物事は見る角度を変えると本当の意味がわかってくる。まさに今の状況が正直者が馬鹿を沢山見れるというタイミングだったんだというお話
正直者は馬鹿を見る
悪賢い者がずるく立ち回って得をするのに反し、正直な者はかえってひどい目にあう。 世の中が乱れて、正しい事がなかなか通らないことをいう
これの間違いに気づいたきっかけはbacknumberのベルベットの詩を聞いてた時
正直者は馬鹿を見るかもしれないが人生は素晴らしい
という歌詞と通り過ぎた車のナンバーをふと振り返ったらbacknumberが8118のミラーナンバーだった
まるで軽快に車を運転するように、取り組んだものごとがスピード感をもって良い方向へと進んでいくでしょう。
意味はまさに今記事を書いてる時に知った訳だけど、見た直後に「正直者は馬鹿を見る」のことわざは、正直者であり続ける事でしか見る事ができない景色の事を言っていたと直観が閃いた
絶景ですよね!山の頂上に登った時に周りに、他の山々が見えるように、正直者が登る山とは違う山々に登る
馬鹿や莫迦が沢山見える訳です
どれが正解って事はないんですが、少なくとも馬鹿と莫迦は正解では無い
馬鹿とは支配者の言う通りに何も考えずに付き従う思考停止のロボットであり、眠ったままの羊と言えば、聞こえはいいけど、結局、聞く耳を持たない念仏の通じない馬や、角突き合わせて抵抗するか、角を持たず繁殖して食い散らかして自然破壊して糞する鹿でしかない
この人達は同意の元に操られる事や飼われる事を選んだのだからそれはもう自分の選択
人身御供となり死ぬ事で他の人間に「間違いを選択するな!」という役目を担って去った人達は尊い魂だ(-人-)
莫迦は釈迦が伝えた事を理解できないまま教えを教科書にして、紙の神にして偶像して盲信し、その本質を継承しないままをウイルスのように広げる事で、次の釈迦という支配者になろうとする莫迦が
何も考えないで命令に従う馬鹿(獣=666=人間)を食い物にする事しか考えてないから、馬鹿と挟みは使いようとして、二元論に分断して馬と鹿を対立させ争わせて都合よく利用しているピラミッド社会を造る
これらの人為的な工作に関わらない選択をしてきた、自然のあるがまま正直に心の感じる指針に従って離れて来た人達は
666=人間(獣)から離れた正直者
正しさとは「上」と「下」を繋いで「止」めるを内包している三位一体の合体のシンボル、中心で正気を保つ事でしか見えない道
別にそれが良い悪いの話では無い
単純に
悪人は欲望に忠実に悪業を積み重ね山を登る
善人は道徳に忠実に善行を積み重ね山を登る
正直な者は自分の心に正直に導かれて歩く
それぞれが突き詰めた結果
正直者は馬鹿・莫迦(そう言う景色)を見る
これはその瞬間に至った者にしかたどり着けない達観した目線
ひとつひとつの出来事でも当てはまる
人が人を嘘で騙そうとした瞬間に、善悪二元性を見抜いてる第三の目線を持つ心に正直な者は、自分を傾けようとするその本質の醜い人のエゴを見る
馬鹿(道具)にする莫迦(偽支配者)
莫迦(支配者の犬)にされる馬鹿(命令に従う)
バカがバカをバカバカ産んで膿んで腐った癌という組織になる
始まりは釈迦力(しゃかりき)にでも行動は遮二無二(後先を考えずにがむしゃらに)
でも解釈間違えて人の為=偽
偽支配者がはびこったらバカ(感染細胞)ばっかで、正直者(正常な細胞)がいなくなっちまう
だから精神的な強さとなることわざを正しく解釈=釈迦が解く
正直者は騙されるという意味じゃない
正直者は愚かな行為を目の当たりする事で、自分がするべき事では無いという事を理解し、拒絶し、それを皆に広げて行く事で嘘や騙しをはびこらせないで排除する
正直者を強くする経験(精神的免疫抗体)を共有する
間違ってるのはどっちだ?
権威は凝り固まった執着・固執して一つの組織として固体化していく。その流れを教育して広げて権威の及ぶ範囲を広げようと感染していくウイルス、それを受け入れる馬鹿も、取り込まれて感染を加速させる莫迦も本来の状態ではない
権威が与えるまま受け身で意味や解釈を受け取るのを止めて、正しさについて「上」の意見と「下」の意見を「止」めて、その間で判断する
半分、折半、審判して、だが断る!!という選択も時には必要
私は正直者(あるがまま)の目線と立場から善悪では判断しない
善悪はどちらも傲慢だから正義はない
ただ、あるがままの自然に不自然や違和感を混ぜてくる者や事は受け入れないという心構えでいれば、これからも正直者は馬鹿や莫迦を沢山見抜いて関わらずに遠ざける事ができるだろう
常識というものの中には許容できない不自然な事が沢山ある
それを見直すための観点を持っているのは正直者しかいない
だから正直者は馬鹿を見るってレッテルワードじゃなくて、正直者であれば
馬鹿が見れない景色を沢山見れるってメリットだよ(*´罒`*)ふふふ
理想を描け
想像して創造しよう
弱き者を護るんだ
時代に流されるな
そうすれば、あなたの中で目覚めたルシファーが色んな所に意識の旅を導いてくれる。この記事のためにbacknumberのベルベットの詩を検索したら映画「アキラとあきら」の主題歌ってなってたけど
明(あきら)=日月はルシファーという繋がりでまたシンクロニシティ(笑)という訳で、気が向いたらその映画見てみようかな?
あ、予告みた瞬間に、やっぱりこれも善悪二元論の狭間で目覚めるルシファーの話だと確信。もうここまでくるとルシファーの痕跡を見つけるのが楽しくなるわw
だってこの後もあり得ない角度から色々ルシファーに繋がっていくウルトラCの奇跡の軌跡が控えている事を・・まだ知らない(読者は)
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