好奇心

直感・閃き・気になる事探究を楽しむ

もっと(欲望)とmotto(信念) 余分な地から余分な力

寝起き閃ワード、モットー…の元は何だっけ?もっと(欲望)ではない事は確かだという洞察が熊問題=移民問題=エデン追放の原因へと繋がっていく深いお話

もっととモットー

もっととは

さらに、ますます、一段と、尚、これから、以上、一層、ますます:程度や量が増すこと

一言で言えば、欲望である

モットーとは

「モットー(motto)」は、ラテン語の「muttire(つぶやく)」に由来し、「座右の銘」「信念」「行動指針」などを表す言葉。標語

これを比べた時、『ことわざや格言』というのは、『信念=モットー』そのものだった

襤褸は着てても心は錦
武士は食わねど高楊枝
足るを知る
急いては事を仕損じる
隣の芝生は青い
取らぬ狸の皮算用
人の振り見て我が振り直せ
虎の威を借る狐
虎穴に入らずんば虎子を得ず
敵を知り己を知らば百戦危うからず
風邪が吹けば桶屋が儲かる

その他、蛇にまつわることわざの警鐘など

気になった蛇に関することわざ・慣用句シリーズ

これら先祖達が伝え遺した『信念』を
『肚』に据えて『心が前』で構えていれば
『丹田に氣が充実』して動じない

しかし、もっと!と、欲して望んだ時、その構えの『重心』がズレて信念を失い

ただの『欲望』と化す

『motto(信念)』がある者は『余分な力』を求めない脱力していて
常に必要な『循環するエネルギー』があればいいと緊張していない

これは生活習慣、ルーティンワーク、自然の気候変化への対応など、まさに『風土から生まれる風情』とも言える事で

例えば、昔は風邪は『季節の変わり目の環境変化』に体の細胞が適応する『生まれ変わりの過程』として『節目の行事に栄養を取る機会を祭り』にするなど

秋冬に風邪を引く 自然界の種の繁栄の法則

十二支の動物の嘘 稲家の鬼子育て論

『風土病=住民は環境適応』してたが、そこに『馴染めない外来種』がそれを『ワーイ!(°д°)ジャパニーズピーポー!それは病気だ!』

と『騒いで難癖』つけて『変な薬』を売りつける

例えばインドのガンジス川は『地元のインド人』は風呂代わりに『汚れ』を落としても、『死体』を流しても、その水を『飲んでも平気で生きてられる』のに

『外国人』がその水を飲めば『腹を壊す』は『病気にかかる』わ(後に耐性獲得)で『風土に適応していない』からその地の『風情を否定』するようになる

愚弄場リズムで風情を破壊するのは誰?WHO

嗚呼風情=Who they are

この『モットーなき者達』が『隣の芝生は青い』を戒めではなく『もっと(欲望)』として『自分達に住みやすく変えよう』とするのが

『文化・伝統破壊の侵略』であり、当然、『抵抗や妨害に合う』のはわかってるから、『先に毒』を撒いて『免疫(先住民)を弱らせる』…というやり方が、かつての『先住民族ネイティブインディアン』がやられた『西洋』から持ちこまれた『疫病』

知って得するブラックフライデーとその起源

予防接種=『薬(毒物)』を入れて『免疫抑制、免疫不全』にする西洋医学=『生物兵器・毒殺』のやり方

これを『遺伝子組み換えメッセンジャー』とするなら、『移民』はそれに唆された『地元で虐げられ傷ついたRNAタンパク質』

「日本に行けば…もっと(欲望)いい暮らしができる」
『日本人は(どうでも)いい人だから抵抗しない』←人権派反日弁護士が言う

そうやって『目先の欲』に踊らされ『mRNAウイルス』が日本に入り込んできて、やれ『ムスリム』、やれ『クルド』、やれ『チャイナタウン』…と

『癌細胞コミュニティを形成』すると『正常な細胞=日本人』が傷つけられ、「ここではまともな生活が出来ない…」と『傷ついたRNA細胞(日本人)』が

都会から「田舎で暮らした方がもっといい暮らしができそうだ」という『先導のメッセンジャーウイルスの思想』に染まり『地方に転々と天下り難民移動』し始めると

今度は『田舎』が「こっち来んな!」と反発し『村八分』で受け入れられない『都落ちした都会かぶれの反社コミュニティが形成』され、『元の自然』はどんどん『型落ちした都会被れ=タワー構造』に染まっていく…という構図を

わかりやすく例えると

『今の熊被害』というマクロと『相似』する

熊被害の拡大 太陽光パネルと5G(マイクロ波)を合理的にテスト?

元々は山で何不自由なく暮らしていた熊、しかし『太陽光発電』や移住者の『違法建築の森林破壊』により、『住処も食べ物』も奪われ、『抵抗出来ない何か(マイクロ波・超音波)』で『動物の国は亡国』となり、その地を『離れざるを得なくなった難民』となり

『人里』に降りて、一部の熊が人を襲い、「人は抵抗出来ない弱い動物」と味を占めると、その地を『縄張りとして占領を始める』という構図

転じて

『日本人の里』に降りて、一部の『外国人』が日本人を襲い、「日本人は抵抗出来ない弱い人種」と味を占めると、その地を『縄張りとして侵略と占領を始める』

都会は『戸建てに太陽光発電』をごり押しされ、『物価が上がり食べ物』も奪われ、『抵抗できない何か(見えない圧力)』で『日本人の都は某国』となり、その地を『離れざるを得なくなった難民』となる

ここまで、『獣と人間の行動が一緒』というのが、聖書における「獣の数字666とは人間である」と予告されている通りだ

そもそも『移民』…と言う時点で『自国の社会に不適合・馴染めない』から離れる

「もっと良いものを!」いう時点で『自国を見限っている』事に変わりはなく、『亡国で民が移動せざるを得ない昔の難民』とは違う

『金を貰って移動』してきている
『移動してきて金』を貰っている

『活動資金』という『金(メッセンジャーウイルス)』が各国の『不適合者(傷ついたRNA)』を『mRNAウイルス』として『DNAハック(文化破壊)の為』に送り込んでいる

まさに『欲望に染まる=ゾンビパニック』

『目先の欲望』を見つけて飛びついている『ハーメルンの笛吹』に扇動された『無邪気な子供』

その地で生まれ、その地で死ぬ
その地に『生まれた意味』を重んじる者は
その地を『離れようとは思わない』ように

『もっと(more)』を求めないから地元を離れない愛着がある

もっとを『欲して望む』時点で『何が足りないか』がわかってない
だから『リスクなく欲望を叶えやすい』『抵抗出来ない目先の弱者を食い物』にする

ただの弱いもの虐めの弱肉強食…ではなく

『弱者の肉を今日食う』

『今日』を生きられれば『他人なんてどうでもいい人』という『欲望の侵略』は『足るを知る事は無い=足りない』。なぜならそれを『諭す存在(足るを知る優しい弱者)を食い物』にするんだから

『草食竜は植物環境に適応』し、草しか食ってない上に『糞もまた草』だから『環境循環』の存在

『肉食竜』はその『環境を維持するシステムを食う=破壊』し、『食べ物』がなくなって『共食い』をして果てる『自然の法則』、熊も元々、『肉食』ではなく、栗やどんぐり、ハチミツ、魚が主で『人間を食う要素』はなかった

それが人間という『動物の味』を占めてしまえば、『草食竜が肉食』になる結果は遥過去に『滅びの事例』として『戒め』があるだろうに…

『禁断の実』を食べた『エデン(自然)の獣』追放され『人里』に降りるも人に「こっち来んな」と迫害を受ける

そりゃ『禁断の身(人間)を食った』のだから、今までは『暖かく見守ってきた関係』も『一触即発の緊張』が生まれる

この『人里に降りる原因』を作ったのが、どうやって『エデン(日本)』に入り込んだんだろう?という最初から『神の管理下』に紛れ込んでいた『蛇(売国スパイ)』

という構図で読み取って行くと『もっと(方向)』を求めるのは『堕落』なのだ

堕落とは『今の位置』が変わる
『重心』がズレて『傾く』

もっと=『向上心』と捉えるのは『位置を変えさせる思想』

向かう『上』…という『方向』は誰が決めた?

『足る』を知らない『満足を理解出来ない欲望が決めた方向に進む』のを『もっと』と言うなら、それは『安定を不安定にする』という事でもある

『上』に向かってるつもりが『下』に下がり
『右』に向かってるつもりが『左』に向かっていて
『奥』に向かってるつもりが『手前』に向かっていて

さすがに『前後』は『顔と体の向き』でわかる…かと思いきや、『どっちが前』で『どっちが後ろ』かは『自分基準』なのに、『周りを基準=顔色伺い、体制に従う』をすれば『元』が分からなくなる

「右向け!右!前へ習え!」→白人に比べる『皆』の競争

皆という様に隠された白と比べての罠

この『元となるモットー(信念)』を見出すには『向中心=向かうは中の心』

『真・心・芯』からぶれない事

感覚的量子論 和らぐ言葉を紡ぐ向中心

だから、凄い簡単にわかるのがもっと=『満たされていない』
それは『向上心』ではなく『欲望』

『与えられた上』(位置をズラせばどうでもいい)という『方向性』に突き進み、周りとは『一線』を越えた『変態=異物』になっていく、で『癌細胞の核』となり『類は友を呼ぶ』ように『癌細胞が増殖して転移』していく

『人』食って『一線越えた熊』も
『金』貰って『一線越えた移民』も
『遺伝子組み換え』して『一線越えた人』も

もっと!という『向上心を言い訳』にした『欲望のままのやってみたい獣の本能』であり、『モットー(信念)を失って免疫不全』になって『元(安定・正常)』が分からなくなった

間違った『上=位置をズラして安定を不安定にすれば何でもいい方向』に『心を向かわせる』
同じだろ…『右』寄りの思想も『左』寄りの思想も『向上する方向』として『誰かに定められた概念』

その『誰か(WHO)』の『小さな口の虚』の空の間=『嘘空間(パンデミック)』

故に『皆』が一斉にその『嘘空間=偽=人の為の向上心=もっとという欲望』に向かい始めた時

『モットー(信念)』がある者は『動じない』
常に『向中心に心が前』となり『肚』据えてる

向上心は成長ではない

もっと長く成る=長い物(上)に巻かれろ=『蛇の戸愚呂』

まあ、『蛇(禁断の実を食わせた原因)』はそのうち『脱皮』して『抜け殻』を遺して『姿を隠す』んだけどね(開祖無き抜け殻宗教)
それは『活動家として煽って先導した旗振り役』が消えて、『責任だけ皆の衆に分散』される

ほら、現代で言えば、『ワクチン分科会』とか『推進していた専門医師』とか
気が付いたら『メディア』が『広報から後方』に下げて『隠した(伝えない自由)』でしょ?そういう事

まとめ もっとは『他力本願』 モットーは『自己中心』

もっと=向上心は『都合のいい解釈』
もっと=『満たされてない欲望』の現れ

だから『浮気』する→『次へ次へと鞍替え』する
まさに蛇のように『脱皮して姿を変える』

…というもっと=『欲望』のままにいけ『シャーシャー』と吠えながらウロウロする『ウロボロス』

ウロボロスはなんで『自分のしっぽを噛む』か?
脱皮の為の『皮を引っ張って剥がす』、手も足もないから『口』を使う

『小さく口』を上手く使い、遺されるのは『虚ろ』な抜け殻=『嘘』
嘘つきっぱなし=『蛇の脱皮』

告げ口、陰口、悪口…色んな『小さな口』を使い、人を『虚ろな空の間』に閉じ込め「上を目指せ」と天空に目線をそらさせ『嘘の虜囚』にする

…(´-`)oOという『欲望(もっと)の動き』をどしっと地に足ついて、地脈の元に構えて見ているのが『モットー(信念)』

それは『虜囚』を『慮る』観点
『力』を見守る『心』でもある

慮と虜 結び龍より授かりし心(精神)の旅の言霊

向かうは上ではなく『中の心の中』

周りのウロチョロしてる蛇は、位置をズラさせ『安定を不安定』にさせる、その為の『虚ろな空の幻』である

釈迦(仏陀)の修行を妨害するマーラのようなもの

釈迦

この構図をどう捉えるか?が人によって違う

修業を邪魔する『煩わしい煩悩として捉える人』もいれば
釈迦の修業に『邪魔が入らないように守護』しているようにも見える
また『蛇の喉元=逆鱗に触れる場所にいる』ともとれるし
大事に卵を護る為に『座して見守っている蛇』ともいえるように

各国の『経典』の伝わり方次第なのだろうけど、『和』を持って捉えられるのは
日本に渡ってきてからの『優しい=人を憂う』になってからだと思う

それは日本には『白蛇信仰や龍の信仰』があるように『流れ』と流れ着いた『降り地(大蛇)』
そこに『定着して根付いた』という『不動の意志』でもあるからこそ独特

八大龍王→ 大和降地(落ち)→八岐大蛇→大蛇(落)武者→日本武尊?!

シンプル哲学 龍と大蛇と汝(なむち)

ま、その中でも私は『独自解釈』なので、『答え合わせ』をする気はない
私は私の『心の反応』と『応え合わせ』をして『楽しいと感じる』という事は、これでいいのだ

『人』の根源は『上』ではなく『中』にある
『宇宙の星』ではなく『有中の日の生まれ』である

湧き出る意欲と好奇心の泉=心
その心は『必要な分』だけ『自ら』に与える

これが『自分』である
『自ら分けた身』、『自らの分相応』

『身分相応』とは、社会的な『権力や地位』を示す事ではない

『身の丈にあった生き様』を示す
その基準値は『心=自分軸』が決める

つまり『心に素直に悳を積む』とは『生まれてきた意味と役目』を行う事

『社会』という既に造られた『固定概念に答え合わせ』を求めても、それは隙間の欠けた『歯車の代行に苦しむ』上に『納得する答え』も得られない

『心に応え合わせ』を求めると、正解は『気持ちよさ』や『安心・楽しさ』を感じられる『感覚フィードバック』で帰ってくる

私の場合は困ってる人を助ける際に、『問題を肩代わり』するのではなく、『再現性や実行性』も踏まえて、私がいなくても『自力でできるように指導』した結果

『最初の成功を共に味わった時』は、行いに対する『自己満足』という『一時的な心地良さ』を感じ

次はその『指導した者』が『自力で解決した姿』を見た時、成長の為の『種が開花』したという『きっかけを与えた過去の私の因果の達成感』に心地よくなる

この事から、『私の生きる役目』は
私は『和足しの渡しの架け橋』として『繋ぐ』役目

その人の『自力を後押しする事』に関わる
人を建てる太極に務める(郎)=名

健全な魂が宿った人の役目は道先案内の光

法華経で名前の恩恵に気づく夢

これが『向中心』で『足るを知った』

だから人助けとは、『向上心=欲望に振り回されてる人』ではなく、『向中心=己の心と向き合う為の葛藤をしている人』を後押しする事

『救う』のではなく『縁の下で支える心』
和足しは恩恵悳徳=めぐむ

それ以外は『仏悳(ほっとく)』

『向上心』がある人は皆、『ピラミッド』や『煉獄の旅』にでて、その『頂点・底辺』に至る事で、それは『向中心=安心・安定』へたどり着く為の『必然の経路』だったのだと…初めてそこで気づく

六角形

ラグランジュポイントとピースマークとBlack cubeとフラワーオブライフ 魂の成長の真理の道程

だから向中心の話は…『真理の探求者』しか『共感』は得られない『応え合わせ』ZONE

まとめその2 余分な地から余分な力=余次元の介入

さて、足るを知る=「余は満足じゃ」
と『満たされている所』に流れてくるものは

全て『余分な力=必要ない』

しかし、「足りない!欲して望みを叶えたい!(〃>ω<〃)」と『獣の本性=もっと(向上心・堕落)』を求める者が、『余分な力』を受け入れた瞬間…

どこからどこまでが『元・自分』で?
どこからどこまでが『余分・多分』で?
あれ?満たされてる?足りない?と『差分』に悩む

『一線を超えた』=『自力』ではなく
『一線を越えさせられた』=『他力』の時点で

神輿に担がれ、放り投げられた、溢れてこぼれた水のように
『覆水盆に返らず』

欲に溺れて…と溺れられる程の欲が満たされてればいいが、そこには『水(安定の流れ)』がない『カラカラの空間』だからさらに『渇望』する

水を得た魚ではなく『水を失った魚』

『余分な力』で『流された水と魚』は助けようがない

これが『頂点からの堕落』
『有頂天(心ここに非ず)で足を滑らす』ようなもんか

その余分な力がくる
『余分な地』とは『余次元』である

足るを知るが、『もういらないと一線』引いて『手放した力』、どこかの誰かが放流した『欲望エネルギー』を

『必要な分』だけ、『分相応』に手にしてれば水は溢れないが、『分不相応の過剰』に得たら水は器からこぼれてしまい『二度と戻らない』

わかりやすく言えば、『生活レベルにそぐわない大金を得た』として『分不相応の欲望を叶えて』しまえば…その『偽りの達成感』を覚えてしまい

「もっと!(欲望)」が生まれる仕組み

つまり『余次元の力の介入』により、『モットー(信念)が不安定』になり、『もっと(欲望)』になる

『中立性』が『邪』によって崩れるのだ

これが『人の味』を占めた『熊問題』
その問題の根源が

『余分な地(外国)』から『余分な力(太陽光発電・森林破壊)』を受け入れてしまったが為に、欲望を求め『溢れた水(人を襲う熊)』が覆水盆に返らず(帰る山を失う)

…って事はさやっばり『ミクロはマクロ』で

『背乗り』なんだよね
『名義上日本人に偽装』する

『北の月』に乗る
『後ろから攻めて乗って取る=勝手口(裏・温羅から工作する温羅切り者を立てる)』

『そう言う性質の人間性』の『受け入れを先導』をしてるのもまた、『類は友を呼ぶ売国奴』が『獣の本性の日本人モドキ』なんだろう

人の小さな『口』から出た『虚』が『自然の摂理の法則』の根幹ぶっ壊す

そりゃエデンの『禁断の実は人間』だわ┐(´д`)┌ヤレヤレ

『人間』を『食い物』にする
それは『物質次元』に限らない

『余次元』が『疑似餌』を使って『人の精神を釣って食い物』にしてる

文字通り、『意図の糸』で操られてる『傀儡=疑似餌』

(;`ー´)o/ ̄ ̄~

(´-`)oO『人の釣り』は責められないよね
『疑似餌』に引っかかる方が…あ、これが『騙される方が…』理論か

釣られて『痛い思いをした先祖達の話』を『人の為=偽の戒め』として聞いてる『真魚→空海』は『疑似餌』には引っかからない

その空海の教えの戒めの流れが『ことわざや格言』という必要な精神免疫力の『元のモットー(信念)』だからね

魚や釣りに関することわざもたくさんある

羞と差 魚から始まる下ネタの語源と同音異義

『宇宙を広大な海』と例えるなら、『人を釣る為の余次元の疑似餌(欲望)』を見抜けば釣られる事もない

この余次元が使う『余分な力』を『リバーステクノロジー』と例えるなら、使い物にならない『捨ててもいい物の再利用=墜落UFO?』

でもそれが『未知のもの』だったら、そりゃ『目先の欲望』に反応するやつは「画期的だ!」と飛びつく訳だ

「画期的で打ってつけ(遺伝子組み換え)を打つ獣(やってみたい欲望な本性)のうつけもの(無知蒙昧の愚か者)」

それが『余次元の介入を許す同意=遺伝子組み換えを魅力的に感じさせる疑似餌に釣られる』という事から始まる

『グレイ』とか『レプテリアン』というのは『過去・未来の人間の姿』だぞ?

レプテリアンとグレイの正体

「ここは魚群の群れだ!狙い撃ちだ」と『有象無象の釣り人』が集まってくるように『移民大国』という『人喰いカニバリズム』

…最後は釣りの話?(´-`)oOと思ったけど、過去に釣り場に『後から人が増えてくる夢』を見たのを思い出した

2020年初夢 次元と自由意志についてだった

この夢を診断した時、「この世界に学びはないからさっさと離れろ」というメッセージだった

それを『今思い出した』という事は、『熊問題=太陽光発電=移民問題』『聖書の預言通りの日本人の苦しみ』は、私が気にしてもしゃーない( ˇωˇ )って事で『気締めをつけろ』って事かな

そして、星空が見える誰もいない釣りの夢を見た時は・・現実の釣りで爆釣したのも記録してた(笑)

満点の星空の下で海釣りをする夢

つまり、『信念(モットー)』なき人間とは、「もっと!(欲望)」と欲しがり、餌もつけない『疑似餌で釣りする人の五目釣り(DNA被検体が釣れればなんでもいい)のカモ』である

そりゃ吊り上げられたら、覆水盆に返らず、水を失った魚、陸に上がった人魚姫、まな板の鯉

煮るなり=似る・模倣
焼くなり=焼き増し・新訳
好きにしろ=隙に白=余白・白の介入

それが『皆』に煮て焼かれて、色々足りない『配られた経典』
そりゃ、『偽物・疑似餌』では『満たされる事ない』から「もっと!」と欲する

哀れなり・・『人』の『傀儡となる人』=百鬼夜行(ぬらりひょんと愉快な魑魅魍魎)
憐れなり・・同族をむさぼる人でなし=癌とタンパク質を分解する癌悪液質

是、即ち「阿波例」なり

一緒になると水の泡=人魚説法か!

欲望を叶える選択の瞬間 仏と鬼が現れる夢

カタカムナで あわれ の言霊は
『命の調和の消失』である

・・そのまますぎて、『かける言葉』も見当たらないから・・「この世界に学びはないからさっさと離れろ」は正しいメッセージだったのかもね

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