好奇心

直感・閃き・気になる事探究を楽しむ

情と惰 授命と呪命

行き過ぎる、生き過ぎる、授命を忘れた呪命の生への執着は亡者の老害となり、生意気になる…寿命ではなく授命、それを意識して観測して気づく情と惰の反省文

行き過ぎた…(反省)

先日、誕生日だったので、毎年恒例のケーキ屋に好きな種類のワンホールを頼んで、昨年同様に家族で食べた

美味かった( ゚Д゚)ウマー

しかし、忘れていたのだ…私の体の細胞は『40℃の高熱体験』で全てが新生されていて、『毒素がゼロ』だった為・・私が自らそれを『招き入れない』限り、体の細胞は『極楽』だったはずなのに

大量に『糖分やその他ケーキに含まれる成分を摂取』したせいか…体が『具合悪く』なってしまった結果…

真夜中にお腹に起こされて、『戒めの反省文』のようにこの記事をまとめなさいと…(ノД`)シクシク

『行き過ぎる』という事と『生き過ぎる事』という事

実は『同じ』なんだよという話

寿命と授命と呪命

一般的に寿命というのは

命がある間の長さのことであり、生まれてから死ぬまでの時間のことである

と、まるで『消耗品が無くなるまで』の如くなっているが、昔の人の捉え方で言えば

寿=めでたい命

生まれる事=誕生、ことばで祝うこと。その祝いのことば。また、祝うべきめでたい事柄

ここに重きを置いていたとわかる

まさに『古来の精神文明』から『現代の物質文明』へと『意味と解釈』が変わって行ったのに、形象は『人の昔=借り物』を感じる

今の私は寿命=命がある間の長さとは『授命』だと思っている

生まれてから死ぬまでの時間とは、その『授かった命題』に取り組む『意識が生まれてから果たすまで』のリミット

それを過ぎたら『呪命』
生き甲斐を無くした『域外の亡者』
ただ『生へと執着』する『惰性』

命とは『意識』であり『意識が問題を捉えた時』から授命という『宿業のリミット』が生まれる。『意欲が湧く』というのは『それを果たせ』という『命題を授かる事』

誰から?=高次元意識=ハイヤーセルフ=『先世見の自分』

40℃の高熱体験で、意識はひとつだが、『肉体から離れた状態の意識の観測範囲』と『肉体の神経にリンクした自我の自分の意識の観測範囲』は全く違うとわかった

独自体感論 体温39℃と40℃の意識の境界線

例えるなら

『目隠しでスイカ割』をするのが『肉体の自分』なら
その『スイカに誘導』するのが『高次元意識の自分』

そこには『共通の命題に取り組む意識』があるが、もしもその命題を果たす事よりも、「肉体に生まれた!」という『生への執着』の意気が強くなると

『生意気』=言う事聞かない

言う事聞かないと「止まれ!」と言っても『行き過ぎる』。行き過ぎたらもう止まれない戻れない『慣性と惰性』

欲望に終わりはないから…ある程度満たすまで「そのまま行って急がば回れで一周して戻ってこい( ´・ω・ ` )σ」左(L ion)から行って右(R ion)な

パリオリンピックと2つのライオンズゲート

これが肉体の自我の私が、『誕生日だから!』という『特別』を持ち出し、普段は避けているような『体に毒素が溜まるケーキ』を…

それもいつもの『倍以上』に…それも『細胞が新しくなった綺麗な体』に、『核ミサイルを落とすが如く大量の糖分』を摂取

糖分は『毒=主の母=自分に甘い』とよくわかりました

糖分(糖質)は、体や脳のエネルギー源として人間が生きていくために必要不可欠な栄養素ですが、摂りすぎるとさまざまな健康問題を引き起こす可能性があります

家の調味料では、『精製塩や精製砂糖』も避けているから口に入らないが、加工済み食品や、ケーキ屋、それも個人経営となると…『コストの問題や材料確保』の関係で『使うものが変わる可能性』もあったよな〜と思ったのが

全て『コロナプランデミック後の惰性』

鳥インフルだと騒ぎ地方の『養鶏場の鳥を全殺処分』をすればケーキに必要な『卵も仕入先』が変わり、政府が「牛乳を飲め!」と補助金出せば、『怪しい牛乳を使ったケーキ』が増える

牛乳を飲め!の問題の裏に隠れた本質

結果、冷静に考えると、『好きな種類のケーキ』でも昔に比べて『味が違う』んだよな〜と『幻想に恋』したように、「そのケーキなら外れじゃない!」と注文していたけど…

『原型』が残ってたのは『名前と形だけ』だったと気づいた

これも寿命と同じで『授命』を終えたら後は『呪命』

私にとってはこのケーキに『出会った時』めでたい『寿命=誕生』を感じた
それから『誕生日という特別な日(命題)』にこれを食べよう』と『授命(リミット)』を与えた

しかし、コロナプランデミック以降、『名前』は変わらずとも『形(クリームも無く)も味』も変わった。経営者からすれば『苦肉の策での工夫』なんだろうが、私の肉体の自我はその『過去の味と名前に執着』していたが

「その『好きだったもの』で体を『毒素で蝕んでる』なら『それに執着』する限りお前は『生意気な呪命の亡者』だ」と『高次元意識』は冷静に『自我の私の行動』を戒めてきたし

その肉体の自我の私もまさに今、『体に残った毒素』に苦しめられていて眠れない

糖分の多い加工食品や甘いスナック(清涼飲料水、ドーナツ、ポテトチップスなど)は血糖値の急激な上昇と下降を引き起こし、夜間の目覚めを増加させることがあります

肉体の自律を司る『私=37兆の細胞の長の行動』が、『全身の細胞を大混乱』に追い込んでいるのを身をもって実感すると

かつて『好きだったもの』にも(情)、『だった』になるまでの『限り』がある
その限度を越えて『行き過ぎる』『惰性』で進む『ダセー事』になる亡者=ゾンビ

『授命のリミテッド』の命題無き『呪命のアンリミテッド』な亡き者は

『流れが変わった事』に気づかない
『流れが止まった事』に気づかない

『薬で延命』している、『惰性で生き長らえさせられている亡者』は『薬』以外の『生甲斐』を失った『域外の老害』になる

『惰性』という『行き過ぎ』の『生き過ぎ』
その勢いは『左』から始まった

月従う 情(主)と惰(左)

とは

人間の心のはたらき。こころ。きもち。意地。快・不快を主とする意識の主観的側面

とは

気がゆるんで、精を出さない。なまける。おこたる。 「勤惰・惰気・惰弱・惰眠・惰性・怠惰・怯惰(きょうだ)・遊惰・懶惰(らんだ)・驕惰(きょうだ)」

今朝の私の自己反省のまとめとして

主観的な自分の『命題=身体の細胞を極楽に保つ』という『法然の浄土』を閃き理解したその日に…極楽の細胞を『焦土にした愚か者』

カタカムナ 75首 念法と法然と阿弥陀

それは一般的な常識として、家族や周りの環境もその『特別な日を口実』に『普段は食べないケーキを食べれる』からという『周りの惰性・慣性の流れ』に乗った事

『精神修行』をしていた時は、自分の誕生日ですら『食べ物のルーティンは変えなかった』というのに…細胞が若返って気持ちも若返って…『痛い思い』してまた学習…だから反省(´・ω・`)

情は心の主の月
心の主に月(身体)従う

惰は心の左の月
心は左に月従う

さて、左とな?
気がゆるんで、精を出さない。なまける

こういう奴に『主観的意識』がない
=誰にでもついて行く『生甲斐のない亡者』

授かる授命も無い=自分がない=『魂がない』
呪に囚われた呪=『傀儡の域外の死骸のゾンビ』

『皆』という『苦しみ』の『百鬼夜行の傀儡の亡者』が起こす『改革』という名の『正邪の位置更新』

皆=白に比べて
百~一白

皆という様に隠された白と比べての罠

元来の授命=意識の観測は『個人の主観の命題』
高次元意識からの『ミッション』

その役目を失ったものを『左に束ねる』
左は『リベラル・改革・支配的思想・主義』

争いはいつも『西南(北から見て左)』からやってくる
争いはいつも丑寅の方角に矛先=戦を仕掛ける

丑寅にいる鬼は、武=矛を止める者
争いを嫌い、争いを止める精神的な拠り所

鬼(正)をひっぱりだそうと藪をつつく『邪』

惰性の流れとは『正の位置』に対する『邪』が『位置』をズラして『邪を正にしよう』とする

『改革の左の流れ』に乗る『ダセー亡者』で、『大阪』から『脈々(みゃくみゃく)』と変な化け物の流れ』がある。『細胞』に『制御チップ(5G/6G)』埋め込んで、そのうち『側』が『ロボット』になる『変身段階』の途中は、いずれは『脳オルガノイド』

そいつらには『寿命』はなかった
そいつらに『生かされる事は呪命』だった

脳オルガノイド 公人僕(きみとぼく)のシンギュラリティの夢

『惰性』っていうのはさ、『自分』という『主観の命題(授命)』を見失った『ダセー行き方』の生き方だった

皆は一時の『流行り物(注射で病を含む)』で『惰性』で『生意気』な『ダセー老害』になる事に気づかないし、皆=『集団・組織』であるうちは、気づいても『止まれない』

『左(主義)』に『月(身体)』従う『性質』
だから『惰性=ダセー生き方』

そんな束縛の『視覚・資格…四角』の『口封じの角』から出るから『アウトロー=輩出』

報道と門下生と死角のアウトロー(輩・外角低め)

始まりとは端間理を知って終わりに至る

そこに『主観』の『意識の観測』という『授かる命=リミットついた命題に取り組む生き様』が生まれる

私は今、お腹が気持ち悪い(||´Д`)o

私の体は『皆(家族)と違う状態』だったのに、『皆と同じよう』に『毒素』を取ってしまっ…たと思ったら、冷蔵庫にみんなちゃんと『半分残してた』…という事は?!

私だけ『1回で全部食った』からか!!(量)

ダセー結末(´-`)oO(ノД`)惰性自業自得

食べたい!と言う『情』
食べすぎたという『惰性』

行き過ぎるってダセーって事
それは生き過ぎる=目的を見失って生きるもまた『惰性』

でも逆に言えばこういう事です

『目的=生甲斐』を見つければ『域外(皆の惰性の外)』で『授命』を得る

惰性とは違う『別の生き方』
それが『情』という『心の主に月従う』行き方

私は『ハイヤーセルフ=意識体の高次元意識の自分』に、『肉体の自我の自分が心に素直になる=悳を積む』事で、どんどん『域外(常識や概念の外)』を見つけて『授命』を得てます

それは『持続可能な延命=老害』ではなく『足るを知ってケジメ』をつけての『新生』の繰り返し

意識転生 1→0→1 住人十色 =人の主は人

「お前はその肉体の苦しみ(自我)から何を学んだんだい?」

この反省文を『声明』して『観念』するのも、『声を明らか』にした『今の心を観る』=『ハイヤーセルフ(意識の拡大)』に対して必要な事

カタカムナ52首 創造主の目的は意識の拡大

『生意気』が『生』なら
『半生(反省)』はちょっと『火が通った』状態

『火とは知恵』であり『人は知恵』である『業(経験)』に焼かれる

私は『食べ過ぎで痛い思い』をしました、『反省』しましたm(_ _)m細胞が焼かれました

タバコやお菓子、化学物質や薬を『毒』として遠ざけてきたのに、「ケーキは別腹!」…『なんて事は無い』という事をよーく理解しました(笑)

『普段食べない成分』は『細胞が長く保有』してしまう為、このままだと緩やかに、『過剰に摂取した糖分や何ならが脂肪に変わる』ので

また病気でもないのに『大量の水』飲んで『解毒のデトックス』せなあかん┐(´д`)┌ヤレヤレ

ほんまに行き過ぎ=惰性はアカン
足るを知らねば、寿命は呪命になって『惰性(ダセー)慣性』に流されて生きる事になる

『惰性』って事は、『誰かに月従っている傀儡』で『てめー(主)が無い』って事だから、そんなだせー生き方は止めましょう。体は『自分の高次元意識=ハイヤーセルフ』が変化させます

それは『他人』ではないから『他力本願』でもないし、何かをしてくれるわけでもなく『指導するだけ』だから、『体を操る自我が実行』しなければ何も変わらない

自業自得の因果応報ってそういう事、だから早く高次元意識と繋がる為に、意識とは何か?を意志氣して捉えられるように自分の『今の心』と向き合って『内観』してください

それが『観念』という精神的な『祈=意の理』です
意の理とは、立つ日の心=初心を理解する事

その時、初めて『授かる命=意識』があるんです
一人一人が『お役目を果たす』とは『そこから』です

私は、『自分の身体を媒体』に様々な身体操作や病気と精神的な繋がりのメカニズムを見つけて『訳す役目』でありながら、『万全の状態を自分で破壊する』という『愚かな事』をやった訳で・・

ほんとダセーっすよね┐(´д`)┌ヤレヤレ

でもこの『目的なく惰性で生きる生き方=持続可能な誤魔化し延命消耗社会』という『ダセー生き方』は、『主』ではなく『左=改革思想・邪な考え』に沿って『体が動かされる=ムーンショット・アバター計画』の『百鬼夜行の魑魅魍魎の傀儡になる』という考え方だから

『一白』の、『白に比べて』=『皆』となって『苦』しむ『皆苦のSDGs』はやっぱ『間違い』だとはっきり認識しました

誕生日にケーキ食い過ぎただけで、なぜ『そこに行きつく』のか?
それは神=示申=心の示しを通して繋がった高次元意識のハイヤーセルフが

『先世見』で何を見たか?によっての『指導方針』による訳だから、肉体の自我にはわからない
『下手な考えは邪魔』になるだけだから、上手な意識に任せるために『方針は放心』で授かる命

放心という方針が正邪の更新を見抜く観念と相似

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