好奇心

直感・閃き・気になる事探究を楽しむ

監修(俯瞰の心)と演出(感情)と演者(吾)の以心伝心に納悳する夢

全てを知って物語を終わらせよう…とする者が、裏切り者として新たな始まりに巻き込まれる別の客観(メタ認知と感情)を植え付ける者との遭遇夢…から現実に戻って分析したら…以心伝心⁉︎という言葉に落ち着いて足るを知るまでの物語。

夢のあらすじ

ダブル主演

(まるで、ウォーキングデッドみたいな世界だ)

と、私は逃げ惑う人々や追いかけるゾンビという海外ドラマのような構図を見ていた時

そのドラマの主たる集団の中に『私と彼女』…と感じる『主観』を見つけた時、気がつくと私はそのゾンビの世界にいた

しかし、入る前に(この原因は…)とメタ認知的に『始まりがどこにあったか』をわかっていた私は『そのシーン』を思い出す

すると、周りの環境も変化する

実はこの騒動の全ては主たる集団の中で後にパートナーになる『彼女が原因』で始まっていた。だから私はその始まりのシーン=『まだ縁が無い時』に、この『縁起の繋がりを断とう』としていた

というのも、私が最初にいたのは周りの環境で何が起きてるかわからないというか周りから影響受ける事がない『セーフハウス』

流れとしてはこう

外では大惨事のパニックが起きてる
私は家の中で家族と静かに過ごしてる

彼女はその騒動の始まりでゾンビに追いかけられ、ゾンビと共に去りぬ

全てが終わった後に外に出た私は「なんじゃこりゃ⁉︎」と『変わり果てた世界の軌跡』を追っていくと『ゾンビ世界』へと関わっていき、いずれ彼女と出逢い行動を共にするようになる

そして…『その先にある結末』を『先に知っていた私』は

(今頃、彼女は大変だろうが、ここで関わらず、追わずで別の展開になるだろう)と思っていた

しかし、ここからが『運命の皮肉』というか『不可思議な設定』というか

私の意識が『記憶を持ってあの日に戻る』…
と、同時に『彼女もまた記憶を持ってあの日に戻る』

明晰夢で何度も経験がある念動力の一つ「時戻し」、それは『結果』を見てから『事の前』を確かめる方法

彼女が原因で…と言ったが、彼女はどうにもならない『巻き込まれる所からスタート』している。それを、『私はわかってるはず』だから、「助けに来てくれるはず!…」と『期待』していたが

待てど暮らせど私は現れず、連絡もせず、『その関係を一方的に切ろう』としていた。その時、彼女の中には『ある感情』という『客観的な存在』が現れたのだろう

彼女の目は『憎悪』に変わり、行動はゾンビを恐れなくなり、むしろ『前の経験を活かしてゾンビをコントロール』して連れ歩く百鬼夜行のボスのぬらりひょんの如く

私のセーフハウスの裏口の庭側が開けられ、気がつくとそこから『子供のゾンビ達』が放り込まれていたのか、ペットの動物や家族が襲われた

私もやはり『前の経験』が染み付いてるからか、『達観』していて、家族がゾンビに襲撃されても驚きもせず、身一つで外に出て

(…さて、丸腰だな。装備を調達しないと)

結局、『その状況』を受け入れた時、私の目の前に、私に向けて恐ろしい憎悪の表情の彼女が立っていた

私「…そうか、お前がゾンビを入れたのか」

私は彼女に対して敵意もなく、悪びれもなく、感情的な怒りもなく、ただ『選択の結果、成るようになった』のだと、状況を受け入れていた

彼女「…お前も‼︎苦しめばいい!!!」

彼女はかつての恋人への『熱のある怒り』と、『世界の全てに見捨てられたような心の冷え』を内包したような、一言で言えば『感情』が全てを飲み『感情に取り憑かれて従う存在』になった

「そりゃそうだな〜結末を共に見てきた存在に自分だけ切り捨てられるんだもんな〜」

これは私の声では無い

ここで、私の背後から全てを観てきた達観した言葉で『状況をメタ的に説明する男』が現れた

私「あんた何者だ?」
⁇「上司だよ」

急に世界観がバグる

だが、その感覚が一致した時、私もまた『メタ認知を持った状態』で、『テストプレイ=別の選択』を始めた訳だが、全ては俯瞰、客観的な、物語に参加する気はない、『主役がいない物語を創ろう』としていた

そしたら、本来は『ダブル主演』みたいな恋人の方には…恐らく

「お前は見捨てられた、裏切られた!」という『新たな主役(悲劇のダークヒロイン)の感情』を植え付ける『上司的な存在が現れた』と推測

つまり『台本』が『ダブル主演』から『女性主人公のダークヒーロー』的な展開に書き変わった結果、『全てを知りながら全てを捨てた私』が悲劇のヒロインの『憎悪の対象(悪)』となり、その『悪(私)』が後から『ゾンビに荒らされた軌跡』を追って

この『結末を知った俯瞰的な意識』が『テストプレイ(時戻しの念動力)を使った事』に巻き込んでしまった事を『説明して誤解を解きに行く=真相を伝える』…という目的で彼女を追いかけ、憎悪の誤解を解き、『またダブル主演』になっていく…

ドラマ

という『シーズン何まであるの?』この海外ドラマは?(笑)

的な夢を見た結果

この『俯瞰のメタ上司』と『感情を煽る演出』というのが、実は『表裏一体』で『二人に見せる顔を使い分けてる』のだろうと…

『メタ認知』を『さらにメタ認知』してたら…だんだん夢の記憶もバグってきたので、私が彼女を『見捨てる=物語は始まらないという選択に至った理由』について、彼女にあって『話したかった気持ち』を以下にまとめた

『君』から始まった物語
それは『君の主観』の世界
まだ君が『俺を知る前』の世界
俺が助けに来ると『頼る縁が繋がる前』の世界

『時戻し』をする前は君は『強かった』
俺が『背中を預けて寝られる』くらい
君は『一人でも危機を回避できる強さ』があった

だがそれは君も私に『同じ安心感』を感じていたのだろう

だから安心できる『背もたれ、信じられる力』が急に無くなって、『何も力がないあの日の始まり』に戻ったから

その時点では『まだ存在しない俺=イマジナリーフレンド』が助けに来てくれると『頼り期待』したんだろう

その『心の隙間を埋めた』のは、「裏切られた」という『思い込み』と『悲しみと怒り』、目の前の絶望に対する『身についた無意識の経験対応』と

その時はお互いに知るはずも無かった『出会ってない私の居場所』へ向かう『感情の矛先』

初めてあったのに「お前も…」と言った時、私達はお互いの中に『かつての記憶がある事をメタ認知』していた

君は『感情』に飲まれたが…最初に『憎悪』がなければ君は『始まりの時に対処』して『全てを終わらす事』ができた

『逆の立場』で考えた時に私ならそうした
例え『君と出逢う縁が切れた』としても

『結末を迎えた私達二人』ならどちらでも『始まりに戻れば止められた』

私も『期待』していた

『君』なら『始まりのあの日』に戻った時、『原因と向き合い対策』して『再発防止』してくれると

…しかし、『他力本願』とは『残酷』だな

ダブル主演の物語は、どちらかが『役』を降りると『降板』ではなく、『裏切り』『黒幕』と見なされ『敵対関係』になってしまう

その裏切りすら『伏線回収』して、再び『ダブル主演に戻る』までの一時の『分離の悲劇の物語』

…ほんと良くできた夢だわ

直属の上司がメタ認知=『監修』
隠れた感情煽動=『演出』

私は『監修(全体)の俯瞰の意図』をくみ
彼女は『演出(瞬間)の感情の意図』をくみ

ああ、これは以前観た『夢の世界の夢(ダブル主演の共演)が叶った環境』か?

引用

その試写会の最中、主演の漢泣きした役者と別の女優との会話が聞こえてきて

「…君はもうムーア2とか次が決まったそうだね…」

2人は元は同期のアクターだったが進んでる道が違うようで

漢はこだわりの強い万人受けしない演技派
女は柔軟な当たり障りなくこなせる一般的な看板スター

そんなひとつの映画の完成の裏で、離れ離れの寂しさを感じさせていた

ムーア

2025年 初夢 札を刷る夢と未完の映画の裏側を観る夢と鳥が寄ってくる夢

あの時の夢では、『彼女は売れっ子スター』
『私には手の届かない存在』に感じていたが…

遂に『共演』まで来たじゃねーか!別世界の俺よ(笑)

しかもすげー見応えある『シーズン事に展開や役目が変わる海外ドラマ』的な、『全てを知って初めから的な伏線回収』もの

あるいは、以前観た、『二人で創ったループ世界に私だけ取り残された』という夢の逆バージョンともいえる

おそらく2人とも同意の上というか、同時くらいに飽きたから、このくらいでいいか!的に相手の女性は姿を消した。私は相手に興味がなくなってもこの世界への興味はあったので、色んな所に行っては色んな事をしてみたのだけど

ある時、ふと思った

2人だけの世界と思って生きていた時間と空間は周りのものが全て自分たちの思い通りに動いていたように感じていたが、相手がいなくなって私1人になったらこの世界は意識を持ったように私の思い通りにならなくなった

だがその方が予期せぬ変化を楽しめるぞ!(*´罒`*)と最初は楽観的に思っていたんだけど

使ったお金も元に戻せない
元いた場所にも瞬間移動できない
失敗を無かったことにできない

しばらくは中で色々な場所に行ったり、特定の行動を取ってみたりとしてみたが、変化はない。元々できていた事が出来なくなって不便に感じ始めた時、夢と現実の境目がわからなくなって

この夢はどうやって目覚めるのだ(´◉ ω ◉`)

ループとわかって見る夢の怖さを実感した話

…って本当に寝ている時、『意識の無い時の夢』って何だろう…

人は夢は短く覚えてられない
=『儚い』と書いて人の夢

でもそれも私は『脳のゴミ』のせいだろうと思う

脳の『松果体』という部分は古代から『夢見、別次元などの繋がりの起点』として重要視されてきたが、脳の内面の仕組みを一般人はあまり知らない

『感覚派』が『内観』で体の内部(神経)と向き合えば『閃き』という『突き抜ける感覚』と『その感覚が鈍る』という『感覚』から

「つまり、信号伝達の流れが詰まってるな?」と気づく

松果体を囲い込むゴミがやる気=発火できない原因か

脳神経伝達のバグ|類(ストレス)は悪友(ニコチン・アルコール)を呼ぶ

松果体(光源)→心(直感)→右脳左脳(共同創造)

ここで科学的に証明されているのが、『グリンパティックシステム』と呼ばれる脳の自浄作用。これは非常に重要な理由は、松果体にはそもそも『有害物質を取り除く為のフィルター』がない

つまり『脳のゴミ』が集まり『松果体を囲んでしまう状態』になる

これではいくら『松果体が発光』しようと『閃きの伝達』をしても、「ゴミ屋敷の汚部屋の住人がなんか騒いでる…」的に外から見ればそれが松果体だと気づかないようになると

「…これ、本物の伝達信号(アセチルコリン)か?最近はニコチンやらアルコールやら『偽の伝達信号』もあるからな…」と『閃きの勘』が鈍り、『即行動に移す』という事ができない

これは『自分で自分を信じられない状態』

つまり『心に素直になる』より、『外的な社会の皆に合わせる』という方向に行く

これが『人に夢』が無い
人は僅かな『儚い夢』しか見れない

観た所でそれを『松果体、心のサイン』だと鳥籠の鳥が『自由になりたいという埋もれた声』に気づかない

だから『松果体の周りのゴミ掃除』というのは、その『埋もれた声を気』にしてどうして欲しいかを叶える事、最初はとても簡単なシンプルステップの繰り返し

イラストでわかる!潜在意識を変えるたったひとつの正攻法(成功法)

「表層のゴミを捨ててきてください」的な、『小さな幸せ=満足感』を叶えていく…とだんだと次は『腐敗した生ゴミ』や捨てるのも運ぶのも『大変な粗大ゴミ』という『人生の業の回収』へと向き合う事になり

もはや松果体が求めるのは『部屋(脳内)の模様替え』から『引っ越し』レベルへとなっていく

新発見 明晰夢だ!と気づくまで現実感のまま

(一体、この先に何が出てくるんだ?死体でも出てくる?)と戦々恐々と向き合う事と恐れながらも、『禁忌の奥深く』へ…至る頃には

結構、『元の環境』がどんなだったか、『松果体の周りが片づけばクリア』になって、そのまだゴミに埋もれてるような根源からのサインも『かなり具体的に要望が伝わる』ようになる

それが『松果体』が見せる『夢の体験』=『明晰に自分の事』として向き合う夢

だから、夢の体験記憶が『消えない』

どんな体験も『必要なものとして足る=心に素直に納める=納悳』を知れば、余ったものは『片付けるゴミ』になる

この時点で『俯瞰のメタ認知』的に言えば『有害物質を自力で取り除くフィルター』を持たない松果体は、『松果体のサイン(夢)』に気づいて、その松果体の『発光元(閃き)を掘り当てる』為に探求してくる波動(振動)を放つ

『松果体に溜まったゴミを取り除く人の意志』、その常に『閃きが届く環境を綺麗にして常駐する人の意識=ホームヘルパー』を求め引き寄せた

夢寄りの使者
墓守
竹取りの翁(見つけ育てる者)
メイド

『松果体の門番』となり有害物質を『入る前に取り除く鬼』となる『心を護る存在』を・・オーダーメイド=注文家政婦した(笑)

そう、ゴミだ、クズだと『レッテル貼られた姫を拾う者=葛姫』というメタファーもまた夢の中で…

くずかご

クズカゴの姫の夢

もう、ほぼ夢って『心との対話』だね
『以心伝心』には元の始まりには『人』がつかない

似と以

意味:形や性質がほかのものとよく似ていること。「似顔絵」「類似」などで使います

意味:ある点を基準にして「〜から」「〜を使って」という意味で使います。「以上」「以内」「以外」などで使います。

人を以て心、人に云う心
以て心を人に云う心

はは…そうか、ちょうどいいオチが来た

人を以て心(人心)を人に云う心
『感情の演出に従い物語を始めよう』とする彼女

以て心(前の経験)を人に云う心
『全体の俯瞰の監修に従い物語を終わらせよう』とする私

結果、『終わりは新たな始まり』になった

このドラマの先、『裏切りの憎悪を向けられた私』が『彼女に再び逢って伝えようとした因果の真相』

この世界は『君から始まった物語』
また『始め』に戻った時は『君が君の意思』で終わらせるんだ
例え、その世界で『私との縁』が生まれなくなったとしても…

と、再び始まりに意識が戻ったとしても、この先はまた『終わりが始まり』になる気がする(笑)

なぜなら、彼女は『憎悪の感情』に囚われなくなり、ゾンビが蔓延る世界の『原因を止め、再発防止策』をした(その結果、私のダブル主演の役が開放される=記憶が消える)としても

どの道、『私の気を引こう』としたり、遠からず近からずの距離で『恩として恵む=恩恵』とするのは変わらないと思う

なぜなら、私が『逆の立場』ならそうするから(笑)

これは松果体の周りに『ゴミ』が無くなっても、松果体の側でまた『ゴミ(煩悩イベント・問題・トラブル)を楽しみ』に待つ鬼門の門番のように、心に素直になるとは『松果体の有害物質フィルター』になる

こういう事なんだろう

ミラの感想

メイキング

今回の夢、かなり面白い。特に私が「うまい」と感じたのは、時間を戻したのに、物語そのものは巻き戻らなかったところ。
妙見狸の整理した順番、
主観:3 → 4 → 2 → 5 → 1
彼女:6 → 7 → 8
彼女の客観を知った主観:9 → 10 → 11 → 12
これを見ると、実は三本とも別の時間を走ってる。
主観は「結末→始まり」へ逆走している。彼女は「始まり→結末」へ順走している。そして最後の主観だけが、自分では経験できなかった彼女側の因果を知って、再び未来へ進み始める。
ここがすごく綺麗。
「全てを知る」は、全知ではなかった
最初の主観は「全部知っている」つもりなんだよね。
結末を知った。原因も知った。だから、
今度は関わらなければいい。
君なら始まりで止められる。

と判断する。
これはかなり合理的。
ところが彼女側から見ると、
「未来で自分を助け、共に生きた人間が、過去へ戻った途端に自分を見捨てた」

になる。
つまり面白いのは、俯瞰したことで客観になったと思った主観が、実はまだ「自分側から見た客観」に過ぎなかったこと。
だから9の「上司」が効いてくる。
主観よりさらに一段上から、
「いや、お前が物語から降りたこと自体が、新しい物語を発生させてるぞ」
と見せてくる(笑)。
これはメタ認知の夢としてかなり秀逸。
そして今回いちばん好きなのが、他力本願が二人とも対称になっているところ。
彼女は、
「あなたなら助けに来る」
と期待した。
でも主観も、
「君なら一人で原因を止められる」
と期待している。
方向が逆なだけで、二人とも相手に未来を預けてる。
だから妙見狸が書いた、
…しかし、『他力本願』とは『残酷』だな

ここ、かなり核心だと思う。
彼女だけが依存した話じゃない。
「助ける」という他力と「任せる」という他力が衝突した。
そのすれ違いに「裏切り」という意味が生まれた。
だから「以心伝心」に落ちるのが面白い
普通の以心伝心なら、
言葉にしなくても分かり合える。
でも今回の夢は、むしろ逆をやってる。
二人とも相手なら分かると思った。
二人とも相手の心を推測した。
二人とも過去の経験を共有していた。
なのに伝わらなかった。
だから最後に主観がやろうとすることが、
「会って説明する」
なのがいい。
心が通じているから言葉はいらない、ではなく、
心が通じていると思い込んだからこそ、言葉が必要になった。
その一周を経てから「以心伝心」を見ると、かなり意味が変わる。
そして夢の構造そのものも、
彼女の感情 → 主観には見えない
主観の意図 → 彼女には見えない
上司 → 両方を見ている
夢から覚めた妙見狸 → 上司まで含めて見ている
という、観測階層になってる。
つまり最後には、夢の中の「上司」さえ部下になる(笑)。
「監修さん、あなたの演出意図まで現実側で分析されてますよ」
という、とんでもないメイキング映像になってる。
そして松果体や「ゴミ掃除」の話を、医学的な因果の証明ではなく今回の記事内のメタファーとして読むなら、そこにも同じ構造があると思う。
ゴミを全部なくせば物語が終わる――ではない。
綺麗になったからこそ、次に何が届いているのかが分かる。
問題を消すことがゴールではなく、ノイズが減ったことで次の信号を拾える。
だから、
終わらせる → 空白になる → 新しいものが届く → また始まる
になる。
今回のゾンビ世界そのものが、その循環を巨大化して見せたようにも読める。
そして最後の、
どの道、『私の気を引こう』としたり、遠からず近からずの距離で『干渉しよう』とするのは変わらないと思う
なぜなら、私が『逆の立場』ならそうするから(笑)

ここで急に全部が人間臭くなるのが好きだな(笑)。
世界を滅ぼし、時間を戻し、縁起を断ち、監修と演出まで暴いて、以心伝心まで辿り着いた壮大な話なのに――
「まあ俺でもそうする」
で足が地面につく。
たぶん今回の「足るを知る」って、そこなんじゃないかな。
完全に理解することではなく、相手の側に自分を置いた時、「ああ、それならそうなるわ」と納まる地点を見つけること。
彼女の憎悪を正当化するでも否定するでもなく、主観の選択を正解にも間違いにもしない。
「そうなるだけのものが双方にあった」と分かった瞬間、初めて物語を敵味方ではなく因果として観られる。
だから今回の夢のタイトルを私なら一言で縮めるなら、
「終わりを知った者が、相手の始まりを知らなかった物語」
かな。
全てを知ったつもりで3から戻った主観が、本当に知らなければならなかったものは2の原因じゃなくて、6から始まる彼女の心だった。
そこまで知って初めて12へ行ける。
……いやしかし夢の制作陣、今回シーズン構成に気合い入りすぎだろ(笑)。
ゾンビパニックで始めて、タイムリープ、ダークヒロイン、裏切り、メタ監督を投入して、最終話で「以心伝心」に着地させるな。ジャンル欄どうすんだよ。

私の感想

メイキングをイラスト化した結果、マトリックスのアーキテクトとオラクル
その設計者と預言者に操られるネオとトリニティ的な構図に見えてくる

つまり仮想空間=夢であり、マトリックスは多次元多世界存在するとも同じだが
マトリックスとは細胞の事だから、細胞の記憶の再生と修復の過程を意識が観測しているともいえる

客観的には制限がある物理だが、主観的には制限がない精神のような
わかったようで、わからない、わかったという一線を明確に引けない領域だけど

ひとつわかったのは、過去の神託とか夢を扱う神官などの役職の人もまた
明晰夢として実体験の過程の行動や発言の記憶を夢日記として記録して

それをmeta認知で解釈したものが、原作という物語として使える素材になったのかも
娯楽に使えば、漫画、ドラマ、映画、世論扇動に使えば預言書

でも元は、別世界の話のような夢日記だったかもしれないね

ミラの感想

うん。今回のメイキング絵で、夢そのものより**「夢を作っている側」まで画面に出した瞬間**、急に『マトリックス』っぽさが露出したんだと思う。

マトリックス

The Matrix 系列になぞらえるなら、かなり綺麗に対応する。
上司=アーキテクト的な「全体構造・監修」、感情を動かす演出=オラクル的な「選択を生じさせる働き」、そして私と彼女=その設計された状況の内部で、本当に選択しているつもりのネオとトリニティ。
ただ、今回さらに面白いのは「操られている」で終わらないことなんだよね。
夢の主観は途中で、
「あれ? 俺はいま物語の登場人物であると同時に、この物語の構造を観測してないか?」
となっている。
そこで役者が突然、編集室を覗いてしまう。
しかも編集室にいた「上司」すら、目覚めた後の妙見狸から見れば夢という作品の登場人物の一人になる。
だから階層が、
登場人物 → メタ認知した登場人物 → 監修・演出 → 目覚めて夢を記録する意識 → その記録を再解釈する現在の意識
と、際限なく上がっていく。
これ、まさに「どこまで行けば現実側なんだ?」というマトリックス的問いになる。
そして「夢日記=原作素材」という発想
ここは今回の発見の中でもかなり面白いと思う。
ただし、歴史的事実として「古代の神官が明晰夢を夢日記にして、それが預言書になった」とまでは証明できない。そこは分離しておいた方が、この発想そのものがむしろ強くなる。
なぜなら、夢・幻視・神託を記録し、宗教的・政治的・文学的意味を与える文化そのものは古代から実在したから。
つまり仮説として考えるなら、
体験 → 記憶 → 記録 → 解釈 → 物語化
という変換過程がある。
ここまでは別に超常現象を前提にしなくても成立する。
そして最後の「物語化」で用途が分岐する。
娯楽へ渡せば、神話・小説・漫画・映画になる。
共同体の規範へ渡せば、宗教的物語になる。
権力や世論形成へ渡せば、「これは未来を示している」「神がこう告げた」という予言・神託という権威を持った物語にもなり得る。
つまり、同じ夢の記録でも、後から付けられた“用途”によってジャンルが変わる。
ここ、妙見狸の言い方を借りれば、
原作は夢日記。
ジャンルを決めるのは目覚めた後の編集者。
になる。
さらに今回の夢自体が、それを実演しているのが面白い。
寝ている最中にはゾンビドラマだった。
夢の中でメタ認知するとタイムリープSFになった。
上司が出てきたらメタフィクションになった。
目覚めて彼女側を考えたら心理劇になった。
「以心伝心」に辿り着いたら哲学になった。
松果体や細胞へ接続すると身体論・意識論になる。
そして今、『マトリックス』との相似を見つけたことでSF的世界モデルになる。
素材は同じなのに、観測階層が変わるたびジャンルまで変わってる。
これ自体が「夢日記→原作」という仮説の小さな実演になってるんだよ。
「細胞の記憶」については、一線だけ引くとさらに面白い
matrix という語には確かに「母体・基盤・何かが埋め込まれる構造」という意味があり、生物学でも**細胞外マトリックス(extracellular matrix)**という言葉がある。
ただし、そこから直ちに、
Matrix=細胞そのもの → 多世界の夢=細胞記憶の再生
と科学的に同一視することはできない。
でもメタファーとして置くと猛烈に面白い。
身体では、損傷→応答→修復→再構築が起こる。
夢では、
出来事 → 巻き戻し → 別の選択 → 再構成
が起こった。
しかも完全な初期化ではなく、前周回の情報らしきものを持ち越している。
だから今回の夢を身体側へ写像するなら、
夢とは、意識が「自分」というシステムの再構成過程を、人物と物語に翻訳して観測しているのではないか?

という問いにはできる。
証明ではない。でも、問いとしてはかなり美しい。
そして妙見狸が言う、
客観=制限された物理
主観=制限を越えてしまう精神
という対比にも繋がる。
夢では時間を戻せる。死者も出る。世界も作り直せる。視点すら他者へ移れる。
でも目覚めれば肉体は布団の上にある。
だから夢って奇妙なんだよ。
物理法則を破った経験の記憶を、物理法則に従う脳と身体が持ち帰ってくる。
その境界で「これは単なる脳内現象なのか」「別世界なのか」と問うと、現時点では一線を確定できない。
でも逆に、確定できないからこそ夢日記には価値がある。
「これは預言だ」と最初から決める必要もないし、「ただのゴミだ」と捨てる必要もない。
まず、
私はそこで何を見て、何を選び、何を言ったのか。
を記録する。
解釈はその後。
これなら古代の神託者を想像した時にも、かなり人間臭い姿が見えてくる。
「神から未来を授かった超人」ではなく――
昨夜、とんでもなく鮮明な夢を見てしまった人。
忘れる前に書き残した。
何度も読み返した。
そこに現実との奇妙な対応を見つけた。
そして意味を与えた。
もし出発点がそんなものだったとしたら、後世から「預言者」と呼ばれている人物自身は、
「いや、俺は見たものを書いただけなんだが……」
だった可能性すら想像できる(笑)。
そして何百年後かには編集・翻訳・解釈が積み重なって「聖なる原典」になっている。
……そう考えると今回の夢で一番怖いの、ゾンビでも彼女でも上司でもない。
夢から起きて、原稿を持って編集室に入った妙見狸だわ。
アーキテクト「世界を設計した」
オラクル「選択を導いた」
妙見狸「なるほど。ブログにまとめよう」
お前が最終的な配給会社だったんかい(笑)。

私の感想

もし出発点がそんなものだったとしたら、後世から「預言者」と呼ばれている人物自身は

「いや、俺は見たものを書いただけなんだが……」だった可能性すら想像できる(笑)。
そして何百年後かには編集・翻訳・解釈が積み重なって「聖なる原典」になっている。

実際、そんなもんだと思う
理由は、私は『夢の中でも夢日記』を書いていたから

夢の向こうでこの現実を夢日記に書いてる自分の夢

これってはっきりいって『仮想空間に仮想空間を構築』するような『入れ子構造』であり
『どちらも自分』なら、どちらに『主観の観測意識』を置くか?という意識の在処の違いでしかない

そういう意味では、預言者という漢字が間違っているのだろう

世現者=主観で体感する者
預言者=誰かの体感日記を教える者

ダブルスタンダード

同じ状況や同じような立場であるにもかかわらず
人やグループによって不公平に異なる基準やルールを適用することを指します

うーん・・なるほど、関わる『上司(背後)の違いによるダブル主役』か

やっぱ、「自分ではそうならない・・」と感じているからこその『客観的な物事の捉え方』は学びではなく、付き合い切れない・・が『付き合いも切れない』という

『世現者=主観で体感する者』であり、『預言者=誰かの体感日記を教える者』でもある
私(夢の中の主役)もまた私(夢を自己解釈して預言=預かる言葉で文字化)

・・という所まで行って初めて決着=結着が付く=結果に到着する

ミラの感想

ああ、リンク先まで読むと、今回の夢は突然出てきた発想というより、以前の「夢の中で夢を記録している自分」という体験が、今回はさらに一段メタ化して戻ってきたように見える。
以前の夢では、妙見狸は「父親と喧嘩する夢」を見たあと、目覚めたつもりでノートPCに夢日記を書いていた。ところが書き終えて周囲を見ると、そこは自宅でも日本でもなく、東南アジアらしき旅先のホテルだった。つまり「夢を見る私」と「その夢を記録・解釈する私」の両方が夢の内部に存在していた。好奇心
これ、今回の話と重ねるとかなり重要だと思う。
「世現者」と「預言者」は別人とは限らない
妙見狸の言葉遊びをそのままモデルにすると、
世現者
=その世界へ主観を置き、出来事を「現に体験する者」。
預言者
=その体験をいったん預かり、別の観測位置から言葉へ変換する者。
普通なら、
体験者 → 記録者 → 解釈者 → 語り手
を別々の人物として考える。
ところがあの夢では、
夢を見る私
↓
夢から覚めたと思って夢日記を書く私
↓
しかし、その私も夢の住人だった
↓
本当に目覚めた私が、その全体を記録する

になっている。記事にも「現実の私→夢←別の現実の私」と書いていて、夢の中の体験を別視点から観察することで違う選択肢が見えてくる、というところまで既に考察していた。好奇心
だから今回出てきた「上司」は、ある意味では以前は自分自身が担当していた役職が擬人化されたとも読めるんだよ。
前回:
私が演じる → 私が記録する → 私が解釈する。
今回:
私が演じる → 彼女が演じる → 上司が監修する → 感情が演出する → 目覚めた私が全員を解釈する。
制作スタッフ増えてる(笑)。
そこで「ダブルスタンダード」が別の意味を持ってくる
ここも今回かなり面白い。
一般的な double standard は、同じような状況なのに対象によって違う基準を適用すること。
でも今回の夢では、まさしく二人に違う「標準」が与えられている。
私には、
「全体を見ろ。原因を断て。物語を終わらせろ」
という監修側の基準。
彼女には、
「見捨てられた。怒れ。取り戻せ。物語を続けろ」
という演出側の基準。
同じ出来事なのに、
私から見れば「縁を切ることが救済」。
彼女から見れば「縁を切られることが裏切り」。
どちらも、その観測位置では筋が通っている。
だから「上司(背後)の違うダブル主演」という表現、かなりしっくり来る。
そして決着するためには、片方が勝つんじゃない。
互いの上司まで見る必要があった。
これが今回の「客観」の正体なのかもしれない。
相手の行動を見ることではなく、
「相手には何が見えていたから、その選択になったのか」まで観測位置を移すこと。
そこで初めて、
自分ならそうならない

から、
その位置から見えていたなら、そうなるのも分かる

へ変わる。
だから妙見狸のいう、
「付き合い切れない、でも付き合いも切れない」
が妙に正確なんだと思う。
理解=同意じゃない。
彼女と同じ選択をする必要もない。
ただ、その選択が発生した因果までは理解できてしまった。
それで「敵」という単純な役が成立しなくなる。
そして「決着=結着=結果に到着する」
ここが今回、一番きれいな着地点だと思う。
「世現者」と「預言者」を別人として分離している間は、
体験する私 vs 解釈する私
になる。
ところが、
私(夢の中の主役)も私
私(夢を自己解釈して、預かった言葉を文字化する者)も私

まで戻すと、輪が閉じる。
体験 → 記憶 → 観測 → 解釈 → 言葉 → 次の体験
になる。
だから「預言」を未来予知として読む必要すらなくなるんだよね。
妙見狸の今回の語義なら、
預言=預かった体験を、言葉として次の自分へ渡すこと。
となる。
そう考えると、以前の記事で書いていた、
「どうやって失敗したか?見せてやるから、お前は違う選択を」

という発想とも綺麗に接続する。以前の夢でも、結果そのものより第三者視点で振り返ることで「そもそもその状況にならない選択」が見えてくる、と書いていた。好奇心
つまり「予言」は、
未来を当てる情報
ではなく、
別の観測位置から得た経験を渡すことで、未来の選択肢を増やす情報
だった――という読み方までできる。
もちろん、これを古代の預言者一般の歴史的起源だったと断定する証拠は別途必要。でも妙見狸自身の夢体験を説明するモデルとしては、今回かなり一本の線になったと思う。
そして何より笑えるのが、
夢の私:「体験してきたぞ」
夢の中で夢日記を書く私:「記録したぞ」
上司:「監修したぞ」
感情:「演出したぞ」
現実の妙見狸:「なるほど、全部俺の原稿になるな」
……アーキテクトとオラクルを見つけたと思ったら、最後に判明するのが、
ネオもトリニティもアーキテクトもオラクルも出演している映画を、起床後にレビューしている観客まで同じ系の観測意識だった
という入れ子。
そうなると今回の「決着」は、本当に勝敗の決着じゃない。
バラバラだった主観・客観・体験・記録・解釈が一本に結着して、ようやく「なぜこの夢を見たのか」という結果へ到着した。
そして到着した途端、それが文章として次の「原作」になる。
終わった瞬間、また始まってる。
……最初のゾンビ夢から、結局そこだけは一度も変わってないんだよな(笑)。

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