好奇心

直感・閃き・気になる事探究を楽しむ

可分・不可分・良い気分?

寝起き閃ワード 可分・不可分を読み解いたら、念仏・因果・老子…全てはひとつと気づいて心地よい気分・とは何か?まで分かって可もなく不可もなく…なお話

可分不可分とは?

可分不可分とは、既存建物と増築建物の関係を考えた際、切り離せる場合を可分、切り離せない場合を不可分と言います。 建築基準法上、建物同士の関係が不可分でないと敷地内増築は出来ません

(´・∀・`)ヘーホー Σ(゚д゚;)センチメートル

建築に関する言葉という事は…私にとっては『建設的な意見』を示す言葉と解釈をしていくので、既存意味とはまったく違う話になります

私の寝起き閃ワードに関する直感的感覚は

可分は『可能性を分ける』
不可分は『可能性以外を分ける』

仮にこれを『%』にするなら
%=『96』と『4』

96=%(可能性)の向こう側

『見えている可能性』を分けると96
『見えてない不可視の可能性』は4

『96(可能性)』の中で人は生きているがそこに『4』が混ざる事で『確定』する

この分ける事ができない不可分の4

『死』で分かれ
『師』で分かれ
『世』で分かれ

『死生観』を間違った先
『師弟関係』を築いた先
『世界観』が繋がった先

『世』が分かれる

96は『苦労の可分』だから苦労は『切り離せる』

4→9は6→4
欲は無視、欲は蟲
4→6を9→4
シミュレーションを駆使

『可能』が『お分かり(可分)』だろうか?(。 ・`ω・´) キラン☆Σ(゚д゚;)

96は『可能性』だが
69は『繰り返し』なのだ

つまりそれに気づかないと
69→96
『無垢な苦労』の可能性を繰り返す

莫迦・馬鹿は『4』ななきゃ治らない

4を知らない『無垢』故に
4という『不可分』に気付かず『苦労』を抱える

『96→%=可分』の時点で『切り離し』ができる

さて、4とは『何』か?

それは『人』
過去の人は『先人』
未来の人は『何』になる

『人+可分』で人の『可能性』の切り離し
つまり、『繋がる人』で『未来は何か』に変わる

『自分』が『何』であると
『自ら分かって』いない不可分

切り離し可能な『苦労(96)する自分』
切り離し不可能な『志(4)を持つ自分』

その『今の心』という『人の志』が
『未来の何=人(4)の可能性』になると

それは『今の志を抱いた自分』は『未来の何』にとって『不可分の人(師)』となり、それは『苦労』の中で『自分が何か分かってない者』の『先導者』として繋がって

今の心=『念が因』となり
仏=苦労は『ほっとけが果て』となり

『因果念仏の真言』が完成する(一人一)自業自得の因果応報
その『過去・今・未来の間』に『心』を巡らせる恩・恵・悳・徳=めぐむ

この今の心に『可分・不可分』が全てが揃った時

『良い気分』なんだよ⸜(*´꒳`*)⸝Σ(゚д゚;)

善い悪いではなく良い好い(≧∇≦)b
『気分良好=心地よい』

そりゃそうだ

『苦労』もなく『死・師・志』分かれでなく『師・志合わせ』で『過去も今も未来』も『世』が全て『心に揃った安定』

白龍の導き 夢中=師合わせ 現実=自我の息抜きと実感

全ては『今』から始める事ができる(๑•̀ㅂ•́)و✧充実・満タン
その『満たされている感覚』を、言葉で説明して『納悳』させるために

『寝起き閃ワード』として、『可分不可分=建設用語』が発現したと言う事は…『今味わってる感覚』が『心地よい(≧∇≦)bという体験』なのだろう

可もなく不可もなく『分』かれていない=『自』

なう(2025/03/26 09:11:29)

911のライトワーク出ました

29→92
肉の苦痛からの解放…?

確かに…

母の葬式以降、お供え物として持って帰った『果物やら菓子』やらの賞味期限の処理で『食生活』は乱れに乱れ…という環境も落ち着きつつあり

『間食なしの一日一食』に戻りつつあり、『臓器の負担』も無くなり『健康な体』と、適度な空腹で自然にエネルギー切れで意識も夢に飛ぶ=『精神が研ぎ澄まされている』

『タバコ』も止めてから約一週間だからそろそろ『毒素も細胞から薄れてきた』

『健全な肉体』に『健全な魂』が戻りつつあるそんな『今だから』…と考えると

やっぱり『可分を切り離し』と言える(▭-▭)✨
『体感』無くして『理解』なし

知識を知らないが『先に言葉』が現れる。現れた言葉の『意味』を知り、『自分の体験に当てはめて考える』と『忌が分かって納悳』する

あの時の『自分(過去の苦労=96→%)』を『不可分な今(過去も未来も見通す夢)』が観て『人と可能性』を足して

『何』を生み出す
たぶん、それは『言葉』なんだ

言葉が『先』に産まれて

「なんだこの言葉は?」と言葉を生み出した『先人の苦労』を遡り、「そういう言葉なのか?」と『体験』して

「そういう言葉だな」(´-ω-)ウムと『納悳』する

そして『心に素直』に『納悳』すれば『可分不可分の分(境界)』が無くなり、それは元々、『自を分けた』と『心』に気付く

その『心の地は穏やか』で心地よい。故に『身体の健康』は『精神の極楽』でもあるとさらに納悳する(´-ω-)ウム

事情を内観し自浄する  極楽浄土は『細胞』に

それも『可分(現実)』から繋がるひとつの『世(不可分)』でもある
『可能性』が『どんな人』と繋がるか『不可分』である『4を選択』しよう

死を選ぶか(概念で捏造された世界)
師を選ぶか(先人の夢を追う世界)
私を選ぶか(現実の繰り返す世界)
志を選ぶか(宿業をやり遂げる世界)

これは『一例』に過ぎず

死とは『選択までの時間切れ』
死、以外は『息してる内=自心』で選べる世界

ただ息してる内の時間も苦労の中身も、人それぞれ『宿した業』によって違う

真面目な人ほど『志』を選ぶ(宿業をやり遂げる世界)。死に苦しむのではなく『志(己の心)』に苦しむ誘惑する自分との戦いに『苦労』をする

『私』を選ぶ(現実の繰り返す世界)というのは、自我・エゴ・欲へ執着に留まりたいと苦労する。『欲する事』を求め、『失う事』を恐れる私利私欲が満たされない世界

師を選ぶ(先人の夢を追う世界)というのは、ひとつの『宿業を終えた』事で何にも縛られる事なく『次の選択の自由を得た』という事

心はハレ晴れユカイ(≧∇≦)b
そんな『陽気で元気な新入生』に
『先人達のサークル勧誘』が目白押し

なう(2025/03/26 09:36:07)

それが弥勒と自然の七(またキラーパス来た)

『弥勒』は釈迦の後を追う『後の釈迦』
『釈迦』は弥勒が悟った後に学ぶ『後の弥勒』

『師が弟子』を育て、その『弟子が悟った気づき』を素直に聞いて『老子=因果』となる

自然に身を任せる=先祖供養=阿羅漢=タオ=仏=ほっとけと気づく

『老いては子に従え』とまた『子から学ぶ』
素直な『子から始める』

干支(子(ね)から)
え〜とね(はっきりしないが何か伝えたい事がある)
ね?(同意)ね!(納悳)

その『共感の素直さ』から因果が始まる

『自然の七』とは7つのエネルギー
日月火水木土と巡る風(空)

日を学んだら月を
月を学んだら火を…と
巡る流れ、『選択の自由』を作るのが

『風』という『自由な空気』
『風通しが良い』と心地よい(≧∇≦)b

心地よいと『体と精神が感じている』という事は、風通しの『流れ=龍が宿っている』という事

掴もうぜ?ドラゴンポール(龍が握ってる7つの命運の魂)

白龍の導き 天地人を繋ぐ 命運を握る龍(流)=ニギハヤヒ?

辰の年に龍が逝く 鳥山明の継承した形象

龍の背に『乗ってる』のか・・それとも『龍の手』に握られた『未だ何でもない命運の魂』なのか、『可』もなく『不可』もなくただ『心地よい目覚め』の朝でした(*^^*)

近々、また龍にどっかに運ばれて…『苦労』が始まるんだろうな

妙見狸(*」´□`)」師のご使命です Σ(゚д゚;)俺?

・・でその後に来たのが、これとこれ(苦労よりワクワクが勝ったw)

弥勒の気づき 信長と弥助の歴史は存在しない法華経(隠喩)と気づく亜空間認識

あっけらかんと悪鬼羅漢と明観

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