好奇心

直感・閃き・気になる事探究を楽しむ

間共な神経じゃいられない逢魔が時の見極めの役目

寝起き閃きワード まとも…そうか、そう来たかと素直に納悳できた私は既に間共な神経ではないと見極めがつくお話

寝起き閃きワード まとも

寝起き閃き( ¯꒳​¯ )ᐝ まとも…

まとも(真面/真艫)」は、正面、真っすぐ向かい合うこと、きちんとして正常な様子、まじめ・誠実であることを意味します。類語には「まっとう」「正当」「真面目」「普通」などがあり、ビジネスや日常会話で「まともな判断」のように使用されます。

あんなヘビーレイン、トゥーソウル、ノマドソウルを創り出した、クオンティックドリームの深い洞察を徹夜でやって…

『BEYOND: Two Souls』とスターゲイト計画の真実~多次元の免疫システムとしてのジョディ~

HEAVY RAIN ハイテク悪魔と魂の契約

オミクロン 社会ノマド(Windows)ソウルからの解脱

やっと眠ってまだ寝足りない…という今、意識の消失した向こう側から持ち帰った言葉が…これ?

…あー違うわ(´・ω・`)そういう事か!
確かに…俺はもう『まとも』じゃいられない(笑)

『人の間共』との狭間

ノマドソウルはゲーム内で真エンドの最後にプレイヤーにこういった
「あなたはもうこの世界から離れられない」

ヘビーレインは見せた
物理テクノロジーを肉体に薬を使って利用する『ハイテクの悪魔に魂を売ったら死んでもこき使われる(FBI+意識のデータ化の軍事利用)』

BEYOND トゥーソウルは見せた
精神力を人体実験を用いて無理やり覚醒させ、軍事利用しても、人間の心と魂は自由であり肉体の死すら超越するが、生死の狭間を通りあの世とこの世の両方に観測意識を持った人と魂の役目は、『狭間で両方の世界の近郊を保つ役目から逃れられない』(CIA+軍事利用・スターゲイト計画の阻止)

これらは『2026年』になって初めて『人の理解』が『先世見の明であった』と追いついた

『まとも(普通)な人間』はそれすら気づかないし、今こうして『三つの問題提起の作品』をまとめて、『筋道』を示しても気づかないのは

それはやっぱり『人の間共』だからなんだ

人である事
人を人とも思わない事
人が人を愛する事で役目の束縛で苦しめる事

「人とは何か?」と『一人離れた意識の観測』が離れた人共を振り返ると

『間共な人達の共間(シェア)世界』だった

まとも=普通・全う・真っ当に生きるとは
『間』を『共に共感、共鳴、共振、共存』する
『共間=シェア』してた人間共

欲の為、愛の為に『生へ執着』する
満たされないと『後悔し死も受け入れない』

『悲しみや苦しみ』が『愛着を求め生へ』と流れ込む
『喜びや楽しみ』が『執着無き死へ』流れ込む

その流動する『生と死の狭間』
人間共…『人の間共』から離れたからこそ、その『流れ』と向き合い

時に『抗い』絶対に『流入させてはいけないと食い止める鬼』となり
時にあるがままの『流れを必然と見守る仏』となり
時に問題と向き合い導き『残念や無念を解決して晴らす釈迦』となり

『人の間共』から離れ『生死の狭間に立つ』という事は、それは『生死双方の世界を繋ぐ間の化け物の役目になる覚悟』を持つ事

心と吾という『真我=悟』を覚える
『我が欲する役目』になる=『その時(逢魔が時)に必要な存在に形を変える』=『現一切色心三昧=化け物』になる

『恐れる者』には『鬼に映る』だろう
『助けて欲しい者』には『仏に映る』だろう
『自力で乗り越える者』には『後押しの何かに映る』だろう

そこに『自』という『我』はいない
自我は『役目を果たす為だけの存在』として、その『生死のエネルギー』がお互いに『向こう側にコンタクトをしよう』とする時に『繋ぐ』か、『立ちはだかるか』の『架け橋であり門番』である

つまりは『助け舟』でもあり
『ゲートキーパー(門番)』でもある

…そうここなんだよ

クオンティックドリームのゲームに共通するテーマは

犠牲になる立場=『救世主』
救世主は『新たなゲートキーパー』になり
また地獄の底の『蓋代わりのサタン』のように
あるいは全ての衆生が救われるように『地獄に鬼仏の不動明王』のような

そして、その『役目が生まれる過程』を見て、『その先がどうなって行く』という『先世』を見せる事で

『プレイヤー』が『操作キャラの人生をそこに導いた』という『業』を背負い、その『回収の為』に『いずれ同じ役目に至る者が現れる』ように、『同じような循環』を生み出す

これはBEYONDの中で幼少の頃からジョディが『DAPPAによるESP研究の対象』として『様々な能力開発を物理的に』行われてきた時

『プレイヤー』が『エイデン(魂)を操った』ように、『死を受け入れ魂になったジョディ』が幼きゾーイに『金縛りや幻覚・幻聴、明晰夢』などで『日夜能力開発のトレーニング』した結果…

ゾーイは『生死の狭間でジョディと共に戦う者』になっていた事から

『皆の為』の『犠牲』
『間共な人達』の『共間(シェアスペース)を護る』為に
『人』ではない『死の領域』から『生へ』と流れ込む
『生者を食い物』にする『狭間の者から護る存在』へと変わった

…って書いてて思ったのが
映画マトリックスにおける、『マトリックスから出た人間を襲うAI』がそっくりそのまま『魚みたいな形』で一緒だった…

『2013年』のゲームだから、『1999年のマトリックス』は影響しててもおかしくはないか・・となるとだ

人の『間共な共間』の『まともな人』は『マトリックスの住人』であり、『AIに繋がれて眠っている人達』の世界

『ヴォイド(虚無)』を通り『別の空間へと移動』し『五感のある明晰夢を体験している』というのはまるで…

マトリックス→『ザイオン』のように、『外にある世界の一つ』と言える

しかし、ザイオンは『AIが生み出した仮想世界』ではなく、仮想世界の外の『AIの制御が効かない人間達のコミュニティ』

これは『あの世(AIの現実)』と『この世(マトリックス)』の『狭間における中間の空間』であり

『人間共』からすればそこは『新たな人間細胞の集合体』、AIからすれば『癌の核』に『癌細胞が形成されていく』から発見次第『免疫機能が攻撃してくる』という『免疫機能』で考えれば

BEYONDの『インフラワールド(あの世)』は、『自然に死を受け入れ循環の流れ』になった『人の間共から離れた魂達』の楽園

しかし、その『自然な死』を受け入れず、『生へ執着』した場合、『狭間に幽閉』され、『死が生へ流れ出る事は無い…』にも関わらず

『生が死』への『スターゲートを開く事』で『間違い』が起きる

STAR=星=日の生まれ
新しく生まれる『日の扉から漏れ出る』のは『生へ執着が強い彷徨う亡者の魂』と共に、『生者をウイルスとして攻撃』する『死の免疫』が流れ込み、言うなれば『サイトカイン(免疫大暴走)』が起きる

元来は
生→死を受け入れれば『免疫寛容』
生→死→人の生へ執着→『魂の不活化して幽閉』
生→死に抗う→『魂の殲滅』

この『狭間に幽閉された亡者』が、『彷徨える魂』として『スターゲイトで生に入り込む』と、それを『追いかけて来る』のが『生者を捉えるか殲滅する向こうの世界の免疫機能』

これは『機能獲得の双方の自然な流れ』が、全く関係ない『穴(ゲート・抜け穴・セキュリティホール)』が開いて『そこから流入』する感じ

つまりはいつでも『生者の魂』を『狭間の虚無に幽閉する化け物を召喚して使役する』という『サイキックウォー』そのものであり

『凶悪な死のウイルス』を呼び込んで『掴まえて抗体として機能獲得を試みる』という『軍事利用の科学や物理』の『浅はかな傲慢であり精神性の幼さ』故の…

『人の間共のまとも(普通)』から離れられない凡人がやらかす『抜け穴や裏口を作って出し抜こう』とするからこういう『後始末が必要になる』と言う先見の明

気づいてる人が『間共の尻拭い』のケツ持ちをしないと、誰も『クソ垂らし歩いてる恥』に気づいてない

『後悔や残念の思念の波動』が『先祖として宿り人に寄生』すると…それは既に『狭間で幽閉』された『脱獄した囚人番号ついてる奴』というマーキングされてる訳だから

当然、そんな『死』を受け入れられず『生への執着、物欲が強い先祖』を宿してしまったら

それはもう、『悪魔との魂の契約』
それはいずれその力は『自らを滅ぼす業』になる

『執着』を手放し『残念や無念』を抱え込んではいけない…それはいずれ『他者を食い物』にしてでも『自分の欲を叶えたいという亡者』にとって変わられ…

それは『生きてる内に死のお迎え』がやってくる
『死神のマーキング』とは『幽閉された逃げた亡者を宿してる=癌が擬態して潜伏』しているようなもの

私の過去の明晰夢の記録を振り返っても、まさにジョディとゾーイがいたような『崩壊した世界のような場所』を示していた

ゲームの中であれば『未来、現実』と表現していたが、私はそうならない為の狭間の領域、『夢』であり『現実』であり、『逢魔が時』における
『幽閉された亡者』が解き放たれてしまった『生死の狭間=生まれる前』

この『未来』になる前の『未然の闘い』
それは闘いを求めてそこにいる訳ではなく

『自発的にそこに行く』と言う『意志』で動く
自分自身で『そうしなければならない』と『自由意志』が『その環境を問題として観測』する限り、その世界は『その世界として役目』になってしまう

全ての物語の展開、エピソードを辿っていくと『そうなる人生に同意をしてしまう』ような、『選んでいる』ように見せて『選ばされている』

『人為的』にそこに『気づく者を増やそう』としているような…

でも私はそれに気づく前から、『同じ事』をやっていた『体感が先で理解が後から』なので

そういう『役目(救世主)の世界』もあるけれど『それしかない』…訳ではないという

その『人の間共』とも離れた『違う生死の狭間』を通ると、いくらでも『世界は面白い展開』を見せる

明晰夢に入った後は『ミッション(役目通り)』だが、入る過程の『まだ何者でもないヴォイド(虚無)』でたまに出逢う存在や不思議な景色

あれは『亡者』もいるし、『生者に反応する免疫機能(化け物)』もいるんだけど、『免疫寛容』のように見て見ぬふりで『敵意なくスルーされてる感』もまた面白いし『自由な物見遊山しても拒絶される事が無い』のは

こちらにも『何かを決めつける』とか『型にはめる』という『現実の常識・普通・まともという観念が無い』から、『ありのまま』に『その場のエネルギー』として『意志そのものが伝わる』から誤魔化しは効かない

逆に言えばその『取り繕う』為の

『誤魔化し』とか?
『保身』とか?
『見映え』とか?

『身』に着ける、『身が無い』から気楽(笑)

いかに『細胞核』に『組織』という『密着した人の形』で組織的に動き、『至らない点を誤魔化』し、『表面だけ見映え』を気にして、そういう『体裁を保つ保身』に…

『人間共』は、どれだけ『無駄なエネルギー』を使ってるか(笑)
『人の間共』から離れた意識は『気楽』でしかない
『心に素直に悳』になれば、『生』が『先入観で植え付ける死の恐怖支配』よりも

『生に執着した時のお迎えの死神』が『どれだけ恐ろしい鬼になるか』を『想像』した方がいい(耐性つけとけ?)

『貴方が恐れる死』とは、そのまま『お迎えの時に現れる因果応報の自業自得』となる

逆に言えば、『生きてる内』に『死の世界の生に執着してない浮遊例=浮いた話』なんかを『先祖として人共に養う』と

「死んだ先って軽いな〜?(≧∇≦)」と『気楽』になり、『楽観的』になり、『浮世離れ』していって

人間の『共通、共感、共振、共間』から
『人の間のまとも』に『共感も共振もしない』から『感動』も無くなっていき

そのうち「人間共…」と『相容れない拒絶の反抗期』があっての、「ま、、人間ってこんなもんか」と『拒絶はしない』が『ほっとくかと寛容』になっていき

『人の間共(まとも・常識)』ではいられなくなり
『先の間の共を人(見本)』として養う=先祖供養

『生に執着』して『成仏できない人間と亡者の戯言』を聞くより、『成仏して遊んでる浮遊例=先祖の生き様』を宿して『心を満足』させれば

『お迎え』っていうのは
『優しい先人達』が(・∀・)人(・∀・)ナカーマと来るだけ

『鬼も悪魔』もいないんだよ(レッテルの仮の名)
それは『人』が『狭間』で『生に執着して化け物』になった姿

『あっち側』から見れば『和を乱す化け物』は『生きてる人間の醜い執着の欲望の争い』であり、『監獄に幽閉してる亡者を刺激して誘惑』する

「娑婆に出て人間で遊びてえ(魔が刺す)」という意識

この『人間(アバター)で遊ぶ』というのが、必ずしも人間を『殺すとか苦しめる』に限らないのが面白い所で

これも言わゆる、『思想犯とか知能犯』とか、「人間に与えちゃダメだよ!」と言う『知恵を与えてしまったから幽閉されてる』という『知的好奇心の亡者』なんかもいる訳ですよ(笑)

それが『仮釈放』か『保釈』か、あるいはそこに『面会』に行って『面』食らって、『面倒な影響を受けた』と想像してみて下さいよ?

生死の狭間の意識の旅は、『この現実以外』のただの『夢物語』じゃない
『虚無』という灰色で真っ暗な流れの空間の先の明晰夢で…

『そこまで行かないと会えない存在=地獄の底』と逢う

『感動の刺激』を『体感』として持ち帰った時、それは『一部の機能を獲得』している事であり…それは『思想犯』からすれば『言葉で導くメッセンジャー』として『素直なRNAに取り入りmRNA』となって…

『導く事』も『ハック』することもできる
その時、宿した先祖が『何をさせたい』とするか?

私の場合は、『思想的なゲーム』させたり、『哲学を取りこんだアニメ』を見せたり、『故事成語のことわざの格言を洞察』させたり、現実の『ピンポイントのニュース』に気づかせたり

はっきり言って…

生死の両方の世界に『無害な行動』で狭間に持ち帰る『冥土の土産話集め』(笑)

常世は過去も未来も『先世は見れる』が、その瞬間、その場で『体感して変異』した心と吾が悟って覚えた、その『覚悟』を知りたい

「覚悟ができたら逢いに来い」

…と、現実的にはピリッと『気が引き締まる』ように感じる『まとも』な言葉に聞こえるだろ?

ちゃうちゃう(ヾノ・∀・` ) Σ(゚д゚;)

「来週の正念ジャンプ(意識跳躍の夢の旅)出て読み終わったら狭間(地獄の底)に持ってきて」

これが人の『まとも』と私の『間共』の感覚の違い(なんなら、魔友である)

地元の神社に参拝して現状報告(一人一)みたいなもの

『まとも(普通・常識)』は共通ルールとしての『概念・思考停止パターンのトロッコ問題』のレール

『まとも』を求めれば『顔色伺って答え合わせ』して『まとも(常識・普通)な答え』しか出ない『予定調和の現状維持』

しかし間共は共通、共感、共振する
『間を共にする空間・流れ・存在』であり
『供養』と言う言葉が『人と共に養う』なので

まともな人(思考停止・トロッコ問題の予定調和の答え合わせの現状維持の常識ルール押し付け)から離れ

『間(空間)を共』にする『人を選んで養う』と、同じように『人を養う先の間』と共感・共振・共鳴して、『共通=シンクロ』していくと『加味して宿す(一体化)』

『類は友を呼ぶ』ように、『そんな先祖達の魂が一定量』集まってくると?

In(入る)spirit(魂)ration(一定量)=『閃き』
この閃きというのが起きた時

これか!(・∀・)人(・∀・)それだ!→シンクロニシティ

『伝えたかった事』が『伝わった事』で『以心伝心=遺伝の心』
『残念・無念』が解決して『生への執着は無い』と狭間の幽閉から『釈放されて成仏』する
『人の間』から『釈迦』のほうへ『放される』

私は宿した先祖を『成仏させた』と『狭間で類友』に広がって繋がり…

俺の!俺の!俺の話を聞け〜♪(」゚Д゚)」60分コースで Σ(゚д゚;)

と、次々と『似たような波動の先祖を養う』ようになる過程で…

・・そうだ、元の話に戻ると

『狭間の世界から離れられない存在』になる訳だけど、『脱獄して暴れる亡者』や『生者を襲う免疫のような化け物』との闘いよりも

私は『囮操作』と言う形で『潜入』が多く、まずその『世界観を理解する為に泳がされる』意味で言えば

幽閉された哲学的思想犯、羊達の沈黙の『ハンニバル・レクター』のような人間の根源の『闇であり歪み』のような『人でありながら化け物に至る存在』を成仏させる為に

『核に触れる』為に明晰夢で潜る潜るって感じでまさに『深淵を覗き込む者は…』ですよ(笑)

そういう『狭間の亡者を宿す』と思考の方向性や発想、発言、行動原理も倫理も変わって『ミイラ取りがミイラになる』のが普通だけど

これが『和の心というベース』があると、何があっても『そこに戻す』という『それが三和土を条件』にエネルギーの向きを進ませる感じ

…うーん、そうか
クオンティックドリームはロバート・モンローやCIAの軍事資料から生死の世界は『イメージ』で描けても

『狭間の虚無』がどういう空間か、金輪際の見極めの『金輪際』に『何』があるか、そこに生死、胎蔵界、金剛界を繋ぐ『阿含がある事』を知らんのだろう

これもおもしろい事に言葉は似たような役目を持っていて

「アゴン(Agon)」という言葉自体は、古代ギリシャ語で「競技」や「闘争」を意味し、物語の「葛藤」を指す「アンタゴニスト(敵対者)」などの語源

まさに葛藤のアーガマ(阿含)・とエゥーゴ(エゴ・自我)の領域

寝起き閃き 阿道・吾動場(阿含経・アーガマ)そして悟へ

そう、狭間ってのは、闘争と葛藤の混沌でもあり、ここで見極めの『潜象の闘い』がある

潜象で戦争(現象)を止める 戦と闘と術

これを表現する為にはどうやっても、密教か釈迦の初期仏教の『空間理解』が必要

その空間には『役目』があるがひとつではない
その空間こそ『現一切色心三昧』で、ありとあらゆる『必要な存在になる=化け物』が生まれる

救世主も必要悪も『心した吾を覚えた=覚悟ができた意志』によって『形になる世界』

だからこそ『幽閉する隔離』がある
私は『自分で捕まった事』もあるし、『捕まえて連れて行った夢』もあった

慮る 重ん場軽 幽閉の向こうで…

爬虫類人を捕獲して留置所につれて行く明晰夢

隔離は『消滅』でもなく『死』でもなく『生』でもない
ただ『自業自得の因果応報』を『観測させられる不自由』で『自己反省、自己改心、心変わり』があり

『生への執着』もなければ、『死の世界へ生の誘惑』もしないが『前提』となる…という事は

『拠り所』が無い奈落

必然的に『生死の狭間』が『新しい元』になる
したがって『この世界(狭間)の住人』となる

ま、これもそれを聞いて『どう思うか』だけどさ

『問題』に立ち向かい『自力で解決する』に至るまでの『自己成長の実感と達成感』という『体感』しないとわからない『感覚の虜』になると…

次の問題は難題?
泣く子はいねえが?→問題がある所
大事無いか?(大丈夫?問題を手伝うよ)

悟空「オラ、強ぇやつと戦いてえ」
リュウ「俺より強い奴に会いに行く」

『こういう精神』の奴らになると…もはや『まともな人(常識)』にとっての『地獄』『間共(類は友を呼ぶ)な人』『極楽な遊び場=ストリートファイター』になる訳ですよ(笑)

人の間共が言う『天国と地獄』って『共通』ではないんですよ(笑)

だから『固定概念』に囚われると『生も死も受けいられない亡者』になって『彷徨う』んですね

「私は…何がしたい?何をすれば満たされる?」と誰かに答えを求める=『他力本願』

で、その『亡者と波長があってしまった』が最後…以前、カタカムナで死後のお仕事で最も怖いのは…と教わった事を思い出した

カタカムナ46首 死後に怖いのは現実堕ち

これは別の表現で言えば、

『マトリックスの世界』は

『人間の生への執着』は『物欲』だけでなく『愛着』もある
この愛着が『歪んだ愛として自縛』させ『死へ向かう事』ができず『狭間で彷徨う事になる腐れ縁』になる

完全に向こう側に行った『美しい世界を体験した者』は、生への執着なく向こう側に行った者達は『生きる以上に自由』とわかってる

いわゆる『臨死体験者が言う極楽のような景色』は、生きてる内にも『生への執着がない時』は『漠然と夢で見れる事』もある

だから『臨死体験』は必ずしも『ショックドクトリンのような痛みや苦しみを伴う意識消失』をせずとも

『緩やかに眠る』ように『意識の観測』を『人の間』から離し、何かを観測しよう=思考をしない

『思考停止』ではない、『嗜好』や『試行』をしない
好みを浮かべる=『物欲』をイメージ
試行を行う=『それを想像』する

思考は停止せず、それら『嗜好や試行』が起きた時、それを『志向や指向』で『至高』の為に打ち消す

『色』…が浮かぶ→『名』は考えるな
すると『赤』は『熱、落ち着かない、暑い』という『感覚』になり
ここで『太陽』が連想→『名』は固定しない

このように『色』は『名』を持って『体が固定』される
『名は体』を表してしまうから、それを『固定概念化』すると『思考停止』してしまう

こんな感じで、『存在は有る』が『固定はしない』の『思考を崩す思考』を行ってる内に、『理解しよう』という左脳から、『感覚で表現しよう』と右脳の『直感にシフト』していく

これは『オノマトペ』が『導入』としてはいいかも

びゅうびゅう→風(×)、押す力、方向に流れる力
メラメラ→火(×)、燃える、熱い、揺らぐ

この『領域』になると、それらを『感じている自分という輪郭(部位)』すらも『言語化しない事』によって『境界線が表現』出来なくなり

気がつけば『意識の観測』は『肉体』を離れている

その先に『人の間共(常識)』じゃいられない、変性意識の逢魔が時
『化け物が現れる』だけでなく、『自分が化け物』になる

それはそういうものだと心と吾が覚えて覚悟ができていれば
化け物になっても、吾を覚えている心が人の間に意識を戻す

だから「覚悟ができたら来い!」

・・ってピリッ!と『突き放すような鬼門の門番の鬼』の内心は
(やった!人の間と遊べるぞ!あっちから来るんだから介入じゃないよな)

と夢の旅という怖いもの見たさの地獄めぐり(遊び場)に連れていくツンデレ

幽界探訪記その1 戦った鬼女に気に入られる夢

緑の肌で白髪の巨人の三姉妹と旅立つ夢

・・と表現できる時点で、『人の間共な神経』じゃないよね
それを証明する方法は現実ではないが、夢はただの夢ではない?と

『本気で認知が変わりそうな人の夢』には『使者として現れる』かもね?(あなたに必要な存在として)

夢の中で友人に明晰夢のコツを教える夢

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