寝起き閃きワード「説明」世の中いろんな諸説が溢れてるが、諸々漂い答えがない、答えない、説はあっても明がない。この意味はただの言葉遊びではなく、明確な呪術的な法則であるというお話
「明」無き説は誰でも何処からでも
説とはとく、カタカムナの言霊で読めば統合に引きよる
統合とはこの場合、みなが求める、知りたいと思ってる聞いて納得するべき解である
説をせつとよんだ場合
引き受けて集まる。責任が集まる
説を説く(せつをとく)
責任が集まり、統合に引きよる
引き受けて集めて、統合に引きよる
結果は説得(聞き手の意志・認知を変える)といえるが・・
諸説(しょせつ)、諸々(もろもろ)という漢字を用いるが、言霊はこうなる
次々と漂う空間
諸、しょとよんだ場合、示しが自然に新しくとなるため、諸説色々とした場合
示しが自然に新しく引き受けて集まり次々と伝わった空間
どこまで行ってもふわふわもわもわと曖昧な空間が漂っていて、どれもこれも確定的に納得にはいたらない説が新しく自然に生まれる
そういう言霊のロジックとなっているが、ここをはっきりさせるのが「明」なのである
説明の言霊は
責任が集まった志向が伝わる
引き受け集まった思考の現象
ここではっきりする事は、説も諸説も誰でも説けるが、そこに明をつけて、責任を引き受けて明らかにする事を
説明という
説明を受け納得するとは、認めるという事。肯定否定で言えば、肯定であり、同意であり、YESで物事が前に進むという事
だからみんなふわふわした、明なき説を信じきれないで、足踏みして、諸説や都市伝説、陰謀説など、責任を回避して説にして
「明」を遠ざける
わかってないな?その遠ざけてる明こそが、新たな道を切り開き前に進むためのYES、はい、肯定の力。そもそも何かを説明できる人というのは、絶対的にその説明に自信があるから明らかにしている
ちょっとここで面白い実験として、独自のアルファベット真理に当てはめて考える
説明を英語にすると2つのまったく同じ意味の別の単語がでてくるので、それを読み解くと
Description → De scription
scriptionの意味は不具合
頭にDe と付く時は取り除くになるため
不具合を取り除く=ちゃんと明確にするという理に叶っている
Explanation → Explan ation
さてここで本来のアルファベット22文字に存在しない後から造られたWXYZの中でも、X(悪)が含まれているので
E(event・evolution)
X(悪)
plan(計画・企て)
a(alufa・初め)
t(turn・戻る)
i(主・愛)
o(order・operation・命令・指示)
n(new・neutral・新しい・普通)
De scription(説明)は元々の22文字内で構成された自然体で意味は不具合をなくす。言い換えれば困ることが無いようにという配慮
Explanation(説明※弁明・釈明)は明らかに物は言いようで強引に丸めこんでしまおうというのが透けて見える
本物の明と偽物の明がはっきりわかりやすい
明という漢字は日月である
この世界における明暗・光と闇の代表的なシンボルでもあると同時に、両方を併せ持つのは
輝きであり、光の軍と書く
日中の日の輝きだろうと
闇夜の月の輝きだろうと
どちらにしてもそこには照らすと言う性質がある
天を照らす=天照
それが日月の大神ならば?
明なき説とはなんだ?有象無象に諸々漂い混沌と混乱を生み出す闇の空間=間とはなにか?
次元である
次元とは、意図的に与えられた情報を信じる者の数で成り立つ造られた空間である byアインシュタインの写真からの閃き
この間違った間において
明は何処へ封印された?
明はどんな姿に変えられた?
明はどんな風に貶められた?
魘される
少し考えればわかる事だが、このコロナ騒動及びワクチン騒動、及び5Gの普及騒動、安全性を問われ事実が追求された時、それを行う側は説「明」しなかった
むしろ説明を求められると、それはくだらない陰謀「説」、デマ「説」、諸「説」と分類し遠ざけ
「明」確にする事
「明」示する事
「明」るみにする事
これらを完全に避けて来た
つまり彼らは明を恐れた側が「明だけはあかん!明からは逃げろと!明はさせるな!」とひたすらに「明」を行おうとする者達に
検索では検閲をかけ隠し
SNSでもアカウントを凍結し発言させず
youtubeでは規約変更し言論封殺し
メディアは不都合な事実は報道しない
つまり、説に明がない事を彼らは無理やり行おうとしているという事
無理
王(自由意志)の里・ルーツが無い
言霊 広がり離れ
道理
王の(自由意志)の里・ルーツへの道
言霊 統合の内に生まれ離れ
見てわかる通り、道理は目的とたどり着く場所や出処がわかってるから「具体的な説明」ができる。しかし、無理は道もなければたどり着く場所もないから説明を求められても明らかにする事ができない
その彼らが嫌う「明」とは何か?
それが明星・ルシファー
え?ルシファーと言えば、悪魔崇拝じゃないの?と思う人はノアの方舟の記事読んでこい
(っ・д・)≡⊃)3゚)∵ノアッ
今やってる世界の出来事が、悪魔崇拝組織が行っているのなら、なぜルシファーである明=輝きを隠すのか?それは彼らがルシファーと呼んでいる存在が偽物だからである
それこそが答えであり、彼らにとっては信仰されて本物に力を取り戻して欲しくない存在
体制への抵抗の意志の象徴である明
日月大神=大明神=不動明王=虚空蔵菩薩=ルシファーを貶める事で無理を通して道理を引っ込ませようとしている
今現在、メディアを通して表に出てきた説「明」は、ワクチンを打った人が打ってない人よりも免疫が下がり、様々な合併症にかかりやすくなるというもの
そんなものは…
言論封殺される前から、説に明をもっている者達は皆、目を覚ましてくれ!と訴え続けて来た事(だから打つなよ!って警告してきた)
だけどその明は、皆の前に届く前に闇の空間で輝きを消され、ぼやけて見えなくされ、そんな説(陰謀やデマ)もありますが…と明=出所を消され道理から切り離されていた
だから道を見失って間(空間が別)違った道に進んだ人達と、とりあえずその状況は乗り越えたけれど、まだ自分の強い意志が確立されていない、まだふわふわと明が見えてない人達に伝えたい事は
明とは陰陽の中心、正気である事
陰陽が周りにある時、自らが陰陽の中心の明であり、その状態から解決策が閃くことを先人の知恵はなんと言った?
名案がある
名は体を表す=カタカムナ
これは解決策が名であり具体的な行動の計画が体であり、それは現状を打破し、明るい未来へと進むための閃
閃きも左右(脳)中心の正気
だから名案とは明案でもある
明ある所に光あり
明なき所に光なし
説とは噂、情報、降って湧いた話題、作られた流行など、本質がない諸々の漂うエネルギー
そこに明確な明を示す
説明ができなければ納得という同意は得られない
逆に言えば、どんな感覚的な伝え方だろうと、その人なりの説明でも伝わる人はいるから、自分の中に説があり、明(創造の力)があるなら恐れることはなく、新しい次元を切り開いて行くといい
ただ誰かから聞いた事を伝える事を説明とは言わないので注意な(*´罒`*)そういうのを信者という
今回の騒動は医者も医学の信者で、医学という宗教の信者になった患者たちが、自分でなんも考えない思考停止の人が多かった、だから被害者は格段に増えた。誰のせいでもないが、明なき説を妄信した選択ミス
信者、死んじゃった
信じたものはすくわれた・・足元を
でもそれを実行した教祖たちは儲かった=信者で儲けたんだ
文字通りの呪術が発動した、まんまと風(風邪)が吹けば桶屋が儲かるをしてやられた。先人の知恵のことわざは失敗の教訓
日本人だからこそ、日本に生まれたからこそ、蛇に気をつけろ!と様々な時代を生きた先人たちの叡智を學、そんな機会(チャンス)に恵まれていたのに
こんな人生の重大な岐路を道を間違えないために「道標」としてある(うんちくで自慢する為じゃない)
石橋を叩いて渡る
君子危うきに近寄らず
そして悲しいかもしれないが、この騒動で命を落とした人達もまた、墓「標」という形で、同じ道は進むなよ?と残された者のために岐路を残す。そういうのに氣づかないといけない
全ての責任は政府だけじゃない、その導線上にいて、止めずに加担した人全てに「明」がない
だから多分、知らぬが仏で、知らなかったとはいえ、自分が周りに押し付けてきたのが、悪事に加担して悪党を肥え太らせる事に貢献し、おまけにその事実が明るみになって、表面的には開き直っても、心の奥で懺悔の後悔を抱えたら…
夢見は地獄、魘されて、安眠はできないと思った方がいい
エネルギーの流れってそういうのもんだから、別に誰かが誰かを責めるとかじゃないのよ、最後は自分で被害者の現状を知って、内側に溜め込んで、良心の呵責に苦しんで行く
自分が自分を赦さない状態になるだけ
そして善かれと思って人の為にという行動を起こした勘違いライトワーカーの魂が大量に闇堕ちし反転してしまう。そうやって陰陽のエネルギーの循環の流れを滞らせて、憎まれっ子世にはばかる
そういう意味でも今の状況でも、明るい輝きを持っている人達って、自覚があろうがなかろうが、ライトワーク(心を軽く)なエネルギーワーク(創造)をして周りを救ってるArk(知恵)を持ったノア=No orだと思う
ま、救いを求めるという字は鞭で叩かれる事を求めるのだから、それはつまり、無知蒙昧を反省しなさい(`・д・)σ メッって叱咤激励するって事だから
・・ちょっと思いつき脱線
弟子に咤激励 → シッタールダ(ブッダ)から?
ベビーシッター → 面倒を見る?
言霊の役割エネルギーの繋がりを感じる・・
救う方法もやっぱり無知・蒙昧、宗教という思い込みの信者を叩いて、目から(蛇・己の)鱗出させて改心させる
そのためには優しさではなく
心を鬼にして情けは人の為にあらず
だから耳が痛い綺麗ごとの正論の説法になる
だけどそこにはなぜそうなったのかの因果関係が「明」確に説「明」されるから納得して穏やかになれる( ¯꒳¯ )幽霊の正体見たり枯尾花
幽霊と思っていたものは、枯れたススキだった。 恐れられている人や物の実体がつまらないものであることのたとえ
心が明るくなれば、世の中も明るく見える
私が旅行の時によくやらかすのが、サングラスかけたまま建物の中に入って
「ここ暗っ!ライトくらいつけろ!・・あっ(察して自己反省)」
宗教とか、常識とか、そういう色眼鏡外して世の中、遠くまで俯瞰の目で、自然にあるがままの明るさで見ればいいだけ。この明シリーズのメッセージはいっぱい来てるのでお楽しみに
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