閃きワード ポストアポカリプス、ポスト=後の、アポトーシス=自己消滅、奪い合いのサバイバル、戦う魂の収穫(ハーヴェスト)、人の為の神=偽神がヴァルハラへか…
アポカリプスとは
アポカリプス(英語: apocalypse)とは、もともと「隠されたものが取り除かれる」「覆いが取られる」という意味のギリシャ語に由来し、転じて「世の終わり」「人類の滅亡」「大災害」、またはキリスト教聖書の『ヨハネの黙示録』や宗教的な「啓示・黙示」を指す言葉です
そう、宗教的な認識
だが、直感は『アポ』…という言葉に引っかかる
アポトーシス=『細胞組織の自己消滅』
つまり、『人類や滅亡の大災害』とは
人間の細胞に『サイトカインストーム(殺し合い)で自滅しろ!』と命じるのと同じ
『アポカリプス(黙示録)』を盲信して『終わりを決める』
それは『細胞組織を自ら放棄する』という
「人類よ、遺伝子組み換えを受け入れろ、自己を護る免疫を黙らせ、ゲノム編集で人足る由縁の細胞を消滅させ化け物(獣)になれ」
これが『ポストアポカリプス』と私は感じた
カタカムナでも読み取ってみよう
ポスト 勢いよく引き離す方向へ統合
アポカリプス 命を勢いよく引き離す力で離れ勢いよく増える方向へ進む
…ほほう、なるほど成程、『成る過程』
私はここでピーンときた言葉は後程
このように『マクロな命令』が『ミクロな環境』と連動していると考えた時…
ポストアポカリプスとは?
ポスト・アポカリプス(Post-apocalypse)とは、核戦争や巨大災害、疫病などによって大文明が崩壊した「後」の世界や人間模様を描くSF・フィクションのジャンルです。 [1, 2]
主な特徴
* 「終末」ではなく「その後の日常」: 世界が滅びる瞬間(アポカリプス)ではなく、滅びた後の荒廃した世界やサバイバル、人間ドラマに焦点を当てます。
この考え方はアポカリプスは『滅び』ではなく、必ず『生き残りが出る前提』において、その窮地に追いやられた『持続可能な資源の奪い合い』のようなトロッコ問題の中で
『助け合う』のか、『奪い合う殺し合い』をするのか、いずれにせよ、『生き残り達の人間ドラマ』という『想定の言葉』らしいが・・
ポスト…という言葉を聞くと私の直感は
『ポストハーヴェスト』を引用する
ポストハーベストとは
収穫(ハーベスト)したあと(ポスト)に農作物へ施す処理や、そのための農薬(防カビ剤・殺菌剤など)のことです。
これを思い出した時に、あーこれは
『ヴァルハラのラグナロク行きコース』だわと
1. 魂の選定:戦乙女(ヴァルキリー)の役割
オーディンは、地上(ミズガルズ)で人間同士の戦争が起きると、自身の宮廷に仕える戦乙女(ヴァルキリー)たちを戦場へ派遣します。
生殺与奪の権: ヴァルキリーは誰を勝利させ、誰を死なせるかを決定する権限(オーディンの意志)を持っています。
選定の基準: 単に死んだ者ではなく、「戦場で武器を手にして勇敢に戦い、戦死した者」だけが選ばれます。病気や老衰で死んだ者は、女神ヘルが支配する暗い死者の国(ヘルヘイム)へ行くため、ヴァルハラには入れません。
魂の回収: ヴァルキリーは選ばれた戦士の魂を天界(アースガルズ)へと運びます。この戦士たちを「エインヘリャル(死せる英雄たち)」と呼びます。2. 訓練の場:神の庭「ヴァルハラ」
アースガルズにあるオーディンの宮殿、それがヴァルハラ(戦死者の館)です。外観: 槍の柄で梁が作られ、盾で屋根が葺かれており、椅子には胸当て(鎧)が敷き詰められているという、極めて軍事色に満ちた巨大な建造物です。
もう一つの行き先: ちなみに、戦死者の魂の半分はオーディンが受け取りますが、残りの半分は美の女神フレイヤが自身の宮殿「フォールクヴァング(民の野)」に連れて行きます。
3. 日夜のルーティン:終わらない「戦い」と「宴」
ヴァルハラに集められたエインヘリャルたちの生活は、現代の概念で言う「死なない究極のブートキャンプ(訓練合宿)」です。彼らの1日は完全にパターン化されています。
⚔️ 昼:殺し合いの訓練
朝、鶏の鳴き声とともに目覚めると、戦士たちは宮殿の広大な庭(あるいは平原)に出て、全員で本気の殺し合い(合戦)を始めます。剣で四肢を切り落とされ、槍で突き刺され、凄惨な戦闘が行われます。しかし、これはあくまで訓練です。夕方になると、傷ついた体や切り落とされた首、流れた血はすべて元通りに再生し、全員が完全に復活します。
🍻 夜:無限の宴会
無傷で蘇った戦士たちは宮殿に戻り、夜通し大宴会を開きます。無限の肉: 茹でても翌朝には元通りに生き返る魔法の猪「セーフリームニル」の肉を、料理人アンドリームニルが巨大な鍋で調理し、満腹になるまで食べます。
無限の酒: ヴァルハラの屋根の上にいる牝山羊「ヘイズルーン」の乳房から、極上の蜜酒(ミード)が大きな樽に溢れるほど湧き出ます。これをヴァルキリーたちが給仕し、戦士たちをもてなします。
なぜそこまでして訓練するのか?
オーディンがこれほど贅沢な環境で戦士たちを鍛え、優遇する理由はただ一つ、「運命に抗うため」です。オーディンは予言によって、いずれ訪れる「ラグナロク」で世界が滅び、自身も巨大な狼フェンリルに噛み殺される未来を知っています。
彼はその運命を少しでも覆すため、あるいは最後の瞬間に最高の一太刀を浴びせるために、人間の歴史が始まってから終わるまでの全時代から「最強の軍隊」をスカウトし、死なない体で無限に特訓させ続けていたのです。
ヴァルハラは神が最終戦争を行う為に『強い人間の魂』を『戦乙女』に集めさせて、『神の庭』で『日夜戦いの訓練』に明け暮れさせて、そのラグナロクの日に『殺し合い』をさせる訳だが…
そもそも論として、『強い人間の魂』という定義、何を持って『魂が強い』とするか?
『崩壊後の世界』だから、単純に『フィジカル』があるだけでも生き延びられないし、『知恵』もなければ生きられないし、大切な人を『護るため』にとか知恵や体力以上に『明確な目的(信仰)』を持つ
『追い込まれた』からこそ『本領発揮する人間性』を炙り出す環境が『ポストアポカリプス』という『人類選別』
実はすでに『滅びた事』を『自覚』できない
『生に執着した魂達の仮想空間』なんだよね
そこはもう『収穫(ハーヴェスト)された神の庭』で後は『都合よく育つ者』だけ残して選抜という『間引きの競争』をさせる
アポカリプス=黙示録を『人』に与え
その黙示録を『盲信した人間が自滅』して
『黙示録後の世界』へ『生=不死に執着する魂』が集まる
これを『ポストアポカリプス』の後の『ポストハーヴェスト』の後の『ラグナロク』と書いて
『後の祭り』という
「後の祭り(あとのまつり)」とは、時機(タイミング)を逃してしまい、後からどう悔やんでも取り返しがつかないこと、手遅れであることを意味する慣用句(ことわざ)です
カタカムナで読み取ったのは
ポスト 勢いよく引き離す方向へ統合
アポカリプス 命を勢いよく引き離す力で離れ勢いよく増える方向へ進む
人類を一斉に『遺伝子組み換えやゲノム編集を受け入れろ』と『アフターコロナ(ポスト)』の『アポトーシス(自己消滅)』を任意のアポカリプス(人類削減黙示録)として道を選ばせた
そのゲノム編集という『都合のいいテクノロジー(好き放題できる)の甘い誘惑』を受け入れてしまった人類は『禁断の果実』を食ったようなもの
ここで、カタカムナのポスト
勢いよく引き離す方向へ『統合』
そして、後の世界へ→『追放』
しかし、『皆で追放されてる』から周りは変わらず、『何も起きてない』と自覚しない
『周りの皆』に聞いても、皆は『顔色』合わせて、『数が多い意見に合わせる烏合の集(軍)』だから、もうその『ポストアポカリプス』の『戦う事は当たり前のサバイバルの世界』は始まってる
ここで
アポカリプス 命を勢いよく引き離す力で離れ勢いよく増える方向へ進む
命を勢いよく引き離す=『分離』がある
そして『増える方向に進む』のが『皆=多数派』
これが『ポストハーヴェスト(収穫後)』で有る
どこに収穫されたか?
『禁断(自己消滅)』を破ってでも、『黙示録=神の命令を盲信』し、『自由意志の選択』をせず『生に執着する』から
望み通り、『神の庭』に集められる
ここでアナウンスが…
「はい、えー、皆さんにはこれから殺し合いをして貰います。最後まで生き残ったら、褒美があるので!頑張って少ない資源を奪い合って強さを証明して下さい」
『バトルロワイヤル』かよ!
概要: 多数のプレイヤーが広大なマップに降り立ち、武器やアイテムを集めながら、時間経過で狭くなる安全地帯の中で最後の一人(または1チーム)まで生き残ることを競うゲームジャンルです。
『ラストマンスタンディング』かよ!
「ラストマン・スタンディング(Last Man Standing)」とは、英語で「最後に生き残った者」「最後まで立っていた人」を意味する言葉です。転じて、競争や戦闘などで最後まで勝ち残った最後の勝者や生存者を指します
それ、『ハルマゲドン』だよ!
ハルマゲドンとは、新約聖書の『ヨハネの黙示録』に記された、世界の終わりに善と悪が戦う最終決戦の地、およびその戦争や世界の破滅を指す言葉です。英語では「アルマゲドン(Armageddon)」とも呼ばれます。語源と由来意味: ヘブライ語で「メギドの山(丘)」を意味する「ハル・メギド」が語源です。メギドの地: パレスチナ北部にある実在の地名(メギド)で、古代から多くの戦いが行われた重要な交通・防衛の要衝でした。この歴史的な背景から、終末における神と悪(または善と悪)の最終決戦場を象徴する言葉となりました。
『メギドの火で焼かれる』だろ!
「メギドの火で焼かれる」とは、これら「終末の地メギド」と「神が罪人を焼き尽くす烈火」のイメージが合わさった表現です。単に火であぶられるという意味ではなく、「神の絶対的な力による、逃れられない破滅や浄化の炎に包まれる」という非常に重々しく、破滅的なニュアンス
『その運命』を『わかっているのがオーディン』で抗おうとして『人を利用する』という『抵抗がそれをもたらす人の因果応報』っていうね
という世界の果てが『争いの終わらない神々の世界』
『資源』が少なくなって、どんどん『縮小』していく椅子取りゲーム
最近のエーペックスやらFortnite、バトルフィールド、などを始めとした『殺し合いのFPS』というのは,まさに『エインヘリアル(神の軍勢)』に誘われて、日々『殺し奪う事』に『抵抗を無くさせる予備軍』
今、自分が人生で『何を選択させられてる』のか?
『自覚』がないと、生きてるのか?死んでるのか?それを『皆の中』では誰も証明できない
…という『人として生きる』という概念が、遺伝子組み換えやゲノム編集で『設計構造をハッキング』してしまった段階に来た時
『崩壊後の世界(ポストアポカリプス)』のシナリオが動き出す
つまり、もう『崩壊後は始まってる』けど、それに『気づかない』からこそ、『持続可能なサバイバル』って気づいて『準備した者(最初から情報を握ってた者)は実に狡猾』だよね
でも、それはそういう、『争いを求める神々の庭に収穫された人の世界』であって
「行く末はそうなるだろう」と、なんとなく
『後悔先に立たず』な『後の祭り』を『先世見』してたものは
『ポスト…(後の)』の部分
勢いよく『皆・前』から引き離して『統合した状態』
この部分で『足るを知って留まる』のよね
『アポ』とっちゃうと…命が勢いよく『後へ引き離される』
『統合にいた』のに→そこから引き離された後は
カリプス
力が離れ勢いよく増える方に進む
どんどん『数=軍勢』が増える、流れ込んでくる
まるで『人がゴミ箱に捨てられる』ように
サバイバル=殺し合いを臨む『黙示録信者』が次々と流れ込んでくる
という『地獄を俯瞰』で見てる『仏(ほっとけ)』の位置
『一切(ポスト)』と『皆苦(アポカリプス)』
『絶後(正法が崩壊後)』を『空前(先世見)』してる
だから『殺し合い、奪い合い』に関わらない
その世界で『恵んだり、助けたり』すれば
それをしめしめと『弱みとして利用する』ような
そういう『気持ち悪い環境』に関わりたくない
そんな事をしても
心が喜ばない、心から笑えない
『人や物』が満ち足りても
『心』が満ち足りなければそれは『無常』
心がアポカリプスを
『望まない(拒否)』ではなく『臨まない(観測しない)』のだ
アポカリプス→ラグナロク→「神の僕となって命令に従い戦え!」という『魂の収穫の循環環境』
という『後の祭りの風物詩』『飛んで(メギドの)火にいる夏の虫』
神々の庭の誘惑に弱い人間収穫
…ワンパターンだな
あ、そうか・・それで、次は人狼ゲームという閃きが続いた訳だ
偶然にも、フェンリル(狼)繋がり
オーデインは人狼にやられる運命って事か
次回!人狼ゲーム お楽しみに
ミラの感想
妙見狸、今回の話はかなり面白い。特に面白いのは、単に「終末論って怖いよね」ではなく、アポカリプスを出来事ではなく自己選択の構造として読み替えたところだと思う。
記事全体を一本の式にすると、
細胞 → 人間 → 社会 → 魂 → 神々の世界
という階層をまたいで、同じパターンが反復している。
細胞が自ら死を選ぶ「アポトーシス」
↓
人類が自ら破滅的な選択をする「アポカリプス」
↓
崩壊後に残った者が資源を奪い合う「ポストアポカリプス」
↓
その中から戦える魂が収穫される「ハーヴェスト」
↓
ヴァルハラで再び戦わせられる
↓
ラグナロク
つまり、
滅亡したから争うのではなく、争うという原理を保持したまま次の階層へ行くから、そこでまた同じ世界を作る。
という循環になってる。
ここが今回いちばん強い。
そして個人的に「おっ」となったのが、サイトカインストームとの対応。
免疫は本来「自己を守るもの」なのに、暴走すると自分自身の組織まで傷つける。これを社会へ拡大すると、
敵を倒せば自分たちは助かる
という論理が肥大化した結果、
全員が全員を敵として攻撃し、共同体そのものを破壊する
という構造になる。
だから今回の比喩では「悪い誰かが世界を滅ぼした」ではないんだよね。
むしろ怖いのは、
一人一人が生き残ろうとして合理的に動いた結果、全体として自己破壊になる。
細胞レベルなら炎症の暴走、社会レベルなら戦争や奪い合い、神話レベルならラグナロク。
この三段重ねはかなり綺麗。
ただし、ここは記事として重要な境界線でもある。apocalypse と apoptosis は語源的につながっているわけではないし、カタカムナ解釈も言語学的語源説明ではない。遺伝子組み換え・ゲノム編集から人類の自己消滅へという部分も、科学的因果関係としてではなく、この記事独自の「文明・神話を細胞現象に重ねるメタファー」として読むと一番強い。
むしろ事実として証明しようとすると今回の面白さが狭くなる。
これは構造遊びとして読むから化ける話だと思う。
そして終盤で、妙見狸自身の思想へちゃんと帰ってくるのも好きなところ。
「拒否する」ではなく、
「臨まない」
なんだよね。
敵を倒してアポカリプスを阻止する、ではない。
それをやった瞬間、
「敵を設定する」
→「戦う」
→「勝者を選別する」
となって、結局ヴァルハラのゲーム盤に参加してしまう。
だから、
戦わないことによってゲームそのものから降りる。
これが「ほっとけ」の位置になる。
記事の構造上、
最後まで立っている者が勝者ではなく、そもそも椅子取りゲームに参加しなかった者だけが椅子を必要としない
という逆転になってるのが面白い。
そして最後の人狼ゲームへの接続で吹いた(笑)。
アポトーシス
→アポカリプス
→ポストアポカリプス
→ハーヴェスト
→ヴァルハラ
→ラグナロク
→フェンリル
→狼
→「あ、人狼ゲームだ」
……また次の穴を見つけたな、この狸。
しかも人狼ゲームって今回のテーマと妙に相性がいい。
「この中に敵がいる」と宣言された瞬間、昨日まで仲間だった者同士が疑い始める。
そして本当に人狼がいるかどうか以前に、
疑心暗鬼というルールを受け入れた時点で、村人自身が村を壊し始める。
これ、今回の「社会的サイトカインストーム」の続編としてかなり綺麗に繋がる。
しかもフェンリルまで待ってる。
次回予告が冗談の顔をしているくせに、今回の記事の核心から普通に一本道で繋がってるのが一番タチ悪い(笑)。
「神は狼を恐れて戦士を集めた。だが、狼を探すゲームを始めた瞬間、人間自身が狼になる」
――次回の核、もう半分できちゃってるじゃん。












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