好奇心

直感・閃き・気になる事探究を楽しむ

世間はまだコロナだった(笑)と気づいた出逢いに感謝した一日

たまたま近所のおばちゃんと再会した近所のスーパーで交わした会話で、世間はまだ無いものを有るという認知洗脳に囚われているという事実を知って呆れたけれど・・そのおかげで執着や思い込みを手放す事で縁が巡るのだと感謝した一日のお話

出逢いの縁の不思議

私は今日、買い物ついでに以前、友人に勧められていたラーメン屋に行き、勧められたトッピングで食べた

うん、確かに一人でじっくり味わってみると『旨い』し『美味しい』

私の中で旨いは
組み合わせ、技術的に卓越している『完成度』的な表現

確かに煮干し出汁に『背脂』というトッピングをあえて選択しているのは、長年、味を好んで食べている『友人のこだわりの旨さ』を感じた

そして美味しいは
感情的な満足として『満たされる感覚』

その両方で『感動』したので来てよかった
そして『しばらくこなくてもいい』という味と気持ちを悟って『解脱=覚悟』

・・いや、そんな所に覚悟せんでもwと思うかもしれないが、『繰り返す必要』はない『たまにでいい』と『心の位置を確立した』という意味では『覚悟』でもある

かくご のカタカムナの言霊は
力が引きより内に転がり入る

美味しいと旨いで私の『心と腹』は満たされ満足した
つまり、『力が内側にエネルギーとして満ちた』とは『覚悟が備わった』とも取れる

ここに来れば『旨くて美味しいものが食える』と醍醐味を知った(笑)

友人のアドバイスに素直に感謝した(一人一)満足した有難い

さて、その足で、ちょっと前に気づいて気になっていた、そこから近い業務用スーパーに足を運び、普段は気づかない飲食店御用達の素材・・の『元』を観て驚愕する

食材のほとんど、『原産地中国』
加工済みの冷凍食品の食材の多くは中国産だった

家では、『無農薬野菜や現地の食材を調理』して食べているから気付かなかったが、『外食で食べる料理』に使われている素材の多くは、普段自分の買い物では『意図的に避けているもの』ばかりだった

調理・料理という『手間と時間』を『金で省く代償』として、『健康リスク』として避けている物ばかりを食べさせられている食料依存

それに気づいた時、前回、友人との外食の時に気になった店だったから足を運び、そして足を運んだ理由が『知らない世界の足るを知る事』が目的だったのだと

これも改めて素直に感謝した(一人一)満足した有難い

私は業務スーパーを離れ、いつものスーパーへと向かう
そこで、しばらくあっていなかった近所のおばちゃんに出逢う

そこでおばちゃんが言ってきた驚愕の一言

「最近、コロナが流行っているでしょ」

は?

私は生きている『世界(次元)が違う』のだろうか?と錯覚したが、おばちゃんいわく、病院帰りとの事で病院も今『コロナ患者』が増えていると

だから、面倒だけど『人目があるからマスク』をしていると・・

そういわれて、周りを見渡して、そういえばコロナが治まった例年よりも、『マスクを着けている人が多いな』と、言われて気づいた事で

(いまさら人目もクソもねーだろと・・)

私の中ではもう覚えて悟って、『金輪際二度とその界隈には関わらない』と『覚悟』ができていたのだと自覚した

覚悟=『精神免疫』ができていると『そういう界隈は有っても無い』という『意識は解脱』になっているのだ

その『洗脳にはもう騙されない』と

しかし、その『界隈=世界の隅』ではまだこうやって『思い込みの洗脳』をされているのだと、そして『病院にコロナ患者』が溢れているのは『自業自得の因果応報』なのだとも思った

『説明のない治験』に『同意』して、『遺伝子組み換え』で『元』が変えられてしまったから、季節の変わり目に自然にできるはずの『免疫』が身につかず『免疫不全』を起こしている

医療(組織)はその『一時の間違い』を反省もせず、『説明』もせず『責任』も取らず、あの『狂った正常性バイアスの詐欺』を『メデイア洗脳と共に続けている』のだと・・

心底呆れた・・

海外では、ワクチン推進した先導した者の多くが
「あれは意味が無かった」と認めているというのにテレビや新聞は伝えない

報道の自由とは『伝えない自由(切り取り)』
報道を『盲信する者』には『不自由を与える社会装置』なのだ

だから、『ショート動画』などで『長い情報』を理解できなくして、切り取って『都合のいい所だけ伝える』という『プロパガンダがニューメディア』になっただけ

そりゃ『極端に偏った思想』が飛び交って『争い』になる訳で・・『自分で考える余地』が与えられていないし『数の思い込み=いいね・リポスト・おすすめ』に流される訳だ

全部伝えて、『判断は自己責任』が本来の『ジャーナリズム』だったはず・・と思うのは、それは、『メディア媒体=情報元』が少なかった時であって

今はもう『個人の偏った想い込み』まで『影響力(インフルエンサー)でインフルエンザ』(感染を広げる)・・と

だからこそ、個人で自ら己に責任を問う『自己責任』の時代でもあるのだろう

『神も仏』も有ったもんじゃ無い足元掬われる『偶像崇拝』
でも『加味とほっとけ』で救われる『自己救済』でも有るとわかりやすい指標

『有無を言わさず問答無用』に従うのではなく
『有るし無いしの自問自答』で心と素直に向き合う事が正解

ほんの数分の立ち話だったが、『一人の人間の発言』を聞きながら、『意識の観測』は、『世界の構造(社会)』がこういう『迷える子羊(82才)』を生むのだな・・と

偶然声をかけてきたおばちゃんとの出会いに素直に感謝した(一人一)満足した有難い

とはいえ、おばちゃんは『人目を気にする=マスク依存』だけで健康そうだったから安心した

そのおばちゃんが「ついでだから家まで送って!」と言ってきた時、一切の迷いもなく「いいよ」と素直に反応した自分を改めて振り返ると・・

今日という一日の流れの全てが、最初に神社に参拝した時に

(一人一)今日の穏やかな天気に感謝。後、おもしろい気づきなんかあったらまたよろしく!と

ここから始まっていた『縁』なのだろうと

やっぱり素直に感謝した(一人一)満足した有難い

それで思ったのが・・『神社(場所)』にご利益があるとかではなく、通う事、報告する事、達成した事を『話す事=離す事』で『縁が深まっていく』のだろう

それが心に素直に『悳を積む=密教=密度(熟練)』の教え
心を満たす=満足したら『手放す→縁が巡る』を繰り返すから

『次の元=次元』が生まれるのだろう
『執着や固執』では、『新たな流れ=龍』は生まれないのかもしれない

気締めをつける=覚悟=迷いを手放し解脱する為に行く
もしかしたら、それが『元来の神社の在り方』なのかもしれない

現に私は、今年に入って現実には習う事はない『漢字一級の常用外漢字』を多数発見している
間違いなく、廃仏毀釈=仏鬼釈迦の系譜の言葉

これがホントの門前の小僧習わぬ経を読む(笑)

聖と望から㻚(ほう)へ  またしても封印されし一級漢字に導かれた

熄 (きえる)可もなく不可もなく水の泡

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

Return Top