古代の日本が見えてくる『カタカナ漢字』が分かれば、カムイが仏力、アイヌは…なんと仅(僅) わずか=少な=スクナヒコ。賢い人はドーパミンドバドバ体験してくださいなお話
古代はカタカナ漢字で読み解く
全てはここが『発想突破の鍵』だった
イロハ歌のカタカナ漢字読み
イロハニホヘトとは
変わりは誰にも出来ない
古代の叡智の研鑽に励め
こういう『意志の継承』だった
その法則に当てはめると?
カムイと書いて仏力と読む
カムイ=神威
アイヌの民は山や自然を神聖な場所として、神は山に住むと『神居古潭』と読んでいた
これは薬師=生薬の漢方で病を治す知恵を伝える『久須志信仰』と同じ
そしてそれは『富士の山』にて取れる薬
富士の病は『富士の山居(神居古潭)』とも読める
そのカムイがそのまま『仏力古丹』
仏の力、古き丹田、力の源
久須志=薬師は山に居る=山居
そういう意味では北海道には『丹という文字が着く山や島』があるのにも着目するべきだろう。個人的に『津軽富士』など『富士の名』のある所に『久須志信仰』があったので、北海道にも『羊蹄山』という『蝦夷富士』がある事から
そこに『久須志=薬師の漢方の知恵』は間違いなく根付いていたと思う
また神威岬は『女人禁制の地』と呼ばれているのも、仏陀の時代から『仏門は女人禁制』、釈迦牟尼もまたそれは同じだろう。さらに『相撲』もまた『土俵は女人禁制』
そんなカムイ=仏力と信仰するアイヌとは・・
阿仅=スクナヒコ信仰
読み方 ショウ
意味 仅(僅) 『わずかに』、ただ
北海道の古史古伝の祀ってる神は
『大那牟遅、少彦名命』
このスクナヒコのスクナは『わずか』とも呼べるし、少(しょう)でもある。また『ただ』という読み方は『只=ロハ』でもあり、八『咫』烏の『小さな只』でもある(船にタダ乗りできた?)
ここで、ロイ(口伝)のロハ=唐須文化伝来とも読み解ける
『阿』は『ルーツ・法典・ルール』を意味すると読みといたので、アイヌ=阿仅=僅かとは
少なっΣ(゚д゚;)え?生き残りが?
スクナヒコ(少人)
『スクナの教え=生き残りの自然の知恵(サヴァイバル)』という事になり、まさに『アイヌが自然と共に生きている事』そのものに当てはまる
そのアイヌがカムイと読んだ『仏力』
もう答えは見えてきたね?
釈迦牟尼の伝来
『北』には『自然の山という環境を大切』にする『山と生きる』
『山和の釈迦の教え・薬師=久須志』が根付いている
山はヤマ(相手に)、反対はニヤマ(自分に)
物事には二面性がある『ヴァジュラ(3次元・三鈷杵)』のシンボル
カムイとは仏力
神威と仏力、『神仏一体』
『カムイ=仏力』を生き様に変えたアイヌはそれを『実践した少ない者たち』(スクナ信仰)
そんな『神居古丹=神の住む地』は人に在る
『人』と『自然』が繋がる
自然の栄養を頂き供養する古き丹田=腸能力
だから『健全な肉体』に『健全な魂』が宿る
その自然を大切に保つ心が『アイヌの心=自然共存のスクナの教え』
必要最小限の『足るを知る満足=シッタールタ』の悟りの実践
はい、ドーパミンドバドバ〜(*´∀`)人(´∇`)道破民
やっぱ寝る前の『あの動作』は過去最高に『量子力学的に重要』かもしれないので別記事にまとめます( ´-ω-)σ
ここまでは『直観的右脳の寝起き閃』を素直に読み取った先人の知恵(アセンデッドマスターのヒント)のサポートで
以下は『現代の私の意識が観測』した『左脳による記憶の分析』です
アイヌムツべと阿仅陸奥部の仏ヶ浦
アイヌがスクナヒコの教え=自然信仰=カムイ=『仏力を大切』にしているならば、東北の下北の地には、その『地名と景観』にとても深い意味を感じました
疑問1 なぜ下北半島?
青森は地図上では右側に『三八上北』があり、北上側に『下北』があるんです
(´◉ω◉` )んんん??逆う〜??
青森が県庁所在地なら、『そこが基準』に上下になるはずなのに、『青森基準では無い』という事になります。北とは『方角では上』を指す訳ですが、ここ青森県の中だけで『上と下が地名が逆転』しています
んんん〜(´◉ω◉` )ミステリアス??
しかし、三八上北と下北があるなら…その間は『六ヶ所辺りが中心地』になるはずですが…ここはもはや『忌み地』とも言える産業廃棄物処理、敷いては『使用済み核廃棄物の埋立地』という…10万年も土地を蝕み続けるという・・
『嫌がらせにも程がある』というくらい徹底的に『人が住みたくない地のイメージ』を作られています
かつて、そこに『何』があったんでしょうね?
疑問2 下北の断崖絶壁に仏ヶ浦
アイヌムツべ…阿仅(僅)陸奥部…と下北繋がりで言うと、なんでこの『断崖絶壁』には『巨大な石の仏』がいて『仏ヶ浦』と呼ばれているのか?
ここにも言葉の解釈を当てはめると
仏カ温羅=カムイ温羅
『温羅』とは『古代の鬼』…と言われますが、鬼は『討伐する側から見てというレッテル』なのでそこの印象は無視していい
つまりはここは『アイヌ=少彦名命の教え』のカムイ=仏力が宿る地。アイヌが渡った地=阿仅(僅)陸奥部となります
そのスクナヒコの教え=釈迦の教えを破壊する『廃仏毀釈』が起きたとすれば、間違いなく『メインターゲットはアイヌ殲滅』だったと言えます
道理で必要以上に『核廃棄物』を埋められたり『地形弄られたり』と野ざらしに『酷いこと』に使われて『人が住みにくい地』に変える訳だ
仏教が『大きな何かを建てる所』は、かつて何か『供養が必要な問題があった場所』と考えられる
青森には『赤神と黒神の伝説』があり、『黒神の龍神のため息』が『本州と北海道を離してしまった』…というスケールのでかい話があったが
あれは、何かしらの『核爆発』を意味していたのではないかと思う(類友か、因果か・・核が集まる・核の冬)
以前、私は陸奥湾の魚、それも沖では釣れないから市場に出回らないし、堤防釣りで釣っても、その見た目からあまり食べない人が多い魚を食った
『ベラ』は『変異する生態を持つDNA』だった
この時、私の意識に流れ込んできたのは縄文への深い回顧で『ここには何かがあった』という感覚だった
いまだに『この地形』はとても不思議であり、どう見ても『自然に欠けた』とは思えないし、仮に離れた大陸の『地形が元』に『伝承が創作』されたのだとしたら、稲葉の白兎や佐渡の人魚姫など、創作にしては、インターネットもない時代に『同時多発的にサイドストーリーが繋がる』のもおかしい
つまりは過去にあったロードムービー的な『実話の軌跡の痕跡』が、どこかで『不自然に途絶えている』としか思えない
そこにきて、今回、カムイ=仏力と気づき、そのカムイを大事にするアイヌが住んだと言われる東北の陸奥がアイヌムツベだとしたら・・二つ可能性が見えてくる・・いや、これはもう『答え』かもしれない
かつてそこに『山和=3和・サンワ・ヤマト・三位一体』があった
アイヌの民はスクナヒコ=自然信仰で『自然の恵み』を大事にしている、という事は必然的に『海・山から離れる事はない』と思う
久須志=薬師の釈迦伝来の『山に生える生薬を元にした漢方の知恵』もまた、『山という自然の環境がある地』にあるが、どうして青森(沼地)に?
海と山と森に囲まれ、陽が昇り、陽が沈む立地・・もし、今『陸奥湾』と呼ばれている所に、かつて『巨大な山があった』としたら・・もしくは
今、『津軽海峡』と呼ばれている大陸が断裂した所に『大きな山があった』としたら?そこには『たくさんの自然』と『その恩恵を受けた人達』がいたかもしれない
『大那牟遅』が先か『少彦名』が先かはわからないが、『大きい』と『小さい』が揃っているのも不思議な一致
今のアイヌが『少数』と考えると、オオナムチが先な気はするし『漢字が違う』気がするんだ・・
『大那牟遅』ではなく『多那牟地』?
『大』は何かと西の『京』のほうで取り上げられているが、『多』で読み解く『音の響きが真実』を奏でる
咫(た)ただ、
仅(僅) 『わずかに』、ただ
多、タタ
さらに付け加えるならば、北海道の西側に『タタール』という国があった。そして、後に北の天皇と言われた自然を愛した『崇峻天皇』がいた地
『祟り』という言葉は『呪い』という意味で解釈されているが、『山山』と『ワ』を『示』す
山と山が和合する=山和=ヤマト
山の賑わいという言葉あるとおり=多
それが和して一つになる志=『和多志は山和=ヤマト』
まだまだあるぞ?(・∀・)ニヤニヤ Σ(゚Д゚)
アイヌ・ムツベの陸奥と言えば、高野山、比叡山と並ぶ日本三大霊場の一つ『恐山』がある
誰が?何を恐れている?
どうして陸奥・下北には仏ガ裏にいる?
何を鎮魂して『タタリによる報復』を恐れているのだ?
『無意識にそう感じる人』は、過去生で『それに深く関与したカルマ』から、『近寄れない・近寄らないほうがいい』のかもしれませんけどね(シランケド)
そういう意味では、一回、恐山で『面白い体験』があったので、これは余談
実録 金欲と禁欲の試練
私と友人は恐山帰りに『追突事故』にあった
その時、友人は首がムチウチに廃車買い替え
助手席にいた私はノーダメージ
で、後日振り返ってみると、二人とも急激に『慰謝料というお金』が手に入ったんですね。その理由が、恐山でなんかの岩に昇ってなんか触るみたいな『金運アップの行動』をしたんです(若気の至り)
でもそれがお互いに『違う学びと気づき』を得たので面白いんですよ
友人の場合、慰謝料も治療費も取れるだけとった上に廃車にして別の車を買わせようという、医者や車業者も結託した『金に群がる悪知恵を与える者』が『さらなる物欲と金欲』を与えた
私の場合は、そもそもノーダメージだけど、一応医者に行けば『行った分だけ治療費がもらえる』という、『ごね得のようなお金の取り方』に『罪悪感』を感じ
また保険屋との補償のやり取りの中で、自営業は年間収支報告や休業における損益などの『証明がないとめんどくさい事になる』という事を戒めとして実感しつつ・・
逆に、事故処理の保険代行は保険に入っている『加害者を護る』ために『被害を被った者を責めて支払いをしぶる』のが仕事の保険屋という『仲介に味を占めた制度』が、事故を起こした本人がその後、反省し、『再発防止に努める事故反省をしたかどうかもわからない』という
責任感の欠如と成長阻害の世の中の仕組み
金に群がる金の亡者はどちらか・・いや、俺もその仕組みを利用して(当たり屋のように無傷で金を貰おうとしている・・最低だ・・)と
『孤高に禁欲』を得た訳です
恐山に訪れ、共に『キン』を求めた結果
友人には『金』を、私には『禁』を与えた
それは『無意識に求めていた事』だったのだろう
今ならわかる、それも『精神の成長に必要な体験』だった
禁とは『林』を『示』す=自然
私にとっては、この『人の為=偽の世の中』にとって都合の悪い正論として禁ずる事=自然・精神性への回帰
禁を求める欲=提示されている以外の第三の選択=禁欲=林の示し=自然
自然を求める=アイヌ=スクナヒコの教え→元は多那牟地
・・多南無地?・・南がない?
下北、上北、・・南が・・無い地!おお!南が無い地だった・・いや、南は内地!?
南は・・十和田のほうか!
さて、そうなるとだアイヌ文化の名前は十和田湖の自然公園(ボートでしか行けない)にもあった
十和田湖周辺には子ノ口(ネノクチ) 宇樽部(うたるべ)といったアイヌ語の地区名があります。 また、特別保護区域にも様々なアイヌ語の湾や山の名前が残っています。
ウタルベ…これは
ウはウ冠 これは確定
タは夕
ルは足、もしくはハ
べは心 これは確定
=窓
語尾に『だべ?』がつく津軽弁、最後は『心』が籠っている(笑)
陀仏?(だぶ)
死ぬこと。 往生。 ② だめになること。 また、失敗におわること荼毘?(だび)
火葬により死者を弔うこと
どっちにしても『ダメな意味のレッテル』にされてる┐(´-д-`)┌ダブタビ
これを『仏教が広めているのが愚か』だよね(だから釈迦になれない)
だべ?だべ!という語尾は強い『道破』の心境
勝ち誇ったように『どやる』心境
そこで思い出す
ナニャドヤラは有言実行
ナニャド ナサレテ ナニャドヤラ
ナニャドヤレ ナサレデ ノーオ ナニャドヤレ
ナニャドヤラヨー ナニャド ナサレテ サーエ ナニャド ヤラヨー
ナニャド ナサレテ ナニャドヤラ ナニャド
ナニャドヤラは岩手県北〜青森県南の南部地域(方位ではなく領主の南部氏に由来。旧南部藩を含む地域を指す)で古くから伝わる盆踊り歌
ドナサレ(怒られ、発破をかけられ)
ドナル(怒る・声を張る)
ドヤル(勝ち誇る・得意げにする)
のような含みが、これはそのまま『ナ』は『あなた=会話相手』を指す津軽弁にすると
弘前ねぷた(ヤーラーヨー)ドナサレ戦場へ
五所川原立佞武多(ヤッテマーレ)ドナって合戦
青森ねぶた(ラッセラー厶)ドヤって凱旋
なんかしっくり来るんだよね(笑)
これは津軽弁の『早口言葉』に通じるものがあってだな(笑)
しゃべれば しゃべったって しゃべられるし しゃべんねば しゃべんねって しゃべられるし どうせ しゃべられるんだったら しゃべんねでしゃべったって しゃべられるより しゃべってしゃべられだってしゃべられだほうがいいって しゃべってだって しゃべってけ!← 最後余計に増えてるw
これは、そのまま上の意味
やったらやったで、やったって言われるし
やらなきゃやらないで、やってないって言われるし
どうせ言われるなら、やる!って言ってやった!って言われた方がマシ(有限実行)
余計な部分を加えるなら ・・って言ってたっていっといてくれ(他力本願)
これは秋田のなまはげの『なもみはげ=さぼり』にも通じる『働け!』とはっぱをかけるのにも似ているよね?(そもそも鬼は働き者、寝ないで一晩で999段の階段作ったりとか)
ナニャラ、ドーヤラ・・何がどうだか、ってね?
などなど・・ドナドナ
ドナドナと言えば海外では
ドナドナドーナー、子牛を乗せて〜荷馬車は行くよ〜
『子牛売りの悲しい歌』があるけれど、東北は『牛に乗ってきた青年(自然(木)に住み着いた艮(うしとら)の混人)が開拓者』でもあるんだよね?
という事は『ドナドナ』も『釈迦(牛)貶めのレッテル歌』か┐(´-д-`)┌ほんと海外も救えない
うーむ、脱線したww
という訳でまとめよう
青森は謎(悟りの地)に満ちに満ちている・・
大那牟遅 → 多那牟地
那は沖縄のほう、牟は(唐巣)から伝来
その教えを大切に繋いでるのアイヌ=阿仅(わずか、たた・少・小)
タタな多那牟地、ショウ・少なら、少彦名
そんな自然の教えが山・自然環境を大事にするカムイ=仏力
カムイが陸奥へと渡ってアイヌムツベ
陸奥から広がる仏力
自然の生(少・仅)薬を活かす漢方の薬師=久須志信仰
海・山・森・湖が揃う地に名が無い青き森
南無阿弥陀仏=釈迦の修行場
イム=無意とは自然
忌むとは=怖れ・畏れ
阿弥陀は真理
名が無い・南が無い
無意の自然が核廃棄物で忌む地になり
地名に上北や下北があるのに南はない
和唐もあるのに(ない事に)
百済もあるのに(ない事に)
新羅もあるのに(ない事に)
青森は無い(フジテレビ系列には入ってない)
県庁所在地なのに、注目はされていない
忌む地=そう決めた者達にとっては掘り返してほしくない場所(戸隠=ヘラ隠れ)
世界遺産登録とは、都合のいい歴史を覆してしまうから認知で埋める計画
アイヌから恐山
しかし、その恐山は
高野山、比叡山と並ぶ『日本三大霊場』ですよ?
そりゃ私にとっては『禁欲という学び』を(魂の経験値が高い)
楽して金が欲しいと求めた友人には『金欲の体験』を(魂の経験値が低い)
『イタコ』は語って聞かせてくれる『チャネラー』だけど
自分で『行った子』は『チャレンジャー』なんで、実践の試練を貰えます
心(精神・罪悪感)と体の痛み(ムチウチ)を伴います
それを『呪い』だ『祟り』だとおびえてる奴は覚悟のない愚か者
祟りは『山山』を『示』す=『多』=タタ=只=ロハ=費用を要しない
ハワイ語で「愛、愛情、感謝、思いやり」の調和の山和
咫=大きな山のふもとの小さなタダ乗りの恩恵
多那牟地とスクナヒコの教えをカムイ=仏力というアイヌ
そんなアイヌが移り住んだか、元からいたのかアイヌ陸奥部には
仏カ裏にいる=無意=自然の力、裏=温羅
もしかしたらそれが、本当の『温羅天王』なのかもしれないね
『羅』は建設的な石工の施工のように各地に伝わる鬼伝説について回り
『羅』は天の星の意志を読む方向性でもあり
『温』は温もりや優しさ・穏やかさでもある
つまりは、もともとそこには『穏やかな気候の自然』と『自然体で生きると気性の穏やかな希少な人達』=『わずか、すくない人達』がいて
それは元々は『多=多くの那牟(南の人)』が伝来していた地だった=『多那牟地』
それがいつ間にか、真理の名は無い地=『イム=忌む地』にされてしまった
だけど、そこは様々な『真理の伝道者達』の『流儀・流派』が『根(自然と艮の混人)』付いた龍の大蛇(降り地)であり、蛇の道は蛇(369=弥勒)
たぶん、青森とは『弥勒(人として生きる)を追う者(意識)が訪れる地』なんです
そうなると、この辺一帯にかつて起きた不可解な出来事
世界最大の広さを持ち二度の火山爆発の十和田湖
日本一深く龍が住むと言われる田沢湖の伝説がまるでリリス
第二次世界大戦終戦間際に焼き払われ8割が燃えた焼夷弾の火の雨
ここには釈迦もキリストも、月詠もスクナヒコもオオナムチも何もかも『自然に繋がる存在が訪れた痕跡』がある
これを徹底的に、焼き払おうとした廃仏毀釈=『山和の名』を奪う行為が『焼山』だとしたら
究極は信仰して恩恵を受ける『自然の山そのもの=カムイ=仏力の拠点を破壊する』でしょうね。ねずみは何でねずみか?それはもともと『樹の根の隙間』に住んでいたから
『ねずみ=子』を捕まえて『繁殖』させて『実験に用いる』というその行動を『是とする考え方』が既に、人が人を『邪な実験に用いる事を容認』しているようなもの
やはり、カタカナと漢字
今の『常用漢字』を探しても検索からは出てこない。なるほど、教科書を黒塗り、書物を焼き払い、持ち帰った理由、すべてが合点がいった
これは『のちの日本人』にしか読めないし、意味が理解できないし、時代時代の『先人の生き様の歴史の発言や行動の軌跡が積み重ならない』と絶対見つからない
早すぎてもダメ、遅すぎてもダメ、絶妙な関連したエネルギーの『流=龍が舞う時』じゃないと気付かない
今までが『地の流れ(常識)』から『風の流れ(発想飛び)』に変わる。ワンピースで『龍になった桃の介』がやっていたように
自分で生み出した『雲(のような話)』を掴み紡いでいく事で『自分の流れ=龍』になる(歴史に頼ってはいけない)
・・私はだいぶ高い所まで、雲を掴みながら登ってきたから『足場』なんてものはないし「これ以上は無理でござる~」と弱音を吐けば真っ逆さまに落ちるだろうけど(笑)
今もう自信を失う事はない
ここまで『先人たちの御前立てが揃っている』のだから、後はそれをみんなに伝えて『認知を変える』だけ
お分かりだろうか?
これだけ揃えば『歴史の傲慢な都合のいい机上の空論』は信じて妄信するに値せず、私個人としては、正しい漢字を和合した『カタカナ漢字』や『音の響きの同音異義語の解釈(時には駄洒落=韻を踏む)』で『納得の認知に変わった瞬間=閃き』が大事だと思う
今(ヘラ)が思い込みの『病み・闇』が取れて、メンヘラから解放された(笑)ヘーラーの不死のリンゴって、津軽平野のリンゴのフジ(品種)じゃね?とか思ったり(笑)
真面目な話、『三沢基地』がおかれて、そこにはあらゆる諜報を可能とする『エシュロン』が設置されている。ロシアをけん制する為というが『本当の目的』はそうだろうか?
『人の歴史上の戦争』など、そのタイミング合わせた『予定調和の預言に沿った計画を動かしている』に過ぎない
どんな宗教も最後は『約束の地』を求める
弥勒降誕の地は私は『青森』な気がするが・・
その『みんなが求めている弥勒』とは果たして都合のいい救い(666)なのか、それとも破壊神(369)なのか
弥勒(369)の欠片(意識)が宿っている人達が、世の中の悪事に感づいて『常識破戒』の地盤を固めている=現状維持を求める(SDGs)人達にとっては、破壊神として恐怖の大王として、悪魔として、鬼として
『その時が来たら都合のいい撃退ができるように準備している』とすれば・・
さてさて、『都合のいい救いを求める事、事態が破戒を生む』だろうな~としか思えない自業自得の因果応報(゚∀゚)アヒャ Σ(゚Д゚)
おまけ 次はエジプトか?
書き終えた辺りでふとこんな名前を思い出した
イムホテプ
イムホテプ は、古代エジプトの高級神官。第3王朝のファラオのジェセルに仕えた宰相で、第3王朝最後のフニの時代まで活躍したとされる
イム=仏
ホテプ=示…テプは…何だろう予?σ( ̄^ ̄)?
示予?という事は『夢見の神官』だったのか?
という事はアフラ・マズダー(ゾロアスター教)
まあ神官の宰相が『仏示予』の時点でお察しだよね(笑)これは和名の『カタカナ漢字で命名』した可能性があると考えれば…どちらが先か?その当時既に…
ふむ( ˙꒳˙ )次はエジプトか〜、古代のカタカナと釈迦力(切り開く知恵)で『何が掘り起こされるか』楽しみだね~
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