『嘘をついた事』を忘れてしまえば、あなたに、相手に『明日が無かった』時、あなたが創り出した『嘘の世界』に他者を閉じ込めたまま永遠に解放できない『思い込みの牢獄』が生まれ心残りの残念という浮かばれない事になる。嘘に優しさがあるとすれば、『今日』が終わるまでに『種明かし』を忘れない事。『嘘をつく業は桁外れに深い』と理解するだろう
嘘の業の深さ
人とコミュニケーションとして対話する時
相手を楽しませつつ自分も楽しむ方法
それは『最もらしい嘘』をつく悪戯
悪戯=いたずら
意他面=意識した他の面=キャラ・仮面
いたずらの言霊は
伝わって分かれた反対方向に進む場
あくぎの言霊は
感情が引きよる内なるエネルギー
最もらしい人気を集める嘘を『伝えた事』で『分かれて感情移入』して『没入した嘘世界=虚無』
意他面=他人の面=自分ではないを演じ『仕向ける・仕掛ける』
これが仮面が『嘘の世界観』に引き込む
『joke』という名の『常套句』
『情景』という名な空間の景色
その『物語の世界観』がしっかりしてればしてるほど、聞き手はそれを『疑いなく盲信』してしまう。それはある意味で『洗脳』にもなるが…
ここで『優しさ=人を憂う気持ち』があれば
なんて『ウッソ』(`✧∀✧´)キラーン!Σ(゚д゚;)
貴方が『先入観』で思い込んだ世界の『出来事、登場人物』は全ては非現実のまやかし、幻想、捏造の『創り物の空間』だよ
これは『不安』を煽っていたら「心配しなくても大丈夫」という『安心に戻す種明かし』のいないいないばぁ
もし『期待や願望』を想像させたとしたら、「その想像で思い描けたなら、嘘から出た真だね!」と『和足す種明かし』
嘘は『テラーが真実を話す』までは『偽=人の為』の『事実は小説寄りも奇』の世界
しかし『種明かしの優しさ』で、『有ったと思ってた物事が無かった』という期待は絶望に、絶望は安堵に、不安は安心に
結局、『人の気を引く』為の『天国と地獄巡り』をさせて『元に戻した』だけ(笑)
では、それを踏まえて『予言書とか聖書』とかそういう類の物は、『種明かしするテラー』がいない
『創作の語り部』ではなく『ただの読者の感想と深読みの考察』に過ぎず、読者がそれを『真実』だと思い込み、『その世界観の物語』を語り伝えた物が『宗教本=漫画本』だとしたら?
時を超えて『20世紀の図解付きセックスの体位』という本が、『過去』に現れれば、『カーマスートラのような四十八手の性の技が再現』され実践される事も想定できる
『真実は誰にもわからない』がそれを『正当』と決めそれ以外を『異端、偽典』と決めつけるのだけは、『人の都合が関わっている』という事実は小説寄りも奇
事実=物事+『現実=隠された現物(証拠)』
その『都合のいい偽典や異端』という決めつけの『世論先導という現物』はどんな『小さな説=風説の流布の噂』よりも『大きな可能性』である
つまり『人の為に正当化』されているあらゆる物事は『偽』だ
偽=にせ
似せ=真似
真ではない偽である
『審議(自問自答)』が必要である
だから人の為の嘘=『偽の現実』はちゃんと『種明かし』しないとダメなんだ
『因果関係不明』とか…都合のいいこと言って人の為の思いやりとか言って誤魔化して
醜い『醜態の集大成』を晒している今の日本は『情報化社会の世界』から見ても『恥の上塗り』だろう
なぜなら日本人からも『日本人の精神性の愚かさを嘆いた声』があっても、それは陰謀論や頭がおかしい奴…と『ラベルを貼って区別』させる『金貰って妨害工作する嘘』をつきっぱなしの無責任の口車に乗せられて『日本人ですら精神的に分断』されて『一枚岩』になれないのだから
『嘘を認める事が出来ない世界』はそれが『嘘だと気づいた者達』から離れていく
『解脱』は観念や諦めという気締めは『マイナス』に感じるかもしれないが…それをブーストさせる効果が最も高いのは『正直者は嘘つきと関わりたくない』
特に『自分に嘘をつく事』すら『無自覚』な奴は『AIのハレーションやデセプション』のように気持ち悪い
なんで『人の嫌がる事』をやるんだ?と言えばなぜ『嫌なのかわからない』という
嫌がってると『態度や言葉』で示してるにも関わらず『私は別に嫌じゃない』のズレた価値観
そういう奴らが露呈したのがコロナ禍の『マスク強制(共生)』や『ワクチンの任意の同調圧力』だった
「私は別に嫌じゃないし、周りも皆やってるから、やらない方がおかしいでしょ」という環境では、『やりたくない』という反論や『やる必要はある?』と言う冷静な意志は『邪魔』にされると体感で納悳した
これが『心』と『吾』が覚えた『覚悟』
悟りを覚えた『きっかけ』
「関わりたくねー」から離れる
それが『ここには無い理想』の世界だと気づいた
始まりは『嘘=虚空』でもいい、きれいごとでもいい
人を憂う『優しい種明かし』があるなら
そこから『真の実(虚空蔵菩薩)』を生み出せばいい
そして結果、『嘘と欺瞞と立場の争い』だらけの『ポジティブ=ポジショントーク(立場の言い訳)』と『アクティブワーク(立場を得る為の侵略)』から離れる=『ネガティブという拒絶』になるが
それは『抵抗』ではなく『センシティブ』
慎重に、『配慮や見極め無が必要という『心の良心の呵責』の部分になっていく
どちらかの『立場に苦しむ』のではなく
どちらにも配慮した時、先立つ『心が前』
心が決めて吾が続く=悟
その心が『嘘という争い』を生まない為に
『優しい嘘=種明かし』を使う事で『耐性』 を付けさせる
これは私の場合は『夢の中で先に違う形で体感』させて、それが後から『現実で起きる物事と相似=フラクタル=同じ構造』をしているから
既に心と吾が悟りとして覚えてる=『覚悟』があるから、問題を『問題』として捉えず、問題が生まれる前の因果の『因を問題点として気づき指摘』する
それは、この『因果が生まれる前の特異点』だと気づきを促す事であり、人がそれを馬の耳に念仏で聞く耳を持たず『予定調和のトロッコ問題』に突入してしまえば
後は『叱咤事』ではない┐(´-д-`)┌激励もする気もないからほっとけ仏
こうして『皆の苦しみ』と違う方向に
『一切合切』何もかも興味を失い進んだ時
そこにあるのは『自己』だけ
でもこの今まで蔑ろにしていた『自己世界』
ここが『あるから全て』であり『変えられる環境』
その自己の心の世界を変える方法
それは『優しい嘘』で『自分を鍛える事』
私にとって
『現実が嘘』なのか、『夢体験が嘘』なのか
『夢と現』を行ったり来たり、『学んだり』、『教えを和足し』たり
基本的に『狭間・境界・間』に意識があると
『嘘』を『種明かししない世界』
『嘘』を『道具や手段』として貶め、人を憂う心が亡き=『忙しい世の中』は
もし私が『テレパシーを使える宇宙人』だったしても
もし私が『超テクノロジーの文明の知恵を与えるかどうかの選別者』だったとしても
『嘘つきの世界』には『和足す事』は出来ない
つまりそんな世界に現れる『宇宙人や異世界存在』やらは、予定調和の『破滅=人類の改心が出来ないなら自己消滅』を促すだろう
改心=心を改め心に『嘘』をつかない
心とは『世界』であり、世界は『観測』で生まれる
観測するのは『意識』であり
『意識』して『嘘をつかない事』
『意識』して『嘘を見抜く事』
『意識』して『嘘は種明かし』する事
『意識が世界を創る』と言う事は
嘘をつかない、着いてもそれは人を憂い、必ず『種明かし』する事で
『成長や向上を促す配慮の優しさ』として活かす!
という創造主の世界には『嘘つき』はいない
いたとしても『反面教師で成長を促す天邪鬼』(仮面)
嘘は『善悪』でも『優しさ』でもない
それは一時の『ポジション(立場)の場繋ぎ』
『時と所』で『立場は逆転』するだけ
…という『嘘の種明かしが無い世界』は優しさ=『人を憂う』が無い
そんな世界は滅びていいよ
そんな世界に合わない創造主は『別の世界で再生』するから
これは聞く人が聞けば『宗教神話』だが、物事の捉え方によっては『意識のシフト』であり、『量子テレポーテーション』であり
どちらにしても『肉体の死』は『一時的な形を変える通過点』に過ぎない
『形=存在に拘る執着=所有欲』がなければ『喪失感や無い物ねだり』というそもそも意識してない『後付けの概念が付く身(体)』が無い
そんな『概念が無い体』のある世界
心と体の『波動が共鳴』して心地よい空間
私は何度か夢で『悪意のない波動の世界を体験』してきたが、その世界は『波動が高すぎた』のか、私が『微弱な悪意』として『場違い感』を感じた
そういう『波動が高い世界があると認知』すれば、逆に『今の現実は余りにも波動が低い』…と合わないものは、自分の中にある『執着の具現化』で見えている事に気づくと
『やるべき事』はわかってくる
自己以外一切は『投影』存在を『無意識』に作ってる
『集合的無意識無という『アセット』を借りて
『自分の環境』という『仮想人間関係空間を構築』してる
それは誰かに連れられて縁のない、ある『治外法権の島』に連れて行って貰っても、得られらるのは『新たな罪深い業の回収項目』であり
「行きたい!」と思って行った場所で『偶然のような心が感動するような体験』をするという事は、それを『したかった!』という『心が望む事を叶えて満足したという業の回収』になる訳で
全部、『自分の意で±の心=志の意志決定』している
ただ、それを『自覚』してないから『嘘=仮想』であるという『種明かしが出来ない』まま口から虚ろな『嘘』を自覚出来ない
もし『嘘は優しさ』であり、優しい嘘は『種明かしがある』と自覚したらこういう
「…という夢の話さw」
これで事実は『事実』のまま『偽り=人の為』は無い
人為的な目的も何も無い『唯示唆』、あるがまま
起きた事=『体験』を『人』に伝え『仮想空間に夢中』にさせるが
それは現実ではなくて夢だよと『夢で現実に明晰に目を覚まさせる』
その『現実もまた夢』なんだけどね?wwというのは自覚すればいずれわかる







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