好奇心

直感・閃き・気になる事探究を楽しむ

能楽と世阿弥とまたインド(牟須)

急に思考がゼアミ…を思い出して書いたら世阿弥で…父親は観阿弥…阿弥の痕跡が能に?そしてここに唐(インド)との繋がりを見つける

寝起き閃き 世阿弥?

世阿弥 ぜあみ は、南北朝時代の1363年、大和四座の人気スターであった 観阿弥 かんあみ の長男として生まれました。 幼名を鬼夜叉、本名、元清といいます。 11歳の時、京都・今熊野での演能で、父・観阿弥と供に獅子を舞ったことがきっかけとなり、世阿弥は一躍人気役者となります。

能楽師・世阿弥とは能を大成した人物。世阿弥(ぜあみ)は能役者でありながら多数の演目を作り、今なお日本の演劇や芸能全般に強く影響を与えています。

のうやん(´・ω・`) Σ(゚д゚;)

能楽(のうがく)は、日本の伝統芸能であり、式三番(翁)を含む能と狂言とを包含する総称である。重要無形文化財に指定され、ユネスコ無形文化遺産に登録されている。

頭の中に世を編む=『繋ぎ止める』というキーワードと思考が生まれた時、よあみ…ぜあみ…あれ?確か『ゼアミ』っていたような?と漢字にしたら

世阿弥、世の中、世界、阿弥陀
いや、『仏陀』はまだの阿弥の世
つまりは『阿(縄文)と弥生』の頃の語り手

世を編む繋ぎ止める物語、それは決して表では語られてはいけない『隠蔽された真実を演目』として継承?『国宝指定で護られている』?

そんな自分の考えを勝手に構築して言ったら、その父親は『観阿弥』

観ている阿弥から世を創る阿弥へ『阿弥は継承』されている

それが能楽者から能楽者へ『能力の継承』

観阿弥陀仏(悟)→世阿弥陀仏(悟)→役目継承
『悟り』に達したらまた『弟子を生む』流れは一緒

という事は…

のうなん?(´・ω・`) Σ(゚д゚;)

それよりも私が気になったのは

最古の能舞台、厳島神社、日牟禮八幡宮の能舞台

『牟』の漢字が使われている日牟禮 ひむれ

日と牟で2つなのか?
日と牟と禮で3つなのか?
それともそれらはルーツが和合して1つなのか

伝承によれば、成務天皇元年(131年)、成務天皇が高穴穂の宮に即位の時、武内宿禰に命じてこの地に大嶋大神(大国主神)を祀ったのが草創とされている

なるほど(´・ω・`)『大国主』だったのね

『風姿花伝』第四によれば、能楽の始祖とされる秦河勝「六十六番の物まね」を創作して紫宸殿にて上宮太子(聖徳太子)の前で舞わせたものが「申楽」のはじまりと伝えられている

秦 河勝(はた の かわかつ)は、秦氏の族長的な人物であり、聖徳太子に強く影響を与えた人物とされる。姓は。秦丹照、または秦国勝の子とする系図がある(古墳時代から飛鳥時代)

日本書紀の記述では、河勝の先祖にあたる秦氏は4世紀頃に秦国から百済(もしくは新羅)を経由して日本列島の倭国へ帰化した有力氏族である[3]。弓月君の直系子孫にあたる。

なるほど(´・ω・`)百済、新羅経由で南西からきた秦氏=『後から組』だったのね。つまりは私が夢で導かれた『高麗ルート』の流れだ

突然なし崩し的に結婚が決まる夢を見て・・

ここで能の始まりは、秦氏と聖徳太子の時代に繋がる訳だが、気になるワードは

『六十六番の物まね』と申(さる)楽
これが『猿真似』の語源だろう

つまり秦氏は何か『ベースになる物を真似』して、『創作した演舞』を見せる事で聖徳太子に気に入られた?

と考えた時

秦氏伝来=文化が日本に到来という認知ではなく、『後から組の秦氏』が元々あった文化(六十六番)を真似たと考える事ができる

そうなると鍵は『66』だよ六十六番
これはその『前からあった事』になる

そして余興である事と聖徳太子が影響を受けるという意味では『猿真似』が人を楽しませる『娯楽』とした時

猿真似をする=『滑稽に見える何か』『面白い生態を模写する』

という意味では、百済や新羅から逃げ延びてきた一族、文化も知恵も知識もまんまと無能な王を出し抜いて手に入れてきたと言われる『秦氏の土産話』は、まさに『無能な王を猿と揶揄』している可能性もある

転じて『人の愚かさの物語』を『戒めとして伝承する高度な処世術』を能楽として伝える『演舞として確立』したと考えると…無形文化遺産とするのは南から来た秦氏の一族にとって『大事なアイデンティティ』という『格付け』でもある

どうしてこう感じるか?

それは後に南から来た秦氏と北に和合した秦氏の子孫達がこの日本を舞台にいがみ合い『権力闘争』を始める事になるからである

結局、争いの火種は大陸=西(弥生)からやってくる

童謡 さくらさくらに隠された救い(イザヤ)

『阿』の生産・創造の時代(高度経済成長期)は
『弥』の侵略と権力維持(経済成長伸び悩み)の時代によって終わる

その維持は『破壊』がなければ延々と腐敗と不平不満を『膿んで』ガスが溜まっていく

それを『陀』に至り、阿弥陀の流れを持って悟る。そういう一族の成り立ちの『阿弥』を立場として『観』てきた者が、次の『世』を編む『世阿弥』となる(襲名)を繰り返す

その文化はもはや『破壊されない維持』(無形文化財)

つまりは『創作・捏造を文化として安定』させる『歴史捏造・神話創作』

そういえば、性は『造』なのだから、『捏造』はここから生まれたのか?

本当はない事をあるかのように偽って作り上げること。でっちあげ

『手』にする『日』と『土』
『立場』を『建造』した『造(南系渡来の秦氏)』

『そういう手口のDNAの血統』は舌の根も乾かぬうちに息を吐くように『嘘をつく』のだろう

鴨と加茂、皇の鳥と八咫烏 背負って担いだ神輿とは?

『能』という文化は『南からきた秦氏』のものと分かれば『能面』とは『何百種類』もあり『コロコロ変える』だけ、その『面の皮の厚さ』をひっぺがして本性を暴くのは『面倒』な事だよね?

『面』の中の『人』『到』るまで、『何枚能面』を剥がせば正体が?

ほら『猿真似(申楽)』『能面』『面倒』と『言葉の語源』が『捏造文化(偽物)』を暴くキーワードとして残っている

ちなみに『能書きをたれる』という言葉もある

「自分の優れた点や得意なことを言い立てる」という意味です。  自己宣伝、自分はこんなところが優れているんだと言うことを得意げに話すさま

まさに『自画自賛』を周りに呆れられている

自分のした行為や自分を褒めること。 手前味噌

「自分は優れている!」と主張して『権力者に取り入ったのが孔子』、でも大衆が知恵を求めていたのは『老子』・・さてさて、今ちまたに『孔子学園』や『孔子の教えを説く仏僧』はどんだけ増えてんだか┐(´∀`)┌

能の中に『初心忘るべからず』があるらしい
能の始まりの申楽(猿真似)は『聖徳太子を魅了』した

あるいは聖徳太子が『やれと命じた』ともあるが、それはどうなんだろ?(歴史改竄できる地位だからね)

『雅な舞に昇華』したのは後世の業の回収、しかし最初は『滑稽な猿真似』であり、何を『真似』た?何を『演』じた?『六十六』とはなんだ?

答えは演目の中身ではなく『陽動』という目的だった

風姿花伝第四

私は呆れたよ…最後の最後の姿を隠して消えた後まで『自分達を神格化』するかと…これを読めば色々わかる

それは『人の気を引く為に起こす扇動』の手口。その『役目』を「命令されたからやってるだけなんです」と『美化』しているだけ

その中の一個がこれ

風姿花伝第四 神儀に言う。
一、インドでは、須達長者が祇園精舎を建立し、その落成祝いの法会が営まれた時、釈迦如来が御説法をなさったところが、弟子の提婆が仏教以外の邪宗の徒1万人をそそのかして、木の枝や、笹の葉に幣を付けて踊り叫んで大騒ぎをし邪魔をしたので、法会を継続することが困難になった。これを憂え、釈迦仏は、もう一人の弟子舎利仏に目くばせをされたので、舎利仏に仏の霊力が乗り移り、祇園精舎の須屋壇の御後戸で鼓を打ち、笛を吹き、別の仏弟子阿難の記憶力、舎利仏の智慧、富楼那の弁舌をもって六十六番の物まねを演じられた。
すると、外道達はこの笛や鼓の音を聞いて、後戸に集り、夢中になってこれを見物したので、騒ぎは治まり、静まりかえってしまった。
その間に如来は法会を続けられた。それ以来、インドにこの申楽の道は始まったのである。

はい、この時点で、なんで『六十六番』が存在するのか分からないけど、まるで『ハーメルンの笛吹』に誘導される子供のように夢中になったと

現代で言えば、政治家が『やりたい放題』やろうとしている時に、「それはダメだ!そんな事をしたら国が崩壊する!」と『至極真っ当な意見を国民主権として声を上げている』のに対して

アイツらうるせーから適当な『芸能人のスキャンダル』とか『事件とか事故』、後『UFOとかUMAの目撃』とかの話題を『ニュースやSNS』に流して『インフルエンサー』に騒がせて『政治にを目を向けさせるな』

これが六十六番=滑稽な者(猿芝居)を演じて気を引く=『陽動』という演目の目的

と、いう事は、現代の日本の政治、メディア、情報操作、認知戦というのは

『能』なんですね

芸『能』なんですね
芸能人は素ではなく『能面』被って演じてます
猿芝居という芸能という演目の『役者』ですから
後、ほとんど『帰化人』ですからね

雅な能に『気を引く』事で『政・祀・まつり事』には関わらせない
ま、昔で言ったら『3S政策』スポーツ・セックス・スクリーン

現代は性の乱れは『LGBTQIA』で
スクリーンは『SNSの情報操作のフェイクニュースで認知書き換え』
スポーツは『何』になるんだろう?

ペテンの為の三種の神器

だから『能(力)』が無いやつは『陽動』に気づかない
なるほど能の猿真似とは、みんなが指差し笑う『滑稽な道化』を演じて気を引くショックドクトリン

そりゃ『厚労大臣』も『分科会の会長』も記者会見でニヤニヤ笑うわな(演じきれない素人)
新型コロナなんて存在しない疫病におびえてやんのwと

新型コロナ騒動という永遠の不在証明と向き合う本質

本命は、その『陽動(六十六番)』の裏で5Gインフラの推進、新薬(mRNA・酸化グラフェン)治験、法改正と移民政策の準備、グレートリセットの為のデジタル紐づけ資産没収ってとこか

ま、そんな所だろう、『百済ねぇ』事を考える奴は『歴史の猿真似』しかできないから

ショックドクトリンで5Gが進む法則

『マッチポンプ』による『話題』を自分で作って、それを『ブーム(風)』を作って炎上している風に見せかけて、護摩炊いて煙を出して、自分で火消し(水)で静めて盛り下げるのも、『自由自在の認知戦』だという事

という事は、能を楽しんで六十六番を見ている人は、わかってるのだろう

ま、『陽動』の事ね(๑•̀ㅂ•́)و✧と納得したらスッキリ

追記:能の六十六番

能

気になって調べたらとても参考になる動画を見つけた

世界最古の伝承芸能
飛鳥時代、聖徳太子が天下太平、国家安寧のために秦河勝に曲を作らせた『六十六番物真似』
祈りの66曲超スペクタクル楽曲集は300年後(つまり語り手の自作も可能)
能よりも先に、神楽、声明、雅楽、伎楽があった
神楽+声明=申楽(猿真似)、申楽の申は神からとった=神楽を物真似した
聖徳太子の申楽延年記 ← これが後からの『能書き』っぽい気がする
神楽は神事、芸能、エンタメの里神楽など

声明=密教念仏
最澄と空海それぞれ別の系譜の声明
散楽=中国経由で伝来の娯楽(中国雑技団・サーカス)
散楽は朝廷の庇護を受ける(752)も後に廃止(782)
散楽は大道芸、チンドン屋(後の密偵やスパイ)

能は呪術(密教)
陰陽(芸能・権力外の自由人)
声聞師座(芸能事務所)

うん、なるほど、六十六番が『滑稽な者を真似る寸劇』であるという事は直観で当たっていたけど、それ以外にも色々『符号する点』が多数あるね

中国から入ってきた散楽(雑技団)は『朝廷の庇護』をうける、のち大衆娯楽へと全国行脚に広がって演目を演じる(地域伝承に)

そのベースは明確な目的を持った『密教念仏ベースの呪術』であり、後世は『声聞師座(芸能事務所)』の『陰陽師(タレント)』がそれを行い、大衆の目を引く『陽動(パフォーマンス)』が可能になる

これは今で言ったら「Youtuberが噂の事故物件行ってお祓いしてきた」みたいな『企画もの』と考えていいんじゃね?現代でも『霊感商法』と偽って『氣のコントロール(身体操作)』しても違いは『素人にはわから』んし(笑)

聖徳太子が申楽凄い!って伝えた?・・それは『ビッグネーム』を使ったただの『能書き(造(秦河勝)の捏造)』だと思う

だって『お墨付きを頂く』とか『太鼓判を押される』とか・・『他力本願でブースト』したい時に使う手口であって、動画の歴史が事実なら『能は元祖ではない』という事

『神楽(神道)』があって『声明(仏教)』があって、その両方を『パクッていいとこどりで猿真似』して、名前も『神』をもじって『申』楽にして

もうこの時点で『神楽と声明』からすれば「恥を知れ!」という対象になるのだけど・・そこに後から来た『散楽(中国雑技団・サーカス)』混ざって、何でもありにごちゃごちゃになったのが、後に大道芸やチンドン屋の『芸能』になったと・・

これは有名な話だけど『日本にビートルズを売り込むためにサクラを大量動員して人気を演出した』という『裏方のプロモーターの行動』そのものが、人目をひくための『陽動』であり、そういうプロモーションの『成功事例を猿真似』したに過ぎない『芸能ノウハウ』

この『ノウハウ』も掘り下げれば『能が語源』の話は次回( ̄ー ̄)ニヤリ

日本人が海外で『真似っこ猿』と揶揄される理由も『恥もへったくれもない』という意味だとしたら、なんだかなぁ(-ω-;)ウーン、それ日本人ちゃうんよね(西からきた帰化人)

ホツマ夢黙示録2 グレムリン

直感では、ただ、六十六番=『人目をひく陽動する演目』だと気付いたけど、現実はもっとドロドロしてたって事ね(ほんと百済ねぇ)

でも、『能に導かれた』のはそこじゃねぇな?と思ったのが風姿花伝のここ

『インド』では『須達長者』が祇園精舎を建立し、その落成祝いの法会が営まれた時『釈迦如来』が御説法

インドから申楽の『元になる真似る対象』は来たと
インドに『須』『釈迦』の繋がりがあると

となると『須佐』『久須』
『釈迦牟尼』『牟』と渡り鳥トキの『鴾』

全部、『導線が繋がる』事になる

久須志=薬師 で繋がる不死(富士)の霊薬

ゴミクズに隠された須佐の王の正体?

漢字から読み説く 失われた『牟』大陸

それだけわかればなぜ私が今日、世阿弥→観阿弥→能→申楽→秦氏→六十六番→聖徳太子→釈迦→インドにたどり着いたかわかる

また『聖徳太子』?!というのも不思議な『シンクロニシティ』でこれが面白い事に私の『現実体験』とリンクする

例えば、毎度おなじみYouTubeのおすすめに出てきた竹之内宿禰の正統口伝者の動画でも、聖徳太子や法隆寺の事など語られていたのを見た日

これだけでなく、コロナ禍に連絡が取れなくなっていた『遠方の友人と連絡』がついて、その日常会話の中で『俺、聖徳太子じゃないけど…』という前置きをされ

「最近周りの人の声聞くとどう考えてどうしようとしている、何となく分かっちゃうんだよね」

(´∀`)Σ(゚д゚;)悟りか?!

と、その友人に今起きてる事を表す表現として…『聖徳太子』というキーワードが出てくるという・・だけでなく!?

その後、通話の中身を勝手にgoogleが収集したのか何なのか分からないけど、検索もしてないのにこんなタイトルの本まで出てくる

聖徳太子コード!?

聖徳太子コード 地球未然紀[上巻]

この本の著書を調べてインタビュー動画を聞いたら臨死体験された方で、その快活とした喋り方は、まさに『私が夢で不思議体験をした土産話をする時と同じ』だった

これもいずれ『縁があれば読む』事になるかも知れないが…

※追記:めちゃくちゃ縁があって直ぐに読むチャンスが巡ってきて・・そして読んでまた多くの気づきへとつながる、私にとっては『旅の中継』として必要な本でした

聖徳太子コード上巻 備忘録メモ

全く違う角度から『一日に3度も聖徳太子』を聞くかね?普通?この時代に?!ʅ(´⊙ω⊙`)ʃどうやらこの『聖徳太子』というのが何か『重要なキー』なんだろう

ちなみにその久しぶりに繋がった友人も『ノーワクチン』だったから安心した。どうやらこの時期、ノーワクチンで、得体の知れない人工ウイルス(接種者からのシェディング)と戦って『自然抗体を獲得した人』は…

『人の愚かさ』に対する『精神免疫抗体』を獲得して『悟りやすくなる精神』にあるようで、これもまた人類に『計画された目覚め』なのかもしれない

そしてこの『能楽』から様々な『戦略的言葉』が生まれている事を知る事になる…( ¯꒳¯ )次回、『能ある鷹は爪を隠す』という『物真似ノウハウ』について

能ある鷹派詰めを隠す

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