カタカムナ研究寝起き閃きキーワード「法則」さてさて、今回はどんな話が飛びだすやらと思ったらエネルギーの干渉とそれから離れる方法(前編)
俯瞰の目と法則おさらい
法則とは?
いつ、どこでも、一定の条件のもとでは成立する関係。きまり。守るべき規範。自然現象に焦点が当てられているものが「自然法則」、人間の行動についての規範・規則は「道徳法則」
ま、一言で言ってしまえば人智の及ばないルールから人間が社会的に造り出した都合の良いルールまで幅広く存在する(干渉しない限り気づく事もない)
俯瞰とは?
高い所から見おろすこと。「広い視野で物事をとらえること」
厳密にいう「俯瞰で見る」という表現は間違っているそうです。そもそも俯瞰という言葉そのものに「見下ろす」という意味が含まれているため、「俯瞰で見る」と言ってしまうと、「見下ろして見る」という二重表現になるらしく
正しく使うには「俯瞰で捉える」だそうで・・
自分自身を第三者目線で客観視する力を磨くこと
現在の世の中を俯瞰的にとらえること
まぁ、これら「俯瞰」ひとつとっても色んな「法則(解釈)」があるようで
私は俯瞰で見る=見下ろして見るという二重表現もあながち間違いではないとは思います。なぜなら、俯瞰の時点で見下ろす側の目線となり、そこから見下ろされる側の目線からも見るという解釈をすれば
ピラミッドの目の目線に監視されている者が置かれている現実までしっかりと見えるから・・
という講釈はどうでもいいんです。今回はそういう話ではない(笑)
まず今までの研究や直感からくる閃で、今現在はこれであると
その上で、先人達の格言やことわざを照らし合わせても
目に映る全ては幻想であるという達観したこの世はVRであり、その目に映るいかなる映像にも本当の自分は影響を受けない
とまぁこのような法則について語っていたとしたら、悟るとは、その外側=解脱に向かうという事。そこでその解脱に向かうに当たって、もっとも重要なのが、力の流れを理解して、その中央を見極める事
今というタイミングがもっともその流れを見極めやすい変革の時で、目に見えて誰かが描いた予言書通りになっている世の中について、予言書を盲信する人、予言書は計画だと言う人色々いるけど
それは最初からそういうイベントの設定だったのであって…(って書いてる時間がちょうどイベント201をお知らせのシンクロニシティ)
関わるか?関わらないか?という選択があった
これはその瞬間に選択というより、今までの人生設計、歩みの中で参加するかどうかを無意識の時点で決めていた
医療関係者、軍関係、警察関係、政治関係、それらの職に着いていた人は、問答無用にこのイベントの主要人物として参加を選択。また社会的に地位や名誉、お金に固執し競争や執着が強いビジネスを行う人たちもこのイベントに参加する事を選択していた
だから時が来た時に、逃げられない環境に置かれていた
医療、軍、警察関係から接種
大手会社・中小企業職域接種
これらの人は与えられた情報が間違っていようと逆らう事がの出来ない立ち位置に置かれた被害者では無く、自ら望んでそう言う立場になるイベントに参加したのは、魂の経験レベルで決まっていた法則
幼児期から若年期の魂、一部、他人のために自分の人生を捨てる自己犠牲を選択する成人期の魂の人が該当(ぎりぎり社会的地位への執着を捨て老年期入った人は自由意志を選択)
このイベントが始まった時点で、元々社会との繋がりが少なく、また社会的地位や都市インフラに固執していない強制という環境にない者達(老年期)は自由がある
それは何を学び何を取り入れるかの思想の自由でもあるし
やりたい事・やるべき事の行動の自由でもあるし
というか、そのイベントに関わっていないから色々と自発的な思考を巡らせる事が出来る
わかりやすくいえば、人狼ゲームの行く末を俯瞰で見ている観客
アイツ狼だったのかよ!
あ、あの村人やられるな…
ナイス!よく占い師を守った!
全部俯瞰で見てる(支配者の目線で村人の現状)から、人狼が何を仕掛けようとしてるか、冷静に判断して気づくんだろうか…いや、むしろ、何度か失敗の魂の経験があるからこそ、この先に何が起きるのか無意識レベルでわかってて避けてるのかも?
次はこうなるからこれに備えてとか伝えようとしているのかも
と、そんな自分を俯瞰で見えたのが、カタカムナ13首を暗記しようと詠唱しながら寝て起きた約3時間後
要は関わらないと選択したイベントの行く末を外から見たかったというのもあったけど、本当の目的はそこじゃないからこそ、そのイベントに関わらない時間を作るために、今の自分という自由意志で行動できる自分が確立されるための精神的な統一をしてきた訳で
自分以外が一切無常であり、そして自分もまたそのひとつだと最近やっと気づけるようになってきた訳で
そして、今朝の寝起き閃は「法則」という言葉だったのだけど、今何気なく、「一切無常」という言葉が出てきて、無意識に使ったのだけど、意味を調べてみてびっくりした
質問
「無常と法則の関係はどういうものですか。」回答(スマナサーラ長老)
無常とは法則です。
※詳しく知りたい人はリンク先へ
このスマナサーラ長老がまた偶然にも出てきたのも不思議な縁で、以前私が独自に行っていた呼吸瞑想のやり方が釈迦の教えに沿っていたと気づいたのも、この長老の話のおかげでした
その長老が、真理以外の一切は無常
「無常とは法則を見つける事」と明確に語り、そして、私の寝起きキーワードが「法則」だった
この世はVRである事を認知はしたのだから、後は少しずつ、この世は無常であるという事を自分で見つけて、自分で納得して行く課程に入ったのかなと…という気づきを与えたのが、カタカムナ13首というのも偶然ではないだろうなと思う理由もある
私はカタカムナの研究を始める前から、13という数字が明らかに法則性があり、歴史の分岐点というか特異点で必ず登場していたと感じていた
その13が表すのもやはりVRや外部からの介入
入口であり、出口でもある
なぜこの世が無常(法則)であるか?
それは常にエネルギーが流れ込んでいるから、淀みや留まりがない循環している
全てはそういうエネルギーを循環させる役割であり、そのエネルギーの流れに気づいても本流の流れ変えさせる事は出来ない
多分、それを真に理解する上でも、身近な自分のエネルギーの一部である家族がそのイベント(デスゲーム)に参加してしまうのを必死に説得して止めようとしたのかも
そして必死に説得しても魂の意志でその経験を求めてる人達は、その体験を望んでいた(自覚はないが)のだから
救うなんて事でもないし
失敗した訳でもないし
それがあなたの魂の選択なんだね
目標達成おめでとうございます
って言うしかない
その後、あなたがどうなるか…なんて映画のネタバレしちゃったらその時の絶望という感情の体験が損なわれてしまう(だから家族には言わない)
幸せな体験を自ら求める人がいるように絶望の救いのない体験を自ら求める人もいる
私はヒーローが魔王を倒してハッピーエンドの勧善懲悪な物語よりも、その勇者を仕向けた王様と魔王が結託して、最後は勇者が魔王として討伐される側になったり、あるいは、勇者を誘惑した姫が真の黒幕で、絶対的純粋な勇者の力で魔王も王国も滅ぼすようなダークエンドのほうが真理を突いていて好きと思うのも
結局 人それぞれの価値観 なんだけど(そんな映画みてぇw)
人の価値観や心も真理以外は一切は無常=法則
甘いものを食べすぎたら塩っぱいものを食べたくなる、そういうエネルギーバランスに振り回される
だけど、食べない人はその影響を受けない
幸せな体験ばかりだと不幸が蜜の味のように刺激的で背徳感な行為を求めるようになる
人妻が不倫に走るのは昼ドラの影響
だけど、情報を入れない人は影響を受けない
与えられたもの
与えられた情報
それらの選択の積み重ねがヒトとヒトデナシを分けた
それがVR空間で見せられるイベントやコンテンツなら、無理に関わらないという選択ができる人達が一定数いる。そういう人達は、このタイミングにやりたかった事がある事を思い出さないといけない
単純にこの大転換の時期を傍観者として見るために来ている存在もいれば、イベントが最終段階に入る前に、少しでも気づきや目覚めを促して、巻き込まれる人を少しでも減らしたい(成人期を老年期へ)と
多分、そういう気持ち(心を軽くするメンタルケア)なのがライトワーカーだと思うけど
私の目的はもしかしたら違うかもしれない(笑)
興味があるものには興味がある
ひたすら隠しとおそうとしている5G(あるいは未知の電磁波)がいつ表に引っ張り出されるのか、だから無常=法則の動きを監視・観測しているのかもしれない(量子的)
ちなみに昨日気づいてウケたのがあって、au主催の5Gを利用したハロウィンイベントに参加するためのアプリの名称
クラスターだって(笑)
普通はこのご時世にそんな不謹慎な名称つけないでしょ、しかも新型コロナクラスター発生源と5Gは疑われているのにね?福島の原発事故の時にテレビのテロップで福島産の米に怪しいお米セシウムさんって出したような不謹慎さすら感じる・・
知っててやってるとしか思えないバラしていくスタイル(笑)
これも無常=法則
多分、最近の自分の直感の傾向は、人の認知を変えて精神性を成長させるという作業を行おうとしている
で、気づいて「もしかしてこうでは?」と違和感を感じたものの解釈を変える作業をチクチクと行っていて気づいたのが・・そもそもこれは、投影されている画面の向こうの情報を書き換えないと、こっちに映し出された情報の解釈を変えた所で意味ないやん!
って根本のそもそも論ダメやん( ˙꒳˙ )ってわかり始めたマイレボリューション
明日を壊す事さ
明は日月であって、VRゴーグルの外側の像
盟=契約、決まり事、ならば同意の破棄
この偽物世界の支配からの卒業
でも多分、出たい!と思って出るものでもなく、自然とこの世界に興味が無くなれば出るんだろうと思うのは、やっぱり興味がある事に惹かれる限り人はエネルギーの影響を受ける
周りのモノに無常=法則=作り物を感じると、それに揺れ動いていた自分の気持ちもまたその瞬間に生まれた余剰エネルギーだと気づいて熱が冷める(覚める)
恋は熱しやすく覚めやすい
目覚めるって「覚える」って書くのはなんでだろうか?それは目で覚える=「物質や事象として体験として捉える」って事なのかな。それに「熱を持つ」という表現もまた「炎症反応」だとすれば
細胞にウイルスが干渉している状態
ウイルスが排除されれば熱(サイトカイン)も収まるし、2度目は免疫抗体が防御して接触すらないから興味も示さなくなる
それは常識や概念でもそう
信じているうちは無害で力を与える信仰
嘘偽りだと分かれば有害で心を憎悪と不信感が蝕む
結局はその無常(法則)に触れた事によって発生しているエネルギーに振り回されている
最初から心を寄せなければ期待も裏切りもない
それをやめれば、自然と出る…と思うのは早計で、私は一度心の準備ができてないフライングでその状況になったと今ならわかる
空間という概念
この世とあの世
こことここではない何処か
本当はその空間や次元という別物として切り離された思い込みの概念すらも無常=法則
その概念に囚われた私の意識は、肉体と意識が完全に離れてしまった感覚が来た時に、永遠にそこに取り残されるのでは?という恐怖を感じてしまったが故に逆に肉体へ戻りたいという執着が発生してしまった
今なら意識は、人間に限らずその瞬間にフォーカスした生に移り、その役割を転々とするだけとわかる
時には自分の体内の微生物となって自分の体の中の病魔を倒すような役割だったり
そういう不思議体験を繰り返して自分の中の認知が変わっていくと、この肉体も意識が宿っている借り物であり、この生にも何か「こなさなければいけない役割」がある
という真理(意識)以外は一切無常
つまりは「自分自身だと思っているこの人生」もまた無常=法則の一部でしかない
それが悟りの何歩目かなんじゃないかな?
とか思ってる「私」は…
真理(霊)なのか?
無常(与えられた役割)なのか?
でもそれを悩む事自体がまたひとつの結論へ向かってるから、真理であり役割なんだろうと
変化を受け入れて常にカタチを持たず変わっていく
心は変わる、誰もが変わる
変わりゆけ、変わりゆけ、もっと好きになれ
って歌の歌詞を思い出して、何の曲だっけな?って検索したら
最後の女神
やっぱり中島みゆきさんだった
最終的に俯瞰で見る=ピラミッドの目から見た下の者たちの現実
大転換が起きる理由は、奥深くから寝返ったものがあるから。それを光と闇の戦いや神と悪魔の戦いというなら、その結末はどちらも反乱分子の発生
ここで反乱分子の意味を調べて見よう
反乱とは
支配者や政府にそむき、乱をおこすこと。
分子とは
物質の化学的性質を失わない範囲で、物質を分割しうる最小単位。幾つかの原子の集合体。集団の中の一員。
驚いた事に、反乱分子と四字熟語の明確な化学的な意味は存在しない
結局の所、今現在闇から光ヘ大転換できる理由は、闇の奥底に関与して知り尽くしていた分子(諸悪の根源の原子)が寝返った、闇の根幹の運営組織そのものが、名称を「光」と変えて表に出てきて
今までの「古巣」である悪事の根幹の宗教や経済、軍産複合体を保険金詐欺のように自作自演のグレートリセットで破壊して歩いてるのを勧善懲悪のショーのように見せているのか
これから光の時代へ!闇が淘汰される!というプロパガンダを流しているのも、闇から光へ名前を変えて活動するために、一旦死んだ事にして姿を消し、名前も肩書きも捨て表に出ない余生を過ごすだけ
ほとぼりが冷めたら今度は善人の役割として出てくるだけの輪番制のアクター
監視やプライバシーの侵害、真実が報道されない嘘つきメディアやSNSが信用出来ないと言ってるのに、後から出てきたSNSは信用できる!なぜならメディアや闇の者に攻撃を受けて復活した者が運営しているから!
私はこれは 磔にされ命を落としたキリストが復活する になぞらえているようにも見える
そう考えると、かつてのキリストの弾圧という歴史?教義?すらも、裏では結託した宗教組織確立のためのシナリオだったのではないか?とすら思えてくる
自らまた個人情報を提供し支配される事を望む形に収まる。運営者と支配のやり方が変わっただけで社会依存への帰依=力あるものに頼る本質は変わっていない
誰かが作った社会というシムシティで遊びたいのだ
そもそも一人一人が自分の求める人生体験を行うのに当たって、自らの経験や体験をアウトプットして報告する事もなければ、誰かのを参考にしようとインプットする必要もない(好きでやってるのは別)
そんな暇があったら体験や体感という、肉体があるからこそ魂が求めている経験に費やすべきなのだ
それを無駄な知識を得ようと外部に欲を求めると・・今の自分の環境では絶対に出来ない事や全く関係のない事に興味を持ち、大半はないものねだりの嫉妬や妬み嫉みを生み出す結果になり、目的を忘れ現状の自分に満足できなくなり
自己評価を下げ、自暴自棄になって道を見失う可能性もある
触らぬ神に祟りなし
神とは力の実態でありエネルギー
他人の情報とは、様々なエネルギーを持っていて、そのエネルギーを気にすれば干渉を受ける。それを必要な学びとするなら甘んじて受ければいい
だが最初からそれに関わらなければ影響はない
真理以外は一切無常(法則)
君子危うきに近寄らず
今のこの最後の大転換に巻きこまれた(自分の意志で参加)した人達は、多分
踊らにゃ損 な状態
うーむ(゜.゜)今回は「法則」だけに、かなりきっちりかっちりと伝えてきたな・・そりゃそうだよね、法則がなければ収拾つかないカオス(混沌)だからね
カオス(混沌)という状況もまた学びのために用意されたものであり、それにどう対処するかが法則を学ぶ課題
法則をちゃんと体感して理解して、どうなるか?の因果を学んで履修するから、手放す事ができて支配から自然に卒業するように魂の経験という法則があるんだね←これも法則だった(笑)
ちなみに、ここまででカタカムナ13首前編なので怒涛の後編もありますのでお楽しみに( ̄ー ̄)ニヤリ Σ(゚Д゚)
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