体感の揺れはなくとも、耳鳴で震度1の地震を検知した事で、自明の理とは耳鳴の理だと確信した、神(加味)は耳に宿る=『耳成法一』を実感した共鳴と観世音のお話
電源をつけたようなブーン(boom)という耳鳴り
鼻歌まじりに、今日は鍋~♪と料理を作っていた時
左耳に「ブーン!」という、『別の部屋でテレビの電源をつけた時の感覚』ってわかるかな?あれを感じて
(あれ?今は誰もいないけど、近所の家で電源入れたのかな?)と一応、部屋を見て回るがやっぱりついてない
おかしいな?と思った時、ちょうど、家の外にハイブリッドのノートが帰ってきた所だったので、もしかして、それが『電磁ブレーキの摩擦の電波』かな~と思っていたら
家に入ってきた親父が開口一番、「今、地震あったって?」とニュースを観ながら言った時、私は揺れを感じなかったので、「別になんも感じなかったよ」と返した後
「ちょっと待って・・揺れっていつ?」と聞くと、ちょうどその『耳鳴りで周囲を確認した時間』だった
『震度1』に・・『耳鳴りで反応』しただと!?そう過程した時に思い出したのが・・私は寝ていても、地震が来る!という『直前で目を覚ます事』が多い
このブログ内で地震については政治的な絡みが多い事はさんざん書いてきた
今回の場所は、『また地震が起きても疑われない場所』で、チクっと『テスト爆破(爆弾を埋める為の採掘)』でもしたんだろうか?というような『位置と震度』だったが・・まあそれはもうマークしたからいいとして
今回の私の興味を持った発見はこっち
耳鳴(じめい)の理
耳鳴(じめい)・耳鳴り(みみなり)
耳鳴と書いて、みみなり=キーンとか、ブーンとか、人によって高低差はあるが、基本的に、『耳が検知』しているから『周波数』である事は間違いない
しかし、仮にこれを『地震による空気振動での伝わり』とした場合、その『ソニックブーム』は『障害になる物質』によってかき消され、『衝撃(物質に干渉するノイズ)』は消えるが
その『物質的干渉を受けない周波数帯』は、どこまでも『波紋のように広がる』と仮定した時
自明の理?
改めて証明する必要がないほど、誰の目にも明らかで道理にかなっていること、またその事実を指します。疑う余地のない真理や、当然の結果として認められる事柄
と同時にそれが『地震発生』で起きたなら『地明の理』であり、地から伝わった振動が、『地に共鳴する周波数を検知できる何かに響いた』という事
私は最初のその地明の『地=発信源がわかっていなかった』が、『明らか』だったのは『耳鳴がした』という事
それを周囲が『地震』だと『目と口で伝えた事』を受け止め、発信源の『地が明らか』に成ったという『理(ことわり)』
『耳鳴(じめい)の理』こそ『自明の理』だと気づいた
『神は耳に宿る』というがそれを『加味』するかは聞く耳(素直な心)次第
『聞く耳』を持たない奴には『気づき』という『加味の恩恵』はない
『耳無し芳一』とはよく言ったもんだ
『耳成法一』でもある
耳に成る法の一つ=『聞く耳』を持ち『加味を宿す』事
転じて、『明理=明らかな法則』を受け止める地・智・自・慈・治・示・磁・・じ・・多いなww
地の共鳴
智の共鳴
自の共鳴
慈の共鳴
治の共鳴
磁の共鳴
示の共鳴
全ては『伝わってきたもの』を『素直に受け止める感受性』という精神状態
それは『鵜呑みにする』という意味ではなく、『自我・概念・常識・思い込みというフィルタ』で『邪魔なもの』を削ってなお、届く『物理』ではなく『心理の周波数』
人は『目』で見たもの、『耳』で聞いたものしか信じない、『信じた情報』を用いて信用して『口』にする『人の為の王』という『聖(偽)』なる存在(皮肉)
でも、『人間が感知できる周波数』なんて、『可聴・可視領域』という、周波数の中でも『ごく一部』であり、それ以外の『電波やノイズがそこら中をはびこっている』という・・
ただ『見えない・聞こえないだけ』で、『魑魅魍魎が百鬼夜行している地獄絵図』でもあるし、そんな『低波動な奴ら』はほっておけという『高波動の存在も同時にいる』ような
要は『共鳴』した時に、それらが『袖触れ合うも多生の縁』の『一期一会』のように、『逢魔が時、変性意識、生死の狭間』で出逢って『お互いに化けた物』になる
『生に執着するもの』が、『生死の狭間』のどっちにもいけない『未練や残念を抱えた亡者』を呼び寄せ、『死にたくない』と思えば思うほど『死は近づく』
これは、『意識の観測』による『見たい世界を引き寄せ(想像して創造)』のようなもので、例えば、『山の遠足』にいくと想像した時
バスが海沿いのコーナーを曲がり切れず谷底に落ちて・・
峠を走ってるライダーが突っ込んできて・・
山奥で熊に襲われて・・
とか、普段から『死への先入観』がある人は『どこ行っても地獄で楽しめない』だが、「バス遠足楽しいな~♪」という人は、『海沿いの遠くの景色を楽しみ感動』する
仮に、そいつが望むように『バスが落下して谷底に落ちてみんな死んだ』としても、『想像通りになった』という奴は『死んでも死にきれない(やり直したいという観測結果)』になるが
『想像もしてなかった奴』は、『夢オチ』のように別の世界で「え?寝てたw」くらいの感じで忘れて、『観たい世界の続きを観測』する
それぞれ『波動が違う領域』に『観測意識がシフト』するだけ
なぜ、こんな『例』を出したかと言えば・・
かつての私は『地震が意味深な位置』で起きる→人為的な『人工地震』→『目的』は?と陰謀や計画の『先を観る癖』があったが・・
『仮に起きた』としても、それは醜く迎合したくもないクソみてぇな精神の幼く、情けない自己中な小さなプライドを保つ為に、ちゃぶ台返しをしようしたり、足を引っ張ってやろうという
下にも外道の『人間のエゴ』、人間を利用した『亡者の欲望を満たす為』であり、「そんな陰謀があったらどうしよう・・」と思いながら『起きて欲しい』から、それを『発信して不安を覆るその情報に執着する人間のエゴ』
『破滅や終末を観たくて仕方ない人達が求める世界の周波数への共鳴』であり、私は今回の耳鳴りで届いた周波数は
『どこかでテレビの電源が入った』という感覚だった事から、誰かがそういう『visionを立ち上げたという波動』に感じた訳で
その『業を引き起こす存在』は『可能性は有るとマーク』したから、仮に起きても動じない
成るようになる果て=成果達成じゃん、おめでとう
ただ、その『業の回収の因果は応報』するから・・「生死の狭間=夢で逢いましょう」という感じで、『鬼門の門番の精神抗体』がきっちり『目星』をつけた模様
あくまでも、『私の場合は』で、『意識の観測』は人それぞれ違う
びっくりする事に『人生の試練とか問題』って、『今の時代(情報化社会)』だからこそ、『客観的指標で効果測定』できるんですよ
前回の『春分点の突然の雷(神鳴)の停電』は、私の家含む、せいぜい『町内3つ分の範囲のみ』で起きた事。それを『きっかけ』に私は『目先の夢中だった事』の手を止め『気づくべき事に意識をシフト』させられた
そのくらい、『自然界の神鳴(かみなり)』で伝わった周波数を『加味』する事で『人の間』の『観測意識のシフトに起因』するかわからない
今回は『耳鳴(みみなり)』が始まりで、地震を『体感的な揺れを感じない震度1』でも『気づくレベルで何かを検知』している事が
『明らかな理(法則・持っている感覚)』だと気づいたけど、耳鳴と書いて『じめい』と読める『音の響き』から、その発信源が『地(震)明の理』だと気づいた事で
それに『気づく能力が備わっている!』と心に素直に『自明の理』を得た時、『耳は神』であり、『神に素直』になる=『聞く耳』を持つ=『加味』して宿す
『周りの情報(ノイズ)はほっとけ(仏)』のフィルタで『耳成法一=耳で成す法の一つ=観世音』
伝わった体にすら感じない周波数を耳は『ブーン(boom)』と『電源』に感じた
英語のスラング「boom」は、主に「爆発的な人気」「急成長」「ブーム」を指し、感嘆詞として「(ドーン!と)凄い、大成功」というポジティブな興奮を表す際に使われます。また、大きな破裂音や重低音(オノマトペ)としても使用されます
『爆発』的な『人の気』の引き方・・ね(人工地震)
毎回、『場所が同じでプレート説』って、もういい加減、専門家も引き際の距離を取るためにフェードアウトしたい『馬鹿のひとつ覚え』は止めなよ(業が溜まってるぞ?)
ま、いまさら「嘘でした、誤魔化しでした・・」が明らかになったら、それこそ中身すかすかで都合よく膨れ上がった『バブルのような巨大宗教組織』が、実は『偽=人の為の物』でしたと同じように、『業界』という『業の界隈の立場』が底が抜けて『天の地』が無くなる=堕落する
と言われるのと同じくらい『天地がひっくり返る』よね(精神の支えが消えてポールシフト)
だけど、それすら『想定済み(生死の狭間の世で体感している)』で『興味がない意識』は、「それを観たいと思わない」から、その『ショーへと誘導していく宣伝情報』にも、『先導しているハーメルンの笛吹』や『無責任な狼少年』にも、興味が無くなっていく
まさに『月逢いきれない』から距離を取る『輝夜の天の羽衣』の如く、月は消えた=愛想つかされあなたの運気もこれまでよ?
震度1で『その世界の波動』を『耳鳴で観世音』した結果、それは『邪魔』であると『祟り返しの真言』としておこう
祟りは『出る示し』だから「出口は入口ですよ?お帰り下さい」と『自業自得の因果応報の地震』はどこに跳ね返るやら・・
前も似たような呪詛返しをした時、台湾で地震が起きたっけ・・(あの時は事前に夢の中で・・)











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