好奇心

直感・閃き・気になる事探究を楽しむ

シンプル哲学 理由と理屈

似ているようで出処が違う理由と理屈について理解すればあなたの精神論のマインドセットが変わるお話

理由と理屈

理由とは

物事がそのようになった、わけ。筋道。また、それをそう判断した、よりどころになる、またはする事柄

理屈とは

こじつけの理由。現実を無視した条理。また、それを言い張ること。

最近、増えてきたスピリチュアルや精神論にも、理由で動く人と理屈で動く人の『二通り』がはっきり出てきている

だから話が合わない

大きな違いは『よく勉強している』と感じる人は『理屈で動いている』と感じる

でもそれは残念な事に『現実論』なんだよね

現実の中で『正しいと誰かが主張』したらそれは『権威』になり、権威は『維持』するために『理屈』を固めていく

その過程で門外不出の内密な秘密、『内部事情が生まれる』が、それは『外に出さない』から、『変化のない側』ばかり見ている者は

その『虎の威を借る狐』『猫の皮』を被る『中身の変化』に気づけない

物事は常に流転している
『人』も『状況』も

最初の主張には『理由』はあった(初代)
続けて維持する者には『理屈』しかない(〜末代)

ここで漢字の違いを読み取ってみよう

由の意味

よりどころ。よってきた筋道。出所。いわれ。わけ。

屈の意味

折れまがって伸びない。かがむ。へこむ。くじける。へりくだる。

漢字分解読みだと、理は『王の里』、始まりの場所・ルーツ
由なら筋道が通って『繋がる』が
屈なら筋道は途切れて『繋がらない』

もっと分かりやすく言霊で読み取ると

理由=離れ湧き出て生まれる(拡大・成長)
理屈=離れ引きより凝縮する(縮小・停滞)

はっきりその『似て非なる性質』が読み取れる

面白いことに、英語では理由も理屈も『REASON』と訳される
これもアルファベット真理やアナグラムで読むと

Re a Son → 息子に戻る=『親元へ里帰り』と取る事もできる

『素直な心に従う』という意味か
『従順な親の僕に戻る』という意味か

同じ息子でもそこで『似て非なる性質』に分かれるから実に面白い

『理屈で語る』というのは、その『誰かの受け売り』でその『出処』は分かっていても、そこへ『至る筋道』を知らないから繋がらない

理想郷への道を知らない者・知ったかぶり

『理由を語る』というのは、『自分が生まれた場所』へ『戻る過程の筋道』を知っている

理由は変わる、コロコロ変わる
当然な事で『物事や環境』が変わるから

だけどどんなに『理由』は変われど、自分のふるさとの『理想郷への道』を見失う事は無い

理屈は物事や状況が変わっても、『莫迦のひとつ覚え』で『臨機応変の応用ができない』から道に迷う

しかし『権威を維持してきた意地』があるから、理屈を捏ねて『看板だけは守ろう』として、こじつけて『凝り固まる』

それを『屁理屈を捏ねる』という┐(´-д-`)┌

筋道の立たない理屈。こじつけの議論

そのための『捏造』

本当はない事をあるかのように偽って作り上げること。でっちあげ

捏は『中国語』にも意味があるらしく

一つにまとめる;仲介する.取り持つ

ちなみに南から渡来した秦氏(名を造という)が、聖徳太子に演武として『六十六番』を物真似した『猿真似=後の能楽の申楽を造った』という

神話捏造(一つにまとめる)、渡来移民が聖徳太子を政治的に利用したと捉えると見えてくる理由

鴨と加茂、皇の鳥と八咫烏 背負って担いだ神輿とは?

『初代の八咫烏』には理由(渡りをつける役目)があったかもしれんが、『末代』に至るまでの跡継ぎはもはや『権威維持の理屈』しかない

『元々ある神話』を『都合よく改編して物真似』して『捏造された嘘の神話』を『よく勉強しているもの達』は、『偶像崇拝』から逃れる事はできず、『神の名前に囚われている』けど

その『信じる神に到達してない』のが何よりの『理屈を捏ねてる証拠』

ご都合主義で『窮屈』になってへこむ。くじける。へりくだる

神も仏もいないのか!!( º言º)と教師や教科書、理屈に文句をつける

それただの『理屈の本』だから
『本当』を追っても『本質の限界』がある
『本の外』には出ない『限界』が決められている

それが『秘密主義や内密、門外不出』

生徒に対して先生とは、『先の輩』が『先』に『生きてる』だけだから、先生として使う『教科書の本質』には書かれていない『社会の事』は何も知らない

先輩という輩の戦敗から荒廃へ

私は『教師』は『社会生活経験者』がなるべきだと思うと提唱している

教員免許について思う事

よく勉強出来るカリキュラムに従順な生徒は『教科書や参考書をしっかり読み込む』代わりに『雑学』として都合が悪いからと『切り捨てられる真実』を見ないから

『矛盾』に気づかない

矛盾とは

前に言ったこととあとに言ったこととが一致しないこと。一般に、理屈として二つの事柄のつじつまが合わないこと。

基本的に『本という理屈』の中でいくら読み返しても『矛盾』は生まれないように『検閲や校閲』という『都合の悪い表現をチェックする仕組み』がある

逆に言えばこのシステムが『内密、秘密主義、門外不出、禁止ワード』という『都合がいい理屈の権威維持のために存在』しているとわかる

検閲・校閲・禁止ワード自体が『理屈という権威』を守る為の『屁理屈という権威』でキリがない

矛盾の言霊は
広がる内なる示しが自然に強く湧き出る

むむむσ( ̄^ ̄)?なんか?しっくりこないぞ?なぜだ?

というQ=questionが生まれる

その納得出来ない『理由』を見つける為にQuest(探求)+action(行動)が生まれる
『王の里』を目指して『由緒(ルーツ)』を辿る

理屈で途中で途切れた道無き道を、コロコロ変わる『理由』を追いかけて進んでいくと

理屈の先にあるのは『大抵屁理屈』ʅ(´⊙ω⊙`)ʃまた百済ねぇ事か

『かつてはそうだった』かもしれんが『今はそうじゃねーよ』を受け入れないだけ。でも本という『物質』として凝り固まった時点でそれを『維持する権威の理屈はこじつけ』になっていく

だから

『更新』できる環境がいい
『行進』できる環境がいい
『交信』できる環境がいい

こうしんの言霊は
転がり入って生まれる強い示し

『アイデアや閃き』『間違いを認め正す』より良く『ブラッシュアップ』して『アップグレード』されていく

理屈は『建前』っていう本音隠しで『先に出して邪魔』になるけど
理由は『後から着いてくる』からただ進めばいいだけ

『体感』無くして『理解』なし
『理由』無くして『理屈』なし

だからスピリチュアルや精神論を語る人の中には『誰かが言ってた』という『情報収集バターン』は精神論じゃなく『現実論』

本当の精神論やスピリチュアルは
理由は当人にもわかんねーよ(笑)

ただ『気』になるんだよ
『不思議な体験』がなぜ『起きる』のか?

『気になる』から、その『氣の出処』を追うんだよ
これが『王』が『里』を目指して『由緒』を辿る

=理由

不思議だろ?『日本語』って凄い達観した『精神論』
理屈(本質)じゃなく『理由(心の反応)を大切』に

万物は流転してその『役目や役割』を変える

例えば『前は善』と呼ばれた事(ワクチン接種)が『今は悪(薬害)』と指さされるようになるように

『医者は理屈で権威を維持』をするが『内部に圧力』をかけて『門外不出の秘密』を抱えれば抱えるほど、『屁理屈』に嫌気が指した者が『真実を暴露(寝返る)』するだろう

別にいいんだそれで、それが『自然』

なんで?どうして?と文句を言う権利がある。『医学を信じて盲信して勉強』してきたのに裏切られ、『立場を利用』され『騙され信用を失い罪の片棒を担がされた』と気づいた『理由』だから

『理由を大切』にして『明らかに語れる人』の精神や意識は『拡大して成長』していく

『理屈を主張』して検閲や校閲の『中身を明らかに出来ない』本質に囚われたままの『長い物に巻かれた人』の精神や意識は

「ここから出たら生きていけない」と意識も精神も『縮小して退化』していく

これは実は『卵の中のシミュレーション』で

『理由を追う人』は『自分の殻』を割って』外に出る
『理屈にこだわる人』は『殻に閉じこもって』外に出れない

『社会常識に適合』して『身動きがとれない人』ほど、どっぷりと『ディープな現実という夢に逃避』している

現実とは『王』『見』る仮想空間である

カタカムナ34首 現実とは観測

長い物=蛇に巻かれる=母(大蛇)の愛に抱かれた『卵から目覚めない子供』
そう言う『心象風景が見える』ようになれば、精神はだいぶ達観してくると思う

シンプル哲学 龍と大蛇と汝(なむち)

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