好奇心

直感・閃き・気になる事探究を楽しむ

アテルイ、母禮?と聞いて思う事

東北蝦夷の英雄とされるアテルイは知ってたが共に戦ったモレという存在は知らなかったが・・墓に刻まれた『母禮』の文字が奇妙な偶然の一致か、私の母の名は『禮子』だった漢字の一致から意識は遠く海の果てへと観測の旅を広げ始めたきっかけの動画

たまたま見ていた動画

予告の部分で、『東日流外三郡誌』について触れて、『東北、蝦夷、アテルイ、ヤタガラス』について語っていたのが気になり見ていた時、『宮沢賢治』に触れたり、『日本中央の石碑』の話に触れたり・・まさかの『ユング』に触れ、『夢記(夢日記)』こそが古代の日本の重要なポイントになっていたと・・

過去に私の直感が意識の観測をしていた事が多く出てきた事に驚いた

歛(ねがう)から八咫烏へ?!

ご神木から伝わる明な話の東日流外三郡誌

岩手探訪録5 宮沢賢治童話村と鉱物

霊迎雀宿 第十四夜 ひのもと

祖霊とまれびとと貴種英雄譚 柳田國男と折口信夫はまるでフロイトとユング(笑)

で、今回はそれよりも新しく気になった事があった
アテルイ・・は知っていたけど、『モレ』?という存在は知らなかった

そして、そのモレを示す墓の漢字が『母禮』と書かれていた事が閃きの鍵になった

モレ

亡くなった私の母は、礼子という名前だが、元々は『禮子』だった(漢字を改名していた)
示し豊な子として、名は体を現すように、若い時の母は『不思議な事に興味を持つ体質』だったようで

その『DNAの影響』で私は、それを現実と夢で『示し豊かな子の子』として体験し、『夢日記』を書くようになったと思っていたが・・

まさか『母が禮』だった(モレ)とは(笑)
そりゃアテルイにも意識が向くは(笑)

雉(きじ)は何処へ消えた?を追ってたらアルテミス(月)に出逢う

そういう意味では、丹内山神社にある『アラハバキ岩の下をくぐり生まれ変わる』というあの行動も『意味』が違って感じるし、夢の導きで『瀬織津姫を祭る大瀧沢神社に行かされた事』も無意味ではなかったと・・

岩手神社巡りとお盆旅の備忘録総まとめ

交通事故にあってくれません?と言われる夢

と、過去の私の記事を振り返るきっかけが山ほど出てきたが・・
今回はそれよりも、動画を観た人のコメントが気になった

メキシコ在住です。インカからアステカ.マヤ文明のメキシコには伝統料理とお菓子に
モーレとアテがあります。前から気になってましたが偶然だと思えず。何か繋がっていたらすごくエモーションですね

伝統料理にモーレとアテ?

メキシコの伝統料理「モーレ(Mole)」と「アテ(Ate)」は、どちらも古代のマヤやアステカの先住民族が育んだ食材に、スペイン統治時代に持ち込まれた食材が融合して生まれた「文明の交差点」のような食文化

1. モーレ(Mole)モーレとは、先住民族の言葉(ナワトル語)で「ソース」を意味します。日常的に食べるものというよりは、結婚式やお祭りなどの特別な日に出される「ごちそうソース」です。

歴史: もともとはアステカ文明の儀式で神に捧げられていた、トウガラシやカカオをベースにしたソースです。そこにスペイン人が持ち込んだスパイスや砂糖、ナッツが加わり、現在の複雑で深い味わいになりました。

特徴: カカオ(チョコレート)とトウガラシ(チレ)、数種類のスパイス、ナッツ、トマトなどを何日もかけて煮込んで作られます。甘い・辛い・苦い・香ばしいが入り交じる、とても奥深い味わいです。
食べ方: ターキー(七面鳥)や鶏肉の煮込み料理としてソースをたっぷり絡めて食べるのが定番です。

2. アテ(Ate)アテは、メキシコの伝統的なフルーツスイーツです。羊羹(ようかん)やドライフルーツのペーストに似た、しっかりとした食感を持っています。

歴史: スペイン人がメキシコにリンゴやマルメロ(西洋カリン)などの果樹を持ち込み、修道院で保存食として作られたのが始まりです。ここにメキシコ原産のフルーツ(グアバなど)が加わって発展しました。

特徴: 砂糖とフルーツの果肉、ペクチンを煮詰めて固めたものです。メキシコ原産のグアバ(グアヤバ)やマルメロがよく使われます。
食べ方: そのまま一口サイズに切って食べるのはもちろん、伝統的な食べ方として「パネラチーズ(塩気のあるフレッシュチーズ)」やマンチェゴチーズと一緒にスライスして食べます。フルーツの甘みとチーズの塩気が絶妙にマッチする人気の組み合わせです。

なるほど、成る程、成る過程!

『先住民族が育んだ食材』に、スペイン統治時代に『持ち込まれた食材が融合』して生まれた「文明の交差点」

モーレという言葉は、日本語では『盛れ』でもある
つまり、『盛大』に結婚式やお祭りなどの特別な日に出される「ごちそうソース」

まさに、母の味、禮

「禮(れい)」とは、元々は神様やご先祖様へのお供え物や感謝を表すための「儀式」や「作法」のことです。社会生活のルールや、人に対して敬意(うやまう心)を示す行動そのものも

「禮」という漢字は、古い時代には神聖な儀式を意味していました。示(しめすへん): 神様や祭壇を表します。豊(ゆたか): 神様にお供え物をたくさん盛った器を表します。つまり、神様とコミュニケーションをとるために、豊かでおごそかな気持ちを表す行為が「禮」の始まりでした。この儀式で培われた「相手をうやまう心」や「正しい行動の形」が、現代の私たちが使う「礼儀」や「礼節」という言葉

「禮」が持つ3つの大きな役割感謝の表現: 神様や周りの人への感謝を表します。秩序を守る: 社会が平和に暮らせるためのルールや行動の決まりです。お互いを尊重する: 相手を大切に思い、敬意を行動で示します

持ち込まれた食材=『伝来した智慧』が『先住の智慧の食と融合』して『盛大に祝う、敬意(うやまう心)を示す行動』の根源(ソース)として繋がっていくと

まさに母の味(醍醐味)

ちなみに「禮(れい)」が元々は神様やご先祖様へのお供え物や感謝を表すための「儀式」や「作法」という意味ならば

私は『夢』で逢い『智慧をくれる先人達』を先の祖として人と共に養うと書いて『先祖供養して宿す』という表現で、まさに『禮(れい)の子』として『母の名に恥じない生き様』をしてきたという事と納悳(笑)

さらに、音の響きは『アモーレ』という語源にもつながる

「アモーレ(amore)」は、イタリア語で「愛」や「愛する人」を意味する言葉です。英語の「LOVE」や「My Love」にあたり、恋人や家族、親しい友人など、大切な人への愛情表現として日常的に広く使われます。アモーレの詳しい意味と使い方イタリアでは、恋愛関係の相手だけでなく、親愛の情を伝えるために以下のような幅広い対象に対して使われます。

恋人・パートナーへ「私の愛しい人」を意味する「アモーレ・ミオ(Amore mio)」というフレーズが代表的です。出会いの挨拶や別れ際によく使われます。

家族・子供へ親が我が子を呼ぶときにも非常に一般的に使われます。
友人やペットへ親しい友人(特に女性同士など)や、可愛がっているペットに対しても愛情を込めて使われることがあります

・・が!『歴史上の母禮』は別に『母』だった訳ではないらしい(笑)

歴史上の人物としての母禮(もれ)は女性ではなく、男性の蝦夷(えみし)の族長です。阿弖流為(アテルイ)と共に、朝廷の軍隊と戦った武将

ま、歴史は歴史なんで、『書く側の主観を取りまとめた記録』であり、『片側の意見』では読み物語

ただ、直感は蝦夷、古くは縄文は『海を渡って海洋交易』をしていたと考えれば、『まれびと』なんだよな~と『Mare(海)』から来た『稀な人』

ラテン語の「Mare(マレ)」は「海」を意味する言葉です。
英語の「Marine(海兵隊や海洋の)」や、フランス語の「Mer(メール:海)」といった言葉の語源

『戦い』として蝦夷の物語は『討伐する側の戦争の記録』ばかりだが、『争いが無い時』はどうだったのか?と考えれば、『伝来するもの』を受け入れ、『和足す』という『渡し舟的な存在』だったのではないかと思う

それが『邪魔、気に食わない』という流れが『西南』からは入ってきた事でおかしくなった・・という意味では、冒頭の『古代ローマ帝国と戦ったニ氏族』と『東に集まった十氏族』という話も

『武器に特化した侵略戦争』に触れすぎたせいで、『DNAがmRNA逆転写』されてしまった思考。
「戦わないと生きていけない、負けたら国を奪われ囚人になる」という『勝ち負け』にこだわる思想

『ローマ帝国(癌)』に触れすぎた結果、『癌の因子』に侵されてしまった『癌細胞』として
「支配こそが正義!奪って捕まえて奴隷にして絞りとる」・・という『された事をする=癌の機能獲得』になった

これは『戦後の細木数子の法則』でも同じで、傷つけられる前は無垢な少女、傷つけられた後は、傷つけられる前に傷つけるという『好戦的・手口を真似して狡猾』になって行ったのと同じ

『たった一人の女性』に『世の中が翻弄』され、『国を護る思想哲学の重鎮』ですら『魅了して懐柔』してしまう『人の支配の意志の影響力』の恐ろしさ

あなた地獄に堕ちるわよ 細胞の働きの相関図で洞察する

そういうのも含めて影響力は『稀に変なの(奇形細胞)』も混ざってるけど、元は『人類皆兄弟達』なのかもしれない

言葉の世界観はおもしろいな

『漏れなく愛して十人十色の和合=隣人を愛せ』かな?

この十人十色の『十』もまた、元は『十氏族からきた十』だったら
『十の元』に『一』を支える心で『志』

それが『±心』ってのも、面白いし
その心亡き・忘れた=忙しくて忘れた=侵略戦争Business

『元』がなきゃ『完』には成らないからこそ
元(ルーツ)を辿る真理の探究

『既に失われた世界観』を観る為に『夢が有る』のかもしれない
かつての『奇蹟(生)』が『鬼籍(死)』に漏れ出たから

『主は母』を求めて『毒』を食らわば皿まで食う
毒を加味して味合わないと『症状(体感)の薬師・訳詞の処方』できんからね

意識の観測する方向が急に広がった・・掴み所がねぇな・・

カタカムナで もれ の言霊は
漂い消滅

あ、これ・・まんま掴み所がねぇ(笑)

『掴めない(物質ではない)』なら『セオリー』っつー『流れ=瀬織津』だなこれ
じゃ『流=龍の背』に乗って、また気ままに『命を運んで』もらおうか

漂い消えた運命を追って・・か

少なくとも、私の母の名=『禮』という漢字が一致した事
その禮が腹を切って『帝王切開』で生んだ子

私にとっては『意味』がある意識の旅になりそうだ
さて、どんな『夢見の体験』をするのやら・・

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