好奇心

直感・閃き・気になる事探究を楽しむ

またしても導かれしMAO (真魚=空海)

何故か突然、これを観ろ!と言わんばかりに導かれたアニメ、高橋留美子作品のMAO…最初の閃きワードはただの導線でその先に待っていたのは…空海だと!?

猫鬼と蠱毒と病気と孤独

高橋留美子の作品がネットフリックスで出ていたから見てみたら、第一話にして、考察が唸るワードの相似を見つけた

猫鬼とは

元々、病気の元は中国では『猫鬼と表記』されるように、『取り憑かれる=呪いにかかった人が苦しむ様』は、まさに誰にも理解されない『主観では孤独』な戦い

『死川(線)』を越えるあの世とこの世の狭間で『現実では幻覚や幻聴と揶揄』されるが、『変性意識状態』では、それは『現実でもあり夢』でもある

思った事が『具現化される空間』において、『孤独に戦っている病気の主観』のメタファーは、『蠱毒の中』に放り込まれて、『生き延びる為に必死に戦う』過程で

生きる為に倒した『敵の生き血』を啜り、『敵の強さを身』につけ、元の自分から『変質者(質が変わる者)』として『変態(容態が変わる)』になっていくのは、『化け物』であり…

同時にそれは最後の最後、『蠱毒のバトルロイヤル』を最後まで生き延びた『ラストマンスタンディングの勝者が蠱毒』という『病気を克服し耐性』をつけると同時に周りにその『毒を撒き散らす猫鬼そのもの』になる…

つまり『蠱毒の世界を生き延びた勝者』は『孤独な猫鬼』として、『孤高』であれば影響ないが『皆の中』に放たれると『病気を蔓延させる核』になってしまう

この作品の始まりは『大正時代の商店街』というあの世とこの世の『狭間』の通り道

つまり、半分現実、半分別の世界が交差した『逢魔時』であり、『変性意識』でもある

故に『妖=猫鬼の呪いを受けた陰陽師』が多分、同じように『猫鬼の呪いを受けた少女を妖』だと感じたのだろう

そして毎日飲んでいるという謎の不味いスムージー、これこそが『鍵』

おそらく封じられた力は『事故の原因となった猫鬼』であり、発見時に血だらけという描写は、最初に化け物に血を浴びせた時に『浄化作用』があった事から

子供の命を現実に繋ぎ止めるトレードオフとして『祖父と家政婦(おそらく呪を使える陰陽師?)は事情を知っている可能性』がある

なるほど、スムージーもまた、『色んな蟲を詰め込んでミキサーでぐちゃぐちゃに争わせる』という意味では『蠱毒の壷』とも言えるし、それが猫鬼への餌『供物』か

…と、新たな高橋留美子ワールドの先の展開を『一話を見終えた辺りで予測』できたのは

やっぱり『言葉』と『体感』

猫鬼と書いて『びょうき』と読むを過去に発見した時から、それは『病気』では?と捉えた理由は、猫を宿主とした『トキソプラズマ』という細菌が感染すると、感染対象は『恐怖へのリミッターが外れ命を軽視』するようになる

猫とトキソプラズマと人間とルシフェラーゼが獣の黙示録に繋がる

人間では後先考えない『身を滅ぼすギャンブル』や『レバレッジをかけた巨額のトレード』、『イケイケのベンチャー企業』など自分の命を護るという『警戒心や防衛本能』が反応しなくなる

つまり、『危険に身を晒す』…だけで無く、感染元の宿主に対しての『警戒心がゼロ』になる事から、自分で自分が『危険な行動を取る』という『おかしくなってる事を自覚する事』ができない

実はこれも『変性意識→明晰夢』を味わうと感じるのは、向こうでは『痛みも思い込み』で、『死(終わり)は無い』という感覚。実際、私も矢でも鉄砲でも死なない体感を明晰夢で何度も味わっている

明晰夢

明晰夢で霊媒師に会いに行ったら撃たれて追い返された話

カタカムナ76首 神無主の忍の夢

作中でも、『自分の腕が切り落とされている』という『状態変化』を見て常識的にあり得ないと(夢かな?)と『意識』を失った後、手当を受け『腕はくっついた状態』から目覚めた時、『痛みに関する表現』が無かった

つまり、『命に関わる危機』に対して、既に『無頓着な状態』であり、それは自分に取り憑いた『猫鬼』が獲物に『自分への警戒心』を持たせず、また『死や痛みという恐怖へのリミッターを外している状態』とも言える

その逢魔が時=変性意識という狭間の環境に慣れてしまうと、もう人間でも、『間共』じゃいられない

間共な神経じゃいられない逢魔が時の見極めの役目

この仕組みは以下のケースが考えられる

①毒(病気、猫鬼)を押さえている封印
毎朝特性スムージー(猫鬼への供物)を捧げる事で人間として生活に支障が出て無かった

②毒(猫鬼)を飼い慣らして免疫寛容
①の延長でやってきたが、妖と見抜かれる事で現実で抑えてきた猫鬼の力が暴走

免疫力が免疫寛容して共存を許す形で克服している

③実は生まれながらの特異な抗体持ち

高橋留美子ワールドの『あるある』として、実は最初から主人公には『ある特性』が…と『輪廻や血筋』などをテーマに書いてきた引き出しがある

商店街に『結界がある』という伏線を考えると、猫鬼は封印されてきたその結界の外に『出た直後に目の前の車の上に現れ事故』になった『偶然のような可能性』に見えて

実はそうなる『多生の縁』があって、結果的にその『少女の命を救う為』に、彼女の中に『命を繋ぎ止める形で抗体として宿った可能性』もある

つまり『蠱毒』を生き残り、障るもの皆、『病気の感染で傷つける祟り』のようになって『孤独になった猫鬼』が、収まるべき『安住の地』は、その『毒素を包み込んで無害化』してくれる『抗体に隔離』された空間

『自ら望んで隔離空間に封印される事』を望んだ

…なんてシナリオもいいなぁと思う理由は『蠱毒な争い』に放り込まれて、『生きる為に争い』続け、『最後は孤独』になる世界から『やっと抜け出した猫鬼』が、孤独の外に出たら

皆には『忌み嫌われる祟り』と呼ばれ、その『強さと毒性を都合よく利用』しようとする『蠱毒に放り込んだ者達』が近づいてくる

『猫鬼の気持ち』で考えれば
嫌でしょ?

「殺してくれ…(でも強すぎて誰も殺せない)」
『存在する』だけで『誰かが死ぬ』

そんな毒性を『耐性を持って無効化する存在』
そんな毒性すら『包み込んで無害化する存在』

『猫鬼』からしたら
安らかに成仏できる極楽でしょ?

『毒素』があるのに毒素をものともしない
『病気』はあっても『死も苦しみも無い』
その世界では『病気=猫鬼という役目』は消える

そういう捉え方も『変性意識』だからできる
植え付けられた『情報の思い込み』をしない

それはそれとして『別の見方も加味(一理)』として寛容にほっとけ(仏)と受け止めるような

この『マオという作品』には
なんだろう…まだ『一話』しか見てないけど

『病気(猫鬼)は克服』できる
君は『一人(蠱毒な孤独)』では無い
病は『気から=そう思うからそうなる』

が、気が『そうなる過程』という気持ちが『変わる=逢魔時(変性意識)』がある

ここに『化け物』も『妖』も『陰陽師』も『薬師』もいる
『人の間外の存在(役目)』がいる

…と、想定していたのだが…

『公開されてる全話』を見て、結構『予想』と違った(笑)むしろ違う事で『間違いは間違いだ』と恥=心に耳を傾けてを知り『正解』に導かれた

この『MAO』という作品を観た私が途中で『別の空間に意識』が飛んでいた

泰山府君という道教と不老不死

道教の不老不死が時の中国の皇帝の一人
『成化帝を狂わせた』という歴史がある

成化

成『仏』の真逆の不老不死を求めた成『化』帝

私がこれに気づいたきっかけは
『成仏』と『成化』って『文字似てる』よな?だった

成仏(欲の執着を手放し解脱)
成化=生(不老不死)に執着して化け物に成る

権力の向かう所、『不老不死の生への渇望』…は『本人』ではなく…だいたい、『男に貢がせる女預言者、占い師』という『色気で惑わす存在』

成化帝の『背後』にもそれはいた

『九尾の狐』と呼ばれたり
『七股の猫』と呼ばれたり

動物に例えれば『エキノコックス(狐)』に『トキソプラズマ(猫)』

トキソプラズマが『人の恐怖心』を取り除き、『命知らず』にするならば、エキノコックスは『人を魅了し誘惑に弱く』するのだろうか、そしてそれが日本に渡り、『安倍晴明で陰陽師』だが…この流れでさらに意識は飛ぶ

安倍晴明と蘆屋道満とカタカムナと真砂と真魚=空海⁉︎

これは『カタカムナの伝来』に通じるだけでなく、そのキャラクターの『因果の名前』である

主人公の陰陽師『MAO』だけではわからなかったが、兄弟子ならぬ姉弟子で『水の陰陽術』の使い手の名前が

『真砂(まさご)』と聞いた時点で…

!!!!!

東北は岩手の『大滝沢神社の滝に身投げしたという安倍真砂姫』という『法華経の伝道師』、身投げと共に『光となって飛んでいった』という伝承

安倍原典 アヴェスター 三蔵法師はマリアかな??

岩手神社巡りとお盆旅の備忘録総まとめ

あの真砂か‼︎
私が『夢で見た水の女神』か‼︎

交通事故にあってくれません?と言われる夢

高橋留美子の『人魚の肉(不老不死)』のベースも新潟の『佐渡島の伝承』だから、『東北の伝承がインスピレーションの元』でもおかしくは無い

!!!!!

ここでさらに気づく

そうか、MAOは…作中では『真緒』と呼ばれるが、空海の幼名は『真魚』だ!

カタカムナ58首 梵字と空海

つまり、見た目そのまま今の900年後の生き様は『後の空海』をメタファーとして示している

つまり、この作品の『主人公は空海』だ

となると、陰陽師になる前の『道教』
陰陽道には『活殺』があり、『殺しが呪』

そして、「真緒を生贄に奪い合え」と『呪を継承』していたのが『安倍晴明(の化物の系譜)』ならば…

そうか!『蘆屋道満』が陰陽師に『意図的に嫌われる立場』になったというのも、蘆屋道満が『陰陽術の全てを受け継いだ呪いの生贄』か…

アシヤドウマン

人相と憑依と陰陽師とカタカムナ(番外編)

え?おや?そうなるとつまり?

蘆屋道満(陰陽師の呪いの生贄)=真緒(真魚)=空海という設定(相似)か

確かに900年間生きた(不老長寿)という設定は、その間に『どんな修業』をしたのか過去シーンが描かれていない

再開した兄弟子達も、当時の真緒は『大した陰陽術も使えなかった』と言っていた事から、単純に『猫鬼の呪いで強くなった』だけではなく

おそらく『世界中を旅』して『様々なマスター達の修行をした』というエピソードが出てきてもおかしくは無い

そして不老不死の『呪い』が『泰山府君=道教』へ
その不老不死の『霊薬が蠱毒(最強の毒の克服)』なら…

『孤独な蠱毒の壷(周りに影響しない封印)を護る孤高』こそが『不老不死たる因果』か…

ここでいきなり、俯瞰の現代的…というかぶっ飛んだ何もない空間に意識が飛ぶ

『量子空間』における『観測固定』

他者から「あなたは◯◯である」と認知共有され、『その観測を気』にする限り『変化の足枷』になる

〜でなければならない
〜にならないとおかしい
〜であるのが常識だ

という『空間が蠱毒の壺(皆)』なら、それらを『全ての欲』を喰らい尽くし『無に消滅』させ『孤高になって出る』しか、その『他者からの量子空間への干渉(次から次の敵が送り込まれる環境)』から離れる術はない

つまり、『孤独な病気(猫鬼)』は『蠱毒(皆)』から生まれる

それは『一切皆苦』

…ほう、なるほど

欲に囚われた『皆(蠱毒の争いの中)は不老不死を薬』と言うが、その『皆(蠱毒)から生き延び孤高』になって達観したものは「不老不死は病気だ」と言う

『不死の病』は『不死を求める気の病』だと

これは3×3eyesという作品の中で、三つ目の古代の末裔が「人間になりたい」と旅する時、不老不死の守護者(ウー)は元々人間だったのが、闘うための『ゾンビ(不死という病気)になる』という構造とも一致する

フリー画像素材サイトがなんか怖いから始まる3×3EYESへの導き

この作品もチベット仏教や密教、念仏、生死を超えた別世界を行き来するテーマの作品として人には理解されない存在=孤独な化け物とそれを支える守護者の物語(おすすめ)

護るために不死というメリットを利用してあらゆる術や技を過酷な文字通り命を落とすを繰り返す修業して、死を恐れない精神を身に着ける過程で、元人間が化け物になっていくというパラドックスも哲学的だ

そして、不死を殺す方法は、その孤独な化け物を殺す=蠱毒の壷を奪われると、不死は死ぬように、MAOの作中でも生き延びる糧が蠱毒の壷だった

そして孤独で孤高な不死者は『お気に入りの式神(人形)』を連れている

これって現代のテクノロジーで言えば『神人とロボット(人形)』もしくは『紙人(式神)
遺伝子組み換え、ゲノムで『命をデザイン』する不老不死を助ける『都合のいいAI』と変わらない

…いや、その『主人と主従』の関係も
かつて『脳オルガノイドの夢』で見てきたから

脳オルガノイド 公人僕(きみとぼく)のシンギュラリティの夢

虚しいよ?気持ちは『虚空の彼方』

式神に『望まぬ復活』をさせられた時、誰も自分を知ってる知り合いもいない世界は…

あぁ、そうか…だからMAOは『式神を助手』に人間の中に溶け込んでる『悪意がない妖の治療』をして『薬師の先生』として…『人の心』が『孤独(蠱毒)に耐えられなかった』という事か…

…うん?って事は…

泰山府君、道教…カタカムナ
陰陽五行で消えた…のは『風』だ!

陰陽五行の嘘 風に混ぜた邪な金

陰陽を恩妙で読み解く ――風と金、狸と名の物語 

やはり『陰陽道には生贄』があった
『風が呪いを祓う役目』と過程した時

『風』を殺せば『流れが停滞』し『呪い(ノロい=停滞=蠱毒)』は完成する

その『完成した蠱毒のツボ』にまた『新たな風(犠牲)を追加』していく。それが『呪いの継承スタイル』なのだとしたら、この生贄の『風の部分がカタカムナ』なのかもしれない

カタカムナは『癒し』であり『呪の真逆』にある

うーむ、このMAOは先が気になるな
というか、この『蠱毒生贄システム』自体が

例えば道教に対して『老子が生贄』
そもそも『タオ=道』と『その教え』では

『宗(知恵の示し)』と『教(知識の学び)』は別物だ
教は『宗を食い物』にして生きながらえる

食い飽きたら『別の食い物』を探す
『欲望に忠実な者』ほど『知的好奇心で食い荒らす』

「あらゆる知識や学問を吸収したい」という欲望はまさに「皆を食ってやる」という『蠱毒』でもある

釈迦の『正法を失った末法』
老子の『道を失った道教』
『宗』を失った『教え』

失われた『人、物、事』が『蠱毒を完成させるための生贄』と捉えると

廃仏毀釈は『仏鬼釈迦』が生贄だった
神仏分離は『真の神』か『仏』が廃された

なるほど、般若心経で『最大の呪、最高の咒』と言う訳だ

独覚法華経で読む 般若心經(阿呆陀羅經)

『風を起こす者=流=龍』がいなければ全ては『停滞』してしまう

これを『蠱毒の壺の生き残り方』で考えた時、『二つの生き残り方』があると気づいた

『息』を潜める=『自らを支える心=存在』を消す
『観測』されなければ『攻撃』されない

これは『結界による守護』も一つ
蠱毒の中でも『見つからない加護』が有れば
『争いをやり過ごす事』ができる知らぬが仏

これを『隠れ蓑にして攻撃』の為に使えば
『同じ穴の狢』ならぬ同じ『蠱毒の虫』

『闇に隠れて闇撃ちという処世術』を得る

これが『呪い(毒)の真の姿』

一方で、ここはもう『終わった世界』だからと、『気締め』をつけて『肉体から離れて解脱』する。『生きるという執着』から離れ『死方の方=逢魔時、妖、化け物』の方に進む

ここで『取り憑く』とか『一矢報いる』など『攻撃への執着』に向くとやはり『呪』になり、『化け物(式神)』としてそれは『使役の手段』になる

この『死方=化け物の方』に向かっても、恨みを晴そうという『敵対意識』が無ければ『風となって去る』のみ

『気』が抜けた蠱毒の壺の中は餌がないので『争う空気』が無くなり、息苦しくて『勝手に息を引き取る』(皆は苦しむ)

そっから離れた『風は自由』になる

これまた呪いの喧騒の『泥水の中』から『それを養分』として伸びて成長して花開く、法華経、『妙法蓮華の真言の完成』

その『至る為に密度(熟成)』が必要で、そのやり方は『秘密の教え=密教』

ははは、なるほど
高橋留美子のMAOは『密教ルーツ』を追う話か
道理で『謎の導き(空海)』が反応する訳だ

わざわざ修行場に行ったりと空海とも『多生の縁』があるのかもしれん(171の記事で空海がでてくる)

しかし、まだ現役かよ!高橋留美子は化け物だ(笑)
これは今後、シーズン2で何が出てくるか、続きが気になるね

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