塵と型が感覚で繋がった意味と意図、型を都合で難癖つけて壊して塵(ごみ)にして新しい型に作り替える統一思想、元の型は信仰の力の地に気づくお話
塵と型
刑罰とは『型があるレッテル』である
前回、『罪と罰』という漢字の形象について洞察し
監視の『邪な目=言論封鎖』を取り除いたら
『三ル力と言う力』=『自由な発言』が解放された
今朝は『型』と『塵』の『扱い』が感覚的に相似した
塵=チリ・ごみ
鹿の『土』
型=かた・けい
刑の『土』
この時、刑の右には『刀』があり
それは『力』であると捉えた時
左にあるのは『鳥居=信仰』
刑とは『信仰の力』
型とは『信仰の力の地・元』
つまり『刑=鹿は信仰の力』であり
その信仰の力に『罰=制裁』を与える『罪』とした
それが『都合のいい刑罰』である
乱立する『過多』を嫌い『元からある型』を壊す
元型を『跡形も無く』する
『十人十色』でみんな違ってみんないい『信仰の自由を破壊』し、『信仰の力の統一思想』に作りかえる
元々の『型(過多)』を『塵』にして
『新しい型(統一)』に作り替える
これは良いも悪いもない
『自然の法則』でもある
例えば創世記の『ノアの方舟で生き残った一族』は、「産めよ育てよ」と『増やす』のが目的
その流れは当然、『増えすぎのライン』を超えた時点で『人口削減』を考えなければいけない時が来る
そうすると極端なのは中国がとった『一人っ子政策』のように「産むな!」と国を上げて命令しても
結局産んだけど『売った』とか『認知しない』という『人間扱いではないからノーカウント』のように、ただ『都合のいい罰を逃れる為』に
また戦後初期の日本のように、『1家族に10人兄弟姉妹が当たり前』のような『貧乏子沢山』もまた
子供を『丁稚奉公』や『口減らしに売りに出したり』と『人買ビジネスを利用した』という『時代の流れ』があったとしても、そこに『需要と供給』が生まれてしまったのも
『産むという自然の流れ』を『過度に促し』たり『過度に抑制』したりと『人為的な命令を法律』にしてしまったが為に
『型』にハマらない『自由な元来の気質』は、『人の監視の目が行き届かない所』で『はルールを違反』する
つまり
やれと言われればやる
やるなと言われてもやる
ん?(´-`)oOあ、条件が
好きな事=信仰の力
『性的欲求』は『繁殖の為』に自然の動物でもある
しかし、狂ったように『性行為を繰り返す性衝動の快楽に弱い』のは『人間だけ』である
理由は簡単で、つがい以外に『異性』だらけだから『目移り』する
法律や信仰による『罪と罰』が無ければ
『背徳』という『罪悪感』も無く好き勝手やるだろう
…という漢字にまた現れるレッテルの意図
背徳とは北月の徳
北にある月とは『鬼の地』の『月夜見』
傾城傾国の『葛城の絶世の美女』
鬼の地には『鹿や角の地名』が多く
鹿の土地と書けば『塵(ごみ)』
葛の加護=『くずかご』
温厚な『自然信仰の力の地』を『鬼』と『難癖』つけ
『南』から攻めて、目的を達成したら葛・九頭・久須は『型無しのくず、ごみ』として
『鬼籍』の箱に入れる=『死んだ事』
それが背徳行為=『よからぬ事をする罪悪感』
そのバレた時の『心の痛みや苦しみ』を『スリル』として『快楽の悦』にする『マゾヒスティック』
性行為も『首絞めや痛み』や『罵られる罵倒を快楽』に振り切る『気持ち悪い逆転現象』があるが
そういう人は『背徳行為』を寧ろ『気持ち良いと捉える』から、『恐れるものが無い』
そう考えたら、『憎まれっ子世に憚る』
だけど、背徳行為を
『北の月の徳の行いの為』と読み解けるなら
徳とは『めぐむ』であり
『北の月がめぐむ行いを為す』
徳の行人偏は『役人』
『十』の『目』の『心』
罪や罰と同じ『横目』でも、目が『一番上』ではない
『十=全ての元の目』を『支える心』=徳
これは『夢』の間にも『目』があるが
元の出処は『草=自然』
背徳は『信仰への裏切りという罪』であるが
それは『北の月の信仰の力に組する』という事
…しかし、これはどう捉えたらいいのか悩む(-.-;)
夫婦や一夫多妻が無い世界説
『人類皆兄弟姉妹』というワールドワイドな『自然体』で言えば、体の成熟年齢こそ『掟』があれど、『出産適齢期』になれば『自由恋愛、出産可能』とする
『特定の誰か』という制限は無く、『子育てはみんなでする』、誰がどの子の親とかもなく『みんな家族』
男衆は『力仕事全般』を行い
女衆は『細かい作業』を行い
それぞれが『適材適所で能力』を発揮し
『惹かれあった』なら『気持ちのまま』に
『譲り合いと助け合い』の精神
気が合わない時や合わない人は『近づかなければ喧嘩にならない』
そうやって『心穏やか』に『性行為もみんな通る道』だと隠しもせず、時が来たら『順番にそうなって行く』と『年功序列の安定した社会文化形成』
そんな環境だから『北の月の徳の行いの信仰の地』は『多くの人が集まり栄えた=艮の金神(混人)』という『穏やかな一大家族』になったのだろう
しかし、それを気に食わないのが、『独占支配の傲慢な思考』、『ほぼ嫉妬から生まれるSIT!』(この野郎)
それは『背徳行為』を『罪として罰』にします
「神は一人(絶対神)です、それ以外は異端です」
『神を分割』し始めた『割る信仰=悪侵攻=÷=%』
『元の神』は『鬼籍』に入り『4』にました
残りは『96』が耐えない『繰り返し』の可能性=96→%
一人=大の独占と書いて『奌=けがれ』
だから『元=鬼』を辿れって事
…あれ?また繋がってきたぞ?
大本教の出口王仁三郎と『艮の金神』
(´-`)oO{幽閉した後に面会に行ってるのか、それとも身柄引受人として保釈したのか
出口なお=直
出口王仁三郎=鬼
出口は直の心=悳
出口は鬼の門=鬼門
やはり、元を辿ると『先人』が必ずいる
私は心に素直に従っている=悳
この世の出口は『直の心』で鬼門に立つのは『鬼三郎』か・・
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