好奇心

直感・閃き・気になる事探究を楽しむ

1<moneyと書いてmonkeyなペテンマジックのお話

猿と猴と申と去る、同じサルでも見ている次元が違う遮り留まる言霊の力を持ったエネルギーの方向性、money K と書いてmonkeyを利用したペテンマジックのお話

マイナス金利を解除して1ドル150円

また世間は金、金、金、金と・・ウキウキー!とお猿さんウォッチングでモンモンしているようで

そんな猿に関する面白い数ある言霊の閃きが降りてきた中に、とびぬけて『これは面白い真理だな!』と納得した仙人の小話を

monkeyのアナグラム 1<money

monkeyの中には『money』と『K』が入ってます
金とk・・『金』と『お猿さん』は見たまんまです

お猿さんは自分の性器を弄って自分で快楽に至る『マスターベーション』を覚えると、『莫迦のひとつ覚え』のように『自慰行為』に浸り快楽に浸ります

『お金』を使って『お金の稼ぎ方』を覚えた『マネーゲーム』も同じです。お金を『目的の為に稼ぐ』のではなく、『お金が増える事、増やす事』に喜びを感じる

『投資で得た金』をまた続けて『通しで続ける事』から離れられない(珍ポジショントーク)

なんで『金』から『離れられない』んだろう・・と思った時に『K』という文字が重要になります

Kという文字は分解すると『1<』という記号になり
『1<~よりも上』の構図となります

こんな綺麗事の美辞麗句の解釈もできますが・・

money<1

残念ながら、元があまりにも醜い思想の為、それだと『◁』になるので『K』にはならない

つまり『1<~money』となる訳で、それが『猿』という意図

さて、このブログを長い事読んできた方ならもう『1=真』であり、それ以外のあらゆるものが『偽=人の為』である『与えられたもの=色即是空』だと感づくと思います

つまり真実よりも『マネー崇拝、お金がすべて』という世の中は、『1<money』を盲信する『猿の迷惑星』を表している

私はそのままAIに表現してもらった結果、AIはこう返してきました

『1<money』を盲信する『猿の迷惑星』という言葉から想像で創造的なイラストを作成してください

猿の惑星

見事に的をいてるような、猿の自分勝手さとお金の傲慢さがそれを物語っているように、誰でも猿(monkey)=真実の1<moneyが好きとわかるだけでなく数の多さ=迷惑という意図の風刺がきいてます

結局、普通に生きていても、そんな『迷惑なお金崇拝の猿』が、『経済』という『インフラやルールを勝手に決める』から、世の中がおかしい事になる

猿=monkey=真実の1<偽金崇拝
これが『ペテンのモンキーマジック』

以下は、順序が逆転するが、実は先にインスピレーションを感じたきっかけ(マイナス金利を解除して1ドル150円の情報を知ったのはこの後の話)

『縄文のひと』という曲を聞いて

急にオススメに出てきて適当に流して聞いていたら、妙に波長が心地よい優しい感じで、歌詞の内容も、ですよね〜と共感する内容だった

…聴いてる家に、歌詞の中の

縄文人と話してみたら猿に戻れと言われるかな
武器を捨てろと言われるかな

みたいなフレーズが私に『あるインスピレーション』をもたらして、時が止まったように、そのエネルギーを感じていたら、曲が終わるまでの『わずか数分の間』に『精神と時の部屋で修行』してきたように意識を失っていて

『さるとは何か?』を深く洞察してきた

サルの漢字と色々な意味

私達は原点回帰、人類の初めに戻る=サルになるという・・今でははっきりと確定している『間違いのダーウィンの進化論』をベースの

様々なドラマ、映画、アニメ、漫画、『そういう表現』をしなければ『世に出させない検閲の権威』の中で生まれたミスリードの『盲信』から抜け出せていない

これこそまさに人類の起源の猿から人に・・の間に『種族Bによる介入(ミッシングリンク)』があったという意味であり

種族B=何者かが『概念を書き換えた』というサイン

実際に『遺伝子を書き換える』のではなく、人に『伝承する神話を書き換える』だけで、それを『教育される人類が勝手に思い込んで盲信して洗脳』される

ただそれだけの事なんだ

例えるならば

『カレー味のうんこ』を『カレー』とすり替えられて教えられて、「それはカレーではなくうんこだよ」と『真実』を言われても、いまさら『うんこをカレーだった』と受け入れられない人は『生活習慣』を変える事が出来ない『悪食を続ける』だろう

『本当のカレー』も『うんこ』も分からないまま、『信じたものを崇拝』して選択する

いや、食うのやめろし(´・ω・)つΣ(゚д゚;)

『人に与えられた知識・概念』を「それはなんなのか?」自分で考えないで『鵜呑み』すれば、そりゃ『毒も薬』と言われて『盛られる事を正当化』される

はっきりいってこれ以上、『人間の愚かさ』を説明出来る『歴史的ワクチン薬害以上の例』が無くなった

現代の『禁断の実』が『遺伝子組み換えという金儲け』のために『毒をばらまくサタン』によって…という『新たな神話』に書き変わった(mRNAによるDNAの逆転写=教義の書き換え、ニューエイジ教育)

創世記 Episode0 こうして人類は禁断の実で獣になった

ヘラ=今を示す戒めは禁断の実の正体を語る

そこで『サル=人の原点』に戻った時、こんな風に見えてくるんだ

動物の『猿』

獣、物真似、猿芝居、『覚えは早い』が同じ事を見様見真似で『模倣する莫迦のひとつ覚え』の猿芝居
『自慰行為』を教えれば自分で自分を慰め『繁殖に影響しない』=一部の王族貴族の『優秀遺伝子血筋がメスを囲い込む英雄論=イギリスのオス』

獣の人のユと矢の候

獣の刻印666=金をもつ人=ユダヤの一部のシオニスト

心を失った神の申

『神』になれない『未』だ『申』な『未申(ひつじさる)』
『主導権』を持てない『羊飼い・シオニストの未』

水の流れを失った法

『自然との繋がり』を立たれて去る。『安定の法』から『流れ』が消え去った

これらを踏まえてさらに『MONKEY』と『悶気』に変換する

mon=月
key=鍵
money k =金k

『月』が『鍵』となる『サル』
kとは何か悶々(⊂((・⊥・))⊃)うっき〜!!

実は面白い『先人の知恵の言葉』がある

猿候図「月を取る猿(ましら)の技ぞあさましく 人の望みもかくこそ有りけれ」

作者名 良寛、狩野梅笑

1758~1831 越後生・曹洞宗僧侶、歌人 姓・山本、名・栄蔵、字・曲、号・大愚 18歳で光照寺玄乗に入門。円通寺国仙に師事、諸国を巡る。和歌、俳句、書を能くした

(猿が水に映った月を取ろうとして、枝が折れ、おぼれ死んだという「僧祇律」の故事から) できないことをしようとして、失敗すること。身の程知らずの望みを持ってかえって失敗することのたとえ

できないことをしようとして、失敗すること。身の程知らずの望みを持ってかえって失敗すること
月に届け!と『ムーンショット計画』は『できないことをしようという猿の陰謀』

まるで、その『結末』は、届きそうな高い所まで行った結果、自重に耐え切れず、枝が折れて『足場のない水場に落ちた』=猿も木から落ちるなのか・・それとも『鏡のように映った足元の月』を掴もう飛びかかったのか

いずれにせよ、ムーンショット計画を立てる猿の欲望は失敗すると(笑)

ここでポイントは

猿山の『ボスは誰』だったか?
それは英雄=英の雄

MONKEYの金が月の鍵の『1<money』な世界で、『獣の刻印』を『奴隷の焼印』としてつけたがるユダヤ・シオニストの『羊飼いに飼われた羊』

『英雄』に『雌』を奪われた『猿達』はその『猿山の群れから去る=離れる』か、『悶々』とした気を『自慰行為』で『自分を惨めに慰める』か

自分の『意思=遺伝子を残せなくなった神 』
羊飼いの『未』、『未だ申』

『申』し訳ありません
『申』し開きもありません
『申』した通りです

『神』になれない従順な『未申』

MONKEYは『月が鍵』だ
それを伝えていたのは…やっぱり鳥山明だった

辰の年に龍が逝く 鳥山明の継承した形象

なぜ『サイヤ人(野菜)』は『月』を見て『大猿』という『暴れ狂う存在』になったのか

なぜ人間も物も何もかも『破壊しよう』とするのか?それは人の根源が『猿ではないという意図』なのではないか?

ドラゴンボールの世界では、『大猿化』というのは必ずしも『必然的な要素ではない』が、強烈なインパクトを残す印象

武天老師がかめはめ波で『地球の月を破壊』する
『月が鍵=MONKEY』である事

また『ヤジロベー』が大猿化したベジータの『シッポ』を切り落とす事で『事態を収めた』のも・・

ヤジロベーとは『物理的なバランスを取る事』…と言われてるが、このヤジロベーの『語源』を深く考えた事がなかった

ヤジロベーは感じたまま漢字にすると
(やしろへい)社兵、矢白平

『神社の兵』と捉えれば、後に『カリン様の所を住処にする繋がり』が見えてくるし、『白羽の矢』が当たった『平和主義者=侍』
まさにストッパーの『武士の精神=バランサー』

こんな風にドラゴンボールという『龍が主体の話』の中で、『猿の部分』が『バランスブレイカー』になるタイミングで

『尻尾』を掴む=『正体』を掴む
『尻尾』を切り落とす=『邪な背後』を切り落とす

『猿→人の進化論』を切り落とす
それは『間違い』なんだと

ちょっとドラゴンボールに引っ張られたけど、最後が最も大事で

水の流れを失った『法』が無くなったから『去る』
自然との繋がり、あるがままを『破壊』する
「人の為に」と『偽』が広がり『真』が無くなる

『無理』を通して『道理』を引っ込ませる
『真』に生きる者達が『偽』に生きる者たちに奪われる

それは高きから低きへと『循環して廻るあらゆる流れ』が止まり、淀み、濁る

山から川へと流れる水は、海にたどり着くまでに『化学薬品や生活排水に汚染』されて行く

母から昔『猩紅熱』という一時流行った病名を聞いて、原因は海水浴をしてた時に耳がおかしくなったと聞いて、私はすぐに『もともと造船工場が近くにあった』事と、高齢者達は、昔はここら一体は『泳げるような綺麗な水ではなかった』・・と言っていたのを思い出し

『造船工場 猩紅熱』とあたりをつけて調べたら、ドンピシャだった

人為的に生み出された工場汚染水によって海が汚れ、その海で泳いでいた子供たちに影響が出て、一時、その病名が一部で広がったのは、『造船工場がある地域に集中』している事が分かった

歴史で習うような四日市ぜんそく、水俣病のような被害者は、分母が少ないが国を相手に戦った為に認知されたが、その陰でもっと多くの人が人知れず工業科学薬品の餌食になっている=人以下の自然環境に生きる存在すべてに影響していた

私たちの代で海がきれいだったのは、造船業が廃業になっていったからという、人の業が消えたら自然は元に戻ったというわかりやすい学び

それだけで十分、もういいと理解した
病気は人間が生み出して自然に混ぜている

浄化処理してるから汚水ではない?=『人の目に見えない微細菌』になっただけで、その汚染された『成分』を『微生物が捕食して食物連鎖』が始まる時、『自然界にないもの』を『人間が混入させていく』ことで

『遺伝子伝言ゲーム』が自然に正しく伝わらなくなる=自然環境の『突然変異のミッシングリンク』が起きる

私はずっと疑問に思っていた事があった
火葬後の骨壷という『石室』

灰になっても墓に埋められた人は『土に還らない』、『骨に刻まれたDNA』はずっとそこから広がる事はなく『閉じ込められている 』

燃やして土に還せば、人の魂は『自然体』とひとつになれるが、『冷えた石室に安置』という名の『魂入れで隔離される』とその地で生まれた『人の生き様の経験値』が『その地に循環』しない=枯渇する

まさに石の中に意志を閉じ込めた『自縛霊的なエネルギー』になる

死ぬ前からお墓に入り、死んだら仏の修行の道に旅立つ…あるいは極楽へ行きたいという『洗脳が強い人』は

現世への『欲を我慢して捨て』て『人の為』と、それが『偽信仰』とも気づきもしないで死ぬから、間違っていたと浮かばれない

『死』して『去る事ができない囚われの亡者』になる

ルール、当たり前、『自然の流れ』が途絶えたら離れる=去る

縄文のひとを聞いた時、私の中の『縄文意識』は

争うための武器を持つくらいなら、ここから離れればいい(´∀`)去る

一定期間ここにいて『自然の恵を受けた』のだから、『次は違う所へ移動』して、しばらくしたらまたここへ戻ろう(´∀`)去る

これは季節事に移動する『遊牧民スタイル 』

『羊飼い』も元々はそうだったが、『羊の毛皮がいい商売になる』とルールを決める事で、羊を『大量』に扱う為に『一箇所に定着し牧場』を作り、住みやすく街、役割分担と様々な『コンパクトシティ化』して行った

当然、限られた資源の中の猿山のボスのルール
『村長の意見を尊重するシステム』に『村人』は付き従う

その中で村長のやり方に『賛同できない』と、『ルールへ疑問』を持ち始めると『法典』に逆らう『反村人』になり『罰則』が与えられ(ハンムラビ法典)
『村八分』となりいずれは『見せしめの追放の山羊=あらゆる罪を被せて擦り付けるスケープゴート』となるが

山羊とは自由な『自然への解放』
悟りの『ヨギ=yagi』でもある

雨翔流閃 羊飼いと山羊と預言者…

つまり『争いの元から離れる=去る』

そこじゃなきゃダメって事はない
縄文人を初め、麻耶文明、古代人はみんな姿を消した

様々な模倣猿真似神話同様に、我々は『1回水に流される』という『大洪水』で全部『話を更地に戻されている』

いわゆる画面モニターに表示された情報をクリアされて『有るや無しやの有耶無耶にリフレッシュ』されて、その上に『常識や概念』が、『神話を模倣』した『猿真似の猿芝居劇場』で

『都合のいい能書き』の脚本の『舞台演劇』に『エキストラ(奴隷)』として『強制参加』させられている『上書き』されている

エキストラでは『主役』にはなれない
その『空間』から『扉』を開いて『外』に出れば

実はそこはただの『スタジオの中』だった

…というのは『私の感覚』だけど

古代人の『痕跡』はあるのに、そこにそれらの『意思を継承する者が居ない』って事は『執着』しないで『去った』という事

『サル』になる
『サル』からやり直す

これには2つの意味がある

私は精神が達観して『自然の循環の流れの法』にしたがって生きた人達は、『ルールを押し付けられ従う強制』に『反発』しないで

そこがダメなら、あっちへ行くよ
あっちもダメならこっちへ行くよと

どこへ行っても海を超えても地続きでダメならば『空』へ行こう、『この世界から去る方法』を考えよう

こうして『平和的』かつ『意欲と好奇心』で『誰も争わない世界=理想』を求めて『空(有無・産む=創造性)』へ上がった人達と、肉体から離れて『精神意識領域=想像性』に至った人達

どちらも『去る=始まりに戻る事』に成功した

どこに行っても『争う気が無い平和主義者』は、どこの星?に行っても柔軟に対応して『〇の関係』を気づけるだろう

肉体なき『精神』になったものは肉体に縛られる欲に興味を持たずに、またその『精神に感応』するような『純粋な心を持つ者』をこっちへおいでと

鬼さんこちら(人 •͈ᴗ•͈)手の鳴る方へ

だから『縄文』に『心と精神』が惹かれる。『先人の行動を模倣』するのはその『精神性を体感』したいから『パフォーマンス』ではないシンクロが目的

だが…それをできないのが『村長システムの羊飼い達』
みんながそうなったら『金儲け』ができない

羊飼いの『羊がyagi』になったら羊飼いじゃない
=猿山のボスの『英雄』ではなくなる

利己的、傲慢、強欲、権威主義
そういう懲りかたまった『都合』にとっていい『ルールや概念・常識』の押し付け

『そういう人類の子孫』が『今の世界を形成』している
『経済』という名の『経世催眠』

異常気象と経世催眠の莫迦の末路

『去る』人達に置いていかれた人達
『去る御方』と袂を分った人達

だから思うんだ

『縄文のスピリット』は『精神世界のレムリア』で生きているし『遠く離れた星』にも広がっている

独自感覚で読み解くレムリア

目に見える『今』に残ってるのは『残留思念=死ねん』でしかないが、その『遺跡』があるからこそ、それを『世界登録遺産』とか囲いこんで

観光の『ビジネスや権威付け』で「マウントしたろ!」と『固執・執着する人の醜さと愚かさ』がはっきり見える

去るになるとは

それを望んで旅立つ山羊
=ヨギにとっては自由の獲得
世をもぎ取る=ヨモギ?

ヨモギ・アストラルトリップ

ヨモギ・ムーンドライブ

ヨモギ・オーバードーズ

世は模擬
夜の百鬼
百鬼夜行

捉え方の違いでしかない

去るか猴の猿となって申になり、月が鍵である事を隠した『MON+KEY (ムーンショット)』の申になり

『英の雄』に『雌』を奪われ『優生思想でDNAも残せない不妊』になり、殻に閉じこもり『自慰行為』で自分を慰める『創造神になれない未申』

そんな群れの養分の囲われた『デストピアにな猿』になるくらいなら、肉体に依存する『与えられる欲』から離れる
無理に離れるのではなく道理で『自然に離れる 』

地球と一緒に離れる(この発想と想像が出るかどうか)

おそらくだけど、縄文人にも同じような葛藤はあったと思う

10000年という歴史は、2000年の五倍の長さであり、今の人類のステージはやっと『肉体からの解脱』に『仮想』という所に至ったレベル

だが仮想を『肯定=YES』すると、『精神』という『意識という領域』は避けて通れず、必ず『先例の洗礼』がある

『精神世界』を『汚染させない為』に『選別』がある

白龍の導き 篩籠 ダルマとは丸だ!

それが『法=自然の水の流れ』であり、自らが『創造神の一部』と気づいた時の『波動』という『龍の一部』において

自然の流れに合わせられる『〇=点・天』の意識である人
自然の一部でしかないと執着しないで『役回り』をできる意識

人に限らず『あらゆる存在の観点の意識にシフト』できる精神性を持ったら…それは『永遠の命の循環』と言える

猿とMONKEY
イエローモンキーとは
黄金と月の鍵

黄帝と月
血筋も絡んでくるけど、大事なのは役割

神話がどれだけミッシングリンクのDNAハックで塗り替えられたとしても『骨』は消えない。骨を動かす『筋の動きの流れ』を掴む事を

『コツを掴む』という( ̄ー ̄)おぬし筋がいいな Σ(゚Д゚)

仙人とは線人=四点(視点)の役割の預言者

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