好奇心

直感・閃き・気になる事探究を楽しむ

無意識に独自に大日如来の構図を描いていた過去の私

今朝、デスクについて読者のアクセス履歴を辿ると・・?この記事に興味があるのか?と読まれていたのは『魂の年齢改訂版2023』だった。過去の私はどんな自己解釈をしていたのだろう?と今の私の意識で見返した時・・この自分の感覚で描いた構図は・・まんま大日如来やないかーい!と気付いたお話

魂の年齢に興味を持つ読者の跡を追って気づく大日如来

この記事にアクセスが来ていたのを観た

魂の年齢改訂版2023 老年期の特徴

その中で私は独自体感論から、『真我(円)』と『観測地点(4つの中点)』を描いていた

78:22

これを観た瞬間に、今の私は・・「これは大日如来の配置だ!」と気付いた
実は、これは五重の塔の中にあった中心の『心木と四観音という構図』と一致する

大日如来の導き 五重塔の中にあったもの…

また、巨大な今にも動き出しそうな大魔神のような大日如来の頭の四方に4つの如来がいるように

青森市にある青龍寺(昭和大仏)の大日如来(胎蔵界)を取り囲む四体の仏や菩薩は、密教の教え(胎蔵界曼荼羅)に基づく配置です。大日如来の周りには、四方を取り囲むように「四仏」と「四菩薩」と呼ばれる記号的な意味を持つ仏たちが位置しています

1. 東西南北の四方を守る「四仏」大日如来の智慧を4つの方向から力強く支える如来たちです。

東:宝幢如来(ほうしょうにょらい)
南:開敷華王如来(かいふけおうにょらい)
西:無量寿如来(むりょうじゅにょらい)
北:天鼓雷音如来(てんこらいおんじゅにょらい)

2. 徳や慈悲を表す「四菩薩」大日如来の教えを人々に広め、救うための役割(記号)を持っています。

普賢菩薩(ふげんぼさつ)
文殊菩薩(もんじゅぼさつ)
観自在菩薩(かんじざいぼさつ/観音・観世音菩薩)
弥勒菩薩(みろくぼさつ)

『魂の年齢が老年期』というのは、この『5つの観点』を『俯瞰で観る目線』に至る事で、初めて、円を四分割した中点という、二元のどちらにも属し、どちらにも属さないという『不動の境の立場』があると気づく

そして、その四点を繋ぐ巨大な円から外れない限り、『極端=死角に進む事』はまずない
そういう『縁の間と繋がる事』を意味する

『縁の淵のギリギリをフラフラ渡り歩くが僕(人の業)は道を踏み外さない事』、それをかつて、『ギリギリチョップ(仏陀切る)』とBZの詩に真理を感じた事もあった

人種と格差と各差 ギリギリchopで仏陀切る釈迦

これは転じて、『二元性の極端に進むような道には進まない』という『金輪際の見極め』がついているという事

そういう意味では、『仏の地獄めぐり、地獄に仏』とは、『縁』から外れた『極端に至る方向に道を踏み外した者』にとっては、『自力で軌道修正する為の軌跡』を遺す役目

「本当に、この道でいいのか?」と『自問自答を問題提起する仏』は、寄り添わず、ただ有るがまま『縁の淵を歩む者』であり、同時に道を踏み外さないように『見極めをつける苦行』をしている菩薩(修業の身)

だから、『仏(云う鬼=魂)の指導』で『色んな縁を巡る仏の道』と成るのだろう
言い換えれば、『そういう極端な界隈』もあると『加味してほっとけ!』の道(笑)

そう思えるのも、一通り『極端=極めの端』に進んで「この先は無い」と戻ってきたからこその『老年期の魂』

六角形

ラグランジュポイントとピースマークとBlack cubeとフラワーオブライフ 魂の成長の真理の道程

幼年期は『盲信の極端』に進み
若年期は『奪い合い・騙し合いの極端』に進み
成人期はそれを止めて救いたい・・でも・・と『自己犠牲の葛藤』の道に進み

結局、どの道も極端まで『欲望』を満たせば、『行き詰って間違い』に気づいて戻ってくる
『間違いが身に染みた』からこそ、『自力で戻る方向転換』ができるのだ

『失う事で大切な事に気づく』という言葉や体感論が多くあるように
その先に道はない=『無理・道理が無い』と諦めて観念した時に始めて

今の心を観る

それまで、『心を観る余裕』がないほど、『忙しさで忘れて』いる=心が亡き者=『亡者』なのだ
『生者と死者という二元性』があるとしたら『亡者』は何か?

『心が亡き者』が『心と向き合う』のだから『心得る者』になるだろう?

心得た!とは「しっかり理解した!」「引き受けた!」という意味だが、ただ「分かった」と返事をするよりも「内容を把握して、自分の責任でしっかり対応するよ」という前向きな気持ち

そしたらもう、『亡者』では無くなる

成人期の魂は、『生まれた心を護ろう』として『心が傷つく』
『大切なものに気づいてる』のに、『大切のものを護れない苦しみ』を味わう

だが、護りたいのは『心』であり、心の中に『全て』がある
『心得た者』は傷ついても『心を失う事』はない

自己を労わる=『傷ついた心を自己治癒』する

心からまた『想像と創造を始める事』ができる
それが『老年期の魂』という『成熟』=孰れ心が成る

失敗した世界=事故が有って成り立つ物語=『故事成語』を加味して
そうなる過程の原因と結果の『間に心』を巡らせた恩から生まれた『戒めのことわざ』を軸に

『そうならない理想を再構築する意志』を持つ段階

老年期

しかし、達観して『成り行きが見えている』から『既存の物語』には興味を示さない
理由は簡単で『形ある物はいつか崩れる語と成る』を『体感で心得ている』から

そこで、自然に『分離』が起きる

老いては子に従え

物事を『達観』しすぎると『小さな事』が見えなくなる
それは、時に『残酷な選択』をする事にも『心を痛めなくなる』

『虫』を踏み潰しても、『気』にしないように
害虫と益虫を見極め、『害虫を徹底駆除』するように

『免疫耐性』とは非常に無慈悲で残酷

だから、小さな事にも、小さな観点で『等身大で向き合う自分の観点』が必要になる
つまり『大いなる意志』を持ちながら『好きに遊ばせる子供の自由』を与える

自分を自己管理する観測点(見守る大人)
自分が好奇心に応じた観測点(遊ぶ子供)

問題を解決する事に巡り合う=『釈迦力』を楽しむ
釈迦を加味(神)して『意』に加えて『意味を自己解釈』する

『素直に体感』した事を『密度』として悟り覚えて『三和土の土台の覚悟』とする
「体感無くして理解なし!」という密度の教え=『密教』

老年期の魂は決して『道を踏み外さない縁』を持つ
つまりは『仏の道』を歩ませる『道筋』はつけてある

これを『大日如来=釈迦の掌の上』と説けば
この『縁の中で遊んでいる』限り、『道を踏み外しそう』になった時

四方の仏が『鬼』となって「こら!この悪ガキが!」と指導するように
老年期の魂になると、道さえ踏み外さなけば『ギリギリまで自由に遊べる=免疫寛容』

これも面白い偶然のような必然だが
□の中の内接円の比率は『78:22』

78は『円の中』、22は『円の外』で□の極端な界隈
ウルトラマンは『M78星雲』からやってくる

大正解です!ウルトラマンは、地球から約300万光年離れた宇宙にある「M78星雲(エムななじゅうはちせいうん)」からやって来ました。ウルトラマンたちの故郷であるM78星雲は、光の国とも呼ばれています。この星雲の中心には「プラズマスパーク」という人工の太陽があり、ウルトラマンたちはそこで暮らしています。実は、現実の夜空にもオリオン座の近くに「M78星雲」という本物の星雲が存在します。この星の配置をカタログにまとめた人が「M78」と名付けたのですが、ウルトラマンの生みの親である円谷プロダクションのスタッフが、その響きをとても気に入って故郷の設定にしたと言われています

『ウルトラマンと子供の約束』というのがある

地球を去るウルトラマンが、未来を担う子供たちに向けて送った5つの大切な約束です。

一つ、腹ペコのまま学校に行かないこと。
一つ、天気のいい日に布団を干すこと。
一つ、道を歩く時には車に気をつけること。
一つ、他人の力を頼りにしないこと。
一つ、土の上を裸足で走り回って遊ぶこと。

これは全て『自己を労われ』という免疫耐性

体に栄養を
雑菌・ウイルスは近づけるな
周りに気をつけろ
他力本願になるな
自然を感じて繫がれ

これを『護る事』が『円』から外れる事はない=『円谷』プロ
『谷』との約束が『欠』ければ『欲』に進む

『欲』を『望』まなければ極端な『欲望』には進まない

私は初めて観念した時、『ウルトラの母=教師(メタファー)』を観た

観念したらお釈迦様と遭遇した夢

『仏の道を志した過去の修行者』たちは、狂ったように、『自分の仏の像(虚空蔵菩薩=成りたい仏=メタファー)』を掘ったように
その時代の表現の一つが特撮として生まれた『縁の下の力持ち的な巨人のウルトラマン(抗体)』

そんな『ウルトラの母=生みの親』に出逢っていた過去の私の衝撃は
今の私は、それを『大日如来の縁(円)』と説く

そんな縁の円で満たされれば『円満』だね(笑)

あの当時の私はまだ、大日如来という存在を意識していなかった
ただ、日々の問題解決(結果的に釈迦)を探して極端な闇(陰謀・都市伝説)を追っていた

しかし、母(大切な存在)を失った事がきっかけで
大日如来との縁が繋がった

大日如来の導きシリーズ

元々あった円(間違いは間違いだ!と道を踏み外さない意志)が
大きな問題解決の智慧(大日如来)に巡り合った

これは『既存の宗教の信仰』ではない
『~如く来る=如来』として『例えの一つの空間』が繋がった

自発的な『宗の示』が、『元』に成って『完成』したという
『童子の戯れ』が『沙の仏塔』を成したようなもので

今の心を観た=観念した『自己解釈』が、『元(過去)の解釈と一致』した・・という自己満足

老年期の魂は、『好奇心(子)』を遊ばせる
『子が楽しめる想像』を『先世を観て創造』して『空間』を与える

かつて夢の中で、私は『師の師』から言われた事がある

『因果を追う』というのは『一番美味い所だけ切り抜く』って事

ただなんでもかんでも切るじゃなく『全貌を把握』した上で『切る』か『切らない』か

『食わねぇ』なら『切る』んじゃねえ、やるなら『芯』を捉えろ、やらねえならそのまま『他へ回せ』

『先』に進めば『最初に選ぶ権利』がある。だが『放棄』したらそれは無い

お前は『旨味』を知った
『22を食う感覚』を

『22が見せる真実の景色』をそこで『何』があって『どう』なったのか

それを知ってしまえば周りの『78』が有って無い『空』なんだ、78の中の『3・実』が一番美味い

3次元で『悩み=783の体験』が一番魅力的なのは、そこにいる者でしか『臨場感』は味わえない

だがその『演者』として『舞台に立つ臨場感』が必要無くなれば、『原作や脚本』という『創造主・生産者』の事に興味を持つだろう

お前は『師』を求めた
その師もまた『お前と同じように師を求めた』
『四の五(死後)』の言わず『会ってこい』と

そして今、『師の師』が何をしているか

『種』蒔いて『生産』しては『出荷と収穫』をのんべんだらりと『木のトロッコ』でしながら、時に手を止めて、自分の生産物の巨大なメロンの『一番美味い所』だけを『厳選して食べて満足』している

様々な『生まれた因果の物語』を味わっている

お前が『因果関係』を追って『結果』を知って『納得』して『アムリタの感覚』を得るように

『自分の空間』で『世界をたくさん生産』しては、『気に入った厳選の一品』を選んで食って、そうなった『過程の因果を味わって』上手くできた( *˙ω˙*)و グッ!と『喜びに浸る』のは同じ事(相似)

それが『精神力を高めた波動の高い地点のお前』が見る『最高の楽しみ』なんだ

https://curiosity-koukisin.com/self-control/master-higher-self.html

『老い』とは『一つの物語の完成』ではある
しかし、それが『元』の土台の三和土と成って、『子(次元)の空間』になる

だから、この記事を読んだ人には、孰れ成る心に至る為に
『好奇心=心に素直な子(次元の夢・理想)』を遊ばせてほしいと思う

私の母も亡くなる前に、よく『寝ている時に観た夢』を語ってくれた
現実の体は、癌も末期で半身不随で足も動かないのに

「夢の中では足も動いてた!」と大好きなボーリングを楽しんでいた夢(次の元)を語っていた
明晰夢で『大好きな空間を体感していた』という『余韻を心』に感じていたように

『老年期の魂』に至ったものは、『次の元を創造』できる
私は『自分自身で納悳する体感』と『母の生き様』を観てそれを実感した

・・と『今の心』だから、『同じ構図』を観ても、過去の私とは『捉える観点』も~の如く来る『如来の自己表現』も変わったと感じたのだろう

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