寝起き閃きシリーズ。月の和熊と日熊という漢字変換で見えてくる太陽と月の古代の争い、そして全国の熊の分布からわかる古代縄文の自然の痕跡
寝起き閃ワード ツキノワグマ?
目覚めた時に ツキノワグマ?( ´・ω・`)熊? という突然のキーワードを受け取った。そして何度も頭の中でリフレインさせて気づいたのが、熊の頭に着く文字に気づいた
ツキ?=月のワグマ・・あれ?もう一方はヒグマ?・・ヒ=太陽?の熊?もしかして、これって単純な日と月ではない、日の熊と月の輪熊!?Σ(゚Д゚)
そこで熊の分布を考えて、月の輪熊と検索して即出てきたのが、青森、秋田での出没に関する情報。熊といえば縄文時代から共存してきたと考えられていると思って調べるととても興味深い情報を見つけた
これが月の輪熊の遺伝子を持つ分布らしい(くまネットワーク参照)
またしてもシンクロニシティが起きた・・私は消えた国津神はツクヨミ勢力では無いのか?と考察していて、それが秋田、越し国、しいてはその分布は縄文へとルーツが繋がる
その縄文時代に共に生きたと考えられる熊に月の名前がはっきりと分けられていた上に、その生息域が東北の日本海側から四国の出雲の領域をまたいでいる
ここで時系列的に考えなければいけない点がある
月の輪熊の分布図の繋がりが日本海側を通って中国地方へと繋がっているが、当時、東と西の大陸はフォッサマグナ=富士山の噴火による地形の隆起があるまではそこに陸は存在しなかった
月の輪熊が東と西をわざわざ泳いで渡ったとも思えないし、フォッサマグナで大陸が繋がった後に生息域が繋がっている=西の大陸まで分布が伸びているのが興味深い
またこの時、富士の噴火により放射冷却が起きて、氷河期になった事により・・氷河期後に植生が変わったためにヒグマは対応出来ずに数を減らした…という専門家の意見には矛盾がある
月の輪熊と日熊という二種類が日本国内にいて、月の輪熊が多く日熊が環境に適応できなかったために少ない・・のなら、どうして毎年極寒の北海道は日熊だらけなのか?という点
月の輪熊が寒さに強い耐性があるという話がわかるのは、極寒の地ロシアにも月の輪熊が確認されている事でもわかる
しかし、話はそういう事ではないと考えられるのは、日熊も寒さの中絶滅しないで生きている事
そもそも氷河期があったかどうかすら、歴史上の決め事が怪しい現代に、この国津(ツクヨミ)から始まり出雲(スサノオ)になって天津(アマテラス)の勢力争いの支配構図と熊の分布が一致する時点で
これは人がいくら歴史を捏造しても無駄なあがきと言える自然に残された動かぬ証拠。そこから導き出されるのは
かつて熊と人は共存していた
月の輪熊の分布が出雲の支配構図と共に広がったのは、人が月の輪熊を連れていたからと推測。考えられるのは、今で言う移動手段の馬の役割
月の輪熊の生態は大人しく、食べ物も木の実や昆虫、花等、基本的に食べ物に困らなければ肉を食べるという習慣はなかったと思われる。そう考えれば、魚という共通の食べ物をシェアしつつ共存はできたと思う
現在の野生の動物を飢餓の飢えたケモノに追い込んだのは人の業の深さの現れ。人間だって追い込まれたら人殺しをする者も人間を食べる者も現れるから同じ事
それを野生の獣だから人を襲うみたいに言うけれど、野生の獣が飢えて、人里に現れ、人を襲わざるを得なくなったのは、人の業が山を切り開き森を破壊した因果応報によるもの
今は山に太陽光パネルが山ほど設置されている。これによって山も森も破壊され多くの動物が生息域を離れざるを得なくなった
日本人が主導したものではなくても土地に許可したのは今の日本人だから、その業を背負う事になる
…おっと( ´・ω・`)俺、今…熊宿って、熊の気持ちを代弁してたようだ(笑)
月の輪熊ではなく月の「和」熊が正解!
最初縄文に興味を持った時に熊って当時は一緒に暮らしてたんじゃないのかなって思いがずっとあった。というのも縄文遺跡を点々とめぐると必ずその一帯には栗の木(現在に至るまで)が存在した
ここから単純に考えれば、移動先で熊が食事に困らないように、当時の縄文人は栗の木(種)を植えて歩いていたと考えられる
実際、日本の栗の木の分布も合わせれば月の輪熊の分布とだいたい一致する
ここまで一致したらもう確定的に人が熊のために植えたとしか思えない
熊の食べ物を考えれば、あの巨体なのに花や草、木の実等、とても質素倹約なグルメで山の幸で生きていた。また川で魚をとる能力というのも元々は人が知恵を与えた可能性もあると思えるのは
百舌鳥という鳥が人の知恵を継承しているような生態を持っている事からも想像ができる
だから熊は縄文人にとって大事なパートナーだったと思う
その熊が月の輪熊と名付けられているのが意味が深い
そもそも月の輪熊っておかしいネーミング
欠けてる月の時点で輪では無いし、日熊に対し月熊でいいじゃないかと思う
何故、輪を足したのか
むしろ三日月熊くらいのネーミングがちょうどいいが、どうして輪になったのか。それが輪ではなく和だからと言えるのは英語訳だと、ASIATIC BLACK BEAR=和になる
そう、もともと輪ではなく「和」熊なんですね
※ちなみに日熊は、brown bear 茶色い熊ww
ん?(;´・ω・)だったら和熊と日熊でよくね?どうして月が着くんだ?・・という所がこの熊の分布図とかつての国津・出雲の支配圏の一致です。大陸由来の渡来系天照勢力の西の拠点だった邪馬台国を潰し九州と四国まで追いやったという出雲の快進撃の状況を考えれば、日熊のいる場所が一致します
いくら古事記や日本書紀が歴史を捏造しても、自然に残る動物の血と種類で明らかに因果関係が見えてきますよね。かつて出雲族(スサノオ)は国津(ツクヨミ)側と同盟し、月の和熊を連れ歩いて熊の生態系も広げていた可能性
日熊と月の和熊、色も種類が明確に違うので、敵と味方を見分けるのに便利だっただろうしね(首にマークあるし)
月の和熊は独特なDNAを持っているんだろうと推測
純粋な和性の熊
大人しい共存可能な調和・平和・大和の熊
…( ´・ω・`)いや、今の時代はもう人間を敵対してるからもう無理だけど←また熊宿った
かつてはそう言う性質を持った熊だったのかもしれない
さてそんな月の和熊の分布が広がっている東北には月を思わせる痕跡が多々あるのは、前にまとめた通り、佐竹家の家紋、竹取の翁、かぐや姫、兎、国津神
意外と見落としがちなのが、伊達政宗の兜の三日月とかね?(言われて思い出す)
特に国津神がツクヨミで縄文だったのでは?と思う理由には共通点がある
どちらも神話や歴史から消されている事
どうして歴史教育において1万年の平和が続いたと言われる縄文時代は何も無い原始時代で、はい!弥生から文明スタート!となっているのか?どうして古事記や日本書紀では、三柱として天照、月詠、須佐之男の三兄弟が生まれているのに
月詠(ツクヨミ)に関する伝承がないのか?
それはつまり、弥生から歴史を都合よく始めたかった、大陸由来の天照勢力によって、先にそこには文明を築いていたと起源を主張して乗っ取り、月詠を侵略したという痕跡を後の歴史から抹消しようとした
それが今、伝えられている嘘の伝承
全て嘘から始まっているという事だ
え〜?と思う人は自分で東に残っている伝承をおっていけばいい。ただ今回私がカタカムナ27首の寝起き閃で受け取ったのは、人の歴史には非ず
月の和熊=縄文のDNA(動植物)を追え
さて、熊繫がりで余談だが、流れ星銀。あえてもう一度ここに触れよう
この物語で重要になるのが、アカカブト、通称「鬼首」と呼ばれる熊 (ん?)
この赤カブトは日熊と月の和熊のハーフであり(んん?)
部下として配下に月の和熊のマダラとモサを従えている
マダラは宮城からの逃亡熊で種別はツキノワグマ。人間に追われ二子峠に逃げ込み赤カブトの配下になり、モサは岩手からの逃亡熊で赤カブトの配下になる隻腕のツキノワグマ
ここで、これは単純に犬と熊の戦いの物語ではなく、背後には日の勢力と月の勢力の戦いを暗示していると考えると・・縄文目線で言うと逆から見ないといけない
なぜ日熊と月の和熊のハーフという表現があるのか?そこに日からも月からも追われる身分であるという匂わせが一点。また、手負いになった月の和熊が合流して自分たちの生きる牙城を作り群を作って守るという構図の意味
さらに言えば、犬とは狗でもあり、天の狗と書けば天狗になるように、天照(天津)の勢力による東北の月の残党狩り=鬼退治という構図にも見えてくる
元が人が熊のテリトリーである山に入ったがために襲われそうになり、自衛として熊を鉄砲で打つ行為により、親や故郷を失ったアカカブトが人里に攻め入るでもなく、山に住処を作り同じような人間に手負いにされた種族の違う熊たちを集めて生活しようとしてる所に
俺は熊犬だ!親の仇だ!と自己満足の復習と支配のために大量の狗たちが襲ってきて囲まれるという観点を考えると・・これはどちらが悪者なのかわからない(;・∀・)
この場合、熊が悪党という構図になって描かれているけれど、桃太郎が金銀財宝を奪いに出兵したように、戦いを仕掛ける犬たち側が復讐するは我にあり!みたいな正義を掲げてるような・・
でね、個人的にこのアカカブト=日熊と月の和熊のハイブリッドという存在が、誰を匂わすか?という意味でいえば、おそらくタケミナカタじゃないかな?と推測
タケミナカタは越国の女王の子、表向きはオオクニヌシとの子だけど、男親は不明・・と思うのは因幡の白兎の話があるから
つまり、望まれない子として誕生したあげく、母に捨てられ父は裏切り、そんな親は月(鬼)の血筋でも父親不明の状況の中、国譲りの相撲に出るという事は、タケミナカタは相当体がでかい上に太っていたと推測できる(これが相撲の起源だから)
いわゆるパワー系池沼と呼ばれる発達障害
この太っていたのでは?という部分がアカカブトが銃で打たれ損傷し、脳神経が傷つき異常に体がでかくなったという表現と一致する
タケミナカタは国譲りの相撲の際に死んだという話になっているが、相撲で死ぬかな?とも思う。仮に生きていたとしても、国をかけた相撲に負けた者の生きる場所はそこにはないから死んだも同然
そうすれば生きるために場所を変えてどこかに移り住むも、月の血(異国の見た目)があるために西にはいけない。そう考えると、東北のどこか山に拠点を作って隠れ住むと考える
また、その際に宮城のマダラや岩手のモサ=逃亡の熊というのも、東北の月勢力が各個潰されかけて落ちのびてひとつの残存勢力になったと推測
国を追われたとはいえ、越の国の正当な血(月・鬼)が入ってるとなれば、一族再興(古代王朝)の旗頭でもある訳で、そうなると、天の狗たち=天狗・山伏の任務はアカカブト(タケミナカタ)の討伐という事でしっくりくる
な~んていうのは想像の域なのでこの辺でやめとく(゚∀゚)アヒャ Σ(゚Д゚)
でも、赤兜を漢字にした時に、こういう情報も見つかった
真田幸村(信繁)の出生地である真田家の場所はなんと、越国・出雲でちょうど西と東の境目(フォッサマグナよりも東側)
なので、月の血(ツクヨミ)・出雲の血(スサノオ)が入ってる可能性は十分にある場所と言えるし、戦国最強の武将と噂されるほどの強さが語り継がれているなど
最後まで豊臣家を主君として忠義を尽くしたらしい(この豊臣はまた今度別記事で)
そんな赤い甲冑・赤兜→アカカブトとしたら、それはそれでおもしろいかな?(゚∀゚)ナンテナ Σ(゚Д゚)
さて、余談が過ぎたけど、いよいよシンクロニシティが神がかって来たな(^p^ )Σ(゚д゚;)
でも思うんだ
神とは言霊で力の実態
私は縄文を追い続けてきて、東に本物の歴史がある!と気づきを貰ってから、まるで崩れた橋が元に戻っていくように、欲しい情報が繋がっていく感覚があって
その道が繋がる事が喜びであり、道を繋げる事が望みでありという建設作業に意欲を注いでいる…私が創造主の力を使って理想の縄文を創ろうとしている、あるいは向かってる先が理想の縄文なんだ
という不思議なシンクロニシティの日々で
オラ、ワクワクすっぞ(^p^ )ウヘヘΣ(゚д゚;)
そうなってくるとだ…
気になるのは縄文遺跡ある所ばかり豪雪地帯という戒めの謎と亀甲石に封印されし…キングギドラのような寄生虫の発見・・縄文時代の終焉に何か人為的では無い事が起きた…という直感レーダーが働いてるのだけど
それはカタカムナ28首以降かもしれないし、人の領域じゃないのかもしれんから、それを追うには肉体を離れんといかんかもしれん(^p^ )Σ(゚д゚;)
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