好奇心

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国と國と邦 先祖が伝えるキングダムの伝承

寝起き閃ワード くに…國・国・邦…まさかこれがキングダムの物語の秦軍の感動の陽動の兵法へと繋がっていくなんて…やはり神社の先祖の知恵は凄いと感じた気づき

国とは口封じで玉転がし

国という漢字については何度も先祖の話の中で書いてきたからこちらを参照

死人に口なし つまり囚ではない人として

( ¯꒳​¯ )ᐝくに…?

今朝はこの『国』ではなく、こちらが気になった

國 口封じされた或

「或」には、**「ある」と「あるいは」**という主な意味があります。具体的には、「ある」は不特定や漠然とした物事を指し、古文では「或る人」のような使い方をします。一方、「あるいは」は接続詞として「または」や「もし…なら」といった意味

実に面白いと思わないだろうか?

「あるいは…、いや、もし…なら…」

という『問題提起や疑問』、『可能性』が『口封じ』された封印が『國』である

そこに『或る』
しかし囲われて『見えない國』

まるで『鎖国した離島』
まるで『与えられた空間の領域』

この或に『心』を巡らせると『惑』になる

判断ができないでまよう。まどう。まどわす。仏教で、正道のさわりとなるもの。煩悩(ぼんのう

ふふふ(。-∀-)ニヤリ やはり『仏道』が出てくるが…『偽物=人の為』という『束縛』が出てくるのか

そりゃ迷い惑わされる=『迷惑』よね

正しい道の障りとなる『煩悩』と言われたら
触れていいのか悪いのかとやきもきする

煩悩は『煩わしい悩み』と書くが、それはそのまま「あるいは…、いや、もし…なら…」という『信心への疑惑』でもあり

『仏を疑う』のか?
『神を疑う』のか?
信じてきた『信仰を疑う』のか?

という『踏み絵の状態』なのだが

…そう捉えると『正道への障り』に感じるから『障らぬ神に祟りなし』とその考えを止めようと『思考停止』するが…

障とは

間に立ちふさがってじゃまになる、じゃまをする。ふさぐ。へだてる。さまたげをする

『壁』にぶつかる
『門』が立ち塞がる

それもまた障りであり

障は『害』ではなく『外への門』
『門外』への『梯子を降りた』新たな『章』

『門下生』が『煩わしい悩み』を捨て去り
その葛藤の『争いから降りる』

煩悩とは『有難い成長の門』『邪魔な障害』として『遠ざけよう』とする教え

『心はワクワクする方』に行ってみたい
にも関わらず「我慢しろ!」と抑圧されれば…

『神父』でありながら『背徳行為』を行い
『住職』でありながら『生臭坊主』であり

そりゃ仏教もキリスト教も『人の為(時代の都合)』に合わせてお偉いさんになれば、『俗物の事を好き勝手やっていい』と自分勝手のルール(例外)にして

弟子には「こうなりたければ黙って修業しろ」と『都合のいいカースト美徳』を広げ

門下生が『その道に疑問を持って離れよう』とする反面教師の正道の『邪魔な煩悩』は『都合のいい矛盾の口封じ』への『或る気持ち』である

不自然の『口封じ』の中に或る『國』
それは『自問自答・疑惑疑念』『煩悩』と言われ『洗脳』されて洗い流されてしまう

簡単な例を言えば

「それはデマだよ」
「それは頭がおかしいよ」

と、一切の『根拠』も『考慮』もなく『ただ否定』

『肯定』する為には『証明が必要』なのに
『否定』するのは何も『証明がいらない』

これが『権力依存』、『思考停止の忖度』、『都合のいい自分勝手が当たり前』『既得権益』になってしまった『固定概念』

「或いは…いや、でも…なぜ…?」という『自発的な思考や行動』『賢さを束縛された領域』

勘のいい

『宗教』であり
『常識』であり
『概念』であり

『与えられた情報』で『鎖国された未開人』
或を支える『心』が奪われ『口封じ』

『惑』『感』はあまりに似ている…というより…『咸(かん)』という漢字もあり…ここで面白い繋がりを見つけた(☆ω☆)シンクロニシティキター

国と國と邦 或と咸 惑と感=キングダム

今、キングダムの新シーズンが始まったが、このシーズンこそ秦の皇帝が、『戦争を無くす』ための『中華統一』を掲げ、六カ国と敵対して戦争を始める、『矛盾』だとわかっている『最後の戦争』

この国の首都が『咸陽カンヨウ』
(中国陝西省の秦の都)

しかし、この皇帝がまだ幼年期だった時は、『母親』を『手玉』に取る商人が法を操る王の『国』だった

そして今、この咸陽の皇帝の元に

「あるいは…、いや、もし…なら…」
『皇帝の可能性を実現』するために『支える心の将軍』が集まる構図は

『咸(カン)+心(シン)=感』が生まれ
その『感軍』が動いて『陽の感動』が生まれる

今、『咸陽』を出た秦の大軍が『金安を囮』にして、まさに『陽動作戦』をしている

陽動はまさか、『咸陽が動く』から生まれた言葉で、それを『孫子が兵法』にまとめたのか?

『勝てば感軍、負ければ賊軍』
その命運をかけた『大軍の陽動』

そんな

『心が或る日の生まれ』と書いて『惑星』、よく出来た物語だわ

そこでさらに面白いのが
『邦』と書いても「くに」と読む

ここに『秦=國』であり、秦に敵対する『六カ国の共同体』を連合と言うが『連邦』という言葉がまさにそれに該当する

或いは…それを『帝国』というのかもしれない
ひとつ以上の言語や民族が共同として統治される『連なる邦』

ま、現代で言う『EU』みたいなもんで、『ギリシャが財政破綻』したり、『イギリスが脱退』したりと…帝国とは『一枚岩』では無く、『中から瓦解』するように

まさに『咸陽から秦軍が動き出した』時に、その『陽動』に引っかかった六カ国連合の『中で裏切り』にあったという…よくできた話だよ

咸陽の秦の皇帝が思い描いた『統一の平和』は「そんなものは理想論だ」と『國』(孤立した可能性)として『或を口封じ』し

ならば倒してみせよと連邦(六か国)が立ちはだかる、『邦vs國』の構図

しかし、「或いは…いや、ならば!」と覚悟を決め『口封じ』が無くなり『迷い』が消えた時

或いは!ならば!の『日の生まれ』を『支える心(信)』が『惑星』になり、それは『中華全土を惑わす星(大戦争)』となり

その星の輝きの『咸陽を支える心』の『感動』で進軍する秦軍の『陽動』を國として見ていた六カ国連合の『邦の中』の後ろに『暗い陰の裏切り』を生んだ

『陰陽の引用』でも説明出来てしまう
『皇帝の星』の輝き=『光軍』の行軍の『感動の工程』

おもろいだろ?(๑•̀ㅂ•́)و✧Σ(゚д゚;)『同音異義語』の正しい韻の使い方?!

しかもまた、『皇帝』絡みだよ(笑)

帝(みかど)を明らめ諦める自由意志

夢の中で伝えられた琴オルゴール→ 十全武功の清の皇帝へ

昨日、2週間ぶりに神社行って、白龍龍人と八大龍神の祠に、ここ最近の夢体験や気づきの報告に行ったら…(一人一)

供え(供養)に行った者が供者(旅のお供)になる地元愛神社散歩

翌朝これだよ(笑)
これを感じるから『神楽』なんだよ

神と楽しむんだ٩(ˊωˋ*)و
『加味』して『様』を楽しむんだ٩(ˊωˋ*)و

示申は『心に伝える』
伝えられた『説=伝説』を『夢の中で明晰』にして体験する
その伝えられた説を『目覚めて明らか』にする

『語り伝える説明相手』がいなければ、それを『弥勒』する

弥=あまねく・全て
勒=石に彫ったり詩や歌にして自己表現

私の場合は『旅日記』としての『夢日記』…φ(..)メモメモ

『禁忌の書』それが夢日記と実感した夢

最初からアニメの『キングダムの話』を伝えてきた訳では無い

ただ 『くに…』という閃ワードのみ

それは私が最近、Netflixで見始めたキングダムのシーズンの展開が気になっていたからだろう

そもそも、なぜ『キングダム』というタイトルなのか?

国王が統治する国や領域を指す言葉です。また、生物学の分類学における「界」や、特定の分野や領域を指すこともあります

単なる『王国』って話ではなく
少年だった『セイとシン』が出逢い
後に『咸陽(かんよう)を支える精心』になる

それは『寛容で肝要な精神』ではないか

心が寛大で、よく人を受けいれること。過失をとがめだてせず、人を許すこと。最も重要・必要なこと。肝腎(かんじん)

キングダムにとって『感動の工程』には『セイ(皇帝)とシン(武帝)』が肝要

その『乱世』における『平和による統一思想=和を持って尊し』

それは『主観では感動』だが『言うは易し行うは難し』

『連邦(つらなるくに)』から見れば
少数の『理想』を掲げた『辺境の國』

転じてこれを『惑星』と見るなら
この『地球』という位置もまた『宇宙連邦』から見れば、『未開の國』でしかないのかもしれないが…

だからこそ

「或いは…もしかしたら…ならば!」とその領域の中では籠の中の卵の鳥が『自力で殻を破って外に出よう』と生まれる

生まれる為の『戦わない闘い』『争いの中で和を求める可能性』という事なのかもしれない

最後に くに をカタカムナで読むと
引きよる圧力

(´・ω・`)なるほど、しっくりくる

『国』ならば王を占う心→汚点がついて手玉にとられて玉転がしの占領←『領土侵略が引きより圧力』をかけた口封じ

『邦』ならば、連合、連邦、が『国』にならずに飽和しているが『ひとつにまとまる訳でもない』から、『弱った所に圧力が引きよる』

『國』ならば、可能性を外から囲われて、自発的な『或るというエネルギーを無いにされている圧力がある』が…

他のくにとの大きな違いは、『内側から湧き出る力=可能性がある』という事

あるいは…いや、ならば!と『未だ何物でもないエネルギーが渦巻いてる』のを『周りが口封じ』している

この『國の秘密』を暴いてはいけない
この『國の力』を外に広めてはいけない
その為に『口封じして虚ろ』にしてしまえ

そうやった『嘘』による洗脳が起き、『捏造、隠蔽』が生まれる

この國(日本)は『先祖達と子孫の繋がり』が失われた
思い出す為の『DNAの遺伝子すら狙い撃ち』された

先祖は『説』を語り伝えたい
子孫は説を『法』を持って『夢で明晰に体験』する
そして『今の心が観た物事』を『観念』し
心に染み入るように『納めて悳』を積む

『誰も知らない』キングダムの解釈

先祖ははキングダムを『より感動的に観る』なら、『セイ+シン=精神』の領域で、このセイシンが『国』を経て→『國』となり、『邦と闘う理由』の根幹に

『平和を目指す皇帝の工程』を見ろ
これは『大東亜戦争』でも同じ構図である

亜細亜東安(アシアトウアン)(๑•̀ㅂ•́)و✧Σ(゚д゚;)カタカムナか!!

確かに共通点は多い

所で…このキングダムという物語は『どう完結』するのだろう?なんか直感的、感覚的に言葉遊びをしていたら

セイ+シン=『漢(咸)の武帝』
秦国が中華統一を成し遂げた時、武帝となったシンは、世直しの旅に出て、それが東北に残る逸話の『漢(咸)の武帝』なんて流れになれば感動ものだが(笑)

幼少期にまだ何者でも無かったセイとシンが、山の民の元へ訪れ「力を貸して欲しい」…という協力を頼んだ逸話も『素戔嗚尊の統治』の領土に入り『スセリ姫』に気にいられた『オオナムチ』のような話で

この咸陽の大軍に参加する『山の部族の姫との協力』といい…『出雲の進軍の話』のようにも思えてしまうのは…

『古事記』が世界中の伝説的な『逸話をパクリまくってる』からなのか…それとも、『都落ち』の『古典落語の寿限無』のように、実際に合った事が『経典』として語り継がれ

その『感動』が『インスピレーション』として、『誰かの夢の中で体験』に変わり、「実際にそれはあった」と夢現な『説明』になり『伝説は繰り返して行く』のか…

よくわからなくなったけど、『命運』をかけた勝てば官軍の『咸陽の大軍の陽動』
その『背後をつく(予想外)』が起きて『都落ち=陥落』したのだとしたら…

それが『孫子の兵法』に記されたのか・・それとも『孫子の兵法が先』で、それを『模した手口が歴史』に繰り返されたのか…

うーん『先(元)も後(子)』もねぇな(笑)

元も子もない現視世界のタオ(老子)

二度ある事は三度ある!・・だから『一回目で免疫耐性』つけとかなきゃダメって事ね(なんのこっちゃ)

抗体

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