好奇心

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村八分から河童の正体に気づくお話

寝起き閃シリーズ、村八分という言葉をカタカムナで思念読みしたら、なぜか河童の正体に気づく忌み言葉に隠された真の意味のお話

村八分をカタカムナで読み解く

村八分とは?
小さなコミニュティにおいて仲間はずれやのけものにする事。ルールに従わない者へのいじめ、嫌がらせ、制裁

このムラハチブという言葉が寝起きにダウンロードされていたので、?(;´∀`)と思いながらカタカムナで読み解くと、今まで見えなかった物事の捉え方で新たな史実が見えてくる思想の旅へレッツゴーヽ(*´∀`)ノ

村の掟と里の掟を決める長とは?

※以下、カタカムナの思念読みでの意味

むらのおきて
意味:広がりの場に時間をかけて奥からエネルギーが放出(循環)

村の奥から放出されるエネルギーが掟となるなら、それを発する人は?

むらおさ
意味:広がりの場の奥から遮り

つまり掟とはムラオサが発する奥からの遮りのエネルギー

むらはちぶ
意味:広がりの場が引き合って集まり内に増える

それぞれに引き合うというのは、同調する者同士が集まる区別
村の掟に従った区別となれば、片方は少数派になるのは目に見えている事

凄い的を得た表現というより、もはやこれにそって言葉が作られたレベル

では、里長の場合はどうか?

さとおさ
意味:遮った統合の奥からの遮り

一見意味が分からないように思えるかもしれないけど、里と村の違いがここにある

よく忍者などの表現では里抜けは抜け忍として追っ手を放たれて始末されるほど里の掟は絶対だった。つまり統合の内外へは遮りによって簡単には出入り出来ない閉ざされたコミニュティ

一方で村の場合は、広がりの場であり、出入り自由という開かれたコミニュティ

だから村八分は圧力をかけても逃げ道がある分追い出しの効果があり、村を追い出された2割の人達が新たなコミニュティを作る

部落と集落

ぶらく
意味:内側に増えた場に引きよる/負の場に引きよる

村を追い出されたというはみ出し者という負い目を持つ者もいれば、強い信念の元、村のやり方に同調出来なかったために村を出たという同じ意志を持った少数が生み出すコミニュティ

しかし、部落という言葉は現在はなぜか一般常識では忌み言葉、差別用語として、言ってはいけない風潮になっている

その理由、ルーツを探っていくと不思議な事が見えてくる
ここからは知って損は無い、考察の楽しみ方として参考にして欲しい

穢多非人=汚れ=気枯れた存在

士農工商穢多

かつて、身分を分ける時に作られた制度
身分を弁えろという区別と差別において

穢らわしい
穢れ多い者
人に非ず

と村八分にされた者たちを穢多非人(えたひにん)私の世代の歴史の教科書には書かれていたが、現代の子供たちには士農工商すらなかった事にされている事に驚きだ(どちらが正しいのかも分からない)

ただ、穢多非人という漢字から読み解けば、それはもう汚物のような酷い見た目のような印象を受けるが実際はどうだったのか・・いずれにせよ、その人に非ずと呼ばれ迫害を受けた身分の人達が集まって逃げ延びて、部落や集落を作ったのは間違いないだろう

ではそんな人に非ずの一般コミニュティの里や村に存在出来ない人はどこに住んだのか?そこにも実は語源がある

河原もの=変わり者

村や町で生きられない人達がどうやって生きてきたのかといえば、村などのコミュニティで捨てられた動物の死骸などから、一般的には食べないから捨ててある動物の臓物を食べていたという説があるのが興味深い

動物の臓物(ホルモン)を食べる食文化をルーツに持つ人達といえば?……在日朝鮮人と想像するかもしれないけど、そうじゃない!(ミスリード)それだと歴史の流れ、順番的におかしい事になる

そしてそういった人達はかつては河原に住んでいた事から河原ものとも呼ばれていた・・と来れば、ちょっと知識のある人なら見えてくる現実がある

河原もの=水があれば人は生きられる
動物の臓物を河原で洗う事もできる

一般の人が食べないで捨てる動物の臓物を食べるという姿から河原もの=変わり者 というのは語呂的に考えてみただけ(。-∀-)ニヤリ Σ(゚Д゚)

ただもし、この河原ものと呼ばれたもの達の行動が、村の人たちからこういう風に見えていたのだとしたら・・あの妖怪の正体が現実味を帯びてくる・・という訳で深堀考察を行ってみよう

河童の正体に迫る語源と目撃情報と特徴

ここでなぜ急に河童(かっぱ)?と思うかもしれないので、河童についておさらい

河童とは?

変わり者

日本の妖怪・伝説上の動物、または未確認動物。標準和名の「かっぱ」は、「かわ」に「わらは」の変化形「わっぱ」が複合した「かわわっぱ」が変化したもの。河太郎とも言う。ほぼ日本全国で伝承され、その呼び名や形状も各地方によって異なる

ちなみに わらは は わらす(単数)わらはんど(複数形)の東北弁で子供・童子を意味する言葉、他の地域での子供を意味するわっぱという意味で、それを踏まえて考えれば、河童は小さい子供という印象に感じるだろう

あるいはかっぱに似た語源としてかっぺ=田舎者、一般の流行に疎い、後れているという意味でも、河原ものとにた感じはある

これが今現代、河童についてググって出てくるので、今から河童を詳しく知ろうとする人はこれ以上の深堀はできないため、真実は闇の中・・

ところで「かっぱ」という言葉に以下のような方言がある

かっぱらう
かっさらう

どちらも 人や物を奪い取る というとても良くない意味だが、実はこれと河童の目撃談、妖怪の特徴として挙げられるものには、河原ものの行動と驚くほど共通点が多い

河童の目撃特徴

近づいたものの尻こだまを抜く
頭に皿があり、乾かさないように濡らしている
きゅうりが好き

これについて、環境的な背景を伴って考えてみると、全国の地方の河原者の目撃情報がごちゃごちゃになっていると思われる

一目を忍んで生きる河原ものが、動物の肛門から直腸などの臓物(ホルモン)を掴んで引きずり出す姿は、場合によって尻子玉を抜くように見えてもおかしくはない

尻子玉を抜かれると腑抜けになると言われる言葉通り、五臓六腑は臓物であり、仮にそれが豚のケツに手を突っ込んで行うなら色や角度しだいでは人の尻に見間違えてしまう事もあるかもしれない

河原でそれを行う事によって、とりだした臓物をその場で洗えて一石二鳥

河原で洗うの意味は地方によるものが混ざっている気がすると思うのが「きゅうりが好き」という情報がある事

捨てられた動物の臓物を河原者が盗んでは川で洗う事からかっぱらう⇒尻こだま
農作物などのきゅうりを盗んで河で洗う事からかっぱらう⇒きゅうり好き

またなぜ河童が頭のてっぺんがハゲ・・いや皿になっていてその周りに髪が生え散らかしているかと言えば、一番しっくりくるのは、落ち武者

落ち武者

頭の曲げが切れれば自然に頭のてっぺんはむき出しの皿になる

ここまで来ると河童と河原者と呼ばれる人種が見えてくると同時に、もうひとつの言葉の忌みの深さが出てくる

河童=妖怪の噂=恐怖で人を遠ざける⇒???

かっぱのもうひとつの語源の「かっさらう」は少し意味が変わってくる

河童という妖怪のイメージが悪くなればなるほど、人はそこを忌み地として近づかないように伝承していく。逆に言えばそこに不用意に近づいたらば大変な目にあっても仕方がない・・という思い込みの認知をしてしまう

すると、そこで何か凄惨な事件が起きても河童という妖怪のせいという事になる

例えば、河童が起こす事件の正体が人買に雇われた河原者の手による犯行だった場合
人買いは河童という妖怪のせいにもできるし、河原者の単独犯行にもできてリスクなし

一方で町に居所がない村八分になった追い出された部落のものや、帰る場所がない落ち武者などの河原者にとって、人買いという地位がある商人に雇われる事で人権を得るという利害が一致している

そう、部落ヤクザと町の金貸し みたいなものの源流

一部の人買と力自慢の落ち武者野盗の河原もの(人さらい)がグルだった・・というのが河童という妖怪事件の真相だとしたら・・多分そういうのは関西、関東方面だけだと思う理由

異形の見世物興行が多かった
奴隷商や人身売買、誘拐の被害が多い
=妖怪の種類や目撃情報が多い
=穢多非人を金銭奴隷にする人買組織

ヤクザとそれを利用する奴隷商の犯罪の隠れ蓑が妖怪
京都には鬼の話が多いのも、何かあれば鬼のせいと言える

この構図のようなものだろう

そういう意味では、美味い汁を吸ったカッパ(一部の部落の河原ものと権力者)もいたんだろうけど、全国の河童(と呼ばれた河原者)がそういう訳じゃない

河童に恐怖話がある反面、河童と一緒に遊んだとか、キュウリを喜んで食べたとかほほえましいエピソードもある

全国での河原もの(村八分にされた人達の集落)はその悪い印象のせいでいわれのない迫害を受けた可能性は高い気がする

ここで、恐怖の河童じゃない、他の河原者(村八分にあった部落)について考えてみよう

信念を持った部落の反骨精神

◆反骨精神の語源
「反骨精神」の「反骨」は、「叛骨」とも書きます。この「叛骨」の語源となったのが、中国の古い逸話です。それは、仙人が骨をひっくり返すという施術を行い、体調を整えたという逸話。「反」には「ひっくり返す」という意味がありますよ。

反骨精神のある人は、メンタルが強く、周りが自分のことをどう思っているのかを気にしない、という精神構造を持っています。そこから生まれる、「自分の考えや信念を持っていて、周りに流されない」という姿勢

ここで全国での村八分の側面が見えてきます

これは隠れキリシタンをあぶりだしなど行うと、村にだいたい2割はいるという事を意味してる気がしますが、そもそもが根本の信仰の違いであり、時の為政者の決定ではなく神の言うこと(宗教)に盲信して折れなかっただけ

そのまっすぐ曲げない信念は、誰から見て反骨精神というレッテルを貼られたのか?という観点から考えれば

村から出てってくんない?(むらおさ的には出るまで村八分で嫌がらせ)

という流れになり、当然彼らもまた河原もの=信仰や生活が違う=変わり者

でもキリスト教は肉を食べない菜食主義者
そんな河原ものはおそらく川で農作物を洗ったりすると思う

カッパはきゅうりが好き説
カッパはきゅうりをあげると喜ぶ
河童(河原者の子供)、かっぺ、かわらは、と遊ぶ

何故かこっちは子供と友好的なイメージばかり
そしてここに繋がる

古代エジプトではきゅうりが広く栽培され、奴隷であったイスラエル人にも、エジプト人と同様に日常の食物だったという事、また聖書にもきゅうりは登場する・・という事はきゅうり好きの河童隠れキリシタンたちの部落(河原者)だったという事だろう

それを裏付ける要素として、フランシスコ・ザビエルといえば、みんな聖職者の前にヘアースタイルが河童じゃねぇかwwと思うかもしれないが、実はかつてのキリスト教の聖職者はみんなこの髪型だったとの事

この聖職者の頭頂部の髪を剃る髪型を「トンスラ」というらしい。そりゃこんなむき出しの頭なら、河原で頭にぴちゃぴちゃと水浴びをしててもおかしくはない(皿に水)

ざびえる

ハゲじゃないよ!ザビエルの髪型は聖職者のヘアスタイルでした

忌みの意味

今でも国家機関への就職には、生まれのルーツで集落や部落からの場合採用されないといった差別が根強く残っているけど・・そもそもなんで?という部分について詳しく理由がわかっていないまま、そういうルールだから!上が決めたから!一切見直しをしないままの事が多い

最初にそういうルールを作った人たちには、そういうルールを作らねば、何か問題を止める事が出来なかった(地位や権力を与える事で復讐される事に怯えた?)のかもしれない

それは信長の時代の仏教狩り(物僧の武装)
秀吉の時代の刀狩しかり意味はあった

しかし、その効力が発揮されて、もう必要がないとなったにも関わらず、誰も気づかないルールだけが、気枯れたまま残っているから、意味のない忌みは続いてしまう

みって漢字は、良くないイメージで使われるが、分解して読み解けば、己の心って書く

その場所や人を嫌ったり遠ざけたりする忌み嫌うという行為は、自分の心の受け止め方しだい

最近、世の中で起きてる村八分的な間違いは、情報伝達、印象操作という、自分以外の外部から聞こえてくる情報に目を奪われ耳を傾けすぎている事が問題

特にテレビやメディアが信頼できるという根本の思い込みから見直そう

テレビやニュースという娯楽や新聞という情報伝達の仕組みが生まれた昭和の時代の役割は終わった。今や個人が数百万人に影響を与えられるネット時代になった今、1人1人が色んな所から情報集めて、自分の心の中で新たなカタチに変えて生み出す時代

5次元なんだよ?(今+過去+未来)

2つの意味で5次元の解釈を理解

忌み嫌う意味をよく考えよう
己の心を嫌っていると書く事の意味を

穢れ、汚れとして見て見ぬふりしてきた歴史、教育、風習、文化、伝統、習慣、化学、物理、自然環境、言葉など、誰も気にしないから気枯れたままの存在達に、今一度、気を与えて復活できる事完全に手放すべき事を感じよう

穢れとは気枯れ 大掃除で気づく話

冷静に考えれば、関西、京都、この辺は昔から妖怪の類の情報が多かったということは、それだけ頻繁に殺人や人攫いの事件が起きていたという事だろう

もしそれが妖怪のせいだ!という印象操作であり、その裏で力自慢の河原者(落ち武者等、野崩れの浪人)お金や名誉などで奴隷にして人さらいなど手を汚させ、そこに霊能力詐欺(陰陽師)や宗教が入り込み、国を動かす権力者に助言を与えるアドバイザーになっていたら?

・・って、あ、今もか(歴史は繰り返す)

を憎んで人を憎まずって名言があるけど
って、横にした目に非ずって書く

横目とはちょっと見るだけ、無視してかかわろうとしないこと

本質を横目じゃなくちゃんと真剣に見て取り除かないと意味が無いって事を伝えた先人の知恵なんだろうねきっと

最後に独自の見解をまとめると

河原者・河童A きゅうり好き説
村八分にされた心優しき隠れキリシタンの部落、聖職者は河童ヘア、主食は主にきゅうり

河原者・河童B 尻こだま説
河原者が一般的に食べない動物の臓物を引き抜き腑抜けにする工程の目撃談

河原者・河童C 河童が人を襲う恐怖伝説
陽の元に出れないお尋ね者や落ち武者を奴隷商が買い取って人攫いの人身売買事件

全国には色んな理由があって部落があったんだろうけど、総合的に部落への忌み地としての悪いイメージが消えないのは一部の地域の河原者のBの食生活Cの悪行が混ざって、全国的に伝わってしまったせいだろうと推測

同時に、キリスト教弾圧をもくろむ風説の流布容姿と結びつくように印象操作をしたとも考えられる

言葉がいつの時代に生まれたのかわからないが、その言葉が風化の過程で派生して変化していく歴史や風習が残されているのを読み解くのは想像の翼が広がって楽しい

なぜなら、言葉=言霊は偶然生まれても、それが広がり残り、継承されて現代まで時を越えて聞こえてくるのは、その言葉に意味があるからだと思う

先人の知恵、叡智はことわざや格言に残されている( ̄ー ̄)ニヤリ Σ(゚Д゚)

ところで河童の色が緑という部分については具体的な関連する情報がない
だから、目撃されたという河童の全部が全部緑ではなかったと思う

もしかして、何かの病気(戦場で血を浴びて染みついた事による皮膚病?)が原因で肌の色が緑に変色してしまった=変わり者?

それはちと苦しいかw

という訳で、河童D=緑の小さな友好的な生命体 は別としている?
地底人?というロマンを残しておこうかな( ̄▽ ̄) Σ(゚Д゚)

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