好奇心

直感・閃き・気になる事探究を楽しむ

死後(45)に神と自覚する人

神がかった人は『心がやりたい事を素直に実行』しているからその瞬間に『自分が神一重で一体化』している事に気づかない。それを横目で邪な目で見て憧れた者が神を騙る。本当の神は神名無しなお話

一時の流れの中にあるヒトというカタチ

何事も目的を達成するために生きてる人は『名声』を気にしないから、自分の生き様が『後に伝説(神格化)』になっている事を『後で知る』事になる

でもそのエネルギーは、留まる事なく『循環』するからまた『神の名』を捨て『人』として生まれ『決めた目的を達成する』ために『名声を気にしない人生』を送り

また『死後』に『生き様が伝説』になっている事を知る、そんな留まる事を知らない『流れ=龍』である

逆に言えば、『死後の世界』と繋がった時に『神の名前』や『過去にこんな事があった』だなんだとというのは…

『先人』ではあるけど『神』では無い
『神そのもの』を見た後に『神と呼ばれる存在に憧れている存在』が

自分もそうなりたい、自分がなりすまそう
『神の名』を語り『神の下僕』と騙る

その『虎の威を借る狐』の言葉に『共感』する人は、『そういうコミュニティ』に属してあーだこーだと『神を語るのを楽しむ宗教』は

で、そこまで『理解』してるなら「あなたが神になればいいのに…」という言う意見には都合よく謙遜して

「神になろうなどおこがましい!」と『リーダーなき宗教と伝説を語る事』に依存する

あるいはその『都合のいい神』を宿した…言うなれば、誰よりも生前に詳しく研究した熱心な『神オタクの霊に取り憑かれた教祖』と信者が、『富や名声を得て人々を操る権力』を得ようと動く

これは批判とかではなく、『名を名乗る』とは『意味』が無い事
『名に声』がつく『名声』とは

例えるならば『声優の声がモノマネ』されて本人が絶対に言わないような言葉で『穢されたり』、AIに学習されて『本人がいなくても名声だけは生きる』ように…

名声の言霊は
思考・試行・志向の伝わり引き受けた現象
『それを求める』とは『元の何か』を利用する

『名声に執着』した所で

この世に残す名も声も『何の意味もない』
ただ周りに『波動で模倣したやまびこが木霊する』だけ

それを繰り返してわかってる神は

名乗らない名無し

ななし の言霊は
次々と核を示す

名は『体』を表す
名は『他意』を現す

名が無いとは
何事もにも囚われない
無いとは空=有無→なんでも自由

神無名=カムナ
力が広がった核

=流=龍=理由
そこに神無名の『目的』がある

目的地に向かって『道理』を突き進む
そんな『神の波動』を感じるのは『死後』

45
量子空間の『3次元マトリックス』から意識が出た外
籠の中の『鳥居(祀られた神)』から出る

そこに『至らない』といつまでも『外の神(偶像)を騙る』
『神は中(潜象)の自分』だと気付くことはない『神隠し』

宗教信者は絶対に『自分を神だと思わない契約の上で盲信』しているから『宗教から開放される』まで延々と『思い込みの世界』に入る事を選ぶ

そして絶望の果てに信じた神などいなかった
この世に神も仏もいないと嘆く

その『虚無を自覚する経験』しないと、そこから『離れられない』という『一時的な鳥籠』だから、学びの徒の『登竜門』

馬鹿と莫迦は『死』ななきゃ治らない
でも正直者は『心に素直』だから

誰よりも『己の神と一体化』している
そういう人は『師・志後』に神と自覚する

進む道をハッキリ決める志
導師と同士になる繋がりに気づく事

アセンデッドマスターの意味を理解した

この45に導かれて行き
気がつけば、神は己の中にいた
神とは自分の『真』の状態であり

『自分』として『分けている』限り『神』ではないが
『神=形見分けの親元』との繋がりは常にある

それは『感じればいい』だけの事

だから自分の心と向き合うという行為が、世界中のあらゆる宗教よりも的確に『あなたの迷いを晴らす最大の近道』

『元』がなんだったのか?『ルーツ』を辿るが、それは『血の流れ』とかではない

『意識』が『どこから来た』のか?
それが『神を自覚する』という事

『目的を達成』する為の行動は『神』
それ以外は『人下無』
その意識に『名』は必要ない

神は名無しのカムナ
カタがつけばカタカムナ
ガラがつけばカムナガラ

私の感覚では

カタカムナは名は体を表すであり
カムナガラは心・真・神を表すと感じている

神は無名
神は無明

もしくは神は無く名前だけ(偶像・比喩・例え)

ま、死後・師後、45の世界と繋がれば言っている意味がちょっとは伝わると思うから、書き残しておく

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