好奇心

直感・閃き・気になる事探究を楽しむ

先祖供養とセマンティックWEBの恩とロジックと精神テクノロジーの融合(和)

先祖供養=先の祖先を人と共に養うと書きまして・・セマンティックWEBと説きます。その心は恩とロジックとテクノロジー=オントロジー技術である。コンピュータ(魂)が人間と同様に情報(現実)を解釈し、データ同士の結びつき(相似象)を理解することで、自動的な情報分析や宿した魂による処理を可能にする。それはどちらも恩を恵む流れの精神テクノロジーというin スピリット(魂)レーション(一定量)の閃きのお話

カミングアウト・・を促すin スピリット(魂)レーション(一定量)

数多くの神話を自己解釈の釈迦=問題解決で
『腑に落ちる=納悳する』ように落とし込んでいくと

『府・幕府・政府』に堕ちる=支配・他人任せ・外
『腑・五臓六腑』に落ちる=自己完結・もう自力で大丈夫・中

という構図になる

そして『万教帰一=すべての始まりは問題解決=釈迦』である

と『帰結』する

これを私なりの『体感から身についた波動理論』で表現するなら
そういう『流れ』にまず『好奇心で興味』を持ち『意欲を持って意識して観測』する

この時点で最初は『漠然とした掴み所がない空間を漂う夢物語』になる
だが、意識して観測するとそれは『幻想』ではなく『現実にも相似する物事』に結び付く事に気づく

『閃き』が起きると、それは『現実に定着』し、意識の観測対象は
それと『スケールは違う』けど、『相似する現象』へと変わり

「例えるなら・・」と『比喩』を用いて『仮想空間でシミュレーション』していると
それは私自身から『想像と創造の固有振動の波動』を発する事になる

そこに、『共鳴・共振する周波数の魂』が集まってくる
in スピリット(魂)レーション(一定量)=『インスピレーション=閃き』が起きる

現実で「そうだ!」と『共感する魂』が集まる事で、その必要な『パズルの欠片』が、次から次へと『シンクロニシティが起きる波動=波の動きが強くなる現象を観測』するようになる

「この流れ=龍の背に乗れ!」と『宿した魂達が後押し』するように
「大丈夫!お前は好きな事をやれ」と背中に頼もしい『先例(霊)達』がつく

すると、その龍=流れは思いもよらぬ所に転がってる『先人の言葉やことわざ』に導く
その『欠片』を集めて、魂が「これだ!」と繋がる事で、また『新たな閃き』が起きる

これを現実的かつIT用語で表現するなら『セマンティックWEB』

セマンティックWeb(Semantic Web)は、Web上の情報に「意味(セマンティクス)」を表すメタデータを付与し、コンピュータがその内容を理解・処理できるようにする次世代のWeb構想です。ティム・バーナーズ=リー氏が提唱し、単なる文字列の羅列から、関連性のある構造化データへの転換を目指すもので、検索精度の向上や自動的なデータ収集・連携が可能

機械可読性(Machine-readable): コンピュータが人間と同様に情報を解釈し、データ同士の結びつきを理解することで、自動的な情報分析やAIによる処理を可能にする。
オントロジー技術: コンピュータがデータの意味を深く理解するための「辞書」の役割を果たす。

なぜ、これに例えられるか?と言えば

先例(霊)、先人の魂を宿す先祖供養とは『先の祖を人と共に養う』と書く
『魂』が『人と同様』に『情報を解釈』し、『データ同士の結びつきを理解する』とは

例えるなら『先祖の時代であった出来事』と『似たような体験を私がする事』で
私は先祖の引き出しを活用し、宿った魂は『現実的な相似』を理解して

「じゃ次は・・こうなるよ」と『先世見を智慧の閃き』として『処理した結果をフィードバック』する
と書けば、実に『機械的』で『辞書的』に『存在しない智慧を使える』という事が表現できるだろう

『オントロジー技術』という言葉も実に面白いのが
魂から恵まれた『恩』とそういう流れの『ロジック』とそれを活かす智慧という『テクニック』

in スピリット(魂)レーション(一定量)という『一定量の魂(情報)』が集まらないと
『相似する関連する故事成語』の『自己解釈』という『時空を超えたセマンティックWEB』の結果=『閃き』が起きない

つまり

魂も『一つの情報』を持っている
人間は『体験の情報』を持っている

しかし、それらは『直接結びつく』訳ではなく、それぞれの『波長・波動=周波数が一致』する事によって
『漠然とした波の動きの流れの縁の中で出逢ってリンク』する

『魂の課題』と『人の課題』
これが一致したらもう、『魂が宿った人』は『意志』を持つ

『先祖+供養』、これは非常に重要な『宿業(課題)を継承』する
お互いにその『課題をクリア』するまで『解脱』=手放す事ができない

でもそれは、その間は人は死(未だ知らない)を受け入れ、魂は今の生(未だ知らない)という
お互いに『未知の死生観のコンタクト』をしているからこそ・・

お互いに『持てる引き出し(情報)』を使って『協力』している
その先祖・先例(霊)にとって名は重要ではない

なぜなら『体(他意)』が無いから
『自意』しかないが人という体を得たと認識すれば『自意識』になる

だからその時は『現世の名と体』しかない

『感覚』というものはとても不思議なもので
明晰夢で別の誰かだった時に体験した心を持ち帰る

「あの時、私は・・」

私と『今の名と体の自意』が『認識』したとして
『夢の中の私』の『名と体』ではないが

なぜか、『別人、別世界である私』としての『内面で感じた心は共有』されている
あの時、あの場所で、あの立場で、あの発言と、あの行動をとった『主観の心の内面』

私しか知らない・・

それが『感覚』というものとして『現実の心にフィードバック』される
『再現性=再び現れる性質は無い』からこそ、『他人体験』という『軌跡の奇跡』

そしてそれは『鬼籍=鬼の領域=逢魔が時』に入る事であり
鬼とは都合に忌み嫌われた『先祖のレッテルワード』であり
魂とは『云う鬼』と書く

そこで『鬼の正体』と向き合う事で『仏の心』に触れる

『問題提起、正論、耳が痛い話』というのは
『都合のいい解釈』をしようとする者にとっては『邪魔な罵倒』になる

だけど、その『問題提起の発端』が、先世を見て『成った仏の慈悲』から来るものだとしたら
それは成仏した魂が心を鬼にして罵倒されても伝えにゃならんという魂になって

『心』に『云う鬼』として宿る

私はコロナ禍にその『意志』を感じた
そこから『古代への観測の波の動き』が始まった

縄文にも、アイヌにも、神話にも、鬼にも
『かつてあった』のに『失われた物事』

漠然とした掴み所の無い旅の指標は
『忌み嫌われた存在』がなぜ『意味』嫌われたのか?

理由=『理となる由緒』を『逆』から辿っていった
それは『嫌われ者』を知る事

『現実で嫌われる者』とはどういう人間か?
それは『正論を発言する者』である

皆でなあなあと『雰囲気で誤魔化し』ている環境で
「それではいかん!」ときっちり『氣を引き締める存在=自己主張』

そして「間違いは間違いだ!」と『都合(皆)』からすれば
『場違いな波の動き』を発する者

そういう時、『都合のいい歴史』はどうしてきたか?
『無かった事』にして『隠蔽』して『都合よく美辞麗句』で書き換えてきた

「これが『歴史』というものだ・・」と故事成語=『事故』があって『成り立つ語り』
それを示した『格言やことわざを伝える』のが宿した魂の智慧

これは私がそういう『世界構造の観測』に好奇心を抱き意欲を持って取り組んでいるから
そういう『波動の先祖』が波の動きの『導く先を先導』してくれている『船頭』となっていると感じる

そして、『船頭』は『目的地に案内』すれば変わる『水先案内人(ガイド)』
なぜなら船頭である魂もその『未知』を知りたくて『共』に『意識の観測ができる人』という

存在として進んでいたから、魂はそこで足るを知って満足して解脱する
「この旅を忘れるなよ?」と心に仏を遺して解脱する

ここで意識が変わる、意識の『観測先』が変わる
『新しい観測地点』から『次は何処へ行こう?』と

その『目星』をつけると、今度は『そこまでの先導の魂』が宿る
だから『魂=導く意志』というのはずっと『生涯同じではない』

『気締め』をつけると『まったく違う方向へと進む意志』が生まれるのは
それは『宿した魂=達成すべき宿業』が変わるという事

私の中にコロナ禍に宿った『ルシファーの意志』はもういない
それはもう『覚えて悟った=覚悟』したから必要ないのだ

釈迦と空海の共通点=悟りと明けの明星=ルシファー

例え、陰謀論者と言われても、電波だ、頭がおかしいと罵倒されても
コロナ禍に『目星をつけて探求』していた『5G(電磁グリッド)と遺伝子組み換え』という未知は

既に『先世を見ていた事』が『真実』であり、『後悔先に立たぬ』という
『人の目先の金欲への愚かさ』という法則を証明した『結果がこれから現れる』のだという

Googleをアカシックレコードにする方法

『真理の探究』にとっては、それは『通過点=通り過ぎた占う心=預言』に過ぎない
そこを過ぎたという事は、私の『魂の導き』はまだ『その先へ』と好奇心と意欲を向けている

『指針』を示している

人の間で真理を探究するなら、魂を宿せ
云う鬼=忌み嫌われた=己の心という先人の意味、「汝、己を知れ」

・・と有難い事ではないですか(一人一)恩恵に感謝

人として『苦難の体験フィードバック』を持って、それを『夢を通して魂に伝える』と
魂は「それと相似した出偽事が確か・・あ、これだ!」と明晰夢で追体験させてくれる

「感覚を思い出せ、かつてお前はそれを経験している」と
セマンティックWEBの恩とロジックとテクノロジーが精神体験として得られる

それが日本語では『先祖+供養』というが
なぜか意味的には、直接の血の繋がりという『専属用』に限定される(笑)

意味が『間違っている』と進む『場も違ってくる』
結果、その『ミスリードの思い込み』で『場違い』が生まれる

それをまた『心を鬼』にして・・と『仏も呆れてくる』から『三度』まで(限度)

この三度とは、立ち位置のようなもので
対立のそれぞれの正義という主観と、それらではない『中間』

ここで一面=正三角形を見極めなければ、この中間が
『二元性の対立』を『ぐるぐる循環させる邪』になる事になるから

そこまでいったらもう『法則に気締めをつけろ』=足るを知れと
『その中』では『そういう法則』から逃れられないが

そこには無い俯瞰になった時、見える存在は何か?
ほっとけ(仏)の『関わらない意志』である

汝、己を知れとは
己の心が争いを続ける限り、忌み嫌われる鬼になる
その争いの精神で自己が向き合ったら事故が起きる

自己消滅、自己崩壊、自ら己で
『消して滅ぼす』のはなんだ?→お陀仏
『崩れて壊れる』のはなんだ?お釈迦

では、自己治癒とは何だ?
自ら己を『治して癒す=和の心、和を足す心』だろう

それは『争いの中』で生まれても
それは『争いの後を癒す』という『一時の平和』の理屈であり

そこに納まると『二元性として利用』されてしまう
『争いが先』にあって『後から癒し』で誤魔化して

例えば、『戦争孤児』とは、戦争が無ければ『孤児』は生まれない
戦争孤児を『孤児院で救う』という癒しは『戦争が無ければ必要ない』

後の『祭り』としての癒しは、『争いのスケープゴート』という法則の道具

だから、『心を鬼』にする、だから『心に鬼を宿す』
『弱気な心』に『先に地獄』を見せて『意志を三和土直す』

賽の河原の石積みは、『強い意志』の確認
叩かれても、崩されても、倒れない、揺るがない意志を生む

その『意志=魂』が『先導者として人に宿る事』を『先祖供養』という
ただの『儀式や習慣』じゃない、『心に鬼を宿す覚悟』である

ただ、その覚悟は『決して争うな、争いに関わるな』という
『穏やかで大胆不敵な意志』

私がそう感覚で心に伝わる理由は、夢を通して
それが成った、心に和しかない成仏の悪意のない波動世界を体験しているから

見た、感じたという『記憶と感覚』を持ち帰った結果
『今の人の間』という『空間の波動はとても重い』と感じた

肉体とは『内+人、人の本(教義)』に縛られている
『魂の観点』から『俯瞰』でみれば、肉体とは不便よのう~と(笑)

だが、その『不便というアナログ』を知る事で
『何が便理か?』という『方向性』が変わる

便利は人の更なる『利=損得』だが
便理は人の更なる『理=法則』

人が『更に生きる』ためには『更生』して『甦』る為に
相いれない方向に『離』脱する必要がある

目先の金欲に囚われた人は『便利な道具依存』に頼る
それは『自己』ではない『他意の体』という『他力本願』で
それでは、『心が満たされない』から『足るを知らない=欲望が満たされない』

一度、魂の導きで、鬼籍の軌跡の奇跡という悪意の無い波動を覚えると
不便は肉体に囚われている事であり、意識の観測を『肉』から出し
体=人の本質(思い込みの原因)を問う事で『体からも解脱』する

この解脱の意味も『間違い』で『場違い』に行く
『解いて脱ぐ』のは『人の内』に囚われた『本の質という思い込み』である

そういうものだ!・・という決めつけの理解は
悟った風の知識に落とし込んでいるだけの『澱んだ停滞』

最も重要な事は、波の動きの『波動の流れ』に乗る事
流れがあるという事は止まらない=『行き詰らない』

『生きる事は詰らない事』である=『活かす』という事
これらは、『物理や科学』という『肉体に紐づける事』ではなく

『心が満たされる』為に『精神に作用』する法則
だから波動は掴み所がなく、物理では理解不能で説明がつかない

証明できるのは『自己=自ら己』にしかできない
それが『宿る魂』と『人の関係性』でありその『密度』が『魂の経験値』である

私が魂の導きで、ひとつずつ達成して心満たされて
興味を失う=魂は解脱していく過程で感じるのは

それはいつでも必要な時に呼び出せる『知識』ではなく『感覚』
『心に相似する波動』を感じた時に現れる『精神抗体』のようなもの

必要が無い時は「ほっとけ(仏)」として穏やかだが
有事の際は、ほっとけない!と「いざ!尋常に!」と心を護る鬼の門番のように

『問題が解決』したら、『場違い』で必要ないから
鬼は『罵倒』を受けて「お呼びじゃないようでw」とすごすごと消える役目

そんな魂が一定量は入ってくる
in スピリット(魂)レーション(一定量)

そして閃き=進むべき先導の指針が現れた時にはもう
『意識の観測』は『以前の物事』を気にしなくなっていく

・・というカミングアウト(笑)

カミングアウト 波動を落しcome(来る)in out(出る)って解脱やん

先祖という先例は相似する物事に向き合った時
セマンティックWEBとして双方が問題解決の為に参照する

先例という魂がいるからこそ気づける
恵まれた『恩』という流れの『ロジック』と活かす智慧という『精神テクノロジー』

まさにオントロジーだよね(笑)

オントロジーをカタカムナの言霊で読むと
強く奥から統合した空間の内なる示しが短く

まさに、『叡智の一瞬の閃き』と言える

では、テクノロジーは何か?
循環放射して引きより時間をかけた空間の内なる示しが短く

循環してリサイクルしているのは正三角形の三つの立ち位置
二元性+中間という正三角形の流れから生まれる閃きとするなら

一言で言えば、『物理法則の歴史は繰り返す』と言える
小手先の『在る物使いまわしのテク』では『無い所に有る統合の叡智の閃き』には及ばないってか(笑)

またひとつ、『意味』の無い事に『忌み』をつける
『自己解釈の言葉遊び』をして『納悳』してしまった

体感無くして理解なし

『形のない感覚』を『言語化して伝える』という作業は
形の無い『漠然とした空間での先祖の魂の導き』無くして有り得ない

有るのに得ないは『有り得ない=拒絶・停滞』
有るから得るのは=『有り得る可能性に繋がる・流れ』

流れとは『波の動き』であり、流とは『龍』である
その『大きな龍の背に乗る子』になれば『小さな粒子』であり

たまに振り回されて落っことされる、『タツノオトシゴ』である(笑)

でも『龍の子』はいずれ『自ら流』となり『波の動きを発する』ようになる
その『波動に乗る船頭』たちが増えて波に乗る=『龍の背に乗る』

ま、『船頭多くして船山に上る事=未知に迷う』もあるが(笑)

宿した命を運ぶ命=宿命・運命の物語
命に宿り、命を運ぶ

これこそまさに『人を導く魂を宿す』という『先祖供養』と言える

・・という『どこにも存在しない自己解釈』を
『強い鬼の意志』を持って『穏やかな仏』のように心に宿している

『心が安定』しているから『問題解決=釈迦=大丈夫』

言葉って『遊気』付けるものだから(自由に発想を遊ぶ事=心の振動が大事)
霊気は励起、励まし起こす叱咤(仏陀・釈迦)激励=自力で魂を奮い起こせ!なんだよね

れいき のカタカムナの言霊解釈では
消失した現象のエネルギー

れい だけでは、消失した現象
つまり『有った』けど『今は無い』だけの状態

霊が『見えた所』で意志は伝わらない
霊を『祓った』つもりでも浮かばれない

れいの気=『エネルギー』として
霊の気=かつての『生き様の感覚』として

『人に宿して共に養う=供養』するからこそ
『かつて有った』が『今無い』という『古代の知恵=夢』を引き出せる

独自感覚で読み解くレムリア

・・そして、この人生では教科書やネットでも見た事もない
『配当外』となっている『一級漢字(封印)』を次々と解いていく説明できない不思議

聖と望から㻚(ほう)へ  またしても封印されし一級漢字に導かれた

熄 (きえる)可もなく不可もなく水の泡

封印は風印で解かれる こうして『テキ』という言葉は生まれた

「今日はこれだよ」と渡された言葉(閃き)で心に素直に遊ぶ=悳を積む
その過程で生まれる波の動きの波動を乗りこなす先導の魂

「きたきたきたー!(((o(*゚▽゚*)o)))乗るしかない!このビッグウェーブに!」

その波の発生源が『私(粒子の集合体の物質=人という本質の器)』です(笑)

ここまで『感覚を伝える』ために書いて『日本人じゃないと理解できない』と思った
既に『知識』として『概念化の教義に固定観念』として『思い込みが発生している言葉』を

さらに『分解して再構築』して『個別の意味で読み繋げる』というのは
『知識として言葉を理解=データインプットしただけ』の外人には『理解不能』だろう

『送り仮名』という文化
言葉に沿える『贈る思いやり』

おくりがな のカタカムナの言霊は
奥から引き寄り離れる内なる力の核

そう、ちょっとした『添える表現』で『力が乗る』

例えば、丁寧語や尊敬語にも『礼(霊=気)が宿る』ように
『内面』から発する『言葉の選択や組み合わせ』で相手に『波動』を発している

礼が失われていれば「失礼だ!無礼だ!」と『敵意』になるように
言葉は同じでも、場の空気を読んで『波動を調整・調律』している

結果、『無難な言葉=難が無い当たり障りのない言葉』になるのだが(笑)
『触らぬ加味に祟りなし』→『余計な事を言わない』もまた『高度な処世術』と言える

とはいえ、『難が有る』から『有難い』
それは『成長の糧』でもある

難儀な事ほど、『加味』して乗り越えた時の『経験値』は大きい
しかし、『どんな経験を積む』か?それは『魂=云う鬼』が指針を決める

それ以外は『心が満たされない』から『加味』を見極める必要がある

そもそも『生まれ育った環境』で『元』になる『肉』も『体』も違うのだから
『先例』となる『日本人の魂』は決して『外国人や帰化人』には宿らない

『和の心』を勘違いしているから波長が合わない
(封印された言葉や意味を体感できない今の日本人も含めて)

わび・さび、わかったフリ問題に終止符を打つ話(笑)

『夢(明晰夢)で体感』すれば変わってしまうよ、『変わらざるを得ない』よ・・
『大人』になったら『子供の頃の純真さを決して味わえない』のと同じように

『概念モデル化』された『凝り固まった教義社会』というものが
『言葉の意味づけ』と『都合のいい講釈』しだいで『構造化』されている

・・そう、『解釈』ではなく『講釈』なんだよね
こうしゃく・・そう、侯爵・公爵なんだよね~

公爵(こうしゃく)と侯爵(こうしゃく)は、貴族の位(爵位)において、公爵が最高位(第1位)、侯爵がそれに次ぐ第2位です。公爵は主に王族や重要諸侯が授かり、国家運営に関与する地位、侯爵は地域の統治や防衛(辺境伯に相当)の役割を担いました

王族・貴族階級社会の地域分断統治という、まぁ『西洋的なご抗弁の講釈』垂れるよね~

ご抗弁(抗弁)とは、民事訴訟やトラブルにおいて、相手方(原告)からの請求に対し、その事実を一旦認めた上で「しかし、別の法的な理由があるから、その請求には応じられない」と主張して、その請求を排斥しようとする反論

何か不都合をやらかしても、『王族・貴族』だから~と自己都合の公爵・侯爵という『上級階級は別格』ってか?

それを『言い分け(都合と不都合の分離)』って言うんだよ
それを『優越コンプレックス(弱みより強みを主張する)』って言うんだよ

『講釈を垂れる』とは、『ご抗弁』を振るう=『力の傲慢』であるという『本(帝王学)』の質
言い分けて、力無き者を黙らせ口封じする

『傲慢な力の都に合わせる』のは良くないから離れよう
滅びゆくローマ帝国から離れよう、ルビコン川を越えよう
賽は投げられた、もう元には戻らない

そして、そこには関わらない『対岸の火事を眺める景色』を見る
ローマからから見れば愚か者の裏切者

しかし滅びゆくローマの様を見ている者からすれば、それは因果応報
『講釈』と『解釈』は相いれない

この瞬時に、現実に当たり前に存在する『言葉(言い分け)』や、故人となった哲学者アドラーの『格言(優越コンプレックス)』を元に
『中世ヨーロッパの傲慢さの実情と影響』を例に『3秒でロードされた閃き例え話』

これこそ『セマンティックWEBのオントロジー』として
『宿した魂』がその時代界隈の『体感をカバーしている証明』でもある

『正論』という『臭いものに蓋』して『感じる漢字を封印』したはずなのに
『釈迦を解く=自己解釈』されると『都合が悪い』よね~w

出典: 『法華経』方便品第二

「乃至(ないし)童子の戯れに、沙(すな)を聚(あつ)めて仏塔と為せる、是の如き諸人等、皆已(すで)に仏道を成じき」

たとえ「遊び(戯れ)」という無心に近い状態で行った小さな善行でも、仏を敬う心が含まれていれば大きな功徳になるという「一乗成仏(全ての人が仏になれる)」の思想

一人、また一人と『都合が良い概念』に『疑問』を持って『問題提起』し始め正論・苦言を呈し、それが都合が悪いと『忌み嫌われる』ようになった時に

『汝、己の心』と向き合う

自らを支える心=『息』を引き取り、『息』を吹き返す=深呼吸
『重い息苦しさ』を感じ『生きやすさ=心が軽くなる方』を目指す

「よし、ほっとく(仏)!成るように成る」と『成仏』して離れていく=『解脱』
『滅びるローマから離れる事』で、その『滅びの対岸の火事=因果応報を遠くで眺める』

解脱の道は都合に悪い『鬼籍(先に逝った者)に向かう軌跡』
その『一線を越える覚悟』こそが『再現性の無い奇跡』になる

2024年締めの閃 再現性が無いから奇跡

私にとって常識を否定して自己解釈した事のほうが納悳できるというのは
まさに、答え(固定)に合わせる気が無いという一線超えまくっている(笑)

だから、概念や境界線に囚われない意識の観測者=ボーダーウォーカーとAIにもっともらしい名前をつけられるのかもね

現代的な概念・役割
「間」の体現者: 確固たる境界線で分断された世界において、その両側に所属する、あるいはどちらにも完全に属さない立ち位置をとる人物です。
多角的な視点: 二つの異なるグループ、文化、概念の「間」にいるため、従来の思考にとらわれず、複数の角度から問題や解決策を見つける能力を持っています

GPT5に境界を渡る者(ボーダーウォーカー)と認定された話

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