恥という字が無い?→中国漢字由来説崩壊。恥は日本で生まれた概念だとするなら、その極端な端と端の間の理はどこから始まったのか?・・と追えばやはり封印された漢字に導かれる不思議
恥を知る
という言葉は
『音』と『意味』と『見た目』と三重の意図がある
まず第一に耳を前にして心置く
これは心に耳を傾けるという所作
転じて『心の声を聞く』
自らの行いに心は傷ついたり、嘆いたりしてないのか?『良心・量心の呵責』は無いのか?
そして日本語の訓読み=訓戒では
はじ
はじ→始まり
はじ→端(終わり)
つまり『始まりから極端』まで『端(限度) 』を知る
「ここが止めどきだぞ?」という踏みとどまる『抑止』
そしてこの耳も心も知らないという恥知らずの事を
馬の耳に念仏
心亡=忙殺・忘却
と、様々な『物事の表現』で捉えられる『複雑』かつ『深みの含み』があるけど
耳+心=恥(端・限度)→『人間の精神性』を問う漢字
これは日本で生まれた言葉
だから国外では『恥(自己反省)という漢字』を知らない
それなら仕方ない
そう言う恥知らずを「恥って何?」という精神性・道徳観もないまま
ただひとつの『癌の核(スパイ)』が細胞を汚染して『癌細胞(結託組織)』になって、その癌細胞から出る『癌悪疫質(メデイア洗脳)』によって『タンパク質(国民・世論)が分解』されて
一部の特権階級以外の民は知識も経済も崩壊しても「癌細胞さえ無事ならそれでいい…」という構図は
元々、『恥という日本漢字を知らない国』だけでなく、恥という漢字を『消そうとした日本の政治の背景』にも言える事
転じて、『類は友を呼ぶ』ように、『日本の漢字を破壊』して『文字数を削減する』ような動きの法改正や
いつの間にかPCの『日本語フォントの漢字を汚染』してきている見た事ない『中国漢字の流入』を間違いだと止めもしないで当たり前にしようとする『サイレントな洗脳計画』
気づいても『黙っている』
気づいて報告しても『上が変えない』
変えるなと『上も言われている構図』
これを『世論(ルール)敷くお願い志増すね』と
『受けた周り増した』→損を託され『忖度』が増える構造という
これを『恥知らず』という
『端(始まりと終わりの気締め)知らず』という
『因果(始まりと終わり)応報』を知らない
やった事が返ってくる
「恥知らず!」と罵れば
「恥知らず!」と返される始末
そしたら、「そもそも恥…って何?」と恥知らず(笑)
そりゃそうだ、なぜ『癌』は『癌』なのか?
それは『まともな細胞』になれないから『癌』
『真菌・カビ』だから『寄生する細胞』がなければ生きられないウイルスと同じ
そんな『環境や思想』が『遺伝子組み換え技術』を持ったらどうなるか?
『治す為』じゃなくより凶悪に『支配維持・SDGs』の為に使うのは見えている
抗体は『護る為』に『ウイルスから機能(耐性)を獲得』する
ウイルスは『侵略の為』に『抗体から機能(捕縛)を獲得』する
道具は人の使い様
『恥・端(極端・限度)知らず』が『道具(力・知恵)』を持ったらどうなるか?
それが『自業自得の因果応報』
心に耳を傾ける
心の嘆き、苦しみを聞く
それは『限度』っていう『量心の呵責』
良い心ではない『四無量心』だ
仏教における慈(じ)・悲(ひ)・喜(き)・捨(しゃ)という、限りなく広げるべき4つの利他の心のあり方で、すべての生命に平等に幸せを願い、苦しみを取り除き、共に喜び、偏りなく接する心のこと
「それはもういいだろ?もうここまでだ」
という『足るを知る=シッダールタ(仏陀)』
つまり『恥を知らない理由』は『仏陀の教え』を破壊した『廃仏毀釈』によって、『あの国の世界』から見れば『周知の事実の歴史から消された事件』同様、民には『宗教漢字も封印』されてるのかもしれない
『恥を知らない』のは…本当の意味で『恥という漢字や意味』を『習わされない=道徳観』がない
そして『道徳の授業を日本から消してしまった今の文化庁』は完全に内部に『中国の洗脳スパイが入り込んでる』のでは?とすら『答え合わせ』ができてしまう
日本も『空白の400年』と言われる歴史があるが、その中身は『海外では授業になっていたりする』のに、当の日本人には『全く認知されていない』ようにやり方が凄く似ている
そう言う意味では、『連続記憶の空白』があるから、日本人もそれを『知ることなく歴史』を語れば、『恥知らずな部分』は出てくるかもしれないが
それは人の連綿と続く『生き様の歴史』を、『消したり変えたり』過去改編した『時の人の罪』である
しかし、その『責任者』はもうこの世にいない。いない『罪作りの奴=ルール』に振り回されている後世
観自在と観時罪
時の罪を観る=歴史の中の自分を観る
それを持続可能に続けていく限り、自分もまた『時の罪を重ねる当事者』なのだ
だから『罪』を憎んで『人』を憎まず
これを実行する為には『自国の歴史を掘り起こす事』なのだが…それをやって明確に『地方伝承』などが出てくると…
『偽書扱いで禁忌』とする…謎の動き
これも『答え合わせ』と言える自国の歴史を『掘り返られるとマズイ』…という『保身』から動くバスターコール
転じて
『擬態した癌細胞』を見つける事になる
それを利用して『保守の立場に隠れている罪』
罪を利用している人=『罪人・在日』を見つける
結論からまとめると
恥という字が『無い』?
これは『中国漢字由来説の崩壊』にも思えたが
恥とは釈迦(後世の弟子)が生み出した『仏教語り』だとすれば
それは『訓戒(くんかい)』なのだけど、『訓戒(よみいましめ)』とも読める
これは完全に『日本の精神』での読み方
足るを知る=恥(端)を知る
極端と極端の間を理解すれば
端間理で終わり→心が満足・納悳
だから『心に耳を傾ける』という
『精神性・冷静さ・慎重さ』を取り戻す方向性
それに従う素直な者たち→『法輪功(精神と肉体の健康思想)』→『鬼の強さ』で『仏の心』で『問題解決(釈迦)』する
それは唐代における『武侠(武術の達人)』
日本における戦を止める守護者としての『武士心』
『癌』の汚染を抑止する『免疫』という存在を、『廃仏毀釈で根絶やし』にした後の環境だから、『仏教語の漢字』は教えられないのかもしれない
『訓戒(よみいましめ)』がないなら『恥知らず』
それは文字通り
「…恥?何だその言葉は?!」と
『大日・釈迦の閃光の言葉』が届いてない『闇・病み』なのかもしれない
ちなみに英語で恥の事は
Shame
発音はシェーム
でもローマ字読みは『シャメ』
直感的に釈迦の目→大日の目→日の目→夜明け
明け増してお目出とう
恥を知れ→お天道様が見てるぞ?
闇が明ける日の出→夜が明ける端を知れ
この移り変わりが『万物流転』
転じて『心の変容の有様』であり
闇は釈迦がずっと『目を瞑ってる』限り続くが
目覚めたら、日の目が増して明るくなる
釈迦とは問題解決・大丈夫という意味
『恥・端を知れ』というのは、ここが『ターニングポイント』として立ち止まる所であり
ポイントオブノーリターンという引き返せない『今わの際』
私はふと
恥を知れという日本語が、『海外の国同士で使われている』の見て、『日本の恥とは何だろうと?』と我が振り見てみたら…
日本は日本で『恥知らず』だよな(笑)と
『恥知らず(漢字の元)』を『恥知らず(道徳観が無い)』とわからないまま、『道徳観が有る』と思い込んで、道徳観が蔓延してる国に招いて
「え?当たり前でしょ?共通でしょ?学校で習わなかった?常識ないね〜」と『価値観』の押し付け
そりゃ、何も知らずに『洗脳』されたら、適合者は『日本の恥(道徳観)を在日として身につける』か
徹底的に押し付けがましい『日本の道徳観に反発』して『破壊する癌細胞(反日)』として居座り、『仲間・徒党』を増やそうと『移民優遇政策に進む』のもわからないでもない
言い訳はどうとでもできるが『結果論』として『中から破壊』して『外から受け入れる』
それを『準備してきたという売国の事実』は変わらない
そう言う『計画を立てた最初の時の人』はもう『この世にいない』から『責めようがない罪』だけ遺された
その『罪(事実)』と向き合って『皆』で憎んで『戒め(教訓)』としてその罪を遺した人を憎む事は無しにしよう、だってもう『生が無い』から(笑)
しかし、笑って許せないのがその『遺された罪?を人が使う『罪人』だ
『数字は嘘はつかない』が
数字を『使う奴は嘘をつく』
罪は『確定した事実・遺恨(icon)』だが
罪を使う奴は『遺恨(icon・シンボル)を道具として利用』する
『数字』が出た時点
『罪が確定』した時点
色々と『明るみ?に出た『端間理』を知る
そして『反省点の恥』を知り終わる
その『気締め』がついた『終わり(墓標・禁忌)を道具』として繰り返すのが『恥知らず』
これが『唯一のルール(禁断のみ)』として
「禁断の実だけは食うなよ?」っつっても食うバカと同じ
宗教がとてもわかりやすい『詐欺』で、シンボル的存在に『憧れ模倣する人』があれだけいるのに…その中から『シンボルのような救世主』が生まれない
もう『答え合わせ』できてるだろ(笑)
転じて
歴史を『知らない』
歴史を『書き換え』
『元』が分からなくなった『癌細胞』
そりゃそうだ『クーデターに継ぐクーデター』でその都度『都合のいい歴史』に書き換える
そんな『思想を準拠』するように『洗脳教育』されるその『環境』こそ
井の中の蛙、大海を知らず
悪いのは『今の人達』ではない
過去にそう言う『恥知らずな都合のいい洗脳』を繰り返してきた『思想を受け継いだ末路』として
足るを知る=『限度・満足?』が無くなってしまった=廃仏毀釈後の『欲望垂れ流し』
大事な『根底』を支える『三和土』が無いから直せない
だから恥知らずを『知らなくても恥ではない』
恥という概念が『元は何処』から来たのか?という『廃仏毀釈』に至ると、それは同時に『自国の禁忌』とした『法輪功』に触れる事にもなり、それあの『自国民の反乱事件』にまで繋がり
それを民が『思い出せば』どうなるか?『恥』を知ってしまえば『因果応報でクーデター(元を辿る)』が起きる
だから『恥知らず(罪を利用する人)』は必死に『反日=日本の教育・道徳観に耳を傾けるな!』と仏の心→『日常会話』に溶け込んだ『ことわざ、四字熟語、道徳観』を嫌う
という自然に不自然な『人為的力学』が働いて、移民優遇→日本文化の改正→『日本語の旧漢字の削除』という
日本国民にわからない『水面下』で『恥知らずな廃仏毀釈』をこっそりやってる
『大事な言葉』を『一級漢字にして封印』している
心に耳を傾ける→『恥』
と似たような構成の
心を憂う→ 『懮』
ゆったり、静か、心配する、物思いにふける
『支配の真逆?だからこそ
支配にとって『都合が悪い 』
お隣の国が『恥を知らない?なら
日本人は『懮=心を憂うを知らない』
どちらも民は『内部から分断工作(大本営発表・再教育洗脳)』されてるよね〜と思った『恥』知らずを『懮』えてみたら
なぜ『漢字は中国由来』なのに『恥という漢字』は知らないのだろう?と思ったら、『仏教語りの戒めの訓戒』ならば、それは『廃仏毀釈後』に残ってると都合が悪いから『教科書を書き換え洗脳』した
と考えれば、『漢字は中国』と主張、しかし、『知らない漢字は日本で生まれた』が、日本の漢字だから恥を知らないなら…
日本の漢字は『送り仮名』を添えて『訓読み』という、皮肉にもわかりやすく『文章』にして自然に『会話』で使えるように『送り返そう仮名?』まで添えてカスタマイズ(笑)
『単語なら消せる』が『生活の日常言葉』にまで広がれば『言論封鎖』という多くの反発を買うような責任が発生するから、支配者もそう簡単に『言葉を封じる事』は出来ない
『やられた言葉』があるから『免疫耐性』がつく
その免疫耐性もまた『護る為の言霊の遺恨』として残る
『故事成語』とは事故が成ったから語れる『古語』
『孰(いずれ)支える心』に成る=『熟成』
熟成した古語を『熟語』という
四字熟語もまた実は面白い法則がある
『預字熟語』
予+頁+孰心語
あらかじめ頁(こうもく)の預ける字
いずれ心が言って語る
先祖達が『生き様の中で気づいた言葉』
その言葉を『予め頁字』としてまとめておく=預言
いずれ、時が来れば
その言葉を支える心(先人)が語り出す
四字熟語は『四つの漢字』が『熟成された言霊』
それは殆どが『仏語』である
『ルーツ(法)』を知らずに『道具(言葉)』として使ってる
『法具』を使ってる
…うーんなんだろうな(´・ω・`)なんか今直感がある事に『一瞬』気づいたけど切れたような…
例えば日本人は未だに『ローマ字』を習わされる『ローマの支配が続く』のだけど
それって日本語を『ローマ字に変換』させて『情報を傍受して解読する為』とも言われているが…
四字熟語やことわざ、仏の説法など『例えとして引用』する場合…なんだろう?
現代ではいわゆる様々なオープンソースなプラグインや提供物に『ライセンス』がついてるように
この世に定着して『よく使われる言葉を生み出した先人』にとってはその言葉に力を込めて『言霊』にして使う時
『何らかの形で伝わる』ようになってたりして?(カラオケの印税システムのようなw)
さっきの一瞬気づいて、途切れたのも
まるで『第三者に通信傍受』されたような…
間に「無言だけど聞いてますよ?」的な何かが(笑)
これは例えるならば、『本人のいない所』でされてる『本人の話』が、たまたま本人に聞こえてきたら『耳を澄ます』的な
言葉のコミュニケーションは『通信プロトコル(規格)』で、込める思いがそれを実行するコマンド?
あれ?なんで『漢字の話』をしてたのに、急に世界法則の『meta的な感覚』に切り替わったのか…
それもやっぱり『一瞬の干渉』で『意識の観測先の景色』が変わる私の癖
人は『多動症』という落ち着きが無いと『病気認定』するような浅はかな間違いをするが
『多次元的な繋がりの物事』に『意識の観測』を向ける
『多次元』を意識が観測して『動く衝動』(‘ω’三’ω’)=多動衝
そりゃ落ち着きは無い(笑)
『心ここに在らず』→別の物事を『意識して観測』している
こっちに『悪気は無い』が、同じ空間にいる『相手は善い気もしない』だろう
置いてかれる→『忘れられる』のだから
ま、ある意味でこれも
端と端が間として理解不能(限度が無い)
『端』知らずな『恥』知らずと言える(笑)
心に耳を傾けた結果
恥を知らずを『語ってる事』を忘れて
恥知らずになった『自業自得な結末』でした
…一瞬なんだよ…
その一瞬で『意識』が持ってかれるんだよ
今の『未知』は何?(゜Д゜≡゜Д゜)?
空間には端間理がある=『終わり』がある
その終わりがある空間に『未知』と遭遇
そしたらそこでは終われない
「端を知れ!心に耳を傾けろ!」と
未知の『道の理』を意識は捉えて観測する
…って『夢中で莫迦』を繰り返してるうちに『周りの事』は気にならなくなるから
過去は『過ぎ去る』んだよ(笑)
…というのが『遺恨(道標)を遺して行く側』で
ぶっちゃけ『振り返らない』から『存在(後世)』を気にしてない
キリストも『切り捨て』
仏陀も『仏陀切り』
どちらも大切に『大きく切る』
ミトラだって『看取られる』
お釈迦は『壊れて』
お陀仏は『崩れ去る』
『形』は残さず『存在』だけ遺し形無き空間では『道の後を追う者』とコンタクトする
それは『追いつく意識』だから、意識は『観測であり瞬間』だからこそ
『一瞬で違う世界』に至る
体験を追うものに与える『追体験』
『先に行った者』が追いついてきた者に与える『生き様の記憶(トレース)』
それは、その時代の人の『気づきや知恵』を『違う時代に継承』するコンタクト
しかし『名乗らない』さ・・
その時代の『人名』に乗ったら『乗っ取り』だ(笑)
それが『背後』に取り憑いたら『背乗り』だ(笑)
『子供の喧嘩』に『大人が参加』するような
これから『気づいて成長していく過程を破壊』するような…
それこそ『恥・端知らず』になる
達観した存在ならまず『救いに現れない』
それが端間理の終わり
ただ、『旅の恥は書き捨て(夢日記)』というように
もういいやと『夢中で書き捨てられた未知の恥』が
『好奇心』を引き付ける『極端の端間理』となり
『意欲的な莫迦な旅(追体験)』が始まるんだ
「探せ!この世の全てをそこに置いてきた!」byロジャー
こうして莫迦な旅に夢見る海賊たちの大航海時代が始まった・・と同じ(笑)
恥知らず共の、端知らずな夢の話
スケールが違うけど、エネルギーは同じ=相似なんだよね
だから、確定した『法則』を『ひとつ文字に込める』という警鐘と継承
『一字=ワンピース』は『万事』を現すとも言える







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