好奇心

直感・閃き・気になる事探究を楽しむ

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真の『物真似』の『価値』とは…

真の『物真似』の『価値』とは…

真という物を真似する事で価値が生まれる価値基準は、上からお下がり品を下が模倣して社会構造にしているだけ。まだ物になっていない真は真似できない未来だが、未だ来ないだけで孰れ来るであろう心構えが熟成した?・・この思考シミュレーションの結末は未知=未だ知らないという無駄を知るお話
無きにしも非ず・・の別解釈したらまた釈迦がいた(笑)

無きにしも非ず・・の別解釈したらまた釈迦がいた(笑)

無きにしも非ずという言葉が気になった。これは『まったく無いとは言えない』という可能性を意味する訳だが・・直観は何か違う文字の景色を伝えてきたので思慮深く自己解釈で遊んでみたら・・循環的理解(ヘルメネウティック・サークル)という深い哲学法を使っているよ!とAIに教えられたお話
釈迦と空海の共通点=悟りと明けの明星=ルシファー

釈迦と空海の共通点=悟りと明けの明星=ルシファー

なぜ仏教は釈迦の再来ではなく、次の釈迦(候補)の弥勒降誕という開祖ではなく弟子を求めるのか?という都合の違和感が、まるで皇帝ではなく皇子を担ぎ上げようという構図に見えた時、あれ?と思った思慮深い洞察の途中で、釈迦=空海=ルシファー=明けの明星が悟りのきっかけと一致した事で違う世界が見えてきたお話
思い出すとは思慮深く心の受け皿の沙を出して和足す事

思い出すとは思慮深く心の受け皿の沙を出して和足す事

『形はお釈迦』に壊れ、『存在はお陀仏』に崩れ去り『熄滅』し『自らの心』という『息』を引き取った後、その心に貯まった『体感という沙の粒子=龍子』を思いから出す=『息を吹き返す=流れ・龍が立つ』。『消化した物事』から『昇華』し、『至らなかった物事』は『フィルタ(魂の戒め、賽の河原の意志積みの三和土直し)』で削ぎ落とされ、『...
憂い

「推しと政治が交差する場所で、思考は停止する」

人は群れに属した瞬間、判断を委ねる。推し、界隈、支持層──それらは安心と引き換えに思考を預ける装置になる。政治chと巨大エンタメが同時にレコメンドされた体験は、その構造が既に統計として確立している証拠だった。これは誰かを責める話ではない。群れを生む仕組みそのものへの観測記録である。宗産複合体(信仰の自由と金で見る夢) ...
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