好奇心

直感・閃き・気になる事探究を楽しむ

独自体感論 薬師如来の加害授業 眠るとは息を引き取っている

人は眠りに落ちる=意識を失う間際の体と意識の繋がりがどうやって切れるかを知らない。眠ろうとしても眠れないから起きる…ではなく眠れないを自覚して眠ろうとした時、体の変化を内観で見た景色が見えてきたお話

眠れないを自覚して眠るまで

眠りにつこうと布団に入るが…夜中ずっと駆け回る除雪車の音と振動が、強制的に意識の観測を外に向けさせてしまう

時間は刻一刻と進む…早く眠らなきゃ…

と焦る気持ちを落ち着ける為に呼吸を整えようとするが、音ならば無視できるが、体に伝わる振動は容赦なく覚醒を促す

こういう時、眠気もないし、眠れないなら
「もう起きよう!起きていよう!!」と

『不幸な現実』を受け入れた『意識の観測(体の疲れは取れない)の方』に向かうのが普通

しかし、私はこう思った(´-`)oO

最近、物凄い久しぶりの友人の1人から「不眠症で眠れない」と相談された事を思い出し、仮に今の私がその『不眠症の症状』ならば

この症状を内観して原因を見つけるか、『その状態でも眠れる方法』を見つける『有難い機会』では無いか?

もしかして、薬師如来像に参拝した時にお願いした…

「また何か体の使い方を身につける病気(軽めのやつ)の試練的なのをおなしゃす」(一人一)

この『希望が適った』のでは?…と

普通に考えれば不眠症は『苦しい事』なんだけど、その苦しい事を行う=『苦行=イベント』として『楽しんで』しまえばいいでは無いかと

気持ちが楽観的になった時、『不眠症の体を内観する』という『好奇心と意欲』に変わった

その結果、『眠れないを自覚』して、不眠状態の今の自分(被検体)が肉体的、精神的に『どのような状況か』を整理し始めた

まず『精神的な不安』…についてはほぼなかった

前の日にあった事、先々の事等思考はよぎる

しかし、眠った後の『夢の世界=別の現実』がある事も体感でわかってるので、少し考えて『この現実に付随する目先の事』は取るに足らん『セーブデータのひとつ』として

不安と言うほどの『障害は無い』と確認し、『精神的な問題ではない』と確信

次に『体の状態』について言えば、(時間に合わせて眠ろう)…としている為、実際は眠気は無くただ「眠らなければ…」という感覚で横になっただけ

しかし、以前ならばそれでも『気がつけば寝てた』のだから、何か体の『条件か状態が違う』

そして『環境的な問題』でも、除雪車の音や振動もあるが…それも毎日の事で『今日に限った事』ではなく、『今日だけ』やたら気になる?

(´-`)oOあ!

ここでひとつ普段とは違う要素に気づく
寝る前に『紅茶』を飲んでいた

紅茶に含まれるカフェインは覚醒作用で眠りを妨げる一方、リラックス成分「テアニン」や香り成分が安眠を促す効果も期待できます

私は『カフェインには敏感』だから、それで意識が研ぎ澄まされて普段は気にならない音や振動を『強く観測』していたのもあるかもしれない

そしてもうひとつ…『氷砂糖』を使ったのだが、確かあった・・と『古い記憶』を思い出して引っ張り出した『既に開封済みの何年ものか分からない奴』を二つほど…

(実はこれが『後に出てくる伏線』になる)

取り合えず、普段は『飲まない成分』が寝る直前に入った事で身体は眠気より『覚醒寄り』という事は自覚した

では、ここからが実験(行動)と観察

『眠気が無い覚醒意識が強い身体』をどうやって『眠気に向かわせる』か?

実験1 欠伸で脳圧をあげる

私は以前、何十回でも『あくびができる身体操作方法』を発見し、母が被検体としてそれを『体得』した事がある٩( ⌯᷄Д⌯᷅ )۶ファ~

独自体感論 あくびは浄化の身体操作

睡眠圧力という言葉を洞察

あくびは顔面の筋肉が引き伸ばされる為に、『リンパの流れ』を良くしたり『顔の筋肉』を緩ませ、目からは『涙で毒素を排出』するだけでなく

頭頂に向けて圧力がかかるため『脳圧』が上がる
この脳圧と睡眠には大きな関係がある

ま、医学系はあくびに関して『病気の不安』しか煽って来ないから、『自発的にそれを引き起こせる身体操作』があるのは含まれてない

あくびは『緊張』の反対で『リラックス』してる状態

つまり『緩み』によって外への意識の観測を緩める事に成功し、外の音や振動は気にならなくなった事で、『肉体の状態=臓器』の方に意識の観測を落とす事ができた

実験2 微細な腹式呼吸

体というのは不思議なもので、息を大きく吸い込んで膨らませると『引き伸ばされる力で細胞が緊張』する

また息を吐ききった後の収縮でも『締め付けから細胞は緊張』する

実は細胞が全く『緊張がかからないゾーン』というのは『ちょっと吸ってちょっと吐く』というとても短く浅い呼吸の『僅かな範囲』しかない

だが、ここがものすごく気持ちいい『体が楽な脱力ゾーン』…と同時にそんなセンシティブなゾーンの呼吸を続ける為には

意識の観測がテンションがかからない範囲の『細胞の反応を見極める事』に向かう為

過ぎたるは及ばざるが如し
『足し』過ぎても『引き』すぎてもダメ
手探りできない自分の『内部の感覚』でしかわからない

必然的に周り所か、体全体に至る他の事に意識が向かなくなり、『存在』がその『僅かな呼吸のみの空間』になる感覚になる

これを続けて行くと別の臓器や部位が反応する
腹がなったり、体の一部がピクピクしたりと、他が動いてないからすぐに分かる

(なぜそこが動く?なぜ反応する?)という理屈はわからないが、細胞は基本、呼吸による『酸素の供給』が必要

『無意識の呼吸』は体の細胞全体に必要な酸素を供給する『自己治癒のオートファジー』だが、私がやってる限られた範囲の『微細なマニュアル呼吸』では供給量が足りない

それで『足りない細胞が反応』するので、今度はそのピクピクと反応した細胞を意識して、そこの『反応が止まるまで呼吸』を行う

この時、先程のテンションがかからない範囲を超えて空気を吸い込むと『治る』事から、『呼吸と細胞の繋がり』がいかに『連動』しているかよくわかる

一度供給して反応が止まった細胞は、また微細な呼吸に戻しても反応しないことから、『一時的に供給量が足りない』が発生しただけで、『足るを知れば満足して何も無い』ように

こうやってひとつひとつ反応を『内観』して行くと、そのうち『腹にテンションがかからない状態』のまま、息が『奥』まで進まなくなった

具体的に言えば『喉まで吸って出る』ような、もう『体に酸素を送らなくていい』ような…するとここから、『首から下』の体温が急に下がり『震え出す感覚』が来た

しかし、『寒い訳では無い』のが、既に『意識は身体の観測』とつながっていない

意識して『呼吸する範囲が喉』までしかなく、首から下は『体感温度(実際に体温が下がってる訳では無い)』が下がった時のようにブルブルと震えている

特に『背骨と仙骨』あたりから来ている

その震えが起きた時に目を瞑ってる暗闇の景色に『ビジョン』が見え始める

目を瞑った闇の中に『紫のもや』が浮かぶ・・といえば経験がある人も多いと思うが、私が『ビジョン』と呼んでいるものは

その黒→紫のもやの回転→『カラーの景色』が見え始める事
それは時によって『景色』だったり、日常的な『視線を向けているどこか』だったり

例えば、視野にキーボードが見えてきた時、私の目が下を向いて自分の手を認識している別の現実

例えば、視野に青空が見えてきたりすると、そこには自分という感覚がない何とも繋がって無い空間だったり

この『ビジョン』が現れた時、私の経験則で『夢に入る指標』でもある

例えば想像で『動的な景色』を浮かべる
車を運転していて景色が動いてる
自転車を漕いでて景色が動いてる

普段なら『自分が主観的に動いてる状態を想像』出来るが、自分の『周りの景色が客観的に勝手に動いてる』という状態はなかなか想像出来ない

一般的例でわかりやすく例えるなら、『一日中バスに揺られてる』と、『止まっていても揺れている気がする』・・みたいな

つまり、『座っているのに進んでいる』、『寝ているのに回っている』というように、『自分という存在』が『空間に干渉』していない

しかし、このビジョンの状態では、まるで『VRゴーグルを被った自分が世界の中心』にいるように、自分ではなく『周りの景色が動く』

そしてビジョンは『きっかけ』に過ぎず、私の場合は『その環境が思い通り動く動的なテスト』をして、あ、来たな(≧∇≦)これは行ける!と『眠り』を確信する

と、同時にもうひとつ試すのが『幻聴テスト』

想像した誰かが『自分の名前を呼んだ声』がする
記憶の中、鮮明な当時の覚えている声、それを『思い通りに鳴らせたら確定』

私の場合は『小学校時代のクラスメートの声』など、現実では思い出そうとしても思い出せない古い記憶ほど『鮮明に再生されたと感じたら確定』

その後、『夢』を見るか、『明晰夢』を見るか、『幽体離脱』をするか、『金縛り』にあうかはわからないが、『意識の観測』は『完全に体から離れる』だろうと経験則でわかってる

で、そのいつの間にか意識を失った先で
今回、私は『夢』を見たのだが…

ある広場の教会の席に座った状態で日曜集会(多人種)みたいなのに多くの人が集まってる時

一人が遠くから私の事をじー( ⚭-⚭)と見ていた
私は(´-`)oOなんでそんな俺を見てんだ?と思ってたら近づいて来て…

「お前、口の中に何を入れてやがる?」

と言われ、私もその時、なんか口の中に『飴玉のような物』が入ってる事に気づいて

(´-`)oOあれ…こういう集会の時は飲食禁止なのかな…ってかよく気づいたなこの人…と思いつつ、私は口の中からそれを取り出してみると…

『氷砂糖』だった(伏線回収)

それで、はっ!(゜Д゜≡゜Д゜)?と『約2時間ほど浅く寝てた事』に気づいて、このメモをした(笑)

結果として、『寝れない原因』は『何年か越しの氷砂糖』だったのかもしれないが…

『覚醒状態からでも眠りに持っていく方法』と、普段は観測不能なその『眠りに落ちる直前の主観』について理解したのでまとめる

まとめ 息を引き取る仮死状態

私が内観として観測していた『主観の意識でレポート』すると

体は『仮死状態(細胞も休眠)』
その体全体を纏ってた『存在証明的な物』も消える
消えた結果、体感での『熱=存在』が消える
『息が届く範囲』のみ『最小限の存在を検知』
最後は『喉のみの感覚』で浅く『息を引き取る』感じ

その『引き取った息』が向かうのが
その『喉から吹き返した』時に見える『ビジョン』
そのビジョンの世界で『周りが動的に動き初め』(観自在)
そのビジョンの世界に『音』がなり始める(観世音)

だから『体→意識』が離れる
息を『引き取り(中)』→息を『吹き返す(外)』
『夢の世界』へ持っていくのは『自らの心』のみ

『体(細胞)を眠り』へと落ち着かせるのは『呼吸』
転じて『不眠症(病気)』は『細胞』にどこかしらに『問題』がある

…と不眠症の友人のケースを思い出して見たら…『精神病の薬(抗うつ剤)』は毎日飲んでるって…

薬には『副作用』がある
薬を飲みつづける限りそれは『細胞に蓄積』する
『薬に楽』を求めれば『薬に苦しめ』られる=苦楽を共に養う、そりゃ『暗く』なる(お先真っ暗)

…(´-`)oO『根本』が違うな〜

今回の私は『原因』を『夢で指摘』されたからね
お前何食ってやがる?→氷砂糖(たぶん状態悪い)

体は『寝てる間に毒素を消化』したのだろうけど、夢では精神的に「もう食うなよ?」と『ダメだし』されたような(笑)

しかし、今回のは『新たな自覚』というか、これから『修業』として
毎日『眠りを意識して観測して実践する』と思うと、より『密度』が増していく『密教』である

『薬師如来像』に『身体操作をリクエスト』したから
ずっと連絡をとって無かった『友人(不眠症)』から連絡が来た縁なのか・・

そこで『不眠症で悩んでいる』と相談されなければ
今回の体験はただ「今日は眠れないから起きていよう」で終わった話だと思う

始まりは何気ないひとつの『小さなきっかけ』
それが連鎖的に『バタフライエフェクト』になった『一事が万事』

最近、精神修業に本腰入ってなかったから・・『叱咤』されたのかな(笑)

日常に溶け込んだ仏陀の智慧の死生観を伝える日本語

ここで日本語の不思議で面白いのが

喉から手が出るほど欲しい
喉元過ぎれば熱さを忘れる
息を引き取る→息を吹き返す

まず今回の意識が離れる『鍵が喉』なんよ

喉から手が出るほど欲しい…と私が見ていたのは『ビジョン(夢のきっかけ)』
自分で『聞きたい音を想像して観世音』して『体験したいを創造できる観自在空間』

喉元過ぎれば『熱さ』を忘れる…

そう、まさに『その言葉がピッタリ』だったのが、『体が仮死状態』になり『息が喉元』を過ぎた時、『体感温度(体温は変わらない)』が無くなり『震え』が起き始めた事

現実では熱い物を無理やり飲み込んだ時、『熱さを感じるのは喉まで』という『物理的』な意味になってるが…

私は熱い物は『喉を過ぎても熱い』と思う(笑)
だからその意味は間違い

精神世界への入口、『息を引き取る過程』で、『体→喉元』を過ぎて
『ビジョン』が浮かび始めた時、『熱さという体感』が無くなる

だから『息=自らの心』を引き取る
『心』を持っていく時、『体の熱』は無い

そして『体から離れる自らの心』が
ビジョンの先の『夢の現実で息を吹き返す』

…で、私は日曜集会(おそらく穏やかになった細胞世界)で
「お前何食ってやがる?飲食禁止だぞ」とダメな所を指摘され、現実に息を吹き返す

原因は『氷砂糖(異物)』だった!(๑•̀ㅂ•́)و✧と(笑)

結論を言えば、眠りは
『客観的』にはスースーと『呼吸』してるだけ

だけど、眠りに落ちるまでの『主観で内観』した観測レポートを言葉にすると

息を引き取り
喉元過ぎれば熱さを忘れ
喉から手が出る程欲しいと
望む世界(夢)で息を吹き返す

…しかし、『体に異物』があると
『ダメだし(悪夢)』を見て戻る事になる

だから『精神修行』って『内観』なんだよね
『健康で健全』である時の夢はまさに『理想郷』

…で、眠いとか寝なきゃとか、そんな事を度外視して、ずっと朝までこの『体感レポートを書いてる私の今の状態』は『現実だけど夢中』

『眠り=息を引き取る→仮死状態』になる為には、『薬師如来の試練(病にかかって自力で治す加害授業)』という

『魂=云う鬼の宿題を終わらせる必要』があるらしい

望んではいけません
望むとは『亡月(肓)=病気王』になります(笑)

ま、私はそれを薬師如来に望んだので
『望んだ事が適った』という自業自得

「眠れないなら成すべきを成せ」と
まさに有難い体験でした(一人一)

そして、最後に鍵は喉という事も『死とは繋がり』があり
死者を火葬した時、『喉仏』は分けて『骨壺の一番上に乗せる』という風習がある

日本の火葬後の収骨(骨上げ)において、喉仏(のどぼとけ)の骨は非常に大切に扱われ、「骨壺の一番上に乗せる(または最後に納める)」という風習。喉仏(厳密には第2頸椎)は、座禅を組んでいる仏様のような形に見えることから、特別な骨として大切に扱われます

私が今回の内観レポートで感じた仏とは『形』ではなく『言葉』

『引き取る息=自らの心』が喉元過ぎて浅くなれば
『熱さ(体温・体感)』を忘れるからもう体は『ほっとけ(仏様)』

『体は仮死(安全)』で『気』にする必要はないから、『気締め』をつけて『仏に成り=成仏』すると、その先の『ビジョン(夢)へ意識の観測がシフト』する

その観点から言えば、『喉=今はの際(あの世とこの世の境)』
そこが『禁忌の門』であり、『鬼門の門番』と向き合う所

・・というのも、喉とは『免疫機能が無い境』でもある

『口の中』は『免疫』が外的の侵入を防ぐ
『臓器』に至れば、『内部の免疫』が侵入を検知する

しかし、外と中の『通過点』である『喉』には『免疫』が無い

だから、こういうだろう?

「あなたの風邪、喉から?鼻から?狙いを決めて」と(潜伏位置)

私はその喉の位置で「体は鍵締めて(仮死)だから大丈夫」と、『息=自らの心』を引き取って『ビジョン(夢)の方に出かけよう』と意識の観測が進む先を決めた

・・と仮定するなら・・

「お前、何か?忘れてないか?」と『氷砂糖(現実的異物)』を指摘されて『現実』に戻って『過ぎ去った過ち=過去に気締めをつける』という(笑)

転じて、『眠れない、夢を見ない』という事は、体の細胞の中に『処理しなければいけない異物(残念・無念・未だ修練が足らん未練)』が残っているから

『現実の体の観測から離れる事ができない』のだろう・・という体感から『感覚的な精神仮説』が生まれた

これも『亡きに死も有らず』なのかもしれないと、『無きにしも非ず(可能性が無い訳ではない)』というメッセージの『体感無くして理解無し』の伏線回収か・・

無きにしも非ず・・の別解釈したらまた釈迦がいた(笑)

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