲家の秋の光景
それ以上でも以下でもない
これを逆にするとこうなる
枯れるほど髑髏を垂れる稲穂かな
『らんちゅう』という『高価な金魚』に似ている『金魚草』。戦時中の乱中の激しい『人の波に荒らされた田舎の美しい花達』は『蹂躙』され見るも無惨な『髑髏』となる
洒落頭
水の流れ西に落ちる頭
『西に頭を下げる』構図?
…、え?嘘だろ(´・ω・`)シャレにならん
これがらんちゅうの絵と川柳の言霊か
北の血がどくどくじょんがら節になる
どくどく→髑髏
(´-`)oO{昨日はそんな要素は何も無かったはずだが…
これは髑髏の漢字を分解読みしてみよう
髑髏
髑=骨+目+虫
さて、古い言葉の『レッテルワード』の解き方は
口封じ→口=隹
虫=日
つまり『旬』となる
骨が監視の目で旬を護ってる=髑
骨が串女を護ってる=髏
これが『頭蓋骨』だとしたら
『旬の串女』
串とは
「櫛」と「串」ですが、語源は同じで「不思議なこと」=奇し、「霊妙なこと」=霊(くし)びという言葉からきているそうです
今が食べ頃=旬=『実る稲穂』
霊が宿る、『礼儀がある』
櫛稲田姫=クシナダ姫
久志のオホナミヒメか!Σ(゚д゚;)2つの意味で
カタカムナ78首ででてきた
穂波姫=金色の豊作
大波姫=荒れ散らかす風雨の惨状
実れば『稲穂』
枯れれば『髑髏』
そうなるとそれを護り育つまで見守る骨のある奴
骨は全体を支えるしっかりした者
=武士・侍・力ある者
と同時に『田畑を護るコツ』を知っている『知恵者』
その頭目が『牛=牛頭』、それと協力する『馬=馬頭』で
稔田洞須(ミノタウロス)と健田洞須(ケンタウロス)
『賢き知恵』と『見守る知恵』
『穂波姫=霊の宿る地』を護る為に戦いたくないが侵略者と戦ったが、『負けて洒落じゃ済まない髑髏(しゃれこうべ)』を垂れる
『阿弖流為』も坂の上の田村麻呂に連れられ『西へと捕虜』になったように『西へ落ちる』
これがホントの『駄洒落』
天高く馬肥ゆる秋 ×
馬肥ゆる(太)西に落ちる秋
『太』とは『大きな物事』を指す
馬の大きな物事=『馬頭』
『馬の頭』が切り落とされた地
その由来の場に『馬頭観音』
偶然だろうか?
私は残された者達の『じょんがら節』を感じる
でも、悲しい歴史=侵略され『破壊される前の景色』が見えてくる
なぜ『襲』われる?なぜ『奪』われる?
『龍の衣』を来たなりすまし=襲
一人の隹の寸劇(天邪鬼=裏切り)=奪
『満たされた空間』ができると
『満たされない空間』がそれを求め奪う
しかし、その満たされた空間とは
『場所や状況』ではなく『人の心』という見えない空間
どんなに『物』に満たされていても
『心』が満たされていないと『満足』はない
だから満足している者=『豊作の環境を襲って奪おう』とする
襲い奪うために龍の衣を来て大いなる隹の寸劇をして近づいて『裏切る』
『手引き』して壊す=細胞破壊『ウイルス』
しかしvirusもまた
I VR us
『私』と『仮想空間』と『自分達』
『そう思う』から『そうなる』
色即是空、空即是色
豊作の世界
かつて『それ』はあった
『成しえた空間』があった
『枯れた』という事は『満開』があった
その時の『靈的精神性』を意識に宿す
『西』に落ちて『頭』を垂れる必要のない
『髑髏=日の元』を護る精神
護るは場所に在らず『心』
…なるほど(´-`)oO{そういう事か
私は昨日寝る前にこんな事を考えた
人は一人で生きているのではない
『心と共に生きている』のだ
…そうなると、『私の心』が『人を憂い』なんとかしてあげたいと『慮る靈性』という事は、『絶世の心が美女』ではないか
その『美女の願いを叶える為』に『現実で行動に反映して実行』出来たら『精神は超絶イケメン』ではないか
心に素直に従う=悳を積むとは
病める時も健やかな時も常に一緒の『最愛の存在の為』に、『互いの喜ぶ事』をしてあげたいと『慮る事』
だから『心が全て』
『心が観せる空間の中』では『一人』
それは『恩』
巡る『因縁』を『支える心』が恩
『口』の中の『一人=大』を支える心
『恩』を感じる時『心地よい』
お互いに『足りないを補う』気持ちよさ
それを『他人(過去の自分)』という『異性』に求めるから人は『凸凹の目先の快楽に囚われる』のかも
でも『心が最愛の存在』だと感じたら
『最愛の存在に尽くす事』以外に何も無い
津軽じょんがら→金魚(らんちゅう)→髑髏→かつての惨劇は実る田の洞須の牛の国
満たされた『稲穂の金色の景色の国ジパング』
そこまで飛躍的に意識を飛ばす
『絶望』があるから『希望』があったと気づく
『不要なもの=憎まれっ子世に憚る』からこそ
大事な大切な『失われたかつて有った存在のカタチ』が甦る
『今の世』を観て自由に生み出す『可能性』
それが『観自在』であり『現一切色心三昧』
と、やっぱり
北の血(風土)がどくどく(毒・独)じょんがら節(武士)になる
『千徳=常縁和尚』を語り伝える
『点と点』を繋いで『線を説く武士』になる
『家臣』が『進化』、『千徳』の『線解く』!(((o(*゚▽゚*)o))) Σ(゚Д゚)やっぱり駄洒落
でも私は『節=訳詞如来』
慮って穢れ・気枯れを相似して掃除
奌辿(けがれをたどる) チ。を動かす
…(´-`)oO{それで『蜘蛛の糸』か…
一人で助かろうとするなよ?と
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