世界が終わるまでは離れる事は無い説法 意識>精神>肉体>堕落人の在り方は意識>精神>肉体>堕落、これが理想だが、堕落>肉体>精神>意識、人が内=肉の人の本質=体に入る事で、体験を得る流れの後は、やはり元に戻る過程で、必然的に堕落と向き合う事が『永遠と一瞬の特異点』になる。世界が終わるまでは離れる事は...
Go ahead→Go a he AD(キリスト紀元)突然、Go ahead!という言葉が気になりだして、紀元を調べる流れで何となく実感した仏(導く)→鬼(忌み嫌われる)への転機、先住民族のシンボルを背乗りして名乗る宗教の始まり。世界は偽宗教で動いている…かも?という気づき
夢の体感の後に理解したストループ効果?今までの夢と現実の伏線回収のリンク回。心も鬼も姫も全て私(役割)として意識の観測の成長ステージを実感した後、夢の中で初めて聞いた言葉『ストループ』という言葉が気になったので調べてみたら心理学用語だったお話
感覚的量子論(閃き)0感覚的量子論 勇と遊の分誘伝勇気と遊気はカタカムナでは同じ言霊ロジックだが、片方は二次元の繰り返し、片方は多次元に繋がり流れていく分かれ道に誘い伝える・・という、金輪際・無→無為自然という鬼門を通した認知変化の気づきのお話
感覚的量子論(閃き)0感覚的量子論 ホログラムと夢の記憶の仕組みの一致夢の記憶とは二次元に映し出された三次元のホログラムと理解した事で、大事なのは参照光と投射角度の調整という、やっぱり物事は照らし合わせてみないとわからない多次元・多世界解釈の高示現のお話
感覚的量子論(閃き)0感覚的量子論 想作と創作と捜索と錯綜・・からのまたコンクラーベ突然頭に浮かんだ『想作』というオリジナルの言葉の定義を考える為に、『創作と捜索と錯綜』の漢字を感じるままに読み解いていたら、最後は綺麗に『コンクラーベ=法王選挙(占拠)』に繋がり仏の説教に繋がったお話
感覚的量子論(閃き)0感覚的量子論 点(占う心)の星の穴これは天体観測で、惑星以外の星をとことんまで焦点を合わせても、どこまでもただの点にしか見えないと言う観点に至ってからの気づきとなぜ星は『日の生まれ』と先人が言葉に『形象』したのか?が夜空を見上げながら『感覚』で一致したお話
感覚的量子論(閃き)0感覚的量子論 夢日記が全ての始まり(原点)おすすめに出てきた動画で語られていた夢日記をするとおかしくなるという話に妙に納得納悳した翌日、そういえば…と夢日記をつけ始めるきっかけになった夢の内容を明確に思い出したら…
感覚的量子論(閃き)0感覚的量子論 無我夢中と向き合えば無為自然に至る無我夢中という言葉は、意味をそのまま捉えないで哲学的に捉えると多次元的に『この世界が無』である事に気づき、それは不自然であり、その無の為に無為の恩恵があるという・・井の中の蛙大海を知らず、あなたは目を覚ますかもしれないお話
感覚的量子論(閃き)0感覚的量子論 観測世界が現実ならば…観測世界が現実ならば…という私の哲学的思考実験の結果をAIに聞かせたら、量子力学的な“観測者効果”と、仏教的な“唯識思想”が同居していると言われたお話
感覚的量子論(閃き)0感覚的量子論 49日の不思議 母の辛さを追体験し暗黙の了解して克服する話ただ寝る前にクソしなかっただけで、『尻拭いの結末』という、名は体を現す『言葉の使命と役割』のエネルギーの不思議から『母を思い出す追体験』して『暗黙の了解』に気づくお話
感覚的量子論(閃き)0感覚的量子論 49日の不思議 大日如来に導かれ(後編)自由自在の観自在、真言密教を土台に独自体感論から、自分で納悳する自己解釈、そして弥勒は釈迦になり、釈迦と弥勒(師弟)の遊び場を産みだす慈母=大日如来へと繋がっていく後編