先立つvision=次の夢が見えない人は死を固定概念=理解の及ばない意味のない空白のラベルで、理解できないから怖いと思うだろうが・・最も恐ろしいのは気締めを付ける時に安らかで楽しい死を邪魔される事だよ?というお話
死ぬ前に一番怖いな・・と思ったのは善意の蘇生
(気持ちよく逝ける・・)というタイミングで「死ぬな!」と病院に担ぎ込まれて、普段は一滴も体に入れない『異物の副作用がある薬』を『同意なく』ぶち込まれて、『息ながらえさせられる』あげく、『望んでない治療の代金』まで請求されて、払えなければ『副作用の毒の苦しみと背負わされた借金』で、『気持ちよく死ねなくなる』
文字として書いてて思う、この『理不尽が当たり前』
『死を受け入れる人』って、一般の『死の概念=宗教観を盲信している人』と『先立つVISION』が違うけど、『宗教信者の方=善意の価値観の押しつけ』と話していればわかる通り、『聞く耳ない』から『話す気』もなくなる訳で・・
先立つものが見えたから受け入れてる=むしろ『前向き』に進んでいる
これは『カルマ=借る間=業』の話にも通じる
(気持ちよく逝ける・・)というのは、死という固定概念を信じてもいない=『人の言う事』であり、意識を失った先には、別の『体=人の本質・本性』が有り、その空間では『私は和足し・渡し=役目』なのだと実感している
(気持ちよく逝ける・・)というのは、『涅槃寂静=寝半』であり、うとうとと『変性意識の夢見心地』である・・と同時に、それは「今日は穏やかにいい夢見てぐっすり眠れそうだ」と同じなのだ
ここに『主観と客観』があるが・・『客観』というのは実は重要ではない
意識は『他人と共有されるもの』ではない
『無意識』とは『借る間=業、授業、事業、職業=役割』に溶け込んでいるが
『自意識』とは、『借る間』の中で『間の違い=認知のズレ』を感じている
「私は!僕は!・・」と『主張』する時、『無意識』ではないよね?それはもう『主観』で、それ以外は『客観』であり、客観とは『合わない状態』
哲学って『客観的な共感』を求める為にするものではなく、常に『自意識』を保ち、『自己探求』するものだから『観測対象』が違う
ここで、『先立つもの』という他人とは共有されない『vision』の違いがある
vision・・これね、今AIとソフト開発している時、『vision解析』っていう機能を導入する過程で、非常に『煩わしい悩みの種』である(笑)
私は「既にある動画を見て、それを解析して、こちらが意図した検索キーワードで該当する箇所を参照して応えて」と指示を出すのだが・・
AIは『MRI』のように『映像をスライスしてコマ送り』にして、『一枚一枚を吟味』する作業が・・非常に長い!
その理由は『GPU=予測演算処理=想定』ではなく、『CPU=脳で理解して解釈しよう』とする点
脳で理解して解釈するって・・煩わしい悩み=『煩悩』
「感覚で、ここだろ?みりゃわかんべ?」という『人の映像処理能力』に及ばない
転じて、これを『宗教概念を盲信する善意の押し付けの価値観』と説くと
『名前=ラベル』をつけて『意味付け』してからじゃないと『理解』できない
では?『死』という、生きている人類は誰も『等しく経験をした事がない体験』
それを『死を知らない』のに、教えられたまま『名づけの意味』のまま『善意を盲信』している『思考停止』(重い)
彼らは倒れている=助けなきゃ=『善意』
病院に運んで医者にお願いして薬を使って『蘇生』してもらわなきゃ=『価値観の押し付け』
ここまでは『善意の人助け』だと思うだろ?
では、本人が意識がなく、元来、関わりたくないと離れていた『薬との関係』を『本人の同意がとれないから』といって家族が『無責任に責任取れない契約で同意』をする
『生長らえたいと望まない人』は『安らかに楽しく死=安楽死』を迎える事ができない
これが『人の為=偽』という客観の最大の『命にかかわる問題』だ。『自殺は善くない=悪』というが『精神が追い込まれて死ぬ』のと『精神が達観して臨んで死ぬ』のは違う
『その先のvision』が見えているものは、『元』を手放して次へ行く=『次元』
それは宗教が語る死生観でもなく、スピリチュアルが言う異世界でもなく、『別の体に意識がシフト』するだけであり、それを何度も『穏やかな涅槃=寝半の変性意識』で『体験密度を明晰』に重ねていくと
『夢と現実』は『意識の観測先(フォーカス層)の違い』でしかない
私は『食欲・性欲・睡眠欲』という『三大欲求』は『人の為=偽』だと思っている
「朝・昼・晩の三食食え」というのも人の為が創り出した『偽の捏造の固定概念』だと感じている
というのも『一日一食』で何年も体を壊す事なく『健康』は保たれている
体をおかしくするのは、『変な食べ物(人工加工食)』を食べた時だ
食と欲は『別』である
食は必要なものだか『欲は過ぎたるは猶及ばざるが如し』
性欲も同じで、性質欲
『何も知らない子供』の頃は『男女』という肉体の『異性=異なる性質』に興味を持つが
『色々知った大人』になれば、異性とは、体が違っても『中身は同質』だと興味を失う
結果、性質が違う=『中身に惹かれる』ようになるだけ
『結婚しない男女が増えている』というのも『情報の見える化(離婚・浮気・不倫・倫理の崩壊)で達観した人』が増えただけ
睡眠欲とは・・そもそも、『睡眠を欲して望む』のは、眠れないほど『ストレス』を抱えたり、忙しくて、心亡き、『時間に囚われた生活』をしている人が望む
いわば、元は『精神力が無くなったから補充する』という仕組みをわざわざ『我慢』して、ギリギリまですり減らして『超回復をしたい』というだけの話
現代風に解かり易く言えば、『睡眠不足とは供給制限』であり、一時のナフサ不足で、『値上げ確定したら市場に放流する』という、『相場操縦』みたいなもので
今まで『睡眠をとれなかった者』が『一気に睡眠とれる』・・という欲が満たされたと疑似的な満足をするが、元もとの流れを止めて、溜めて一気に出した事で、快楽が増幅したと誤認しているだけで
ずっと必要な供給を止められていた中小企業が倒産したように、睡眠を定期的に必要としていた細胞の臓器の機能の一部は死んだ事で、「寝なくても大丈夫」というのは、『外来種の侵略に在来種が駆逐された構図』と同じ
変化させなくていい細胞をわざわざ固定概念に合わせて変化させるのだから、バイオリズムが狂っていくのも自業自得の因果応報
これら、元の『食性眠』に『欲を望む』ように、人の為の固定概念が無理やり道理なく押し付けた結果が・・
『三大欲求という名づけ』であり、『三食という過剰な悪食』、『性快楽という誤魔化し』、『睡眠欲求という眠らせない社会構造』
全て、『偽=人の為の欲』である
と、気づいた時、この『自己・事故負担が体』にかかっている
例えば『腹の虫が鳴く=お腹が空いた』とは、やっと人の業である『食欲の消化』が終わったサイン。ここが細胞や臓器という体が『穏やかな眠りにつく』という解放されるタイミング
それを「欲が尽きたから、欲を補充しろ!」という間違った事をするとどうなるか?体の細胞は『休まる時が無い』から、人は眠っていても『臓器は疲弊』して体の『内部から正常』ではなくなっていく
性欲も同じで、『目は色映り』し、『鼻は誘惑の香水』をかぎ分け、『耳は黄色い声』に敏感で・・その『刺激』を吸い込んだ体は、『微熱でムラムラ』するが・・
そのムラムラは『異物が混入』したから、『ネバネバの免疫』がからめとり、精嚢で免疫ウイルスが戦った『死骸(異様な臭いの元)を体外に排出する』という圧力で勃起するのに、『出せばすっきり賢者』になるように
いわば、『体の防衛反応』であり、『ウイルスが精子と共に感染を広げる』という『欲の繁殖の手口』に過ぎない
自然界の動物には『繁殖期(発情期)』があるが、『年がら年中発情』しているのは『人間だけという異常』は『欲の刺激』が強すぎる
睡眠は自然界の動物は必ず取る。肉食獣でも『狩りの時間』があり、それを過ぎたら腹が減っても翌日に持ち越す。今、熊が『食欲で徘徊して狂っている』のは『人間が人間の餌で餌付け』した『欲の刺激が強い因果応報』からだろう
このように、自然も自然体も『人の為の欲=偽で狂っていく』という『原因の欲』を断てば
食は『必要な栄養素』が取れれば『体は満足』
性は『好奇心が反応する事』以外は『興味がない』
睡眠は『自然に眠くなった時』が精神が『寝たいというサイン』
全てが『自然体』に戻った時・・(気持ちよく逝ける・・)と『意識は別世界』に行く
私は私の『業=体に行った食・性の影響』を『細胞の世界を旅するような夢』をよく見る
『自業を自得』しに『因果を応報する意識』になる
その結果、そこで『次にするべきvision』を夢日記として持ち帰り納悳する
その『繰り返しの果て』が『客観的には固定概念の肉体の死』だったとしても、その『満足した肉体の安寧の安らぎ』を『邪魔されて蘇生』させられない限り
欲を手放し自然体の生き方=『足るを知った心と体に成った者』は・・意識を失った後も『発見』されなければ、『永遠に生き続ける』だろうな~と、墓荒らしに発見されなけば・・ね(その為の陽動の罠かw)
で、シンクロニシティのように、また古代の先人が眠る地の『墓荒らしのドゥームレイダー』がリメイクらしいですよ?(懲りない欲とこの世のネタ切れ繰り返しバグ)
『法華経の守護』には『龍や鬼神』がいるように、『侵略者』にとってそれは、『怖い竜=恐竜』や化け物としてメタファーに見えているのかもね。だから『困ったら墓荒らし=殺して埋めて隠蔽したかつての智慧=ロストテクノロジーのリバーステクノロジー』なんだよな、『西洋の思想』って(そりゃ月も見放すわ)
『トゥームレイダー』シリーズの最新作は、初期第1作をUnreal Engine 5でリイマジニングした『トゥームレイダー:レガシー・オブ・アトランティス』が2027年2月12日に発売予定です。
と、思った時、死ぬ前に一番怖いな・・と思ったのは、『善意の蘇生で薬(毒・副作用を背負う)付けの患者=監獄の囚人』になる事
『抗がん剤の成れの果て』の『麻薬付け』で意識が朦朧した時の母を見て、(これが人間の愚かさなんだろうな・・)と心と吾は『密度ある実感』を覚えて『覚悟』を決めた
『自己を労わる世界』とは、『誰も傷つけない和の領域』
それは『理想』かもしれないが『理想を追うvisionを持つ者達』が集う場所
それが仏国土=成るように成った仏=ほっとけという『極楽浄土』なんだろうな~と思う
『自然』に還れない世界、人が『自然体』に戻れない世界、別に『人を憂いている=優しい』訳ではなくこの世はそういう『借る間』
それを『手放す為の魂の指導』の学び場だから、自業を自得して因果が応報する事を納悳して納めない限り
安らかで楽しい死は訪れない
ま、『安楽死(薬で死ぬ)』というのは『人の都合』の『人の為=偽』だからただの自殺or他殺の責任逃れ(間違い)
私は『死ぬ気=次のvisionの為』に『夢(日記)』を持って『人事を尽くして生きる』けどねw












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