爆心地のような更地から円広がる植物、消える森から現れる動物の移住と繁殖と消滅の時の流れの景色をタイムラプスに俯瞰で観た、ピアノ演奏付きの夢…から目覚めて理解したイナンナ救出の叙情詩もやはり七つの法則で構成されていた神事というお話
夢のあらすじ
私はとても俯瞰した上空から、時代を早送りしたようなタイムラプス映像のように景色の変化を見ていた
何故か儚げなピアノの音を聴きながら…
風が吹き植物の種が舞い上がり、円形に草花や木が生えて広がって行く
ピアノの展開も変わり、四音進んで三音戻り繰り返しながら上がって行くメロディ
これはどれほどの種の世代交代が起きているのか、林は森となりどんどんと円形に広がって行く…ある一定の範囲まで広がると、広がらずに色とりどり多種多様な木々が生え始めた
と対象的に発信源の中心から草木が枯れて地肌むき出しの更地になって行った
ピアノは少し落ち着いた穏やかな感じになった
まるで爆心地からどんどんと遠ざかるように、植物は世代を超えて種を飛ばして行った
一方、その草木が枯れて地肌がむき出しになっていく林の中に動物達がいた
ピアノは単音とゆっくりコミカルな音に変わり、動物の動きに合わせて鳴ってるように
最初は木々が無くなった地で群れになっていき動かなかなったが、群れから離れ始める少数が
植物の林や森の消えた先へと進み出しながら世代交代をしていく
ピアノの音は和音を混ぜながら進む種を後押しするように追う
枯れた地の群れはいつの間にか自然消滅して消えていたが、森を求めた少数派の群れは、やっと広がりきった森へとたどりつき
ここでピアノが爽やかなメロディから重圧なコードへと
森へたどり着いた動物は一気に巨大な群れを形成し、爆発的に増え周囲の森の中へと広がる
俯瞰で見るとそれは円形に広がった植物の輪にそって広がって行った
ピアノの演奏は徐々に重く、進むのだけど沈むような展開に感じた
木々はまた…動物よりもゆっくりなタイムラプスで種の世代交代をしながら外側に円形の移動の世代交代を始め、手前の初代から徐々に枯れて地が見え始めた
ここでピアノはラプソディのようになり、徐々にタイムラプスは加速しながら私の意識は遠くへ離れつつ
植物と生命の輪はまるで水面に雫が落ちるが如く、それは1箇所ではなく、多数に…という景色はもう既に私は雨が地面を打つ波紋を見ていた?と勘違いする程に
これがホントの『雨降って地固まる』か?
という夢から覚めた
ピアノの演奏と景色が連動していた
これが観世音=世を音で観る?
そう考えると…なるほど(´・ω・`)ベートーヴェン(耳聞こえない)とかまさに『観世音』とその『景色を出力(表現)出来る能力』
私の母は若い時の耳の病気の手術のせいで、『片耳が難聴』となり聞きづらいと言っていたが…
実は『現実の音』が聞きづらい理由は、ずっと『甲高い耳鳴り』がしていて、それを『気にし続けると頭痛くなるから気にしないように生きてきた』と…言っていた体験から言えば
『耳が聞こえない人』は無音ではなく、『全く違う周波数の耳鳴りを観音』し、その『音で世を観る=内観が出来る能力』を身につけると
『出力(表現)』が出来る(๑•̀ㅂ•́)و✧
私の場合は夢の『体験を文字起こし』
だから『絵を描ける才能や音楽で表現出来る才能』があれば…今回の夢の景色の背後で流れていた『ピアノを再現』できるんだが…
ま、そんな新しい『ピアノ演奏付きの夢』、なおかつ自我とか人間とか関係ない・・まさに『星の種(動植物)達』がどのように『環境を構築して行ったのか』を早送りで観た感じ
そして、これがシュメールのイナンナの冥界下りの解釈後に来たという事は、それは『メタファーの認知』が変わった次の段階
それですぐに思ったのは・・
風水土木という神事
『エンキ』が黄泉の国に囚われた『イナンナ』救出に向かわせた『命(植物)と水』とは、地下に眠るイナンナ(根)を見つけて、地上へと連れていく命の種とそれを繋ぐ水(雨)
つまりはここで
風 エンキ
以下エンキが救出に向かわせた二人
水(雨)と木(命の種)
土 イナンナ
『風水土木』が出揃う
ここで気づいたのが『木』という『形象』
地上に『生えている形』に思えるのは『目線が近い』から
これを遠くに離し、『横棒を地平線』として見る
すると『地下に根』が張り、地上には『枝葉もない枯れた一本』が見える
これでは『不毛な大地(枯れた地)』に見える
またイナンナの髪は『ネギを束ねたように…』と伝えられている事から『逆さ』の形状
つまり木の地下の『根の部分がイナンナ』
例え『地下に囚われた』としても、『根が伸びてる』なら『地上に雨』を振らせれば染み込んで根に届く
また『命の種』を巻けば、その根が『地下のイナンナの根に絡み届いて発見』する
そしてイナンナが『根』だとするなら、冥界の食べ物や飲み物を飲まず食わずの『強い意志』こそがまさに『根性』と言える
…ん?あ!まさかΣ(゚д゚;)閃
根=『木の艮』=丑寅の『鬼』と云う鬼の方ばかり行ってたけど…その『木』自体が『イナンナ』ならば『根性と魂』、精神性でひとつ
イナンナが鬼(レッテルで消された存在)
…これは『脱線』だからまた別記事で深堀…根の国編とφ(..)メモメモ
軌道修正
私が言いたいのは 『風水土木』
とくれば、『勘』のいい人は気づくと思う(´-`)oO
金は?(陰陽五行)
火は?(プロメテウスの知恵)
日月は?(日月神事)
イナンナの物語は最初から最後まで『七が鍵』
日月風水土木金火…8?
(ヾノ・ω・`)この中に一人…『邪』がおる
それが金という『間外物語』
私が夢で見てきたタイムラプスの景色における『繁殖する動物の群れ』…とは
『資源を食いつくし争う人間の事』なんだよ(´-`)oO
つまり『風水土木』という『建設的な物語』を『金から始まる火の争い』で燃やし尽くし『一定数は自滅』する
しかし、『争いを離れた一部の種族』も恵まれた資源を『食いつぶした後』は、また『金と火』で延々と…円形に同じ繰り返しで『波紋』を広げていく
何故円形に波紋が広がるかって?『植物』が『火の争い』から、火の争いが『起きる前』から徐々に『子孫を遠くへ逃がしてる』
「老兵は老いて去るのみ…」と言わんばかりに『燃え広がりにくい木々』が長い事『人を足止め』してるうちに、『新しい種を遠くへ飛ばして平和=平輪を維持』している
だから『火と金』が結びつく事は『星の破滅』へと繋がる導線
例えば『金持ちの火星移住』とかね?(笑)
それは『自然の資源』を食い潰す『最初の移動民族』
では、そうならなかった『消滅する群れ』とは何か?
これ『日月神示』
ここには二つ道がある
『日と月』…という意味ではない
老兵・老木となりて火が燃えるものすらなくなる『更地の土』にかえり、『風化して風』になり『日も月も巡るエンキ(龍)』になる
私は夢で林にたどり着いた『移動民族』が居座って自分勝手に『森を円形に広がって繁殖』し始めた時、まるで『火が燃え広がった』、あるいは『ウイルスが一気に蔓延した』ように感じた
その結果、森の変化は分かりやすく、『風が運ぶ渦』で広がる円形は遠くへ遠くへと一気に飛ばし『二重の円』のように飛び
『元の森』から相当離れた所に『新たな森が生まれ広がった』が・・『人間』はそれに気づいていないで『居着いた森から離れようとしない』
この『命付き枯れる』まで『人間を足止め』して『遠くに生まれた若き森の礎』となる
これが『君が代の精神』と一致する
『細石の巌』となりて『苔の蒸す』まで
『子供の未来を護る老兵』となりて、『火と金』で資源を食い潰しては外へ外へと広げようとする『グローバリズム』をここで『分離』して
『対消滅させる』のが『日月神示=老兵の覚悟』
『玉砕』する気はないが、ただ『そこに在る』だけで、新しい『遠くの森が生まれ広がる意志』を繋ぐ
ただこの『円形』に留めて依存させて置いて『一気に枯れる事で道連れ』にする
人間は『土』に帰る
星の種は風に舞って『星』に帰る
『土』だけあってもダメ
『種』だけあってもダメ
『根』付いて『木』になるには
『水』がなければダメ
『空』には『日月の明暗』があって
『風』がその空間を繋いで種も水も運ぶ
『日月の元』で『風水土木』をしている
そこに『火と金=人』が混ざる
『金属』で『人の間』を造る=人間
火星=火事の元→『兵器』
金星=全に邪な左右預言→『政治・宗教』
このように『火と金』が、『日月の下』の『風水土木』作業に『邪魔な間外物』として現れたから『不毛の大地』になる事を繰り返した
まさに『雨が地面を打つ』ように、『雨降って地固まる』ようなそこら中で『波紋を繰り返す水面』のように…(平面同時多次元世界・フラットアース実験)
『種』として植えられた『イナンナ(原木)』
『風水(縁起の運ぶ命の種)』が『根』に届き『芽を出し木』となり『森は復活』する
しかしそこに『雨の雫の如く人間が現れる』と周りの植物は「混ぜるな危険」と『異物から円形に死滅』する
これは『イナンナ(鬼)に合わない』という事
『根性=根の性質』に合わないから『枯れる』
だから理想は人間がこうなればいい
『人』が『自然の恩恵』を食い潰さない事
『周りの環境』に適応する事
むしろ『自然の木々を活性化』させる事
これは『テクノロジーを完全に否定』している訳ではない
『道具は人の使い様』で『精神』もまた『テクノロジー』
人と自然(恩恵)が共存して成長する
…と考えればわかる通り
『日月神示』は生命の『始まりと終わり』
『終わりは新たな始まりへ戻る』という事
『日の熱』を届けるのも『風』
『月の波動』を届けるのも『風』
木々の命の種を運ぶのも『風』
『空を想う事』がなければ『想』は成らない
つまりは『目先の現実』から『遠くの理想の始まり』まで、『星の種の役目・役割』の流れの中で
自分が『今はこの位置にいるんだ』…と気づいた時
私はもう『風(エンキ・龍)の役目』でもなく
月に導かれて何度も巡り会う=『鬼の役目』でもなく
暖かく見守る『お天道様の日』
つまり『大日如来に帰依』してた(笑)
そして『帰依』の『忌』がわかった
帰と1文字で『よりどころ』という『ふりがな』が聖徳太子の17条の憲法のいわく1と2の『和らぐの精神』に書かれていた
帰る所=『ルーツ』でもあるけれど、別の用事のついでに近くに来たからと途中で寄る『故郷』でもある
要は気軽に『気がついたら行ける』って事
依とは
根拠にする。よりどころにする
よりかかる。頼みにする。よる
こっちも拠り所だが『ベクトル(重さ)』が違う
拠点・アジト、科学的に言う『エビデンスやソース』等、『力の源』になっている
さらに『人の衣』と書く事から
『人という衣』を着た『獣に力が宿る』なら
『衣=職に力』を与えれば『白衣の科学者や法衣』を着た『住職や医者』等はまさに『死へ帰依』した依存=それがなければ生きられない
『宗教の死生観を盲信する信者の力』がなければ生きられない団体組織
『科学のエビデンスを過信する学者』がなければ生きられない団体組織
それを『帰依』とするなら『故郷』の前に建てた『建前』にある『元の古い神社』という『帰』を壊して
『新しい神仏分離・漢方廃止・修験道禁止』して『建てた所へ依存』させる
それが「帰依しなさい」という『宗教・製薬依存の洗脳』だと思うと『再教育プログラムの悪=割る知恵』
やっぱり『大日』は『金輪際』で割って切り捨てる
私は『日』に帰っていた(意識が同調)
しかし、『人の衣』を纏ってはいなかった(人では無い・見守る傍観者)
カタカムナで きえ の言霊は
エネルギーの投影
き そのものでエネルギー(実)
え をつけると投影なので(虚)
…脱線したので軌道修正
言いたいのは
『日月の役目の心』まで『同調』すれば
『始まりから終わり』まで『神示だった』という事
だから『共感』出来ない人、『達観』できないのも仕方ない
『意識』が『どの世界』を『どのような役目で観測するか』によって『感じる体験』も『見てる景色』も全く違う
例えば『現場監督』と『現場の従業員』では『同じ現場』にいても、向き合っている『問題』や『やるべき事』が違う
私の見た夢の『森で繁殖する人間』は『古代の人』
『ずっと平和』だったが、円形の森全体に『繁殖』して広がった結果、森の『一部』、あるいは『全部が途切れ始める』のが先導者の意志が受け継がれなくなった『末代』
その途切れた先の遠くに『森が見える』と『進み出す移動民族』も居れば、遺された『少ない資源を醜く奪い合う種族』もいれば…『種を植えて少しでも自然を増やそうとする種族』もいる
この『多種多様の人』としての部分に『憑依してフォーカス』すれば、『その世界観の人生体験』をする
深みにハマって『人生体験に依存』になれば、『元の意識』が『どこ』から『何の為』に来たのかの『目的を忘れて本末転倒』になる
目的を忘れない為に、『一心不乱に仏の姿を彫る弥勒』もいれば、『歌詞』にして『メロディにして歌う者』もいる
それは後に『それに出会う事』で『忘れていた記憶、目的』を思い出し、『意識』を『あるべき観測ポイントに向かわせる為の遺恨・イコン』でもある
遺恨を遺すとは
恨みや不満が解消されずに、心の中にいつまでも残る状態を指します。過去の出来事や人間関係の中で生じた対立や不満が、解消されずに残ってしまっていること
これも『レッテル』を貼って『真相を覆い隠そう』とした意味だが
遺恨とは『進む貴方の心の艮(うしとら)』と素直に読めば
まさに『イコン』である
イコンとは、ギリシャ語の「像」を意味する「エイコン(Εικόνα)」が変化した言葉で、主に東方正教会で使われる聖画像のことです。キリスト、聖母、聖人などを描いた絵画や、聖書の一場面を描いた絵画
それを見る事で『更生』して『云う鬼=魂が甦る』ためのシンボル
そう言う意味では、私は『大日如来と縁が繋がった』時に『こうなる』と感じていたのかもしれない
この『人の間』に『意識が依存している現実』では『小さな人の世界の一部』を見守っていた『お天道様の目線』は無くなる
あのタイムラプスの中では、人は虫と変わらず、目にも止まらない『一瞬』で生まれ変わる光
『一世代の人生』は『儚い=人の夢』の如し
その『生まれてから消える部分は見てられない』が部分から始まる『続く変化の流れ』
お天道様から見ると『干渉』することなく『その変化の先を観たい』
『同じ繰り返しの景色』は飽きて興味が無くなる
しかし
「これは!流れが違う!この先どんな展開が!!」Σ(゚д゚;)
と『多次元多世界多様性』と多々多々、似たような『同じ烏合の衆』よりも
『明日な個性』として、古き教えの途切れない『自然の成長の先』を観たいと思わせる
そう、だからこの『シュメール神話は大切な教え』のように『順序だてた物語』になっているのだと思う
私はイナンナの冥界下りはここまでで、『星の種の役目は終わった』と思っている(以下蛇足)
というのも『植物だけ』なら、送り込まれた『星の種が育つ地=イナンナ発見救出』でめでたし
しかし、『アヌナ』が言う
「ただで帰す訳にはいかない」
ここで『金(アヌナ)の気』が絡んでくる
この自然を蝕み燃やし尽くす『金と火がもたらす神事』については・・
実は、直前の幸福の科学の映画『黄金の法、エルカンターレ』を見た事によってしっくりきた
シュメール、イナンナの冥界下りを解釈した『後に見た』からこそ、繋がった閃き
次は『金火神事 veil(幕)の使者』が何を示すか?真相について語ろう
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