好奇心

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多生の縁 別世界でも死(目覚めのトリガー)は変わらなかったと気づく夢

一生・・だとわからない『多生の縁』だからこそ、別世界でも死(目覚めのトリガー)は変わらなかったと気づく夢

夢のあらすじ

そこは一日前に母が病院で亡くなった後…という世界だった。私は死に目に会えてなかったからか、実感が無かったのか・・ぼーっと意識が飛んだ先は一日前の病院で母が元気にしている姿だった

私の中では死んだ…という未来があり、ただどうやって?何が引き金になってそうなったのだ?という空白があった為

元気に家族と会話している母を観察していると、ベッドの横に座り私と話をし始めていたその時、ベッドから滑り落ちたのか、尻と腰を強打した後、急に症状が急変したように呼吸が荒く自分で立てないという状況になり

私は、母を抱き起こし、背中をさすって「母さん!深呼吸をして!」と息を吸わせたら、幾分も吸えなくて苦しい…という感じで

母をそのまま抱きしめる形からおぶるスタイルにして廊下に出て「先生!」と助けを呼びに出た頃、もう背中の母は声をかけても反応がない手遅れの状況だった

私は息を引き取ったのを確認すると、なぜかそのまま背負ったまま病院を出て行こうとした時

(これが死因だったのか)

と変えられない未来=一日後に意識が戻ったような感覚で

「じゃ!次はベッドから落ちないように!腰を強打させないように‼︎」

…と再び一日前に戻ろうとする私の意識に対して

「しかし、何らかの理由があって弱って入院していたのは事実で、そんなちょっとした事で息を引き取る状況で生かされ続ける延命はただの自己満足ではないか?

その一日を助けても、病院で足を滑らせたり、なんらかのトラブルが起きて次の日同じ事になってるかも知れないのを、お前は過去に戻ってずっと終わらない一日を繰り返すのか?」

と、今の私が諭すように語ったのは、その落ち込む私と『同期して同じ景色』を見てきた今の私には、その『母の死因』が別世界だけど、『同じ事がトリガー』になっている事が気になった

この現実の母が亡くなる直前にあった事は、肺癌を調査する為の生検の穴の後から生まれた癌の転移が『脊髄を圧迫』した為、『歩行困難』になって弱っていった時、夜にベッドから落ちた衝撃で『腰を強打し下半身付随』になった事

それで脊髄の神経が死に、痛みから解放されたとニコニコしていたが…腰から下の感覚が無いという事は、排泄や排便はおろか、食べ物が腸で機能してるのかすらわからないという事

もはやそこまで行ったから家での介護は無理と病院に行かせたら、転移先の受け入れを待ってると、病院側から「こちらで最後まで面倒見ます」と言った一週間後に亡くなった。その間、母は私にだけ『夜中に見慣れない看護師が置いた青い薬の誤飲』を訴えていて

その翌日当たりから『今までにない症状が出て急激に発熱』。病院側は「癌転移、ステージが進むと様々な症状が出ます」と事前に逃げ向上してるから

薬の『誤飲』、あるいは『計画的犯行で飲ませた薬の副作用の症状』だったとしても、それも『末期の癌』だからで有耶無耶になるが

母自身がそれに気づいて「医者や看護師に言わないで」と私にだけ紙を書いて託した必死な姿は『せん妄』と言われる、病院が『患者の錯乱』という決めつけに使われる状態であり

外に漏れると厄介だと感じて『口封じ』でもしたのか?と思うようなタイミングで家族の同意は後取りの『麻薬付けの点滴打たれて朦朧』とした個室に置かれて、再会した時にはもう意思疎通すらできない『殺されたも同然』だった。

それが『抗がん剤の末期の患者』の扱い方
それは『証拠がない現実』だから覚えておくといい

『医者(個人)に言う為の文句』じゃない
病院(組織体系)とは『そう言う場所だ』という戒めの心構え

最後に意識を取り戻して私達に言いたい事を伝え、会話して送り出せたからいいが

この夢の中の私は『母が息を引き取る瞬間』を背中に感じた
『声をかけても反応もない』という終わりの瞬間

なのに、夢の如く『深い悲しみ』を感じなかった

私の母の死因はどの世界でも『腰の強打と病院』が関わってる

何度、似て非なる別世界で『念動力でやり直し』ても、『その瞬間だけは同じ事になる』という

確定の『覚醒プログラム』

49日の不思議 確定した死は回避できない夢から学ぶお役目の話

私は『母の死をトリガー』に、気がつけば『大日如来』をはじめとした『釈迦の流れに縁が繋がった』ように
この夢の並行世界の私もまた文字通り『母の死を背負い病院から去る』というのも

その立場の『瞬間の主観の意志』は何かを『達観して覚悟』を決め『心が変わった時』でもあり、その『心が変わった瞬間』を『客観的な俯瞰』でかつて『自分も通った道=登龍門である』と感じた時

目が覚めたら、『鼻』が詰まって『涙』出てて
『精神は達観』してるのに『肉体が涙脆い』とは(笑)

私の涙は『母への恋しさ』ではなく、その母の死を感じた自分を『客観的ドラマの主人公』として見て『感情だけ移入』していたから

『泣けるドラマ』を見てたような感情移入
医療、病院への『怒りの叫び』の夢は

前にも見た事があるが、その時は『我が子を医学で奪われた親の夢』な感じ
そう言う、「世界構造を否定してそのものを変えてやる!」という『強い意志表示』のシーン

つまり、私の覚醒トリガーはどの世界線でも『薬師の心』を失った『西洋医学環境への絶望』

西洋思想の医学の製薬の元の『錬金術』
人の体を実験体に使う『解剖学』

これは『人類の発展』ではなく、人類を『中から支配する方法』を求めるマッドサイエンス

そういう『入り込む、埋め込む』という『寄生細菌やウイルス』にとっての『免疫機能を破壊』するための『人類に対する計画的工作』への貢献

『悪魔(偽神)崇拝』の犠牲の供物、そういう『賢者(マッドサイエンティスト)の意志』

注文の多い『西洋料理店(猫が客を食う)』とは
『西洋医学(錬金術の条件・不平等)の盲信』の事を指していたのだ

そこに『行かなければ』
そこの『言う事を盲信』しなければ

『無事に健康』でいられたかもしれない

という『可能性を理想』とするなら

検査をする『前に戻る』
病院に関わる『前に戻る』
健康的な食生活を『提案する』

…と、『理想を空想するのは自由』だが、その発想は『終わりから始まっている』

つまりその『避けたい未来を先』に見ていなければ、その『後悔の解消を行うという発想』には至らない

『未来記』があって『未然』に防ぎ
『空前』があって、『絶後』に行動する

『和を持って尊しとなす』が、『後悔は先に立たず』

これは後から後悔して『悔やむ=苦病む』という意味ではない
『後悔する事(ショックドクトリンの目覚めのトリガー)』は先にはわからない

それが『起きて』初めて『眠った羊から目覚めた時』だとわかるんだ

後悔するかもしれないと『迷い』が生じた時「やるだけやれ!」と後押しする為に、『鬼軍曹として夢』に出てきたのはその母の父(祖父)だった

祖父(鬼軍曹)と共同作戦の夢で学ぶ悲観の間違い

生がない・・仕方がない・・と『死を強く意識』した時、『死の方』から「死片付け」はある!と『死中に活(喝)』をいれられたようなもの

生がない=仕方がない=死方・死型・死片づけは有る気づき

それがあった事で、『結果はわかってる』が『後悔しない行動(死ぬまで介護する)』ができた

最後を看取った時、本当に『悲しさ』より『成すべきを成した達成感』があった

『そんな達成感のある意識の私(大丈夫)』と、その『瞬間を迎えたばかりの私』が『変性意識の中で対話』ができた

私達の目覚めのトリガーは『母の死』
それは必ず決まってる『運命』だった

命運と運命

『命を運んだ母』を『運ぶ命』
『宿した意志』を『背負う役目』

遅かれ早かれ、『どの世界線の私』もこうやって『先に目覚めた私とコンタクト』して、『魂が分かれた分身達(分御霊=訳見た間)』が『自分→自己意識』へと『元』へ辿り始める

『命』はどこからきた?と

そして命を問う事を『命題(テーゼ)』にして
それを『解明する探求』へ向かう

命の前、命の後

命の後の名 命題と命令

前のまえの名は『則』
空前絶後=空則是色
色即(すなわち・則)是空=色は空

そういう知恵の閃きの灯火を灯す『灯録という伝灯』に気づいた

空前絶後(灯録)と空即是色(波羅蜜)の同一に気づくアーカーシャ・レコード

『空則(夢の法則)』から目覚めた『絶後(現実)』では、その『体験の感覚』を夢日記として、『知恵』として『気づきを記録』するアーカーシャ・レコード

心に素直に納める『悳』は体感なくして理解なし
言葉にできない、出さない『想い』を秘める

その秘める想いこそ、精神が達観した『人類の祖先達』が紡いで更新されていく『アカシックレコード』

『目覚めたら続き』をしなければいけない
これは使命感ではなく『死命観』だろう

使命感は『命を使う感じ』に見えて『人の吏(役人)の命』だから人の為=『偽』
その偽の『生の立場』からすれば相容れない死=『死方はない』と拒絶する空間

私は無いに有る=『空間の命』として観る

だから『現実』にいながら、まるで人の夢は『儚い一生』の如く…と『多生の縁』から『俯瞰で観察』してる『浮世離れ』の感じが、今回の夢の余韻

一生ではない『多生』
ワンワールドではない『多世界』

ただどこの世界に『意識の観測』を向けようといずれ必ず『目覚めのショックドクトリンのトリガー』がある

『ワンワールドオーダーの西洋世界』では、『強制的に多くの人の精神を目覚めさせよう』と『合理的に大量殺人』を行った

『多次元多世界』を取り入れる『和合の精神の東洋』は『任意』という『最低限の選択の自由』を残し、『心に従う者は避けられる余地』が与えられた

結果、ショックドクトリンを気に、政治、経済、医学、科学、常識、歴史、あらゆる物に『同様の違和感を感じて目覚める人』も現れ

それを『本物』かただの『一時の統合失調』か?を確かめるストレステストが『スピリチュアルや陰謀論者』という『レッテル』貼り

ここで自分が恥ずかしく感じて『常識社会の方に戻る』なら『一線を越えられない口封じの人』=囚

どんな『表層のレッテル』を貼ろうと、『中身は変わらない』と『襤褸は着てても心は錦』と『死(ショックドクトリン)中に活』を見出した者は

仕方がない=死方が無いという『生が無い』と『見捨てられた先人達』もまた、『レッテルを貼られて禁忌にされた方向』にいると気づく

『進むべき方向を変える覚悟』ができる生と死の『金輪際の見極めの狭間』

円の『縁』と、円の『淵』のギリギリを回り、谷が欠けた『欲』の崖っ淵の『界隈(世の中の隅、極端)』には行かない

つまりは円の『中』でもなく、円の『外』でも無い
どちらでも無い『際』という、円を繋ぐ『点の一つ』として俯瞰で見守る

地球に『引っ張られて落ちる』わけでもなく
地球から『遠ざかる』訳でもない

『月の加護』のように、『先に目覚めた私』が、『これから目覚める私の瞬間に立ち合った』ような…

かつて、コロナ禍に突入する前に、『自由意志の選択』を問うように私の前に現れた私の夢の時の『伝える側の立場』

もう一人の自分と出会う夢 ペストマスクの男が現れる夢

今回は「死を誤魔化そうとするな、死を受け入れ背負え。なぜならそれは多次元の自分達の共通の登龍門だから」と

『伝えた』ような『伝えられた』ような、ま、体験・体感の『同一・一体化』だから同じ事
その『心構えができた自分達』がこれから『自発的な知恵を生み出していく同志』になる

人は大切な何かを『失って』気づく
大切かどうかは『失わないと』わからない

それだと『一生を後悔し続ける』が『多生』だとそれは『一つの戒め』として
「次の元はそうならないようにしよう、やり直せるならそこを直す!」と『自己改心』していく

『死を拒絶しない学びの体感』であると
『馬鹿(大切な物を忘れた奴)』は死ななきゃ治らない

だが『莫迦』は『夢の中で死ぬを繰り返す』から『生きながら達観』していく

『莫迦の一つ覚え』は『夢を観る(体感シミュレーションする事)』だからな(笑)
その夢が空前の空則(有無の自然の可能性)

莫迦のひとつ覚え──夢と意識が世界を生む場所

ふむ、やはり母の死をまた別の形で『トリガーハッピーなショックドクトリン体験』をする事で

さらに『多次元多世界の自分達』の為にできる事、そして『分身』に「元に戻れ、元を辿れ」という『統合の意志』を固める事ができそうだ

なるほどな…やっぱ自分で『体感の実感』がないと、なぜ『共感』を感じるのかも理解できない

例えば、映画タイムマシンでは

事故で死ぬ彼女を救う為に『何度も過去』に訪れ、『わかってる死を回避』させても、その都度『別の死が彼女を襲う』

その法則に気づいた彼は絶望して、ぼーっとしてると100万年後だったかな?に飛ぶのだけど…(続きは映画を見て)

例えばシュタインズゲートでは

『牧瀬クリスの死を回避』する為に、様々な世界線を『意識が観測』して戻ってきた結果、やはり救う事はできないのだ…と『世界線の収束の法則に絶望』するように

その『絶望を感じた』からこそ、その始まりの瞬間にあった『謎のメッセージの相手が未来の自分』だったと認識し

「最初の自分を騙せ=死(認知)を偽装しろ」

そうする事で『未来=メッセージの元(後悔を続ける)』は生まれ、それまで『つらい死のシミュレーション=地獄めぐり』を見てきたお前(意識)は『シュタインズゲート(理想)へ飛べ』と

これは一切皆苦の『全ての苦しみを背負うのが未来の主人公』であり心吾以外一切無常
『シュタインズゲート(理想)に飛ぶ』のは、その苦しみをもう味わう必要がない業を修めた『修業を終えた意識』

これらは、大切な物の『死(終わり)を受け入れる』、受け入れて『前に進んだ先』で起きる、過去も未来も『今(始まり)にある』という選択を意味する

『眠ったまま』なのか?
『目覚める』のか?

これは『スピリチュアル』な話じゃない

『目を開く』のか?(刮目)
『目を閉じる』のか?(見て見ぬふり)

単純に生が無い=仕方がない=死方は無いと死を片付ける=思考停止

『死』から『目(観測)』を逸らすな
『死の先』にある『可能性(人)』を背負え

それが『新たな生』になる

と、『一つの縁の有事の際』に私は『和足し』として体感からの『感覚と気づき』を置いてきた

考えればすごいパスだよな〜と思う

『母の死因』が『全く同じ世界』があるだと⁉︎とその『死と向きあった直後の私』が『妙な一致の話』を聞いたら

「何⁉︎…死は『意識の観測が変わるトリガー』だと⁉︎」と悲しみよりも『探究心・好奇心』が湧いてくる

同時に『死を受け入れない』のではなく、むしろ『死を受け入れる』からこそ、『その先』に行けば『再会・続きを再開』できる可能性もある!

と『可能性の法則に同時に気づいて共有』したのだから、もう、『私の意識のコピーが生まれた』ようなもので

『今の私の意識』が消えても、『意志の流れ』は『別次元の私』がいる限り『何度でもコピーは生まれる』だろう

統合してコピー、統合してコピー…
劣化所かどんどん『進化』していく流れ

そしたら…やっぱり、ここまでまとめ終わると、自然な眠気が…『多生の縁』へと繋がりに・・・

死のトリガー

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