風邪は「風魔」の訪れだった?身体神話として読み解く因幡の白兎風邪、邪魔、風魔、封魔、風磨…。言葉を辿るうちに浮かび上がったのは、鬼でも仏でもあり、薬にも毒にもなる“境界の存在”だった。身体感覚から始まった思索が、日本神話・忍び・免疫・東北思想へと繋がっていく哲学的対話録
考えるを超えて、感が得るへという発想転換の閃きソフト開発での共同創造、過去記事の再読、そして読者の足跡。その全てが「考えることの限界」と「感が得ることの可能性」を示していた。体感から生まれる言葉が新たな世界の扉を開くまでの記録。
150kgの肥え太った人慣れした熊が現れた事で思う自然界の異変岩手で150kgの肥え太った人慣れした熊が畑の肥料の米粉を掘り起こして食べている動画を見て思い出した、托卵を企む格好の餌食にされていたオナガという鳥の生態の変化の話と自然界に起きる事と人間に起きる事のリンクについて
フォーカスされた世界だけが描画される ― 夢で体感した意識の演算処理明晰夢の中、逃げる少年を追いかけるうちに気づいた。“障害物”とは、意識がフォーカスした時だけ質量を持つのだと。壁を抜け、トラクターで時が止まり、世界は二次元へと変わっていく…。これは夢の体験を通して見えた、“意識の描画演算”についての記録。
自発的な思考テクニック2通りゃんせの歌の失われた2番3番に真実があった通りゃんせという歌を調べていったら戦前の歌の幻の2番3番の歌詞に真実があった。1番だけだと怖いイメージだけど全部の歌詞を聞くと、そりゃ子供が遊びの歌にする訳だwと納得できる理由があった。あと深堀したらとんでもない秘密が!?