好奇心

直感・閃き・気になる事探究を楽しむ

同音異義語と役割 駄洒落は高度な哲学

『ひなん』という漢字の同音異義語の例えから学ぶ『元』があって『次』がある、『役割交代』していく人生はロールプレイング。おまけに駄洒落は『高尚な哲学』であるという話

人生は『次元』をまたぐロールプレイの『批難』訓練

非難とは
問題を取り上げて文句をつける事

『問題』を取り上げて文句を言う『難題』
しかしそれは『なんだい』?(・∀・)

と『向き合う事』で
それは『難に非ず』になる

『難』があるから『有難い』学びとなる意味では、『避難』して『対岸の火事』を『傍観』するように逃げ回ってりゃ、いつまでたっても『難』の『元』の『火事の原因』が分からねぇ

火事起こしてみ(問題を起こす加害者)
火事にあってみ?(問題に合う被害者)

非難

その『原因』はなんだい?(難題?)

…でもそのために問題を『起こして起こされての業の回収』をしないといけないなんて

『難儀=難しい儀式』な事よのう┐(´д`)┌ヤレヤレ

苦労すること。 面倒であること。 迷惑なこと。

でも『原因と結果』の両方から『難』を知れば『難』って事はない!

こんなん(困難)簡単さ!ʅ(´⊙ω⊙`)ʃΣ(゚д゚;)

起きる『因果』の『法則』を知らば
起こさない、起こさせない『応報』を止める

避難とは
問題を避ける事、巻き込まれないようにする力

『避難』していつまでも『問題』と向き合わないから『簡単』な事も『難しい』まま

まさかのこの2つの『同音異義語』が『対比』になって『説法』をとかれるとは思わなんだよ(15分の寝落ち閃)

『次元』上昇?『元』をただしたか?

さて、上記の同音異義語の法則を知ったら、『次元』という『元』に対して『次がある』という事。加害者と被害者のその後ってのは・・

騙された奴の次の世界は『騙す奴』

騙された奴は『騙される心の苦しみ』を知っているからこそ、『騙されないように抑止』するか、騙されるくらいなら『騙し返す!』だってやられた分はやっていいと

『騙す奴』になる

だけど、その『次元』において『騙す奴は拒絶される世界』なのだから、人を騙しはしない。騙すやつを止めて『騙される者を減らす』、これが当たり前、『そいつらが大半の世界』になるのは必然なので

『生きづらい世界』で『苦しむ事』を体験する

騙した奴の次の世界とは『騙される奴』

騙した奴は、騙して『簡単に手に入るもの』は全て空虚な『偽物』である事を知り、飽きて『詰まらなく』なる。人を『騙した報い』は自分を騙して『偽りで生きていく事』、自分の道ではなく『他人の道を破壊』する行為

それに心底『虚しさ』を感じて飽きたら自ら手放し『足を洗う』事になるだろう。詐欺師がたんまり稼いだから『隠居して引退』…とはならず、尻尾巻いてビビって逃げた途端、『背後から襲われる』のが『騙し騙されの世界』

一度でも人を騙したら『嘘に嘘を塗り固めて地盤』を作り、その『嘘を護るために去勢の虚構』を貼り続けなければ生きていけない。人に『弱みを見せられない』から、『弱みが暴かれない』ように『騙し脅し』を正当化

『化けの皮』が剥がされないように『心の休まる日々はない』

どんなに『大物』になったとて、大物になればなるほど、『敵(裏切る可能性の仲間)』も増えていく、人を『炎上させた業の数』だけ、自らにそれが降り注ぐ『因果応報』

そんな世界に『嫌気』がさして離れられたら、『人を騙さない側に回る』か、『かつての騙す自分』を客観的な体験として『被害者となって身に染みる』事で 『自己半生(反省)』になる

その『両方の繰り返し』をした者の次元は『被害者』にも『加害者』にもならないと決めて『中道を貫こう』と我関せずと『両方の動向を見張る』ようになるが・・人情にほだされ『人の為』という『偽』に引っばられると

①「人を護るために騙すのは手段である!」という『正義寄りの正邪』か
②「悪を滅ぼすために騙し討ちしてやる」と『邪悪に寄る』かの『邪な介入者』となるか
③その両方に睨みを利かす『抑止力』となるか

いずれにせよ、『気にしなくていい事』を気にして囚われて『自分の事に集中できない』で『外』にばかり気を向けた本末転倒の何にも達成しない人生を送るだろう

これが『非難・避難』のすべては『想定の訓練』という言葉の真と役割のエネルギーのリンク

問題を『生み出し』、問題に『向き合う』と『難』に『非』ず
むしろ滅多にない『有難い』成長の学びの過程

『元』があって『次元』がある
『原因』があって『結果』がある

『今』という結果を『生』きる意味は
『元』という原因の『死』を知る事にある

あなたがもし『善人』ならば『かつては悪役』
あなたがもし『中道』ならば『善悪を経験済み』

だけど今は『他人の経験』という『情報共有社会』で『知ったかぶり』の『偽の思い込み』が人を道に迷わせる。『知識や経験』という『外部から与えられた情報』がなくても、生まれ持った『性質や性格』に反映されている

『性善説、性悪説』、それは個人個人『みんな違う』が、それは『他人と比較』するものじゃなくて、自分自身の『内面から湧き出てくる衝動』と向き合えば『今の役割』が見えてくる

そう言う意味では、私の記事を読みに来るような人に『善人や悪人に振り切った人』は居ないと確信しているし、ましてや『無知蒙昧な他人任せの思考停止の人』もいない

なぜならそう言う人には『私の伝える内容』は面白くないから『リピート』にはならない

『善人』にも『プラスになる事』は言わない
『悪』にも『後押し』するような事も言わない

『自分で考える重要性』に気づいた『中道』か「無いなら自分で生み出そう!」と『自分で知恵を生み出すような人向け』に『自由な発想』を与えるような事しか『発信』していない

『波動が共振』しなければ心には『響かない』

同音異義語、『同じ音』なのに意味も用途も『伝える感情もエネルギーの方向』もまるで『逆』になる『役割』のような不思議な言霊

『同じ言葉』なのに『元の次元』を経験した人は『立場が変わる』事で『受け止め方』がまるで変わって『違和感』を感じる

だから私はことわざや格言に使われている『漢字ひとつ』とっても「そうじゃなかったよな?そう言う意味ではないはずだが?」と感じ『教科書の本通り』で、ルーツも何も考えず『思考停止』で『与えられた教育を施す』ような先に生まれただけの『先の輩』の教える側を信用しない

先輩という輩の戦敗から荒廃へ

カタカムナ55首 説明(現実)と説教(主義)と説法(理想)

一切皆苦(下)と一切皆空(上)

そんな世の中の『根本』から『狂ってる事』を一個ずつ見つけて『納得』するように

『咀嚼』して『租借』して
『噛み』砕いて『神』砕いて
『分解』して『文書い』て

呑み込んでいるのだろう

同音異義語、『音』と『漢字』の不思議
漢和辞典、『和漢(わかん)』ないし『百済(くだら)』ないし『新羅(しら)』ない(かつてはあった)

『言葉』で『失われた歴史』を『観音』して繋ぎ直そう

おまけ 駄洒落の哲学 世界を繋ぐ力

例えば

アルミ缶の上にあるミカン
布団がふっとんだ
電話に誰もでんわ

下らねえ┐(´-д-`)┌Σ(゚д゚;)

『こんな反応』する人は、その瞬間に『創造主の思考プロセス』まで至って物を言っているのだろうか?(わかりやすく色分けしよう)

『アルミ缶』という『不自然な人工物』の上に『自然の果物』
その空間的景色の『硬さ』『柔らかさ』、寒色系『銀色の冷たさ』と暖色系『オレンジ色の暖かさ』の対比

物質領域におけるそこに『在るはずの無い』ものが『有る』という『存在概念』
それら2つの『相反する世界』がそこに『共存』しているという『多重空間』

それが・・『アルミ缶の上にあるミカン』ッッだ!!(強調)

あるみかん

深読みすれば『多段コンボ』の高等テクニックが発生しているのがわかるだろう。何気ない一言にどれほど深い『多様性のエネルギーが渦巻いてる』かわからない『ミラクルワンダーランドがそこに在る』のに気づかないなんて・・

そりゃ『人生の楽しみ』を『自分』で見つけるのが『下手』と思う(与えられたものを楽しむのはいっちょ前)

『布団』という穏やかに心安らぐ『静の領域』に突如、根本から存在と空間ごと『吹き飛ばして』なかった事にする『動』のエネルギー

ふとん

『誰とでも繋がる』道具なのに『誰にも繋がらない』という存在の有無を『ワクワク』から『絶望へ』の心の領域の哀愁が思わず口に出てしまった『虚無の空間』が残る寂しさ…

駄洒落は単純な『2つの言語を重ねればいい』というものでは無い…と感じるのは昔から私の中にあった『テーマ』である(謎のこだわり)

当時は何も考えず、思いついたら「これ良くね?(・∀・)」と所構わず発していたが…今思うと『例え=想像と創造の共通仮想空間』の練習だったのだろう

カタカムナ35首「例」 不可能を可能に変える力

上記の『解説』があったら、ただの『駄洒落』も想像して『空間の絵面』が見えたら『川柳』や『俳句』のように『面白い』だろ?

自発的な想像力がある人なら瞬時に『その絵』が見えて『共感』する
自発的な想像力がない人は「例えば・・」という『導くヒント』を与えないと絵面を思い浮かべるという『想像をしない』から通じない

故に『駄洒落に対する反応』が冷ややか(´・ω・`)Σ(゚д゚;)

駄洒落好きが言う『くだらない』は「クオリティが甘い!( º言º)」という『川柳』や『俳句』のような『切磋琢磨な駄目出し』だが、『駄洒落の哲学』に気づかない『想像力が乏しい者』は、『興味が無い』という意味で『くだらない』という

なので『駄洒落』を言う時は『相手』は選ぼう

…って最後は『俺への駄目出し』か(`Д´)ノ)罒`)

そりゃ思いついたら誰かに聞いて欲しいって言っちゃうけども!(そうか…伝える相手が間違っていたのか)

という訳で

単純な『音の響き』が持つ言葉にも『同音異義語』があり、その『言霊』を景色を想い浮かべながら想像すると、言葉に『託された想い』が見えてくる

全ては『この想いよ伝われ』という願い=イメージ=imagine=イマジン

シンプル哲学 想像に隠れたアナグラムの願い

イマジン=今『神』?今『人』?
あなたの『役割』は暇人?(・∀・)Σ(゚д゚;)

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