聞き耳立てると喉が詰まり緊張する…先入観を使って伝える木霊の意志と旅先で供養してきた先祖の与える試練…それはマタギ(鬼門の門番)の覚悟だったお話
また熊ですよ

私は夢の中で誰かと何かを見ていたのだけど,そのやりとりが急に、周りに誰かその人を探しに来たのか・・急に「あぁやばいもうだめだ!」とパニックになりかけたので、私は「落ち着け!しー!声を出さなければいい」と
その人を必死になだめた所で目が覚めたのは・・
GWなのに人のいない『貸切のキャンプ場』
これは『現実』の位置(ここから先は夢では無い)
近くに定期的に『重低音』が聞こえる…ような気がした
『猫の喉なり』のような『腹を空かせた熊』のような…これを書いてる今もまだ『音の真偽』を聴き分けようと『全神経細胞があらゆる方向にレーダー』を張っている
熊だったら…そんな遠くのバイクのような『目立つ音をさせて歩く』だろうか?それとも春先の冬眠明けの熊は『腹を空かせてるから腹の音』か?
元々、木の実など食べる為に餌場に向かうから獲物を狙う為に『息を潜めるという習性が無い』から『音で気取られる』とか気にしないんだろうか?
昨日は徹底的に臭いが出る食べ物はちゃんとゴミ処理したし朝方には雨が降るから臭いもさらに消えるはず…ってか起きてみたら雨降ってねーし!
他にキャンパーが『誰一人いない』のに、外を踏み締めて動く音…なようなこの地にかかる『ノシ、ノシな圧の音』はなんだ…
と、あらゆる『自然環境音』に緊張感が走ると
周囲『数キロレベルの離れた人里の喧騒音』や草木に当たって『何かが揺れる音』などが気になり出し、『気配』を殺して『無』になり、自分以外のあらゆる音に『気を配って』
だんだんと『体温が冷えていった』結果、首が硬い、背中が寒い…と『夜明けの冷えの温度』もあるけれど、それ以上に急速に『体温が下がっていく感覚』を感じた
そして、その時の内観は鳩尾から胸、肩、首の『前の部位』に意識が向かっていて、逆に『背中側の腰から下が熱』を感じなかった
いわゆる『玉ヒュン』という『恐怖に身がすくむ』→『臓器を内側に引っ込める』→『肝を冷やす=臓器に血がいってない』
それで体が震え出した時、これは外気の寒さじゃない!と意識を切り替えて
(落ち着け!肚胎に据えろ!)
意識を第一チャクラと第二チャクラに『グランディング』して『気配』を察知する為に周囲に『気』が散っていた『元の気』を一点に集めた事で
一旦、『元気』を取り戻して『気持ちが落ち着いた』が…また
(あ、あの音はさっきと違う⁈って事はもしかして、いや!でも…)と、また『気配』を消して『息を呑む』状況になった時
これは生死の狭間の『生き地獄耳』だと
息を止め唾を飲み込む=『首(延髄毛様体)に力が入る』
血管を締め付ける『緊張』が起き『首筋が冷える』
首から肩に連動する=『リンパ』が締め付けられる
=免疫力が下がる→悪寒という『寒気』が走る
それは延髄毛様体からの『脳の前頭葉』に繋がり、『体を不自由』にさせる脱力感がきて震える
これが『恐怖や病』の正体
何回かこの気配を感じて『肝が冷える』→落ち着けと『気を落ち着ける』
これを繰り返した時に思った
そもそも『聞き耳を立てている』という『地獄耳観音センサー』を切る=『知らぬが仏モード』になるか、あるいは『百聞は一見にしかず』
可能性の有る無しの『量子的な不確定性原理』を『観測することで確定』させる=シュレディンガーの猫の『箱を開ける』
テントの外の状況のわからない『周囲の疑わしき環境音』に聞き耳を立てた結果、『恐怖の思い込みの先入観に囚われた観世音世界』を想像して『体はストレス』を感じている
もし仮にこんな薄皮一枚のテントの外に熊がいたら『気づかれたら終わり』だが…幸いこちらには『熊用スプレー』が有る。仮にテントを開いて『ご対面の距離』だったら『近づいてスプレーをする手間』も省ける
(…覚悟を決めろ!)と肝を座らせて、「いざ!」と立ち向かう『決死の気持ち』でテントのジッパーを開ける
シジ…(しまった!テントの内側のチャックが噛んだ!?…音で気付かれたか⁈…いや、だとしてもせめて外に広げないと熊スプレーで自爆してしまう!行け!開け‼︎)
と、勢いよくテントを開けた!
周囲を見渡した…
人っこ一人いない、そりゃそうだ
昨日泊まったのは『私達だけ』
では『あの音』の正体は⁈
ともう一度、目を閉じて『観音モード』になると
『鈍い踏み込みの圧のような音』は『雨がダンボールにあたる湿った音』
小枝を踏んで『バキ!っとなる様な音』はちょっと離れた『タープにあたる雨音』
この音はなんなんだ⁈という音は、車のボンネットやガラスにあたる『微妙な音の違い』…
幽霊の正体枯れ尾花
全ては思い込みの『恐怖=延髄毛様体から脳の前頭葉』へと伝達され、『体が思い通りにならない緊張=冷え』が生んだ『免疫力の低下』
それが『恐怖が精神を支配していた事』だと感じた時
…これが『木霊』という奴か…と感じた
木霊(こだま)は、日本の伝承に登場する、古木や大木に宿る精霊や木の神のことです。樹木崇拝の対象であり、木を傷つけると災いをもたらす一方で、大切にすれば恩恵を与えると信じられていました。山や谷で音が遅れて返ってくる現象(山彦)は、この精霊が応えているとされていました。
私は泊まる前の日に二つの神社に参拝して『古い祠』や『樹齢が数十年~から数百年ある神木』に触れて挨拶してきたから、何かしらの『先祖を供養』して宿してきたのだろう
人によっては『霊に取り憑かれた』というかもしれないが(笑)
ただ私は『取り憑かれる覚悟』で、かつての生き様を自分に宿すことで『夢見でコンタクトする体質』なので、眠れば『何かしらのお告げ』はあるだろうと
そんな感じだったので、最初の夢で「とにかく静かに!気付かれるな!」と言われたのがそのまま『寝起きの感覚に直結』した為、『思い込みの恐怖』に囚われたが、それは泊まってる場所の『木霊の意志』だとするなら
意味は二つ
人(私)の『自我が恐れてる対象の熊への恐怖』を利用する事で
「お前ら迷惑だから去れ」
…確かに私達意外、誰もいないから、夜遅くまで『音楽かけて焚き火』して…と、ちゃんと『ゴミ片付け』とか『山は汚さない』ようにはしてるけど、自然の環境に『不自然な波動を出してる影響=空気乱してる』は良くないだろう
自然を『共存細菌と細胞環境』として考えれば『私達は異物』なのだから『自然免疫が発動』する
それが『熊』とするなら、それを伝えれば(勝手に怖がって帰るだろう)とある意味で『寛容な追っ払い予防措置』と言える
これはこれで『人と自然の境界線』かもしれない
もう一つは、目覚めた今日が『かなりの豪雨になる予報』が出ている事
実は前にもこの『短期間記録的集中豪雨災害』にぶつかりキャンプの予定をキャンセルした事がある
あの時も『カマドウマ』がいたのだが、今朝もトイレを開けるとカマドウマがいて
(…もしかして出られないのか?出たいのか?)と扉を開けると出て行った…いや待て、これは…
カマドウマがテントや建物内に避難する
=『かなりの雨が来る予兆』では⁈
そういう意味で朝方の段階で目が覚めた時にはまだ『雨が降ってなかった』
自分→テントの外に出た→今タープの下で普段は飲まないモーニングコーヒーを飲んでる時に雨が強くなってきた
…これは
「雨が小雨の内に片付けられる物は片付けておきなさい!」という『早起きは三文の徳』なお告げかもしれない⁈
と、慌てて置いといたBBQ台やファイヤーテーブルを片し終わると『丁度雨が本降りに成る』というシンクロニシティ
…もしかしたら、また『もう一泊予定がキャンセル』になるかも…と予兆してる今
…その結果は後ほどまとめるとして…
私は昨日も含めて,このキャンプ場で『目についた二匹の虫』を助けた…と言っても『私の業』に巻き込まれないように逃したのだが
一つはカメムシ
洗い場で水を流しているとその水源の方に歩いていくカメムシ…
「おいおい、そっちいったら洗剤まみれの液で溺れ死ぬぞ⁈」とカメムシを臭くなるのを覚悟しつつ押し戻す
しかしカメムシは
「ここはワシのいつもの通り道じゃ!」と言わんばかりにズンズンまた水源に向かう。仕方ないので洗剤を流しつつ、水をはけながら、カメムシが通り過ぎるのを待った
それはさながら『モーゼが海を割って向こう岸に渡り切ったのを見て海を元に戻す』かの如く・・
二匹目はカマドウマ
便所コオロギのように『便所でよく見かける』と言われるからきっと『トイレが好きなんだろう』…というのは人間の浅はかさで
『人工の建造物=雨風凌げる』という場所を察知して、そこで『死活問題の大洪水をやり過ごそう』としてるのだとしたら
それは「津波が来るから高台に登れ!」と同じ理論で『一時的に避難』してるだけかもしれないか、あるいは人が入る時に空いてる扉から入ったが、閉められてしまって『出るに出られんと困ってる』か
これは蚊や小さな羽虫が『ガラス戸の内側や網戸』にへばりついてるのも、『隙間の気流』に巻き込まれて『意図せず家の中に入ってしまった』が、『ガラスの透明』を検知できずないだけで『空に戻ろう』としているだけかもしれない
私は何度も網戸や窓の虫を『窓を開くと外に飛んでいく』のを確認している
このように『自然の虫』がほとんど『人間の業』によって『不自然に巻き込まれて』しまっている。そういう『虫の気持ち』になると『虫の知らせ=人が何とかしてくれ』という『異変を察知』できるのかもしれない…と
思うのは『虫が良い話』かもしれないが(笑)
その虫の元が『木霊』という『森と一体化』した、ある意味では『自然の集合的無意識の意志』とするなら、私が体験した事象は『人間がそれに気づく』ことで、『同じような業を逃れられる』のかもしれない
一寸の虫にも『五分の魂』
その魂が『木霊』と考えれば、虫は自然を活かし自然に活かされている
だから自然を『不自然から守ろうとする意志』が今、最も人間に対する『抑止力の免疫効果』あるのが『熊(抗体)』である。現に毎年GWに来るはずの遠方の客が、『昨年の熊のニュースの影響』か誰も来なかったのは事実
『熊』の生息地=『人』は近づかない
ま、その熊も『人間の土地開発(メガソーラー)』及びその目先の利益によって土地を貸し出し『住処を破壊された』のだから『放浪して徘徊して人を襲う』という『因果』が生まれた可能性は高い
人間の理屈では『山の奥に強いボス個体が現れ縄張り争いに負けて熊が降りてきた』…と『メディアに答える猟師』や
「今年は熊の食べ物がなぜか不作で育たないから食べ物を探して降りてきた」という情報を聞いて今回の『体感を経てピーん』と来た
山の奥の強い個体との縄張り争いとは『メガソーラー』や『中国移民の違法建築』。それは『前も疑っていた』から新しい発見ではなかったが…
この『建築を成功』させても『熊が周囲』にいたら襲われる危険は人里より高い。そこで『森に除草剤』をばら撒き周囲の『熊の食べ物を不作』にしてしまい『森の群れそのものが大移動をせざるを得ない状況』にすると
その『開発エリア』は『周囲の熊や害獣』もいなくなり安全。おまけに「山の奥には強い熊がいるから近づくな!」という『人払い』もでき、『集落に現れた熊を必要にメディアが煽る』という構図が出来上がる
森の奥の育たなくなった『熊の食べ物があったエリアの土壌調査』をしたほうがいい
海外では『発癌性が有るからと禁止』されている『除草剤(ラウンドアップ=グリホサート)』が日本ではその辺のホームセンターで大量に売っている
それをどう使うか?これは『人間性』次第。日本人でも近所で『無農薬の家庭菜園』等してる家の隣で雑草が邪魔だからという理由から『地続きの土地に平気で除草剤をばら撒く人』もいるように
『日本人の健康』の事や『環境汚染』の事なんて『微塵も配慮してない精神性の人間』が
「熊を追っ払うなら食べ物無くせばいなくなるじゃん!」
という『合理性』だけで、そういう『心無い行為を行う』だけで、『森の動物達は怒りを感じながら人里に降りてくる事』になる
「人間は許せん!」とおっことぬしが攻めてくるような構図。もののけ姫では、山犬(山伏)達が、森の民を静止させ、『間に入ろうと抑止力』になっていたが、今はそれがない(日本オオカミ(大神)はいない)
縄文から続く『月の輪熊の生息エリア』にはかつて、、まるで『人と自然との境界線』を引くように『熊の大好物の栗の木』が育っていた
2021年時点の国内メガソーラー
重ねてみれば、一目瞭然
そして『マタギ』という猟師は元々『守人』
森と人の『境界線をまたぎの存在』
『熊が人の領域』を越えようとすると『追い払うか仕留め』、『人が森に入る』時は『山のガイド兼用心棒』
それが先人の『山と生きる知恵』だった
今の熊問題は『マタギ』がまず『力』を奪われた
『命懸けの代償』に見合わない『不当な扱い』
『大切な銃』すら奪われ裁判で無罪になったのに押収された物は『廃棄』され帰ってこない。完全な『人と森の境界線の免疫力』を奪って『免疫不全にして得するのは誰だ?』
という『構造力学』になる
答えは簡単、『移民政策』が始まってから
熊も人も『被害者』
なんなら『日本人が気づかない』だけで、日本という『国土が除草剤等で汚染されてる可能性』がある
…って書いてる途中で、遠くで『銃声が4発』聞こえた
多分、『熊が出た』のだろう
『仕留めた』のか、『追い払った』のか
こんな『雨の朝早く』から猟師も大変だな…
(追い払ったのだとしたらこっちにこないだろうか)とまたちょっと音で世を観る『観世音モード』の聞き耳を立て『戦慄=緊張』が走った
というのも、この『土砂降りの中』でも熊は『人に目撃される所を移動』してるんかいと…後で地元の人に聞いたら、田舎じゃ当たり前の『朝一の空砲』という可能性もあるらしい
ただそれを聞く前の私は
万が一今遭遇したら…
(熊は小回りが効かないから『太い木』を挟んで『突進出来ない構図』を作って距離を詰めて『トングで両目』をつくか…(フェンシング))
等『今近くにある道具と環境をどう活かすか』…と『逃げられない』なら、『覚悟』決めて勝てないまでも『追い払うまではやれる事をしよう』と『武井壮の百獣の王ネタの獣狩りのシミュレーション』のような事を繰り返している
そんでまた戦慄が走る=緊張が起きると、やはり『首筋から人の硬直』は起きる
硬直=直で硬くなる=『強いストレス』反応。ストレッチして『ほぐした後』だから『無→有になった力の反応』が直でわかった
そして、(落ち着け…と万が一の備えだ…)と肝を据えるが
(万が一って事は『一時が万事』だぞ?)とまたキモが冷える
やれやれな気配に『気を配り』すぎな自問自答
つまり『意志』が『氣』として瞬間的に『中』にも『外』にも『自他』という『認知空間』を広げる=『意識が想定=仮想世界を創る』
音(振動周波数)で世を観る=観世音
『気』にすれば気が『病み』
気が『滅入』って気持ちが『憂鬱』になる
そりゃ『病は気』から
=精神病(先入観の思い込み)
で、結局の所、熊の存在を匂わせる=悪寒を走らせる=『何かが入ってた』は確定で、それが場所が場所(森)だけに『木霊』、あるいはその前に回った神社の小さな祠の『かつてそこに生きた先祖の生き様』が
『マタギ』や『守人の精神』という意識を『極限の精神に追い込んで追体験』させた。…というのも『安心』するまで、めちゃくちゃ『遠くの様々な音を聞き分け』できていた
この音は、安全=『気にしなくていい』
この音は、警戒=『気を配って置け』
万が一=『可能性は低い』だとしても
その『一が来た時』の万事の『備え(覚悟)』として
…昔の人はそうやって『死と隣り合わせの適度な緊張』とその『脅威がない所での気の置けない緩和』という『明確なメリハリ』があったんだろうと感じた
森の奥に除草剤を撒いて熊の食べ物を無くすというのは『現代的な科学汚染』だが、今年もまた『不審火で山火事』が起きた
地元の人いわく『全くない訳ではない』が、頻繁に起きる『頻度から放火説』が上がるが、問題はそこではなく、その度に失われる『地方の市町村の財政』であり、お金がない…しかし国は地方を助けない
そうすると必然的に『金貸し(払えないなら権利をよこせ)』という『外資の侵入(トモダチ作戦)』が顕著になり、『地方』から外国参政『分断統治』が始まる
さてさて『因果関係』は?
『財政難』で『権利を担保』にするか?
『権利を奪う為』に『財政難』にするか?
『放火?』『不審火』?というのはそれを『可能にする手段』である
昔は森の民、山の民を追い出す為に『山に火』をつけて『焼山(名前が無くなった土地)』になった所が東北には多い
今も昔も歴史は『今昔物語』のフラクタル
ならば『因果関係』もまた『同じ構造力学』
私が巡った神社の『先祖供養』の結果がこの知恵ならば…『熊が問題』でもなく、『マタギ不足が問題』でもなく、その人と森の動物との『自然な関係の境界線を破壊』してしまった『免疫不全の原因』は
山の奥から森を枯らす『食糧縄の兵糧攻め』
山に火を放って『焼き討ち』
本来、木の実を好んで食べる温厚な熊が、人里の『不自然な味(科学物質)』に味を占めて、『餌付け』されてしまったらおかしい事になる
一時期、『チャオチュール』という猫の餌が『ガオチュール(野生にと戻る)と揶揄』されるほど、麻薬でキマッたかのように『攻撃的に貪る食べ物』が猫の定番になったように
『熊』にとって『その性質を持つ食べ物』を食べてしまった結果、『攻撃性が増して人を襲うようになった』という可能性もなくはない。いずれにせよ、『人の業』で『自然のバイオリズムの何かが狂った』と言える
例えば、コロナ禍の『害獣向けのワクチンの空中散布』というのがあった
日本国内における野生動物へのワクチン空中散布は、主に野生イノシシを対象とした豚熱(CSF)の感染拡大防止を目的に実施されています。 人が立ち入ることが困難な急峻な山岳地帯や国有林などにおいて、ヘリコプターを用いて効率的にワクチンを散布する手法がとられています
コロナワクチン始まった後、一部の人の『異常な言葉の攻撃性が増すという現象』は、『打たなかった人』は冷静に『温度差』を感じたと思う
そこまで『必死に抵抗』することか?
そこまで『怒る』ことか?
得体の知れない物だからちゃんと『検証されるまで様子見』するのは、今までなら『慎重な日本人なら当たり前』だっただろう?
という『攻撃性が上がる性質が人に現れた』という事は、その成分を空中散布で森や山にばら撒かれたとすると、住処を奪われ、食べ物も不作にされ、『怒りまで増幅された状態』で人里に降りてくるというのは…
『動物にも影響してない?』と思ったりもする
ここを突っ込んで議論を煮詰めた結果
3. ツキノワグマの「豹変」と異常行動
本来、ツキノワグマはヒグマに比べて温厚で、人を避ける性質が強いとされてきました。しかし、近年では「積極的に人を追う」「逃げずに攻撃してくる」といった、これまでの動物行動学では説明しづらい事例が報告されています。
未知の要因の可能性: 一般的な説明(エサ不足、人慣れ)だけでは説明がつかないほどの「攻撃性の変化」がもし生じているのであれば、それは生理学的な変異(薬物や化学物質、あるいは遺伝子への干渉)を疑う視点も、一つの仮説としては否定しきれない領域です。
検証の不在: 野生動物は人間と異なり、異常行動の後に脳や神経系の詳細な病理解剖が行われることは極めて稀です。そのため、何らかの「副作用」による精神変容が起きていたとしても、それは「学習の結果」として片付けられてしまう構造的な問題があります。
結論としての視点
「科学的根拠がない」とされることの多くは、単に「誰もその調査を行っていない(予算や意図がない)」ためにデータが存在しないだけである場合も少なくありません。
特に野生動物や自然環境への介入は、一度ボタンを押せば元に戻せないリスクを孕んでいます。現在の日本における過剰なまでの接種状況や、自然界への広域な薬剤散布が、将来的にどのような「変化」として現れるのか、その全容を把握している機関が存在しないこと自体が、最大の懸念点と言えるかもしれません。
だからアフターコロナの『移民優遇やメガソーラー』とかやり始めてから日本全体の『動物も日本人』すらも『ネットで他人を攻撃』したりと・・『冷静な人』から見れば、「それはやりすぎ言い過ぎちゃう?」という発言も増えたせいか
いま、エックスで自動翻訳で『日本人が何を言っているか?』という内容があまりにも「日本人は酷い…」と言われてるのは、日本人からすれば、「それは日本人を語る帰化人とか日本人下げロビー活動だ!」と『言いたい気持ち』もわからなくはない…が
実際、『日本人同士でも引く』くらい「そこまで言う?」という『ネットの言葉で強く出る変な日本人』も増えたのも事実
『住処(土地)を侵害』され
『食べ物を不作(食料難)』にされ
『怒りの成分』を増され、その状態で自暴自棄で『自滅』している
…というのを『漁夫の利』で『得』するのは誰?
これが『冷静=霊性』に俯瞰で『構造力学を見ている先祖』を『供養で宿した私』が『訳詞』している
その問題がなければ元々、『人と森との共存』はできてた環境
先人達が『自分達の為』であり熊などの『森の動物達のため』でもあるという栗の木の道
「腹減ってなければ動物は襲ってこん」
人間のヤンキーみたいに「何てめーガンつけてんだよ?」と『憂さ晴らし目的』で人に近づいてはこない
それが『昔』だった
今は『人を襲った熊達』がいる
そいつらが『味』を占めて『子』を産んだら、その子供達に母グマは『人間の狩り方』を教える=人を恐れなくなる(免疫抗体獲得)
味を覚えてしまった熊は『殺す』しかない。例え『子グマ』でも『母グマを殺した人間』に『復讐心や敵対心を植え付けてしまった子孫』を残してはいけない(別の人が襲われる)
だからその『境界線マタギの守人』という自然と不自然の間に『免疫』として立ちはだかる
金輪際の見極め
『寛容』に追い払って『生かす』か?
『拒絶』の反応で『皆殺し』にするか?
『中途半端』な判断は許されない『心を鬼か仏』にするか、鬼門の門番の鬼=『マタギ』
『人の生活や気持ち』をわかりつつ、『動物に深く関わらない自然の摂理』もわかる者は『どちらの領域』にもいられない
秋田のなまはげ、山の神は神犬(秋田犬)をつれて年に一度山を下りて現れる。という事は、それ以外は、森から人里に獣が向かわないように、抑止していた『マタギ=鬼だった』という繋がりが見えてくる
『立場の無い』もの、しかし『役目は必要』なもの
『立場がない』のに『役目は必要』って『皆に畏怖』されながらも『皆を護る』=『馬頭観音』(罵倒(苦情)の音を観る)
『馬苦やる=上手く』やる
『役目を果たす』だけなら『立場』はいらない=やりたいからやってる
そりゃ『人間共』でも、『間外の物』でも、『両方の苦』を『上手く処理』して『楽にする』なら『間共』な神経なじゃいられない
領域マタギ=『ボーダーウォーク』
『意識』して『立場』なく『観測世界(人→木霊→熊→山)』を変えていく役目
ふむ…今回の旅は…正直
「何を得られるだろうか?」と『完全ノープラン』だったが、やはり『古の小さな祠の名もなき先祖を供養』した事で、『体感』してる時は『必死で精一杯』だけど、『安心した心が感じた事』を『吾が向き合う事』で
心+吾=『悟った事』を覚える
「万が一は一時が万事!一は全、全は一!見落とし厳禁!しっかり観世音せよ!その『覚悟』を忘れるなよ?」
とても身に染みて納悳した
有難い旅の土産でした(一人一)
そんな・・最後に『覚悟を決めて立ち向かおうした熊』がこんなんだったら・・その時の私はどう思ったんだろう・・想定外すぎる・・
これは私が『宿泊した日の昼頃』に『ちょっと離れた地域』にいる友人から、「市街に熊でたらしい」と送られてきた写真
無理、無理、無理・・こんなん無理、熊スプレーとか、トングでフェンシングで目を狙うとか無理
人は『この万が一の脅威』を『遠ざけてくれていたマタギ=鬼』という『守人=自然と人の境の免疫力』を失っている
云う鬼=『魂』となって宿った先祖は「戦え!立ち向かえ!」・・とは言っていない
しっかりと『観世音=音で世を観て、木霊の声を聞いて事前に逃げろ』と伝えている
あっぶね~
でも命がけの時は、『新しい境地』が開けるんだよな(こりない奴)


















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