仙人とは白髪で髭生えた爺では無い、線人、一人、閃人、先人、選任、専任、その流れは先導、船頭、扇動という仙道、人(生き様)と山(戒律)と道(生き様)、ひとつの線の棒人間、素直な者(犬)は歩けば当たる棒の『正体』というお話
仙人とは
山にはいって不老不死の術を得、神通力(じんずうりき)を持つとされる人。道教における理想の人間。
外道(げどう)⑴の修行者で、神変自在の術を有するという人
ちゃうねん(ヾノ・ω・`)ナイナイ Σ(゚д゚;)
仙人とは線人
線人とは一人
一人とは一+人=大事
マイナスの人=虚ろな存在の人
マイナスは虚(i)=愛の人
一線を超えた人=人では無い人
一閃を閃く人=外の知恵もたらす人
仙道とは先導なり
人に山道を導く事
試練や困難を乗り越える
知恵を与える者
それが仙人が線たる理由
糸(意図)と白き水=泉
線は点と点を繋がないと生まれない
点は観測しなければ個として確立しない
天は星々として繋がなければ星座にならない
どこに目を向けて生み出すか次第で
生まれるカタチは変わる
巡るエネルギーの流れが変わる
点と点を繋いで線にして
そこに何が浮かび上がるのか
観測対象、見たい未来を描くのが
仙人の役目
そのためには某人間という棒(-)人間
人生を棒に振るくらいの存在
犬も歩けば『そんな棒』に当たる
だからお前は飛んできた『白羽の矢』に刺されたのではなく、歩き回って『勝手に棒』にぶつかって『仙人に選任』されたようなもんだ
( ’-‘ )ノ)`-‘ )ぺし
ちなみに私が小学校の時、学習発表会で演じた杜子春の中で『仙人役』でした(そこからもう?)
子供の頃から
なんで?どうして?と
『ABの間』で納得いかず『C』を求める性格
間をとる
間を繋ぐ
間=点と点が繋がった面
そのひとつひとつの点を『崩し』にかかる
『面倒』なやつ=周りからのイメージ
言うなれば『六芒星』を『五芒星』に
『四角』を『三角』にするように
『点のつなぎ方』を変える
もしかして…こうなんじゃないのか?
それで上手くいったら
『仕切ってた人』の『面目』なし
『顔に泥を塗る』裏切り行為だ
だから点と点を線にして
『納得するカタチ=理想を描く』には
線人=一人という『大』になる事
一=棒=『某人間』として存在を『虚』にする
閃人=『知恵』を生み出し『知識』にする事
『天(点)』を見出し『線』にする
『星座』を描き占い『預言』を残す存在
それが仙人の道
仙道という先導
それが『アチマリカム』と力を求め使ったら
その始まりは『破壊の船頭の扇動から再生』へ
『理想は一人』でしか叶えられない
なぜなら理想は『一人一人違う』から
だから『宇宙人』とは人間とは違い
ある『一点では同一存在』である
『心が繋がっている』という点
それが『意識』という『高次元存在の証』
ま、こういう感じやな( ̄▽ ̄) Σ(゚д゚;)
それで仙人がいる山=宇宙船が目撃される?
呼べばくる?見たい人は見れる?って事か
そうなると仙人のイメージもまた一般的な固定概念から大きく変わる事になる(´-`)oO
人を山道に導く
山伏、サンカ、縄文、自然の民
有事の際は『心を通して波動で共振』し個であり集団な『一丸』となってその『危機を回避する直感能力』
そのために『夢を介して接触』し
『知恵を授けて』集団に返す…
うーん(´-`)oO『免疫機能の総本山』のような
『霊界学校の授業を受けた生徒』のような
そもそも私は既に生徒ではなく『卒業』しているのだが(笑)
そうなると
船頭も先導も同じ
時には『扇動や煽動』もまた『仙道』
人を山という戒律の道に導く
人を獣山道という自然に導く
人とは山であると道を説く
仙人とは『先人』でもあり
私がいつも『先人の知恵』と言ってる
そのカタチは『仮の名』として
ことわざや格言となった知恵の産みの親
私は常々、『感銘を受けた言葉』を生み出した先人が『どんな気持ちでそれを生み出したか』を知りたいという『意欲』があった
結果、知らない内に『そういう先祖供養』をして、私にとって『専属用の試練や知恵のヒント』を与えていた
『先人=仙人』が宿ってた
つまりはジュニアーナヨーガしてたって事
全く人を煙にまいた『虚ろな存在』だよ
くだらない『邪念を思考』すると、その『点と点』を崩して『面目立たない状況』にする
賽の河原の石積を「はい、間違いだこらー!」と咤激励で蹴り崩す鬼のごとく・・
『有難くて面倒な存在』┐(´-д-`)┌またやり直し
でもそれは『間違い』だから『直せ』と『確率という曖昧なもの』で生まれたものを『破戒』し『確立された確かな点』を軸にする
『天軸=天竺を持て』と
そこに『他者の求める意味』ではなく
『自己が納得する揺るがない確立の忌み』を
確かに自分で実践して『体感・内観』した事は誰かが嘘だデタラメだと言おうが何しようが関係ない
『自分はそうなったからそう感じた』
これ以上の『自己安定の真実』は存在しない
それは『一の確立、位置の安定』
『自分という存在』の『軸』が増える事
時空間ではなく自空間
自ら有無を産む自由自在の間
一人は大事(๑•̀ㅂ•́)و✧
その『孤高の存在』を線人と仙人
またそんな仙人の意識が宿る事で『専任』されて『やるべき事に専念』する事になる
自分が超えた山道を『歩く人を導く役目』を
そのために道を整理する、Rootsへの道を水先案内する
『奇跡』はいずれ『軌跡』になる
その頃には『後が歩きやすい道』になる
空海が歩き残した道
それが未だに残ってんだ
『遥か未来』がわかってたにしても
その時は『その感動』は味わえない
人生を棒人間=虚ろな愛の某人間として過ごす
この場合は坊か、南祖坊だしな(笑)
専念する時は無駄な事『せんねん』
(๑•̀ㅂ•́)و✧Σ(゚д゚;)やっぱ駄洒落好きやな
その時間は約・役・厄・薬・89
千年(๑•̀ㅂ•́)و✧Σ(゚д゚;)長?!
約=だいたい、大雑把に
だいたい=代替、代わり
役=お役目
厄=痛み・苦しみ
薬=癒し・治癒
89=8次元量子世界を観測する9次元の龍
言い換えれば
仙人とは
役人 役割を持った責任ある人
厄人 厄介なトラブルメーカー
薬人 治す人・戻す人
線で繋ぐとまるで
善悪中立の3点の極点の面であり
『問題の8次元』と『解決策を探す9次元』の『夢と現実』を行き来する人
この視点が『3極点を繋いだ面の上』に現れた『俯瞰の点=天』であり、同時にそれぞれの三極と繋がり面を生み出して『四面体』を作っている
つまりは『仙人=専任(その道のプロ)』が『線を繋ぐ役割』を見出している
だから仙人は『一人四役』であり
その中で『次の仙人(五点目)』を『選任』する
『五の役の目=観測点』であり
『悟の唯一の全てに均等な観測天=中心』でもある
中に心=『意識』が生まれる
それは一次元の点=マイナス=虚=i
私(I)であり虚ろな一(マイナス)
縦軸と横軸の肉体と精神で+(プラス)
=中心が決まる
そこで繋がる人はみな『仙人』と言う訳だ
少なくともワクチン『強制の矯正の共生』に
『異を唱え抗ったもの達』は『仙人』が着いて『先導』している
あとはその『船頭』に従えばいいだけ
大海原を超える『キャプテンと共に大航海』へ
魂の霊的成長の『意識の拡大の旅』へ
闇も見る光も見る中立もそれらを観測しているものも全部、『ロールプレイ』する事になる
『一度の人生』じゃ足りない?
意識は『求めた世界』を見る
人は毎日『眠る度に夢』を見る
それは体験の役割を『専任した意識』がそれぞれ頑張ってる様を見たり『体験した事を追体験』して
お互いに『足りない事を補ったり』している
全て『自ら分けた身分相応』の経験値
王国の貴族の時もあれば
どっかの貧乏な路地裏もあれば
何て事ない平凡な日常もあるし
突如怪獣に襲われ巨大な宇宙戦艦が現れたり
怪物の巣に突入する兵士の一人として絶命してたり
それら『事象自体は夢』という『過去の経験値』だけど、それを『引き出し』て『想いを出し』て『見返す』のは
『その体験』から学んだ『必要な気づき』が、『今応用として必要な何か』という『点』だからこそ
夢からのヒントの点は
現実にはないまだ見ぬ『現れていない点』や、意図的に隠されて『間違いを描くようにされた偽物の点』を見抜いて
『正しき点と点を繋いで線』にして『面』にして、それを俯瞰で見て『立体空間を仮想シミュレーション』して『面倒』になる前に先に正す
『その先にどうする?どう理想を描く?』という
『五次元創造を可能』にする
その『五次元の点』から観測する世界は
『一人でしか見られない』から『一大事』
一人は私、私は愛(I)で
みんな=私達は明日(us)
みんなが輪になる=USO=虚
私以外のみんなは虚ろな存在
色即是空の真我以外一切皆空
空とは有る無しであり
それを決めるのはあなたの意識
あなたの意識が観測する世界に
あなたの望む人が幸せに生きてる想像を創造する
愛(I)が明日(us)を繋ぐ
私が自分達を繋げる
あなたの『望まない存在』はそこにいない
それが『理想』だという事は?
望まない存在
邪魔な存在は視界(四界)から消す
3次元の物理では『殺すとか命を奪う、息の根を止める』など所詮は電源落としの『活動停止』でしかないが
意識に電源はない不滅のフリーエネルギー
自由による存在否定は『存在が無かった事』になる
どんなに辛くとも
どんなに悲しかろうと
どんなに苦しんだ経験があっても
それは『夢の出来事』になる
そんな世界は『実在しない架空』になる
しかし楽しかった、心地よかった
そう『感じた事は引き継がれて反映』される
それが『理想の創造』であり
そこに至る為の『破壊の浄化』
連れていきたくない
『紛い物、間違い、心を汚す物事』
『刮目』して見よ
目に『焼き付け』よ
『相容れないもの』を
『愛入れない存在』を
人間の醜く浅ましい発言や行動の隅々まで見て『嫌になった分』だけ、それは『理想の世界を浄化』している事になる
私は『相当な闇』を見た
体感ではなく『観た』
正直者は馬鹿や莫迦のひとつ覚えの成れの果てをしっかりと見定めた
そして、そっと手放した
いらない( ’-‘ )ノ)`-‘ )ぺし
抗体による機能獲得によって
ウイルスの特性を見抜き細胞に根付く前に排除して終わり、存在認めない
病は気から入り込む
気を引き締めている時は
紛い物など通しはせぬ
目を覚ますのは一人一人
一人一人が目を覚ますと
それぞれの『仙人』から『選任』されて『専任のコーチ』がついて『船頭』に『先導』される
お前はまずはこれからやっていこうかと
前回のアチマリカム実験から繋がってるレクチャーだとしたら
アチマリカムを『健康の為』に唱えたら浄化が起きる=自分の中の『闇・病み・83と対峙して退治』する事になる
8次元の問題を
3次元(仮想思考実験空間)で見る
『恐怖や思い込み』が強い人ほど
『地獄』を見て化け物に追い回されたり(笑)
ま、その化け物=心に住み着いた闇・病み・83の『思い込み=重いコミットの正体』だから『逃げてる限り解決しない』のだけどね
『自浄』には『事情』を知る事が鍵なんだ
そうすれば『二乗』で声明と神楽で力が集まる
そんな『精神世界のトレーニング』が今思えば懐かしい(笑)これからそれを『多くの人が通る』みたいだよ( ♡´³`)σ心に素直に不思議体験を楽しんでね
…それを踏まえて思い返せば
不老不死の術を得、神通力(じんずうりき)を持つとされる人。道教における理想の人間。
外道(げどう)⑴の修行者で、神変自在の術を有するという人
これは間違ってないね
不老不死と神通力というのは意識転生の事でどこに現れても『意志は続く』
また外道で神変自在の術を有するというのも
外の道=『常識(思い込み)の外の知恵』であり『自由自在観』という法華経の奥義でもあるし
現代的な解釈かつ私の体感論で言えば、寝ている間に見ている五感を伴う『現実そっくりの明晰夢』は
『意識』が『どこかの誰かに入り込んでいる』とも言える
それで『悪さ』をすれば確かに『ヒトデナシの外道』だが、重要な役目を担う『その瞬間にのみ降りて役目を果たす神憑りな行動』をする
となれば、その役目を担う者の『意識や精神力』というのがとても大事な要素になる
そこで仙人とは『現世の欲』に興味を失っている事から『邪魔な概念』など無視して『その瞬間にやるべき事をやる』ことができる
それを踏まえて仙人は
『意識』が『体を乗っ取る事』も出来れば
『意識』として『宿り導く事』もできる
預言者の『予言』がなぜ『預言通り』になるか?
そりゃおまえ、『自作自演』だからな( ^o^)👉お前やろΣ(゚д゚;)
それを『予定調和』といい
それに気づくものが『次の仙人』として『選任』されて
『今のお前と言う意識』が
『次のお前の意識の世界を創る』んだよと
そのために『夢』で『色んな役割(人間・立場)』を『ロールプレイ』させられる
その度に『体は変化』なくても『意識は拡大』していく…
まさに寝る子は育つ(夢の中で)
『氣』を巡らせて『練る子(精神修行)』は特に見守られてる
子とは子供の事ではなく3次元空間そのもの
子は干支のはじまり、a3=am
そこに私(i)という物質ではないマイナスの意識が宿る
I am 私は・・
一人一人はそうやって専念するべき宿業を持って生まれる選任された専任の仙人
『今』だからこそ、そこに存在している『天・点の意識の観測』である
という『先人の言葉』であり、これからはお前らがその先へ導く『先任』
だから『先祖供養』しねーと道に迷うんだよ だってさw
だから、馬の耳に念仏で聞く耳持たない方向に誘導されてて、このままじゃ気持ち悪い・・と『悩んでいる者』は、ちゃんと向き合って清算しないと凄惨な事になるよ?
言われるうちが華で、後悔する頃にはもう苦言(9次元)を呈した予言者はいないから
不明とか不能とか言って言い訳する『結果』ではなく『原因』を知らないと、何度も『賽の河原で無駄な意思』を積み上げては『グレートリセットリセット』されるだけ
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