思い出の喪失感で感じる亜空間=スカラー(密度)とベクトル(表層)。そして密教とは『空間術』であると気づくお話
スカラーとは?
普通は科学や数学、理論物理学などの『学問』からたどり着くべきこのキーワードに…私は無一文→スッカラカン=素空観という『音の響き』で『スカラー』にいたり
それは『密度を現す定義である!』と、相似した観点にたどり着いた時
ベクトルが『表層・外・現実』
スカラーが『深層・中・精神』
こう捉えた時、『無=空(有無)』にはベクトルは無いが『スカラー』は有る
というのも『無は全てが有る』…というのは『仏教的な定義』だが、『無という概念』をあれこれ考えると、『無いを肯定する為の様々な考え方』が産まれる
これは『悪魔の証明』である…と同時に『空間の証明』でもあるし…『阿久間=亜空間の証明』でもある
亜空間とは『日常に有る』が『気づか無いだけの異空間』
誰もが観測している訳ではなく『気づいてる人だけが観測』している空間
これに気づいた『体験』がこちら
この『密度解釈』を分かりやすく例えるので空間と相関を『思い浮かべて=空想』ください
①空間は広場(彼に学校の校庭とする)
②その空間の中には『2人(密度)』と一つの『ベクトル(力の流れ)』があるとする
『右』を向いて立っている人の『左からボールが飛んできている』のを、その人から見て『右側にいる人』が『正面を見ていて目撃している』と仮定した時
正面を向いて観測している人が「危ない!」と伝えれば『空間の共有』によってその『右を向いてる人』にとっての『亜空間からの気づかない危険』は回避される
しかし、この観測している人が、『ボールが当たるのがわかっている』のに『危険を伝えなかった』場合、『ボールが当たった人(過去)』は、日常の中にあるけど気づかないだけの『亜空間からの攻撃』を受けた事になり
その亜空間の攻撃を証明するべき『観測したけど伝えなかった人(過去)』が、『真実(今)』を伝えなければ、その人が『なぜ不幸』になったのかの『因果関係』がわからず
この場合、『真実(今)を伝えない観測者(過去)』が『悪魔(亜空間)』であり、その悪魔は『正体(見た事実)を隠す』から『悪魔の証明はできない』のである
つまり、「悪魔を証明しろ」と言う側が、『亜空間の証拠を隠した悪魔』なんだよね
という話は『何のため』にしたか?
それは『空間の密度(スカラー)』を把握する為である
今の例には『3つの階層の深さ』の世界観がある
空っぽの空間(ボールが飛んでくる原因の世界)の中に、『何も気づいてない人の世界(今)』と『ボールを観測している人の世界(今)』という密度がある
基本的に『原因も結果』も、ボールが飛んでくる大枠の世界の中(空間)という『表層・輪郭のベクトル』
その中で、ボールが『飛んできていると気づいてる人(今)』は、『表層世界(元)』と『内面世界(今・未来)』の『両方に観測目線』がある
表層からのベクトルが、内面の『浅い階層世界=気づいてない人にボールが当たる現実(過去)』に気づいてる
ここで『選択(今)』によって観測する世界の『密度(過去・未来)』は更に深くなる
例えば、「危ない!」と回避させるという事は『ボールが当たらなかった世界』という『深い密度(未だ来ない=未来)の亜空間を観測』する
しかし、ボールが当たって『大怪我をするとわかってて言わない(今)』という事は、『ボールが当たって怪我をするという世界(未だ来ない=未来)』の方を観測する
「助けたい、傷ついてほしくない」という望む世界
「さみまあみろ、いい気味だ、痛い目に合えばいい」と望む世界
この時、空間密度が、『分岐』してさらに『深い密度』へと思いを巡らせる
これは『思慮深い観察や洞察』という事
この事から『スカラー=密度』というのは『物質の力』ではなく『思い入れの念力』
『念ずれば通ず』の領域において、『亜空間=悪魔の力』と仮定する
と、同時になんかこの構図は似ているぞ?と思ったら、『シュレディンガーの猫実験』のような『蓋を開ける』まで『結果はわからない』
その『どちらもある=有無』という状態の『空』の『量子の観測』と似ているかも(笑)
『亜空間からのベクトル(気づかない力の流れ)』に対して、逆らえないのは『気づかない空間』の無意識
しかし、確実に『変化の基点』を観測した時=『意識』した時
逆らうか?利用するか?それとも・・という『選択の機会』が現れる
思考の中で『試行・指向のシミュレーション』で『未だ来ない=未来の密度』はより増していく=『多世界創造』。そして『選択の自由』は『亜空間=悪魔の正体と向き合った者』にしか生まれない『ワンシーン』
シーン
光景。風景
事件や小説の場面
シーン・・( ̄b ̄)シーーッ!! ( ^ x ^ ) ナイショ
例えば、これは『終わらない週末』という、『陰謀論者向けの映画』の中で、『鹿を見た者の行動が変わる』という表現においても、『そのシーンが亜空間(未知)とのコンタクト』を示している事に気づくのも
『思慮深く物語の意図を探している者』しか気づかないだろう
結局、『スカラー』という『理論物理』という『机上の空論』はあまり意味が無いので、頭を空っぽに『素空観(すからかん)』にして『無一文』に至る
そしたらあっ!Σ(゚д゚;)と閃きの『阿字観』がきて…この閃きの阿字観が、『亜空間』を開き、『阿久間と繋がる=即身成仏=先祖供養』
すなわち『身に成る仏』
即、『身が成仏』
なるほど(´・ω・`)スカラー=密度、だから『密教』なのね ←核心
密教の密は『秘密』ではなく『空間密度の教え』だったんだ
『空間の中』に『空間』がある
『仮想の中』に『仮想が何重にも密度』がある
私の『違和感』のもやもやが、『真言』になった気がする
気づかなければただの『日常の表層』
気づけば『深い密度の非日常』の『多世界亜空間』
誰も気づかない『空く間』の証明
それを黙っていれば『悪魔のいたずら』
ここで
気づかないように『見ざる』
聞こえないように『聞かざる』
知ったとしても『言わざる』
すると『間違い』が起きる
『亜空間(気づかない)』から『やりたい放題』だわな
「全て『見ろ苦』を!声を明らかに『声明』しろ!今の心の真言を『念』じろ!」
気づけば『秘密』なんて無いと『真言念仏密教』とは『密度を理解』する
空間の密度を『無一文=素空観』にして、『何も無い』中に、あっ!Σ(゚д゚;)と一文字、阿字観の『閃光』が走る
その『光を感じる漢字』を追う『阿羅漢』
それは『亜空間』を通り『階層世界』を駆け巡る
『思慮』深く、虎は千里行って千里帰る
『あるゆる観点』から物事を照らし合わせて見通す
真言念仏密教は『何のため』にやるか?
それは『嘘(間違い)を見抜く為』である
『口からデマ枷』の『虚な嘘』が『表層のベクトル世界』を造っている
それは『薄っぺらい輪郭投影』であり『中身』がない箱もの
言い訳して
言い分けして
言い逃れして
積み重なる『罪の責任を切り離してる』から、ひとつひとつの『嘘の世界には何の密度もない』。『薄っぺらい』から『面白み』も『重み』も『深み』もない密度のない『ポリゴンの3Dモデル』と変わらない
政治のスキャンダル?
『賄賂』貰って、『ハニトラ』かかって『弱み』握られて、『保身のために傀儡の犬』になったのが、向こうの都合で『マスコミにリーク』されて『失脚』するまでの出来事なんてものは
『金』や『女(男)』や『地位』という『誘惑』にだらしない 以上、これで終わりだ
ニュースでもなんでもない『無駄情報』。無駄を教えてくれる『反面教師』。そんな政治家がみっともない『言い分け』して『嘘の世界』に消えようが誰も気にしない
そして、『政治不信』になり、政治に興味を持たなくなると、『政治という空間』が非日常の気づかないけど有る『亜空間=悪魔』になる
もともと、『誘惑にだらしない政治界隈』が、『悪魔の力=気づかないとやりたい放題』を得るのだから、『空間のどこにどう密度が増えるか』をしっかりと把握して『空間転移の観測』をする必要がある
『魔が刺す』とは、『間』から刺してくる
病だれが『マ』を『月刺し』てくるから『痛』と書く
スカラー=密度=密教
「密です!離れなさい」=『真言(事実)』から離れなさい
ソーシャルディスタンス
ソーシャルディスタンス(social distance)とは、人と人との物理的な距離を保つことで、感染症の拡大を防ぐための取り組みです
机上の空論の物理は『間と間の密度を下げる事』を『念頭』に置いているが・・元来、『集団免疫獲得』という考え方は『密度を増すほど有効』だった
自然のミツバチは、仲間がスズメバチに襲われた時、危険を顧みずみんなで抱きついて『圧力と熱』を産みだし、『天敵を仕留める』ように、早い段階で密になって結束すれば、その熱量によって敵は悪さできなくなって問題は収束しただろう
しかし、その熱血(真実を言う=真言を実行する日本人・日本の免疫力)が、2割しかいなかった・・それだけ『真言=大日如来、空間、密教』を理解する人がいなかったのだろう
薄っぺらい『空間のベクトル』に流されて、『密が分離』されて、『真言を伝える人』と『間』が離れてしまったが為に、『人でなしの間違い』が起きた
『真実』を伝える『密度の深い思いやりのある人の間』は、『薄っぺらいベクトル(製薬会社との制約)』を発する『人の為=偽のおもいやり=軽い注射器』のヒトデナシの間によって分断され
日本人が日本人たる『精神の密度の深さ』がなくなり、『集団免疫獲得』ではなく、『日本人大量死』という結果を招いた因果
「全て『見ろ苦』を!声を明らかに『声明』しろ!今の心の真言を『念』じろ!」
気づけば『秘密』なんて無いと『真言念仏密教』とは『密度を理解』する
こういう観点でも『空は想』の中で『カタチ』を変えて自在天
欲界の最上天で、第六天ともいい、他の楽事をかりて自分の楽しみとする天
他の『楽事(理論物理学のスカラー)』をかりて自分の『楽しみ(素空観、密教、亜空間)』とする
それってつまり『例え話』であり、『メタファー=隠喩』であり、フィクション(創作)でもあり・・でもノンフィクション(事実)でもある( ̄ー ̄)ニヤリ Σ(゚Д゚)
それは体験・体感無くして理解なしの『真』に『実を結ぶ事』
『思い入れ(密度・精神)が喪失』した時、涙と共にこみ上げて流れて消えたエネルギーは、『どこ(心?)』から気て、『どこ(亜空間?)』へとその『ベクトル(力・現実)』は消えたのか?
表層では、『大事にしてた物』が無くなって『悲しくて泣く』という見え方、しかし、内観と俯瞰の観点では、『エネルギーの発生と集束地点』を分析し・・
『スカラー(密度)』?『ベクトル(力の方向)?』と観測していた(゜-゜) Σ(゚Д゚)
そんな些細な出来事=日常の中に、非日常の『亜空間』があり、その中で私は『密教を実践=今の心で仏を思慮深く捉える=念仏』している
現実で『念仏をぶつぶつ』言う必要はない。真言は『亜空間=素空観=無意識』で思慮深く思考・試行・志向を決めるだけ
必要なのは『GPS one=観測全体の一人』となって緩和・吸収して、『明鏡止水』の無となり『鏡と向き合う事』(一人一)
このふたつ・・はたまたま今日おすすめに出てきたこの動画の中で解説されていた、『シャマタ(静寂)の瞑想(サマティ)』の解説を見て、『該当する事』をやっていたなwと過去体験記録に該当するので、精神修行をしたい人には参考になるかもです
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