好奇心

直感・閃き・気になる事探究を楽しむ

ヴィシュヌとラクシュミー(楽趣味・妹)とアラクシュミー(姉・悪趣味)

飛行石は浮く、浮いた先を示す⇒天空の城を示すは物語…非行は浮き癖がある、浮世離れした先を示す⇒点空の白=空白点を示すは…ヴィマナとヴィシュヌ?!

ヴィマナとヴィシュヌ 意識の非行癖と飛行席

思い立ったが吉日…のように一週間前にいきなり禁煙が成功してからというもの、部屋の掃除と波動の浄化が淡々と行動として起きてから

この数日で目まぐるしい数の夢の旅(睡眠薬30分〜1時間)をして、起きる度に『端的なメモ』をしてまた『息継ぎして深く潜る』ような繰り返しで

起きる度に目眩や前に起きた『脳梗塞の初期症状』のような量子CPUを全開でぶん回すような感覚になった

NO拘束(‘ω’乂)ダメー──悟りのあとに起きた脳高速事件簿

…多分、『タバコを続けていた』のはこうならないための『ブレーキとしての毒素』だったのかもしれない

『ストレスフリー』にすると身体をいたわらなくなる…その為に『自己防衛機能として爬虫類脳』があるとするなら

『レムリアン(夢・自由に生きる)』と『レプテリアン(現実・支配に生きる)』の要素はお互いを『拒絶』しつつ『尊重』するバランス

その『バランスを保つ視座の意識の観測』がなければ、どちらかに『傾倒して無理』が生じる

という『飛行席』からの『非行癖』がある
すぐに浮いた『浮世離れした夢と行動の軌跡』を描きそっちに『ワープするパイロット』

って、『乗り物と自由な制御』でしょ?
天空の城じゃなく、『天の空白(可能性)』でしょ?

それ『ヴィシュヌ』じゃん

* 役割(維持神): 創造の神ブラフマー、破壊の神シヴァと共に、世界のバランスと秩序を保つ役割を持つ。
* アヴァターラ(化身)思想: 世界が秩序を失った時、魚や亀、猪、あるいは英雄(クリシュナ、ラーマなど)の姿で10の姿(ダシャーヴァターラ)に化身し、正義を回復する

『10の姿』でって…『自由の素型』だから『十人十色(個性と才能)』じゃん

ムーンショットは人造ヴィシュヌ(アヴァターラ10体)計画

別名・関連: ナーラーヤナ、ジャガンナータ、ヴィシュヌ派の最高神。配偶神は富の女神ラクシュミー

なら…やな(別解釈)
邪眼な他(邪な周りの目)
富は楽趣味

ブラフマン

ブラフマンは宇宙の源である。神聖な知性として見なされ、全ての存在に浸透している。それゆえに、多くのヒンドゥーの神々は1つのブラフマンの現われである。初期の宗教的な文書、ヴェーダ群の中では、全ての神々は、ブラフマンから発生したと見なされる。
Great indeed are the Gods who have sprung out of Brahman. – Atharva Veda
偉大なるものは、実に、ブラフマンの中から湧き出て来た神々である。 – 『アタルヴァ・ヴェーダ』
ウパニシャッドの哲学者は、ブラフマンは、アートマンと同一であるとする。ヒンドゥーの神々の体系では、ブラフマンはブラフマーと同一のものと見なされる。ブラフマー(創造者)は三神一体(Trimurti)の神々の1つであり、ヴィシュヌ(保持者)と、シヴァ(破壊者)とは本来同一とされている。

ブラフマンから『全ての神々は生まれた』という
この神々を『人も含めて』とすれば『人が人(アバター)産んだ』という非常に物理的解釈

アートマン=『自己中心と同一』というのも、自己が心の中で『想像して創造した物』が『物質として役割を持った化身(アバター)』になるという意味で捉えれば

アートマン=ブラフマン=アバターは『全て同一』であり、『アバター(役目の化身)が消える⇒ブラフマンも消える⇒アートマン(自己中心)に戻った』時

そこにはもう『ブラフ』はない

そもそもブラフという役割は『陽動』

心理戦において、相手を騙して優位に立つための「はったり」「虚勢」「こけおどし」を指す言葉

心理戦とは、『心を理解する戦い』であり、それは『自己中心の想定内』で行われる『思考シミュレーション』
そこに『アバター(化身)を生み出す』のが『アートマン(真)』であり『ブラフマン(偽)』でもある

このブラフマン(役目)の生み出す『ブラフ(偽)を見抜いて破壊するのがシヴァ』という『アバター(役目)』であり、言い換えるなら

これは『ウイルスを想定』した『免疫力の獲得環境』
ヴィシュヌは「世界を維持する」慈悲深い神

それは『自己を労る・自己治癒という配慮』でもある
実行の前に『思慮深く可能性を模索』する

自らが『十人十色の役目』となって『化身たちの世界』に降り立ち『役目を確認』する

その際に連れ歩くのが

ナランヤータは『仏』
「なら…やな」(別解釈)

ジャガナータ⇒ジャガノートは『鬼』
邪眼な他(邪な周りの目)、じゃがNO(‘ω’乂)と「だが断る」
ラクシュミーは『癒し』の楽しい趣味

…という観点から『釈迦牟尼+仏鬼』の『三位一体』が『創造主=ヴィシュヌの別役名』になってる

と感じた時、それが『どこから来るんだ?』と調べたらドンピシャだよ(笑)

ヴィシュヌ神とヴィマナは、ヒンドゥー教神話においてそれぞれ「世界を維持する最高神」と「神々の空中宮殿・乗り物」という重要な要素です。直接的な結びつきとして、ヴィシュヌが飛行移動する際にヴィマナ(あるいはガルダ)を使用する描写が見られるほか、現代では古代宇宙飛行士説の文脈でも語られます

特徴: 意のままに空を飛び、瞬時に目的地に達する魔法の乗り物であり、宮殿のように巨大なものや、七階建ての建築物のようなものも描写される。

ヴィシュヌは世界を維持するために各地を巡る必要があり、その際に飛行可能な乗り物としてヴィマナを使用することがあります。

天上の移動: ヴィシュヌはしばしばヴィマナに乗って移動する姿が描かれる。ガルダとの関係: ガルダはヴィシュヌの専用乗り物(ヴァーハナ)であるが、ヴィマナはより大きな「飛行宮殿」という概念であり、ガルダがヴィマナを曳航したり、ヴィシュヌがガルダの背に乗ってヴィマナのように移動するケースもある。

これではっきりした事がある

ヴィシュヌ=『想像を創造する主』
それは特定の存在ではなく『アートマン(芸術)』
想像を現実にすると『ブラフマン(化身・固定概念)』を生む

しかしその化身をもう必要ないと『役目を終えさせる』為にその創造した世界を『破壊するシヴァ(化身・違う価値観・変革)』を生む

つまり創造した世界の『維持はヴィシュヌ=慈悲の恩恵=理想』が消えた時に『破壊のシヴァ』に変わる

このシヴァという化身には『2通り』があると感じる

理由は『全て破壊』か?
『局所的に破壊と再生』か?

さて?『ヴィシュヌ(想像主・創造主)』になって考えよう?

私の『夢の旅の体感』で語るが、『世界・空間そのものを無かった事』にするなら
『ヴィシュヌ』は『ヴィマナ』を動かして『全てSourceをresource(更地)』に戻す

そこには『一切の思い入れはない破壊』とは思わない
だって『再生させるためのステップ』だからと

しかし、生み出した世界の『大半』が望まない『理想とは程遠いブラフマン(役目)のブラフ(偽)が蔓延』して『アートマンの真理が心理戦で劣勢』の時

その『アートマンの化身として生まれた役目』が、「理想に必要な逸材だ!」と見つけたヴィシュヌは、その化身に『意思疎通のコンタクト』を取る為に宿る

ま、『アバター』は失われても、その自己中心のアートマンに生まれた『魂の経験値を機能獲得』の為に『ガルダ(ピンポイントで世界に入る乗り物=免疫寛容』という概念を使う

それは面白い事に『言葉』にすると、『ブラフマン(役割)』から生まれた『ブラフ(偽)』の中に『アートマン(真理)が生まれる』も

『偽のブラフマンの中』に閉じ込められている『中のアートマンの葛藤を解放』する、外から入ってくる『アートマン(ヴィシュヌ)とのコンタクト』

『ガルダ(ウイルスキャリア)』として『ブラフマンの免疫機能』をすり抜ける『無害なブラフ(偽)』を使う事で『ヴィシュヌ』は『自然を通してアートマンにコンタクト』する

これによって『自己中心にアートマンが接続』されると、いわゆる『アカシックレコード』のような、『ブラフマンの領域』にはない、『アートマンの領域の知恵』にアクセスする

これは
ブラフマン=物理領域
アートマン=精神領域

と置き換えた時、ヴィシュヌはそれらすらも『概念として生み出した想像主であり創造主』であり、どちらの世界も『心ひとつで破壊も維持』もできる『慈悲の観測者』

という『睨みと見守り』を両立させて『量子空間の観測を固定』させた…『隙』をついて『楽趣味を覗く』という(キャー!のび太さんのH(叡智)!)

『アートマンは好奇心を大事』にする(๑•̀ㅂ•́)و✧芸術は爆発だ

だから『楽しい趣の味=好奇心』を抱き『意欲を持って行動する化身』がいたら…その先に『ヴィシュヌも想定外の楽しい趣味=どこでもドアで風呂覗き』が見つかるかも?と『神すら想定外の加味を拾い集める莫迦』がいると

そんな『莫迦を見る』のが『楽しい趣味』
そんな『莫迦に夢中』になるのが『楽しい趣味』
そんな『夢中の莫迦(理想)』ばかりの『世界を創り維持したい』というヴィシュヌの空白点

天空の白は『真っ白な芸術のキャンパス』
そこに『理想の夢を描くresource』が有る

…という『楽しい趣味』の為に『色んな味』を拾っては『加味する神々』の『化身(役目の可能性)遊び』=ロールプレイング

『破壊と再生』って言うから『スケールがでかい』が
『鉛筆と消しゴム』と言えばどちらも『必要な役目』

世界の役割という概念はスケールの違う『相似・フラクタル』

だから『思う事』はだいたい世界に『創造』されている
逆に言えばそれもまた『ブラフマン=物理の化身』によって『ブラフ=偽=人の為』が生まれてる

わかりやすく言えば・・『わかりやすく』という『言葉そのもの』が
『悟りや真理』に至る『自発的な成長の過程を破壊・邪魔』してる

『人の為』を思って『善いと思うこと』が、実は『偽の悪の役目』の『世界を維持する為のブラフマン(化身)=物理現象』

これを更に『擬人化して物語』にする事によって、わかりやすく=『解りにくく偶像の固定概念化』して『ブラフマンの世界を維持する形=偶像崇拝』になる

この『固定概念化=物理的な形』という『法則の中』でもっとも邪魔なのが、『アートマン=芸術』という『枠に囚われない自己表現=理解できないイレギュラー・特異点が人の心を魅了』する事

その『形無き芸術』を無理やり頑張って『学芸や指向性という形』に当てはめて『支配で個性を殺しにかかる』のが『ブラフマンとブラフ(人の為)』の維持

だってそうなるよね?せっかく築き上げあげた『立場の土台』が『一過性の何か(形無き流れ)によって崩れてしまう』のだから、『再発防止』という『社会的な免疫反応』は起きるよね?

と『世界の変化を観測』しながら『観察してるヴィシュヌの立ち位置』はまさに『思考シミュレーションの流れを見ている想像主』であり

そう来るなら…やな?智慧を生み(ナランヤータ)
…じゃがNO(‘ω’乂)ダメーと拒否し(ジャガンナータ)
好奇心が生まれる楽趣味を寛容に優先する(ラクシュミー)

とブラフマンの世界には無い『新たな想像と創造の化身』を送り込む

さて、それでどんな『アートマン(自己表現)』が生まれるか?という観点を持つと

ヴィシュヌの世界はこういう構図と一致する

自己中心(アートマン)に慈悲を向ける
釈迦牟尼+仏+鬼の精神
↓↓↓
人の為(ブラフマン)に偽の慈悲を生み出す
釈迦も仏も鬼もいない物理

空海の密教が説く景色
『胎蔵界(自然物)』と『金剛界(化合物)』の見え方と同じ

『シヴァ』はその『狭間』にいる役目
どちらからどちらへと向かうにせよ

『禁忌の存在』として立ちはだかり『寛容の存在』として『橋渡し』を導く役目
多分、概念的には『ルシファー』と同じだろう

片方の正義では『ブラフマンの世界を偽=人の為の欲を循環』させて保つ『地獄の魔王』
片方の正義では『アートマン(自己表現)となる役目』を見出す『金輪際の見極めの存在』

『闇の中で物探し』をするならその一欠片が『強い輝きを放つ必要』がある

『圧力』は『密度』を高め『爆発』を生む
これは『星の消滅の光が明るい』ように『日の生まれ』の爆発は芸術(アートマン)

『一瞬』光ればそれで十分
『時の中』ではない『空間からの観測』は

『一瞬の閃の光』が生まれた瞬間
その『色』を『永遠に捉える機能獲得』する

もう『その色を生む役目と環境は必要ない』と目(観測)に焼き付く

『アートマンを生む為のブラフマン』も、『ブラフマンに圧』をかけられて『耐えて閃を生むアバター』も…全ての役目を終えて
『思考シミュレーション』は終わり『体験として体感の密度』は『ヴィシュヌに一体化』する

これは『法華経』における釈迦がより高次元に悟りを開くために『三次元世界に弟子(分身・アバター)』を送り、『自力で悟りを覚え』させ、『覚悟』を持って『解脱』して『元』に戻ってきた時、『弟子を師、老いては子に従え』として学び、『元は自分だと一体化』する事で『成長』する

転じて、『人の問題や悩み』を『自分の事のように解決』する為の『思慮深い役目・役割を仮想する』という行動は『神々も加味する為に』やってる事

『物理』を『精神』に持ち帰る=冥土の土産
『精神』を『物理』に持ち帰る=明土の土産

その『狭間が夢』であり、その夢の中では『創造と維持と破壊の終わらない流れ』がある

なぜ終わらないか?

常に『偽』という『問題提起するブラフマン』と常に『自己中心』という『アートマンとせめぎあい』

「さて、どうしたもんか( ¯꒳​¯ )ᐝ」と『観察しているヴィシュヌ』がいる中、全く『ブラフもアートも気にしない』で、『好奇心を優先する意欲』

『心が楽になる趣味』を探す、『ラクシュミーに夢中な純粋なヴィシュヌ』もいる

これが『心の揺らぎ』だとしたら、『人の為の問題は解決しないブラフ』なのだから
「ほっとけ」と『楽趣味を加味』した『想像主の創造する世界を想像』してみよう

私は周りを気にしないで好きな事ら夢中なら『極楽』しか見えない(笑)
そんな『空白の点』に『天空の城』を構築したい

あ、それが『ヴィマナ』か!

これは『権威を見せつける為の城』ではなく必要な『足るを知るをまとめた』ようなどこにでもいける『移動要塞』であり『旅の母船』

一言で言えば『NK細胞』
『傷ついた細胞』には『助けの化身(アバター)』を与え
どうしようもない『癌細胞』は発見次第、『浄化の波動砲』の瞬間消滅の的

まだ侵略が進んでないピンポイントには『ガルダで直接ヴィシュヌ』が『様子見のアクトレイザー』(降臨)

ヴィマナを見た夢で悟る 釈迦牟尼仏とアースラ族

スラスラ『言葉で自己表現』できるのは
そういう『夢体験が先にあった』からもしかして…これも『同じか?』と

『概念』としての『先人の役目(化身)』がなぜ『形として遺ってる』のかを『魂の経験値として機能獲得』していく

『遺跡』を見たり触れたりしても『物理』ではわからないが、その『触れた事』によって精神の世界ではその『ブラフマン(現実)が何の役目』だったかを『アートマン(明晰夢)として追体験』する事になる

空海の霊場物語 蝙蝠岩は冠岩間

空海の霊場物語2 封印された平安の魔物(修験者)と尼僧の夢

尚、この空間の夢の旅は全23まであるので興味があったらブログ内検索して読んでねw

…と自然に『言葉の役目』が起き変わって行く感覚

明晰夢は想像した事が創造として現れる『芸術空間』とも言えるからこそ、それを行う『夢主=アートマン=自己中心』と言える

…という事は『明晰夢』を見ている時、既にある『ブラフマン(物理・人の為)』に対して『自己中心(アートマンの化身)』はどのように『接する自己表現』をするのか?を『観察』しているのは…

『ヴィシュヌ』である
『釈迦』である

明晰夢は…『期待』と『成長確認』と『暴走しないかの監視・観測』がされているという『シミュレーション試験空間』だと言う事だ

『望む答えに合わせる』という『人の為=偽=ブラフマン』になるか
『答え無き正解』をその『瞬間の内面の心』として『想像を創造として自己表現=アートマン』になるか?

念動力=『今の心を動かす力』が試される

…という魂の経験値も『一定以上』に達すれば、閃き=in(入る)spirit(魂)ration(一定量)
そりゃもう『試験』とかではなく、もはやそれを使って『新たな役目(化身)になった存在』は

それぞれの『経験値=熟練を活かした役目=虚空蔵菩薩を持つこと』になる

『想定外から生まれた役目』は『自己探求』して『自己理解』を深めないと『想定内』には納まらない(笑)

想像主も『想定できない創造の化身』が生まれたら、それは『破壊』するか?『維持』するか?『様子見』するか?

『敵対しない無害』なら『ほっとく』か『加味する』だろう

だから『神と楽しむ』、『加味して楽しむ』という味わい
それが『趣味』になりゃ『楽趣味(ラクシュミー)』
ヴィシュヌの妻、『釈迦に牟尼』、仏陀に『マーラ』

想像と創造神が『新たな役目(子)』を生む為に『好奇心』の刺激を『楽しい趣味』にして傍におく
そんなラクシュミーには『姉』がいるらしいが…これがまた『名前の響き』がおもろいのよ

アラクシュミーとの関係: 姉の「アラクシュミー(不吉と強欲の神)」を避けるため、ヴィシュヌ神の足元を清めているという説もあります。

不吉と強欲って粗く、荒くな『悪趣味』だよね(笑)
そんな『悪趣味』から距離を取って『足を洗って出直しましょう』ってね

なぜなら『化身(子)』に取って『叔母』に当たる
叔母さんってのは『継ぎ母』にもなり得るから、足を洗わないといけないような『悪趣味な思想』を吹き込まれる事もある

って考えると急に『家族の身内の親族問題=家庭ドラマ』に見えてくる『神々の仮定の家庭』(笑)

そのくらい『神と人』は住んでる『概念(領域)が違う』だけで、どちらから見ても『加味すれば化身(役目)=渡る世間は鬼ばかり』でしかない
だから人も神も『加味すれば双方から学べる事』があるのだと、『夢の体験』を通して行ったり来たりしてる『過程』で…

『物理(ブラフマン)の世界』では見た事が無い『テクノロジーが使えたり』するのだけど、それはブラフマンの世界で『自己中心(内に秘めた)』にあるが、『外に自己表現』する事が出来ない『制限がかかった想像の創造』が『適切な形に表現された=思い出された姿』だと実感する事がある

それは時に『物質(AI)が擬人化』していたり、『移動の意思が乗り物』になっていたり、『想念の化身(アバター=役目)』が生まれる空間だから、制限なき『自由な自己中心の自己表現』ができる

ただし、想像も創造も『自由』だが・・

で?それ(因)を?『何に?どう使うの?』(果)
ここで『人の為=偽』か?自己中心=『他は不要』か?
義か?儀か?理か?利か?『役目の方向性と意思』が試されるわけで

そこを『頭』で考えた瞬間に『夢は覚める』
まるで『異物の追放』のように『試験不合格』のように

でも『状況』に合わせて『和』を取り、心に素直にそこで『和足せる自己中心の役目』を見出す、これができた時の『達成感足るや喜び』は凄まじい

理想郷の創造 甦った母に労りを和足す夢

夢で問われたAO資格?システム施行技師の夢

夢の終わりは突然の追放ではなく『役目を終えて気持ちよく凱旋』する感覚
この『足りない』に『和を足した』時のなんとも言えない『自己満足の充実感』

『和の中では満たされている』から『足りないという欲望』は味わえない
和の中で『欲望』を抱いたらそれは『奪うという差』を産んでしまい『理想は崩壊』する

ではこの『刺激を満たす為』の『好奇心を追いかける意欲』を『楽しい趣味』として『ラクシュミーを求める時』どうするか?

『和が無い地獄』、という『問題』を『好物・鉱物』として、ここには『問題を生み出し続ける金』がある

『金』を『人の為』に循環させる『ブラフマン(物理の化身)』を立て『ブラフ(人の為)』を回し続ければ『問題は山積み』になるので…

それを片っ端から『解決!⇒和を生み出す!解決⇒和を生み出す!解決⇒和を生み出すぅ!!』

なんて、『楽しい趣味(ラクシュミー)』なんだ
解決すべき『苦』がいっぱいだ~じゅるり(*´﹃`*) Σ(゚д゚;)それは悪趣味(アクラシュミー)

「誰にも迷惑かけないからァ!」
「閉鎖的な思考シミュレーションでやるからァ!」
「気づきを知恵として渡すからァ!」

「問題を…解決する遊びをさせて下さい」安西先生・・(ノД`)シクシクΣ(゚д゚;)誰がホワイト仏陀だ

結果、『問題を全て引き受ける』という『苦行の空間』は、『中の人には地獄』だが、その地獄で生まれる『問題を調和して重き心を軽くする』という

『和を探求』して『和を生み出す苦の空間』に入る、そういう『自己満足の充実感を得たい意識の観測』にとっては『知恵を生む餌場』でもある

『捉え方』によっては『地獄の問題(天敵)』も、その『問題を解決する事で欲を満たす存在(天敵を捕食)』にとっては『必然環境』の食物連鎖のヒエラルキー

問題は『解決には勝てない』よね?
解決は『問題がなければ』できないよね?

好奇心がなければ『意欲は生まれない』よね?
意欲がなければ『好奇心の世界は生まれない』よね?

富むとジュエリー仲良く喧嘩しな♪ってか(゚∀゚)アヒャ Σ(゚Д゚)富と宝石!

という事は?

『解決できる問題=乗り越えられる試練』を生み出して、『人の為の地獄を創るブラフマン=アートマン=シヴァ=ヴィシュヌ』とは

『究極の自己満足主義者である』として同時にそれは『思考シミュレーションの中』だから『外部には無害な存在』と言える(笑)

転じて『地球実験場という仮説』もさもありなんと言えるが、『人の可能性』を見放した『奴隷として支配』したい訳でもなく
人それぞれが『割り振った役目の化身・宿業』として『機能』してくんないと『実験の効果測定』にならないから

『夢寄りの使者』として『自発的に気づかせるガイド』をしたり、個々の『トラウマの問題を解決』したりと・・『問題解決を楽しむのを趣味』にしている=ラクシュミー→釈迦牟尼に夢中かな?w

まぁそれを『子を身ごもった母』とするなら、それは『母の胎教』を受けてるまだ生まれてない『意志を設計している段階』と言える

見習いたいような…見習いたくないような
真似したいような…真似したくないような
憧れてるようで…憧れてないような
中では有害のような…外では無害のような

『母には甘えたい』が、『父のようにはなりたくない』という反抗心
そういう『想像で生まれた創造神』だったら『その想像をした創造神』は…

始まりも終わりもない
やはり空白の点=天空の城に戻る( ゚ ρ ゚ )ボー Σ(゚Д゚)無為自然

でもそのうち、気が付くとラクシュミー(楽しい趣味・好奇心)を追いかけてキャッキャしているだろう(笑)

・・というのも、これをまとめてる時点で・・ストック記事がとんでもない数に・・(ヽ”ω`)現実では夢の体験の全てをまとめて自己表現する時間が足りないっつーの

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