真という物を真似する事で価値が生まれる価値基準は、上からお下がり品を下が模倣して社会構造にしているだけ。まだ物になっていない真は真似できない未来だが、未だ来ないだけで孰れ来るであろう心構えが熟成した?・・この思考シミュレーションの結末は未知=未だ知らないという無駄を知るお話
物真似
物を真似する=『擬態』
それはひとつの『才能』
何の制限も無い自然では
それは『処世術』として活きる
例えば『求愛の自己表現』だったり
例えば『天敵の天敵の声』で危機を退けたり
音の『使い方』や『体現』として
『存在する真物に似せる』のは善い悪いでも姑息や卑怯でもない
ただ『活かし方が違う』だけ
では『人間の世界』における『物真似』とは?
物の『真(価値有る存在)』に似せる為に
『物(獲物・ターゲット)』にする『物理』
人の物真似は基本的に『人気取り』
社会的価値・『人気の有る物を真似』する
認知度が低い、人気が無い存在は『真似しない』
そういう意味では似てなくても
『好きだから模倣する』という『憧れ=心に素直な童』とは違う
『憧れが始まり』だった『物真似』が
いつの間にか『人気取り』になってる
真似の対象の『人気が廃れる』と
『存在価値が無くなる』ので『流行り』に流される
真似=『真に似せる』為には
『真の物』が無ければ『存在意味』がない
では『真』とは何か?
『物真似側』から見ればそれは『人気を指標』にしている為
『人目』につく『目に見える物』しか『真似』できない
しかし、真似は『後から』であり
後に真似される『元になる真』においては
『物』も無ければ『真似』も無い
・・というか『自分を真』として『自覚しない』
後に『結果的に物』にされて『真似』される事で
『物』として『真』に『存在価値』がつく
それまでは『有るのに無い=有り得ない』という存在
転じてこれは宗教が
『開祖亡き後の100年後に出来上がる』だったり
『画家の絵が死後数百年後に価値』が出たり
…結局、『物の真』とは
それを『真という物(価値)』にしたい
『人の価値観』の中で『道具』にしたいという『エゴ』に過ぎない
宗教も『価値観の押しつけのエゴ』
画家の評価も『資産家の物々交換=資産価値の延長のエゴ』
それを『真』として『物真似してる社会構造』
押しつけられた『失敗した価値観』
『上』からの粗悪な『お下がり品』
物の価値を決めるのは『上』
そういう『価値観を物真似してる下』
それを『繋いで止めて』見れば『正解』が見える
『価値基準』の『物真似社会』が間違ってる
例えば『発明家のワクワク』というのは
『未知』ばかりだから『価値』は付けられない
『未だ知らない』から『真かどうか』も解らない
『物=形』になるかどうかもわからないが
それを『自由に自己表現』させて『見守る社会』と
それを『不自由に金型=金になる型の制限』をかけて『潰す社会』と
どっちが『理想』かな?と思った時
そこにまた『思考の制限』をかけてくる
「自由にしたら犯罪が起きる!」
「自由にしたら略奪が起きる!」
…それは『上』が『下』に『価値観の押しつけ』で『奪って格差』を作って来たから起きる『反動』なんだよね
『抗えない』ように『反発力』を奪ってきた
その『報い』が結果的に『理想を遠ざけて来た元凶』
最初から『それが無い環境』では
そもそも『反発』が起きない
『皆が真』である事を『自覚しない真』
『自由に取り入れる事』ができるから物真似を『物真似』と思わない
自然の野鳥が様々な『人間界の音(動物の天敵)』を『威嚇や求愛に使う』のだって『合理的』な事
『道具は人の使い様』だけど
『人の道具の音』は『鳥の物真似の使い様=百舌鳥』
時には『人』ですら『鳥の人工音』に騙される(笑)
鳥が人が恐れる『熊の鳴き声』などをしたら?→人(天敵)は寄り付かない動物の楽園
『真』とか『物』とか『真似』とか
全部『偽=人の為の概念』に過ぎない
…じゃ、今日のレクチャーは?
真の物真似の価値とは…
無い(´・ω・`)Σ(゚д゚;)ガーン
今、『AI』による『人真似』が増えている
これは『グレイゾーン』なんだよね
今は声優は『声を権利』にしている
今は見た目は『人を権利』にしている
では?
『とても似ている』が『本人では無いAI』は
『AIに人権がある』と『声も見た目も個性』になる
この時
それは『私の声(真)の物真似だ』と言えるのか?
それは『私の見た目の物真似だ』と言えるのか?
『権利・エゴ・形・目に見える物』に拘ると
『目に見えない領域』から『価値観の上書き』が起きる
それに『抗う限り物理の矛盾の空論』は続くが
そんなものは『最初から無い』(笑)と
誰もが『上のエゴ』が決めた事を
『下が模倣』して『繰り返す』のを止めれば
『違う正解』が見えてくるのだが…
違う正解=『この現実では間違い』だから
『真』の『物真似の価値基準』を考える事すら
必要無い(´・ω・`)Σ(゚д゚;)ガーン
『お釈迦』に『壊れた』・・
『お陀仏』して『崩れ去った』・・
心に素直な童子の『憧れと戯れの沙の仏塔』が『帰依』去った
…_| ̄|○ il||li 『時間の無駄』だった…?
いや、この『思考シミュレーション』もまた
『孰れ必要になる土台の三和土の一部』だろうか…(今はわからない)
未来は『未だ来ない』
未知は『未だ知らない』
でも、『今』までの『傾向・相似』からすると
これは孰れを『支える心』が巡った時、『熟成』する『預言=預かった言葉』なのだろう
為るように『成るからほっとけ(仏)』=成仏(笑)
・・と数日後に下書きを正書している今・・
この無駄が『仏陀』だったという気づきについての伏線だった気づく
仏陀が無駄にされたという話はまだ別記事で






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