風邪は「風魔」の訪れだった?身体神話として読み解く因幡の白兎風邪、邪魔、風魔、封魔、風磨…。言葉を辿るうちに浮かび上がったのは、鬼でも仏でもあり、薬にも毒にもなる“境界の存在”だった。身体感覚から始まった思索が、日本神話・忍び・免疫・東北思想へと繋がっていく哲学的対話録
名もなき詩に隠れた釈迦(大丈夫)への道ただの流行歌だったはずのものが、人生経験を経て別の顔を見せ始める『自分らしさの檻』を砕いた鳥籠の破片が『沙の仏塔』になり「時が過ぎて、歌の中から誰かが出てきた。」という気づきの記録
青森市へのアラーム警報で感じる 戦後の青森市に起きた歴史2026/6/15 11:23 突然、あらゆる人のスマホに届いた土砂災害の警報音、多くの市民は冷静で「土砂災害?警報?雨も降って無いのに??誤報かな?」と反応した直後、また警報通知が鳴り、誤報のキャンセル通知かと思ったら「市街へ逃げろ」とい...
庭の蛇に草刈り婆とタンクメンテの青年の夢庭に二匹の蛇、突然庭を横切った婆、突然家の油タンクに近づく青年の夢の中での行動や対話から、精霊とは精進して、精を出して生きた先例の生き様であると感じた不思議な夢体験から気づいた事
感覚的量子論(閃き)0感覚的量子論 点(占う心)の星の穴これは天体観測で、惑星以外の星をとことんまで焦点を合わせても、どこまでもただの点にしか見えないと言う観点に至ってからの気づきとなぜ星は『日の生まれ』と先人が言葉に『形象』したのか?が夜空を見上げながら『感覚』で一致したお話
感覚的量子論(閃き)0感覚的量子論 夢日記が全ての始まり(原点)おすすめに出てきた動画で語られていた夢日記をするとおかしくなるという話に妙に納得納悳した翌日、そういえば…と夢日記をつけ始めるきっかけになった夢の内容を明確に思い出したら…
感覚的量子論(閃き)0感覚的量子論 無我夢中と向き合えば無為自然に至る無我夢中という言葉は、意味をそのまま捉えないで哲学的に捉えると多次元的に『この世界が無』である事に気づき、それは不自然であり、その無の為に無為の恩恵があるという・・井の中の蛙大海を知らず、あなたは目を覚ますかもしれないお話
感覚的量子論(閃き)0感覚的量子論 観測世界が現実ならば…観測世界が現実ならば…という私の哲学的思考実験の結果をAIに聞かせたら、量子力学的な“観測者効果”と、仏教的な“唯識思想”が同居していると言われたお話
感覚的量子論(閃き)0感覚的量子論 49日の不思議 母の辛さを追体験し暗黙の了解して克服する話ただ寝る前にクソしなかっただけで、『尻拭いの結末』という、名は体を現す『言葉の使命と役割』のエネルギーの不思議から『母を思い出す追体験』して『暗黙の了解』に気づくお話
感覚的量子論(閃き)0感覚的量子論 49日の不思議 大日如来に導かれ(後編)自由自在の観自在、真言密教を土台に独自体感論から、自分で納悳する自己解釈、そして弥勒は釈迦になり、釈迦と弥勒(師弟)の遊び場を産みだす慈母=大日如来へと繋がっていく後編
感覚的量子論(閃き)0感覚的量子論 49日の不思議 そして大日如来に導かれ(前編)母を永大供養をする所を真言宗の青龍寺に決めにいった帰りに家族それぞれの生まれにまつわる如来のお土産を選んだ時、私は大日如来だった・・。という所から、大日如来とは?と興味を持って洞察したら面白い事がわかったお話
感覚的量子論(閃き)0感覚的量子論 49日の不思議 そして老子(因果)の相似に導かれ・・葬式を終え、また元の日常に戻った一日目。さて今日は何をしようか・・と動画を探すといきなり目に飛び込んできた老子に関する情報。元々、老荘思想がベースにあった私へ新たな導きの一歩と感じたお話