好奇心

直感・閃き・気になる事探究を楽しむ

罪と罰を麻鬼に名すりつける悪魔『亜空間』

カタカムナ79首までの意識の旅を経て、一首に書かれたマノスベシアシアトウアンの意味を理解した、亜空間=悪魔のレッテルのお話

真説 罪と罰

なるほど(´・ω・`)そういう事か

罪とは目に非ず
目に入ってない、見張られてない
つまり『気づかない事』である

罰とはその目が『言う刀』である

気づかない事が『罪』であり
気づかない事で『傷つける事が罰』である

つまり目配せ、気配り、『目下』に起きる事を見逃してしまう、『見守る思いやり』がない

それが『罪作りな罰』

日常にあるけど気付かない『亜空間を見逃す』
『罰』を生み出さない為に、『罪』を憎んで人を憎まず

亜空間から伝わり影響するのは『感情エネルギー』であり、人はそれに『共鳴』すると『喜怒哀楽の行動』に振り回され、『人生ドラマを演じる役目の舞台』に立たされてしまう

それは『神輿に担がれて見世物になる』という『亜空間からの傀儡の操り人形』と言えばいい

それを「悪魔のせいだ」と言う

亜空間と悪魔は違う

悪魔というレッテルを麻鬼と麻鬼女=『魔王と魔女』『名』擦り付ける

亜空間とは気づかないだけで『存在』している
気づいてそれと向き合えば『律する事』ができるエネルギー

目には目を=目が合う
刃に刃を持って止める=拮抗

つまり、感情的な何かを『波動(波風)』で伝えてきたとしても、その『流れを受け流す』という、『流れを把握』している者はその『コントロールの術』を知っている

とても『冷静』で感情に流される事なく『達観』して物事を見すえている

さて、これを『魔王や魔女の特徴』とした時

それを『討伐に行く勇者』というのはとても『幼く幼稚で感情的に行動』し、なおかつその『途中でレベル』をあげていくという『過程を見せる』のに対し

魔王や魔女というのは冷めて、遠い目をしていて、『世の行く末を案じている』からこそ、『作り直して統治』する目的で支配を試みる役目

そもそも『勇者の旅立ちの理由』が『王の命令に従う』『成功報酬として地位や財産や女を貰う』

インセンティブから始まっている時点で…『悪魔はどっち』だろう?(´・ω・`)

『感情的な亜空間(一時の王の立場)』に振り回され、その言い分を『簡単に盲信する勇者』の多くは、ラストに『魔王との戦いの最中な対話』でだいたい『冷静に真理を諭されるパターン』が多い

結果、力のゴリ押しの選択をして勝利するも
「その気持ちがある限り我は復活する…」と遺恨を遺される

また『仮初の一時の平和』に利用される役目。それは勇者とともに冒険してきた者=『プレイヤーに問いかけられる話』でもある

『罪』を見過ごして『罰』を振り回して、それを全て「魔王のせいだ!魔王を倒せば全て解決!終わり良ければ過程などどうでもいい」…と、『過程=今の自分の業』に心を巡らせないと

因果=王の思惑→魔王を消すの『間』で『罪なき者』に『罰を与える罪作り』を繰り替えす

『心無い言葉』で傷つけ、『聞く耳』持たず問答無用
王から借りた『他力本願の善意の正義』を振りかざす

それが『戦争』というもの

いくら『聖戦と綺麗事』にしても因果は『気に入らない相手』を『気づかれない』内に『消してしまいたい』だけ

気づかない=『罪はバレない』
正義を大義に『傷つける=罰』

罪は『亜空間』から
罰は『正義』から

そして『罪作りな罰』を『名擦り付ける』相手は
魔王と魔女=『麻鬼王と麻鬼女』

『マギ王』と『マキナ(機械)』

…ほほう( ˙꒳​˙ )これはまた『奇怪』な言葉が出てきたな

マタイによる福音書』(2:1-16)によれば、イエスが生まれた時、東方で知らせとなる星を見た博士たち(マギ)がエルサレムまで赴き、ユダヤ人の王として誕生した方はどこかと…

つまり、『キリスト』に『全部の罪と罰』を被せる

これはユダヤの『スケープゴート』
『1匹の山羊』に『全ての罪』を着せて『自然に追放』する

『山羊』もまた『悪魔』の象徴、錬金術の『シンボル』とされるが、『麻鬼』の意味ならばキリストは『鬼の子』として『頭角を現した』という事

『麻鬼女の産んだ子』ならば麻鬼女は、『聖母マリア』という事になり、結果、『魔女が魔王を産んだ』となる

そんな、『出処、血筋』がバレると『都合が悪い宗教』が『口封じの磔』で、『自ら犠牲になった者を尊い』と祀る儀式は…

『羊の群れに山羊』がいて、『頭角を現して柵(策)を壊して』しまい、その山羊について行くように『羊たちも逃げてしまう』から

『未来の先導者』となりうる『山羊の子』が『羊の群れ』に混ざっていたら、『社会不適合』として切り離し、『全ての罪』を背負わせて『柵の外へと追放』する

これで『羊の世界』は『羊飼いによって秩序』が保たれる

至極『自然な事』なんだ

罪=目に非ず=『気づかず見逃す』
罰=言って『傷つける(柵or策)』

『山羊の子』がいる事に『気づかず見逃してしまった事』を憎んで、「ここは居場所じゃない!」と『外に出たがる山羊に罰』を与えた所で

『山羊は何度でも柵(策)を壊そう』とするから、望むように『柵を解いて自然に帰して自由』にしよう

たぶん、これが『真実』の教え

しかし、『偽=人の為』というのは

「あいつは悪い事をしたから追放された」
「あいつが皆の罪を背負ってくれたから、お前らの罪はお咎めなしだ」
「あいつはお前ら全員を救った救世主だ」

こうやって『飼い慣らされた羊達』は『羊飼いのテリトリーの柵』の中の『策』にはまる

それはそれで『そういう世界』なんだ

『頭角』を現して『自由を求めた山羊』が振り返って『気にする事』では無い

『羊飼い(ユダヤ)』は『亜空間を利用』した
『気づかれないだろう策』を使った

しかしその罪と罰を『亜空間=悪魔に名擦り付けた』

『亜空間=気づかれない陰謀の全て』を
『悪魔=麻鬼王という麻鬼女が仕組んだ』ように伝え広めた

こうして『亜空間(気づかない日常での罰の名擦り付け=冤罪)』によって『悪魔』は嫌われた

『魔法=麻鬼法(平和)』も嫌われた
『鬼=あやかし、化物』と嫌われた
『麻=大麻(薬・生薬)』も嫌われた

今や日本に残っている呪術的なシンボルは『天皇制』しかないが、その天皇制ですら、『大日本帝国=大日如来帝国』を『クーデターして天皇主軸の国家神道一本化』で『戦争へと舵を切った』事で

『日本は鬼』と忌み嫌われ『恐れられる存在』になった

『過程』を見れば、英霊達が『神風特攻』したなど『美談』があるが、その実、『望まぬ特攻』の裏に『薬漬けで精神を狂わせなければ出来なかった』…など『非人道的側面』もある

『逃げ場のない四面楚歌』に追い込まれた『悲しみしかない戦い方』へと進まされていく。とことん、『鬼というイメージ』を固める罪=気づかれないように作り

『罰=言って傷つける事』を増やし続けさせ、『言い逃れが出来ない状況』にして、『イメージ通りの鬼=レッテルの対象』に仕立てあげた

ユダヤ思想には『タルムード』という『ヘイト感情をベースにした考え方』が存在した

本当は『羊を護り、山羊を自然に還す』という『双方が望む最適な平和的な教え』だったものを

より『支配的に恐怖洗脳で従順にして監視する』という『罪と罰を責任』にして、『山羊=悪魔に名擦り付ければやりたい放題』できるという『スケープゴート』を鬱憤晴らしの『ガス抜き』にした

という『罪と罰の概念』すら書き換え則った、気づかれない『亜空間を利用した介入』があったのだろう

さて、ファンタジーな事を言えば

例えば六法全書、広辞苑、憲法、法律
ずっと『昔に制定』されて、普段、日常的にその『中身を監視している者がいない』

『一冊の本』を書き換えた所で意味は無いが、現存する『全ての本の一部』を誰にも気づかれずに『書き換える事』が出来たら?

それに『気づかない人間』は、『その法に従う事』になる。書き換えられた時点で、『今までとは違う間違ったルール』なのに、気づかないだけで、無意識にその『都合よく書き換えられた法に従う事』になる

『法の番人』とはそれらの『書き換え(変化)をしっかりと把握』しなければいけないのだが…現実的にそれは難しい

仮に『データ管理』すれば『不正アクセス出来ないから書き換え出来ない』としたとしても、『アクセスできる権限の人が書き換える事』もできるし

その人に書き換えるように『弱みを握る事』でも『誰にも気づかれる事無く』それはできてしまう

つまり『デジタル庁に権限を一本化する』というのはそういう『亜空間』になる

気づかれない=亜空間
罪=目に非ず=気づかない

量子観測の目がない『不確定要素』

これが『認知を書き換える』という事
認知を書き換えた事に『気づかせない洗脳』

『マンデラ効果』というのは『違う認知』を持っていて『違和感を感じる』から気付くことができるが

日常にありながら『気づかない』のが亜空間
それが有るか無いか?で言えば

それは『有る』んだよ(気づかないだけ)
この認知がなければ『亜空間=悪魔のやりたい放題冤罪が生まれる』

そして麻鬼王と麻鬼女
麻が『禁止』
鬼が『嫌われ』
王が『失脚』
麻鬼女は『魔女狩り』

と、と思いこみの『盲信による冤罪』が覆らない

「気づけ!」というのは2つの意味で

『亜空間からの感情移入の存在』に気づく事
『築け!』その亜空間(隙間)を取り締まる『心の鬼との関係性』

心に『門番』として『鬼』を宿せ
麻鬼は『魔』である、『鬼女』は…強えぞ?(夢で戦った)

幽界探訪記その1 戦った鬼女に気に入られる夢

麻鬼女=『達観した預言者』
月世見、星世見、『魔の術』を知っている

…間の術=空間術

そういえば

カタカムナ一首に
『マノスベシアシアトウアン』

このマノスベシとは魔術師 or間術師

前者なら『麻鬼術師』
後者なら『亜空間術師』

私はカタカムナの研究を初めてから、自然に『鬼や夢、明晰夢、幽体離脱』などの『亜空間の意識の旅の体験』が増えたからこそ

麻鬼術師でも
空間術師でも

その『どちらの要素』も『カタカムナ』から感じ取ったエネルギーだと…『79首』までカタカムナの意識の旅を続けてきて、『一首の言葉』に意識が戻ってきた今

始まりにその因果の『因』が、『気づかなかっただけで書かれていた』という事になる

これは『Asia東安』の為の麻鬼術師の亜空間術詩

そりゃ『蘆屋道満』は陰陽師から『悪魔』と忌み嫌われる(笑)

陰陽術が『傀儡の鬼を使役』する『現実的な術』ならば、『間術』は傀儡を生み出す『亜空間を制御する術』

『隙間を封じる事』で好き勝手させない

なるほど(´・ω・`)となるとやっぱり『夢の取り締まり』や『デジャブ潰し』、『仲間の目覚め』、『意識のサルベージ』『八次元ジオメトリクス』というのも…『間術師(マノスベシ)』か

カタカムナ47首 夢の取り締まり?

デジャブの正体 不完全なパラレル・ワールドの記憶

籠の中の鳥は夜目が効かないから脱出不能な夢

八次元 独自性の連続が新たな世界創造

なんだか、ここ数日、濃い情報がいっぱい降りてきて・・(まだまだストックが・・)

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